愛のゆくえ
¥680
株式会社 ビーケーワン
「アメリカの鱒釣」、「西瓜糖の日々」に続いて執筆された作品がこの「愛のゆくえ」。ブローティガンの作品の登場人物は、内省的でどこか自信がなく、世捨てを思わせる孤独な人達だ。彼らは劇的でもなく、まるで毎日決まった時間に決まった順序で歯を磨くかのように作中で静かに振る舞う。このある種哀しみを含んだ静かさを感じるようになれば、ブローティガンの作品に読者は、親しみを抱くだろう。
主人公の「わたし」の勤める図書館は奇妙だ。ここは「人生の敗北者が自分の書いた本を持ち込んでくるところ」なのだ。本の貸し出しや閲覧などない。「この図書館に入ってきた本は図書館明細元帳に記録」され、「それからその本を著者に戻す。著者は図書館の中であればどこにでも、自分が気に入った棚ならどこにでも、自由に置くことができる。どこに本を置こうとちがいはない。だれもここには本を調べに来ないし、だれも本を読みには来ないからだ。ここはそういった種類の図書館ではない。別な種類の図書館なのである」。ここの部分を読むだけでも、この作品やブローティガンの他の作品に興味が湧いてくる。それにしてもなんと奇妙な世界だろう。
主人公は24時間図書館から一歩も外に出ず、持ち込まれる本の登録作業をたった一人で続けている。そんな或る夜、彼の前に魅力的な若い女性が現れた。ヴァイダと名乗る彼女は自分の美しい肉体に注がれるすべての男性の視線に嫌悪を抱き、自らの肉体を自分ではないと考えている。
「何年ものあいだ同じ夢をくり返して見ます。それは真夜中に目を覚まし、姉の寝室に入っていき、姉と身体を交換する夢です。わたしは自分の体を脱いで、姉の体を着るのです。姉の体はわたしにぴったりなのです」。
ヴァイダはこの図書館に「わたし」と共に住まうことになり、その後、彼女は妊娠する。自分たちが子供を持てる状態でないことで一致した彼らは堕胎を選択する。そして彼らはこの奇妙な図書館と関わりのあるフォスターという男の紹介で、メキシコにむかう。
「アメリカの鱒釣り」は難解な小説だが、本作品は前衛的な要素もほとんどなく、むしろ読みやすいぐらいだ。物語も淡々と語られ、時代風刺や、メッセージなどというものもない。ブローティガンの描く世界は、この世のものではないが、内省的な傾向を有する読者にとっては、身近で静かな親しみやすい世界ではなかろうか?
村上春樹への影響云々ということと合わせて読んでみても興味深い。例えばこの奇妙な図書館を舞台にするところなど「海辺のカフカ」を想起させるし、ヴァイダの見る夢は「アフターダーク」を思い浮かべる。
上に貼り付けた画像は早川文庫になっていますが、ちなみに僕の読んだものは新潮文庫、青木日出夫訳のものです。
アフターダーク
¥514
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海辺のカフカ 上
¥705
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