ラヴェル生誕100年の1975年に、パリのシャンゼリゼ劇場でおこなわれたバーンスタイン/フランス国立管弦楽団による「オール・ラヴェル・コンサート」のライヴDVD盤。ピアノ曲の管弦楽版、協奏曲、歌曲、そして生粋のオーケストラ曲と、ラヴェルの主要な作品を網羅する魅力的なプログラムとなっている(先日3月7日がラヴェルの誕生日でもあった)。

 

 

 

 

 

 

バーンスタインの音源としてはこれで5種目、DVDも1枚所有していたが当盤で2枚目となる。指揮者別で見れば(これでも)多い方に入る。何だかんだいって、僕はバーンスタインが好きなのかしれない―。

 

 

 

 

 

 

 

作曲に専念する理由で、ニューヨーク・フィルハーモニックのポストを辞任したレニーだったが、残念ながらそちらの成果は見られなかったようだ。でも1970年以降のフランス国立管弦楽団との一連のレコーディングは、後のドイツ・グラモフォンにおける濃厚な演奏の萌芽を見るような聞き応えのあるものばかりで、録音を纏めたBOXもリリースされた(バーンスタイン生誕100年記念)。当盤の録音については一部がLP化もされ、人気の高さが伺える。

 

 

コンサートのリハーサル音源。「パリのアメリカ人」とはなかなか凝った

タイトルである。レニーはフランス語で指示している。

 

 

ライナーノーツでは「20世紀前半のフランスとロシアの音楽になみなみならぬ共感を抱いていたバーンスタインにとって、ラヴェルはお気に入りの作曲家の一人である」と解説されていたが、実はよくわからなかった。僕がバーンスタインのことを詳しく知らないだけかもしれないが、上記のように感じたことがなかったからだ。ドイツ・グラモフォンに後年多くの再録音をバーンスタインは残してくれたが、そこにラヴェルが含まれていた記憶がまるでないのである―DGにはウィーン・フィルとのラヴェル/ピアノ協奏曲のライヴ音源があるが1971年録音であり、当盤より前の演奏である。

 

VPOにとっても初めてのラヴェル/ピアノ協奏曲だったらしい

 

 

フランス国立管弦楽団と録音した楽曲の大部分は再録音されていない点にも注目できる。そういう意味でもレニーにとってはこれらのレコーディングは1つの完成形であり、未来への分岐点でもあったのかもしれない。

 

1976年、シャンゼリゼ劇場でのライヴでのベルリオーズ/幻想交響曲。

 

ワイセンベルクとのラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3番。好きな演奏だ―。

 

 

 

 

当盤DVDのプログラムは以下の通りである―。

 


モーリス・ラヴェル (1875-1937)


・『道化師の朝の歌』(1905/1918)
・ピアノ協奏曲ト長調 (1931)
・歌曲集『シェヘラザード』(1903)
・『ラ・ヴァルス』(1920)
・『ツィガーヌ』(1924)
・『ボレロ』(1928)
 

 

コンサートの最初はピアノ組曲「鏡」からのオーケストラ版「道化師の朝の歌」(Alborada del gracioso)である。ラヴェルが好んだスペイン趣味が如実に現れた作品で、ギターを模した響きといい、特有のメロディの節回しといい、聞いて誰もがスペインを想像してしまうような叙情性と熱気に満ちている。編曲のきっかけはバレエの興行主ディアギレフ。スペイン語によるタイトル前半の「Alborada」は「夜明け」を意味し、ディアギレフ繋がりで「ダフニスとクロエ」の1曲を連想する。英語やフランス語の「Aubade」から「朝の歌」という日本語タイトルが導かれているようだ。言葉のルーツをさらに辿ると、夜明けの二人の恋人の別れを描いた古い吟遊詩人とトルヴェールの伝統にまで遡ることができるそうで、「道化師」と合わせて考えると、明るいはずの音楽に別な表情が暗示されている可能性が見て取れる―道化師は仮面の裏で涙を流しているのである。

 

リヒテルによる1964年の演奏の映像―。まるでオーケストラのように響く。

 

バレエ音楽「ダフニスとクロエ」~第3部「夜明け」。ブーレーズ/BPO盤で。

 

当盤映像より―。木管に風情を感じるのはやはりフランスのオケ故か。

 

「太鼓の達人」にも登場―ジャポニズムにも合うとは、流石はラヴェル。

 

 

 

 

プログラム2曲目は早くもこのアルバムのメインディッシュともいえる、バーンスタインのピアノ弾き振りによる「ピアノ協奏曲 ト長調」である。YouTubeでこの演奏動画を観て(中古にしては高額だった)このDVD盤を購入しようと決めたのだった。

 

「指揮者」と「ピアニスト」は最もよく見られる「兼業」ではないだろうか―「ピアニストから指揮者」というケースも多い(ツィメルマンや反田氏がその道を歩みつつある)。現在、ピアニスト出身で指揮者との両立が成功しているように見えるのはバレンボイムくらいか―。時折ピアノを聴かせる指揮者だとショルティやセル、レヴァインやパッパーノなどが挙げられるだろう。バーンスタインはピアニストとしてモーツァルトやベートーヴェン、ショスタコーヴィチのコンチェルトや室内楽、歌曲のピアノ伴奏などを手掛けていた。他にもピアノを用いて講義をしたり、コメンタリーを収録したりしているので、レニーにとってピアノはとても身近な存在だったのだろう。

 

当時クリーヴランド管弦楽団のコンマスだったラファエル・ドルイアンとセル

のピアノによるモーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ K.304。

 

ボストリッジとパッパーノによるベートーヴェンの歌曲集より。ヴァイオリンや

チェロも加わり、ベートーヴェンが纏めたスコットランド民謡が奏でられる。

 

プーランク/クラリネット・ソナタ~第2楽章。ライスター&レヴァインの演奏で。

メランコリックな音楽がたまらない―。

 

モーツァルト/ピアノ協奏曲第25番~第1楽章。バーンスタインがイスラエルpo

を弾き振りしての演奏。レニーによる引用しまくりのカデンツァが凄い。

 

 

ピアノと指揮を兼用するのは「ピアノ協奏曲」というジャンルが生まれて以降のスタイルであろうが、多彩なオーケストレーションによりオーケストラの規模が拡大されるにつれ、分担されるようになったのかもしれない。ラヴェルの協奏曲も圧倒的にそちらの方が一般的で、バーンスタインのような弾き振りは珍しい (このスタイルで当盤含め4種類も録音を残しているので、レニーとしては得意曲なのかもしれない。この度はオケに対しピアノを垂直に配置し、指揮しやすいような配慮がなされていた) 。ラヴェルのピアノ協奏曲はフランソワ&クリュイタンス盤で知り、ロジェ&デュトワ盤で親しんだ。同時期に作曲された「左手のためのピアノ協奏曲」の方が好みだったので(アダージョ楽章の美しさに後ろ髪引かれながらも)さほど気にも留めていなかったが、ピアノを弾きつつアイコンタクトや顔の表情で指揮し、カメラアングルも手元をクローズアップ、見事な指捌きとノリノリで音楽に没入するレニーの姿にすっかり魅せられてしまった。カルロス・クライバーと同様、バーンスタインにも華があり、「魅力」という名の磁力に抗うことは出来なかったのである。

 

ラヴェルとしては最晩年に当たる、最後から2曲目の作品。「モーツァルトとサン=サーンスの精神に基づいて」作曲されたこのピアノ協奏曲は「深刻さと劇性を避けた」ト長調の調性が示すような明るさと朗らかさが主体だが、相次ぐ転調や複調が聴かれ、凝ったリズムと合わせてスパイスとなっていると思う。オケの編成も「最小限で最大限の効果」が発揮され、軽妙ながらも打楽器の多彩さで目と耳を楽しませてくれる。第1楽章での特に印象的な場面は、再現部での3度にわたるカデンツァである―最初はハープにより、オケのトゥッティを挟んで2度目は木管により、最後はピアノにより奏でられる。「左手」でのカデンツァを彷彿とする「いにしえ」を感じさせるラヴェルならではの美しいフレーズに暫し陶酔する―。アダージョ・アッサイの第2楽章は楽章の3分の1がピアノ・ソロに捧げられ、冒頭から静々とメロディが歌い紡がれてゆく。都会の憂鬱を思わせるブルージーな音楽。とても自然に流れて行くが、「一度に書かれたように見えるこの音楽が、パズルゲームや寄木細工のように1音1音吟味して組み立てられていたことに驚いた」というフランスの哲学者ウラジミール・ジャンケレヴィッチの言葉に完全に同意するものである。フィナーレは短いが効果的で、見る者聴く者を瞬時に夢中にさせ、高揚させる。初演時にはアンコールで再度演奏され、アメリカ・ツアーでもそうだったという。

 

当盤映像から。とにかく楽しく、グルーヴィなラヴェルのコンチェルト。

聴衆の反応も早くも最高潮だ―。

 

モーツァルト/クラリネット五重奏曲~第2楽章ラルゲット。

ラヴェルの第2楽章の源泉となったといわれる―。

 

福間洸太朗氏によるピアノ演奏を交えての楽曲解説―。

 

何故この動画が添付されているかは、聞けば直ぐにお分かりになるだろう。

(特に最後の曲、「黛敏郎/伊福部昭のオマージュ」は必聴)

 

1946年録音。バーンスタインとフィルハーモニア管弦楽団による演奏盤。

初演者マルグリット・ロンの世界初録音に次ぐ(タイトルの1932年はミス)

 

ラヴェル最後の作品―歌曲集「ドゥルシネア姫に心を寄せるドン・キホーテ」

 

 

 

 

 

プログラム3曲目は歌曲「シェヘラザード」。ここではメゾ・ソプラノ歌手のマリリン・ホーンが登場し、オリエントへの憧憬を歌う。歌唱のスタイルはジェシー・ノーマンに近い印象。バーンスタインとは「カルメン」や「ウエスト・サイド物語」で共演した仲のようだ。この作品は当時ラヴェルが所属していた芸術サークル「アパッシュ」のメンバーでもあった詩人トリスタン・クリングゾール(Tristan Klingsor)の詩集「シェヘラザード」からテキストが採用されているが、この詩集自体がリムスキー=コルサコフの有名な作品、交響組曲「シェヘラザード」に触発されて書かれたものだったらしい―当作品との音楽的関連はない模様―。「アジア」(Asie)/「魔法の笛」(La Flûte enchantée)/「つれない人」(L'Indifférent)の全3曲からなる。第1曲「アジア」が最も規模が大きく、当初は最後の第3曲目に置くつもりだったという―初演はその形で行われたそうだ。だが最終的には、クライマックスに相当する当曲を (現行版のように) 第1曲目にすることでベクトルを逆転させ、曲集全体がデクレッシェンドの効果を帯びるようにしたと考えられる。第2曲「魔法の笛」では文字通りフルートのパートにフリギア旋法が現れ、オリエンタルなムードが高まる。3曲中最も美しく繊細な音楽である。第3曲「つれない人」は全曲中最も甘美な音楽かもしれない―冒頭に「ドビュッシー/夜想曲」のニュアンスを感じるのは僕だけではあるまい。デリカシー溢れる余韻も素晴らしく、現行版での順番に感謝したいくらいである。

 

ちなみにラヴェルにはもう1曲「シェヘラザード」と名付けられた作品がある―1898年に作曲され、翌年初演され不評を被った「おとぎ話への序曲《シェヘラザード》」である。「序曲」とある通り、当初はオペラを構想していたようだが、音楽的アイディアにオリジナリティを感じられず断念してしまう。この忘れ去られた音楽がラヴェル生誕100周年の1975年に再発見され、出版されたというから驚きである。学者たちは歌曲集との音楽的関連を探ったが、顕著な結果は得られていない―聞いた感じではラヴェルぽくなく、「別の作曲家の作品」と言われても不思議ではないほどである。

 

こちらがその「序曲」。ミッコ・フランク/フランス放送soによるライヴ音源。

 

当盤映像より、歌曲集「シェヘラザード」の一部演奏を。

 

こちらは全曲演奏で―。マリリンに悪いが、僕はこちらの方が好みである。

(ヴィジュアルだけではなく)

 

 

 

 

4曲目は管弦楽のための舞踏詩「ラ・ヴァルス」。やはりこの曲もディアギレフ関連で作曲されたものであるが、バレエには採用されなかったという。とはいえ、音楽自体の構想は20年近く前からあったようで、ヨハン・シュトラウス2世へのオマージュとして「交響詩≪ウィーン≫」という作品を考えていたという―結局実現には至らなかったが、その間に「高雅で感傷的なワルツ」が生まれている―。最終的にはコンサート用として現行版が存在するが、ウィンナ・ワルツへの幻想と憧憬、失われた過去の幻影を見ているような不思議な浮遊感と甘美なメロディが次第にリズムの狂騒へと巻き込まれてゆき、壮絶なカタストロフィを迎える傑作である。

 

ラヴェルはこのような標題を初版に残している―。

 

渦巻く雲の中から、ワルツを踊る男女がかすかに浮かび上がって来よう。雲が次第に晴れ上がる。と、A部において、渦巻く群集で埋め尽くされたダンス会場が現れ、その光景が少しずつ描かれていく。B部のフォルティッシモでシャンデリアの光がさんざめく。1855年ごろのオーストリア宮廷が舞台である。

 

作曲された1920年という年代と歴史上の出来事にこの作品を容易に結び付けてしまう誘惑が存在するが、ラヴェル自身が「音楽が表現しているものだけを見るべき」「ウィーンの現在の状況とは何の関係もないし、象徴的な意味も持たない。死のダンスや闘争を想像してはいけない」と、その解釈をきっぱり否定している―しかし、ついそう感じてしまう迫力がこの音楽にはある―。

 

バーンスタインの演奏は濃厚で素晴らしい―今まで聴いたどの演奏よりも。甘くノスタルジーを孕んだメロディは柔らかくたっぷりと歌い、音楽とともに踊り、最後には狂気すれすれの高揚感をもたらす(急激にアッチェレランドするコーダなど最高である)。僕たちがバーンスタインに期待する音楽を100%ストレートに提供してくれるのだ―そこに意外性や裏切りはない。

 

「高雅で感傷的なワルツ」より。ポゴレリチの美しすぎる演奏で―。

 

当盤映像より。ただただ陶酔するのみ―。

 

グールドによる唯一のラヴェル録音。何を思ったのか、この「ラ・ヴァルス」

のピアノ・ソロ版だけ演奏している。2台ピアノ版もあり、ディアギレフが聞いた

のはそちらであった。

 

 

 

 

コンサート5曲目は演奏会用狂詩曲「ツィガーヌ」である―勿論ここでは、ヴァイオリン&ピアノ版ではなくオーケストラ版で演奏される。バーンスタインは以前NYPと録音した際、アイザック・スターンをソリストに招いたが、ここではウクライナ出身のヴァイオリニスト、ボリス・ベルキンが起用されている。僕はパイネマン盤で初めて聞いた―ドヴォルザーク/ヴァイオリン協奏曲のカップリング曲であった。ジプシー的でチャールダーシュ色の強い作品なのに、やけに真面目にきっちりと弾いているな、という印象しかなかったが、それが彼女の持ち味で稀な長所なのだと気づくのにそんなに時間はかからなかった。

 

エディット・パイネマン(1937-2023)による「ツィガーヌ」。1965年録音。

 

せっかくなので「ドヴォルザーク/ヴァイオリン協奏曲」の冒頭を―。

 

 

「ツィガーヌ」はあのヨーゼフ・ヨアヒムの姪孫に当たるイェリー・ダラーニ(シューマン/ヴァイオリン協奏曲の演奏権利を巡っての「交霊術」騒動は知る人ぞ知る案件である)に献呈されたが、ハンガリー出身の彼女との交流がこの作品を生み出す原動力となったようだ。そして後に自身の「ヴァイオリン・ソナタ」を捧げることになる、もう一人のヴァイオリニストで親友のエレーヌ・ジュルダン=モランジュが弾くパガニーニに触発され、構想中だった「ツィガーヌ」に超絶技巧を織り込むことを発想したのだという。ラヴェルはモランジュを相当気に入っていたようで(求婚し断られた過去がある)、ヴァイオリン協奏曲の献呈も考えていたという。

 

最初の28小節はヴァイオリン・ソロのみで音楽が開始する―緩やかで叙情的。パガニーニを意識したのか、超絶技巧が駆使されたカデンツァぽくもある。やがてハープがたなびき(ツィンバロンの模倣だろうか)、オケが加わる。そしてソロがジプシー風のメロディを朗々と奏でるが、そこでの繊細なオーケストレーションは流石である。曲が進むにつれ、ソロはいよいよ大胆になり、オケとともに音楽も高揚してゆく。「ジプシー」「ロマ」を意味する「ツィガーヌ」だが、本場のジプシー音楽が引用されているわけではなく(ドヴォルザークがそうであったように)全てラヴェルのオリジナルである。

 

当盤映像より―。ボリスの甘美な音色に惹きつけられる。

 

ツィンバロンの効果を加えた「ピアノ・リュテアル」伴奏による演奏―。

 

ディヌ・リパッティ/オーケストラのための組曲「ツィガーヌ」(1934)。

全3楽章20分を超える作品。貴重な録音だ。

 

 

 

 

コンサートの〆は「ボレロ」である―「ラヴェルといえばボレロ」というほどの人気作(ラヴェルはほとんどのオーケストラが演奏を拒否するものと思っていたらしい。ボレロ人気に一番驚いたのは他ならぬラヴェル自身であった)。この作品をオマージュ公演の最後に持ってくるプログラムも秀逸である。この曲については以前のブログでも取り上げていたが、そのシャイー盤は演奏時間が14分23秒。当盤バーンスタインは14分13秒と速めである。一方、ラヴェルによる自演盤 (1930年録音)が15分52秒であるのは作曲者の見解を知るうえで興味深い。よく言われるのはトスカニーニとの件だ。彼の「ボレロ」のテンポが速いことでラヴェルと言い争いになったという逸話だが、ラヴェルの弟子ロザンタールによれば、その逸話は真実ではないということらしい。

 

トスカニーニによる1939年録音の「ボレロ」。演奏時間は何と14分13秒。

バーンスタイン盤と同じである―。

 

最短演奏はこのストコフスキー盤(1940年録音)。12分04秒だから恐れ入る―。

 

言うまでもないが、最長はこの方。18分に迫る演奏時間―。

 

 

 

(図らずも「ボレロ聴き比べ」になってしまったが)当盤でのバーンスタインの演奏は前述のように快調なテンポで進める―おそらく多くのリスナーにとって生理的にピッタリ合う(合わない)演奏があるに違いない。演奏家もそうなのだろうか―。サックスのパートが終わった直後、何かを落とした?物音が響くのはライヴならではのご愛嬌(現在の日本ならクレームが殺到し、ツイッターが賑わうだろう)。弦楽合奏が導入されるパートになると、どの演奏でも胸が熱くなる。音楽が次第に熱を帯びると、面白いことにレニーの動きが拍子を刻むことに拘らなくなり、(いつものように)肩を上下させ、ヘッドバンキングまで披露する―流石にジャンプはしないが。このあたりの濃厚な音楽はバーンスタインでなければ聞けまい。コーダではマイナーコードを長く引き伸ばし、なだれ込むようにして終結、万雷の拍手とブラヴォーの嵐となった。

 

当盤映像より。タイムが15分40秒なのは終了後の拍手も含むため―。

 

ブログの〆は冨田勲版の「ボレロ」で―。