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シャオ2のブログ

最近は着物と舞台に夢中

プレビューから10日。

土曜日のイープラス貸切公演のチケットを友人が取ってくれたので、3日連続のレミゼ。

GWの初日から3日なのでホテル高かったし、飛行機が高すぎて車で往復する羽目になったんだけど、それはそれ。

というのも、2017は何も考えず、いつもの調子で初日辺りに1回、楽日辺りに1回でいいや、とチケットを取ったらもっと観たくなって大いに後悔したから。

それを教訓に、色々検討を重ねた結果、連続して見られる日程があったので、そこを狙って無事チケットをゲットしたわけです。

なにせトリプルキャストだから、毎日上演はしていても折角宿泊したのに、目当てのキャストは1回も観られないなんて日程もあるわけで。

ま、今年も前回と同じく相葉アンジョ中心のチケット取りなので、彼が観られないってことはないんですが、それでも交通費・宿泊費をかけていくわけなので、なるべく沢山観たいのは人情ってことで。

 

さて、今回の3日間のキャストは、相葉アンジョ固定として、

 

27日:吉原バル・上原ジャベ・濱めぐファンテ・ふうかエポ・内藤マリ・いろはコゼ・KENテナ・森マダム・大矢ガブ・丹宗グラン

28日:シュガーバル・伊礼ジャベ・知念ファンテ・昆エポ・三浦マリ・小南コゼ・KENテナ・森マダむ・大矢ガブ・丹宗グラン

29日:福井バル・上原ジャベ・濱めぐファンテ・昆エポ・内藤マリ・生田コゼ・駒田テナ・朴マダム・坂野ガブ・川島グラン

 

でした。

これで、バルジャンとファンテーヌ、コゼットは三人全員見たことになります。

 

さて、感想……

えーとね、どう書けば当たり障りないか、さんっざん考えたんですが、どう書いても結局書きたいこと書くとどこかに差しさわりが出るのが分かったので、はっきり書きますね。

褒め言葉しか読みたくない、聞きたくない人は、以下は読まないで下さい。

一応オブラートには包んだつもりですけど、辛口なこと書きますから。

読んでから抗議されても、私は知りません。

 

 

 

 

 

 

今年が初登板のキャスト、個人的には相当期待してたんですよ、私。

歌唱披露でのシュガーさんのBHHとか、本当に素晴らしかったし、濱めぐさんは結構好きな役者さんだし、理生さんのお声がいいのは周知の事実だし

反面、不安がいっぱいなキャストもいました。2.5と帝劇じゃそもそも要求されるレベルが違いすぎないか、とか、そんなに歌が上手い印象ないな~とか、まあ、色々と……

観てないものをごちゃごちゃ言うの、好きじゃないので、観てないキャストのことは何も言いません。

今回初見のキャストさんについて言えば、はっきりと期待はずれでした。

シュガーバル、軽いんですよ。バルジャンが歩んだ長い年月の重みがない。その点、続投のお二方は流石で、背に圧し掛かる年月の重みを感じさせてくれるバルジャンでした。

一番期待していたBHHはさすがに素晴らしかった。あの歌唱のためのチケット代だと思えば飲み込めます。

それくらい、私はシュガーさんのBHHが好き。

けれど、他の部分が……

濱めぐさんは、ファンテーヌとしてはあまりに理知的というか賢しい感じがして、違和感。元々の声やミュージックフェアで披露された歌声から考えたら、もの凄く若い声を作っていて、『若く美しい』ファンテになろうと努力してらっしゃる様子は伺えました。なので、最初はいいかも、と思ったんですよね。けど、話が進むにつれて、その演技に違和感が。

濱めぐファンテはもの凄く自覚的というか自主的なんですよ。あの人生を、自ら選び取っている。工場で孤立するのも、大事なペンダントや髪の毛を売るのも、娼婦になるのも、全部自分で覚悟決めて選んでいる。

私はファンテーヌを『若く美しく愛情深く、けれども愚かな』女と捉らえていて、それに二宮ファンテなんかはぴったり当てはまるんですけど、濱めぐファンテには、最後の『愚かな』がどうしても当てはまらない。だからこその違和感。

「追い出したのは、あなた、あなたよ」と歌う声が哀れな身の上の女の精一杯の叫びというより、自分を陥れた犯人を弾劾する声に聞こえるんですよね。それはそれでいいのかもですが、その勢いと、その後倒れて死に至るか弱さの間のギャップがどうしても飲み込めない。

以前見た、王家の紋章のアイシスお姉さまとかメタルマクベスのマクベス夫人とかメリーポピンズのメリーとか、めちゃくちゃよかったのにな~

歌も上手い、演技もそこそこできる、素敵な役者さんなのに、とっても残念。

いっそマダムみたいな悪役の方がいいかも、と思ったり思わなかったり…

そして、上原ジャベ。

強いし怖い。その内、彼の目つきの恐ろしさに舞台上で死人が出るんじゃないかレベルで怖い。

パリでバルジャンを見つけた時に笑うんですけど、その笑い声が狂気を帯びてて、更に怖い。

なんなの、あの狂犬っぷり。

今までのジャベールは、それぞれに違っていても、その芯にそのジャベールなりの正義とか信じるものとかが見えていたんですけど、上原ジャベにはそれが見えない。ただバルジャンを執念深く追いかけているだけの、主も信念も正義もない狂った男にしか見えなかった。

多分、上原さん本人にはそれがあるつもりで演じているのでしょうけど、上原ファンにはそれが見えているのかもでしょうけど、一観客の私にはまったく見えない。

何でかっていうとですね、(コレいうとめっちゃ叩かれそうですけど、言っちゃえ)上原さん、演技下手なんですよ!

レミゼはソングスルー演目でほぼ全編音楽と歌に彩られた演目なので気付かない人多いかもですけど、演技力でいったら、上原さん大根に近いですよ、ホント。

何もかもがやたら強くて、クレッシェンド!クレッシェンド!!クレッシェンド!!!、ないしは、フォルテ!フォルテ!!フォルテッシモ!!!

緩急が皆無なんです。

おかげで折角の素敵ないい声が宝の持ち腐れと化している感が拭えない。

スターとか自殺とか、ジャベールの見せ場ですし、朗々と歌い上げたいのわかりますけど、コンサートじゃないんです。

ジャベールとしての演技が乗っかってない歌唱は聞きほれることはできても、感動はできません。

彼はもっと演技とデクレッシェンドすることを学ぶべきだと思います。

 

あ~、書いちゃった。けど、すっきりだわ。

ツイッターとかだと三人とも絶賛されてたりするので、どうしようか迷ったんですけど、ここは私の個人ブログだし、好きなことを好きに書く場所だと思うので、結局書いちゃったよ(笑)

ま、これが今の正直な感想ってことで。

まだ大千秋楽まで4ヶ月以上あるので、どう変わるか分かりませんけど、基本的には変わらないだろうなぁ、この三人。

可能性があるとしたらシュガーさんだとは思う。回数を重ねれば軽さが解消されていくだろうから。

 

そうそう、プレビューで辛口感想だった三浦くんですが、まあ、よくはなってたかな。楽譜通り、演出家の指示通り、な感じで、恐ろしくニュートラルだけど。なんていうか、自分はマリススとして舞台上でこう生きるんだ、っていうビジョンが不明確。過去のマリウスたちはちゃんと「自分のマリウス」像があって、そういうマリウスとして舞台の上で生きてたけど、彼からはまだそのビジョンが感じられなくて、相変わらずマリウスを演じている三浦宏規が舞台上にいる感じ。まあでも、良くなろうっていう気概は感じたので、化けて欲しいなと思っています。

 

 

 

あと、個人的に好きなキャラであるガブローシュとグランテール

大矢ガブくんは一番背が低いのかな。可愛いやんちゃ系の少年で、だから最後のシーンが可哀想で可哀想で……

坂野ガブくんは、メリポピのマイケルだったと聞いて期待してたんですが、めっちゃイケメンなガブでした。このガブなら確かに街を仕切れるだろうな~と。

もう一人のガブも楽しみです。

で、グランテール。2017ではアンジョに触れられなかった丹宗グラン。2019では触れられるグランに変わってました。が、皮肉屋なところは相変わらず。川島グランが背が小さくてコミカルなグランだったので、対比が面白かった。

丹宗グランは直球な皮肉屋で、アンジョが好きで好きで、だからカフェミュザンにいるんだけど、革命の成功を信じていないグラン。酔っ払った振りをしてるけど、実際はしらふの時が多そうなグランでもあるな。カフェに出入りする間に学生仲間たちにも一種の愛情を持つようになって、だから一緒に死のうと密かに思ってるんじゃないかな。ただ、ガブはあまりに幼くて、なんとか救いたいとも思ってる。だからこそ、学生も皮肉屋で酔っ払いのグランを受け入れてるっていうのが2019の印象。

対して川島グランは、皮肉を笑いに包んで道化た振る舞いをするグラン。そうすることで周囲に本音を上手く隠して、学生仲間に紛れ込むことに成功してる。ただ、アンジョだけはそれを何となく分かってる感じ。だから、アンジョからの当たりは結構強かったり。彼は実際酒瓶を口元に持っていってる仕草が多くて、常に酔っ払ってそう。美しいアンジョに心酔して彼がそこにいるからカフェミュザンにいるだけで、学生との距離は実際には遠そう。ほぼアンジョのストーカーなんじゃないかと。で、革命は失敗しようが成功しようがどうでもいいし、自分はアンジョの傍にいられればそれでいいけど、ガブは助けたいなぁと思ってる感じかな。

グランだけじゃなく、フイイといい、バベといい、今回はアンサンブルさんもダブルで印象をガラッと変えてきてるなぁ。

2017はどちらかというと良く似た印象の二人だったから、中々に面白い。

 

 

 

最後に相葉アンジョについて。

27日はプレビューと変わらず、光り輝く大天使だったわけですが、28日、聞かせどころの一つ「群れとなりて」で声が割れたんですよね。

え?もしかして調子悪い?と思ったら、ワンデイモアでも、ちょっと声の張りが足りない感じで、もやもや。

そしたら2幕で若干歌唱を変えてきて、あれ?と。で、ラストの「世界に自由を」を絶叫しなかったんですよ、彼!

けど、綺麗に声が伸びてたので、良かった、持ち直したんだとほっとして、友人とお茶してホテルに帰った私。

明けて29日。え、昨日と全然声の張りも厚みも違う!やっぱり昨日は調子悪かったんだ!と確信。

その後も素晴らしい厚みのある歌声を随所に響かせながら、恐ろしく緩急の効いた歌唱を聞かせてくれました。

ラストは28日と同じく絶叫ではなかったものの、ずっと綺麗なロングトーン。

なんていうか、感動しました。今までがむしゃらに頑張って頑張って、無理を無理と思わず、ただ必死にやってた相葉さんが、自分の調子をちゃんと分析して、それにあわせて歌唱を変えて、そして一晩で調子を整えた上、最善を尽くしながら今後のことをしっかり考えて無理をしすぎない、なんてことが出来るようになったんだ、と。本物のプロへの階段を一歩上がったんだなと実感できて、大層感動しました。

調子が戻ったせいか、29日はラストでアンジョが砦から落ちるシーン、めちゃくちゃタメが長かった!

あのシーン、落ち方はアンジョそれぞれで違ってて、相葉さんは半身を振り向かせた後、背中からすっと落ちていく形。

相葉さんはダンスも得意だし、見せ方というのをよく知ってるのもあって、そういう決め場では必ず静止するんですよね。

その静止があるから、シーンシーンでのアンジョの姿が目に焼きつくというか、残像が残る。

ただ、身体を捻って斜めになった状態での静止なので、体幹が相当しっかりして、なおかつ筋力がないと厳しい。27・28日は、止めてはいるけど、そんなに長くなくて、あっさりめにすっと落ちていたのが、29日は長かった!

正確な時間で言えばコンマ何秒程度の差かもしれませんが、そのコンマ何秒でここまで印象が違うとは!ですよ。

後ろからのライトに照らされた相葉アンジョのシルエットの美しさときたら。

息が止まるほどの素晴らしいワンシーンでした。

 

 

さて、次のレミゼは5/25。

何か思い出したらその都度書きますが、とりあえずはこんなところかな。

 

 

4月17日、相葉アンジョ登場のプレビュー公演がMY初日でした。

今回は2階最前列での観劇だったんですが、場内が暗くなって、♪ジャ、ジャーン♪って音が鳴った瞬間のときめきときたら!

はぁ、思い出しても震えてしまう…

 

とまれ、感想です。

吉原バルジャン、2017より怯えの表現が強くなってた?

以前はなんというか、一人の世界で完結している「強い」バルジャンだったんですけど、今回は強さはあれど、他人を受け入れる度量というか心の広さというか、を感じるバルジャンになってましたね。

あと、司教さまの「貴方の魂、私が買った♪」のとこ、2017ではバルジャンの後ろに回って片手を頭に置いてたのが、今回は寄り添って方を抱くようにして額を触る仕草に変更。

これ、どのバルジャンでもそうなのかな?

2017はカトリック系、2019はプロテスタント系の司教さまだなと思いました。

カトリックが一般の信者と神の間に聖職者がいて、聖職者は信者を導く羊飼い的な役割を振られているのに対し、プロテスタントは信者と神の間に聖職者を挟まず、聖職者は信者が迷った時の助け手でしかなく、より神の意志に通じてはいても一般の信者と立ち位置的には同じ位置にある、と私は理解しているんですけど、その差がバルジャンにどう寄り沿うか、どのように手を置くかに現れてるな、と。

フランスはカトリック国だし、司教という地位もカトリックのものなので、個人的には2017の方がしっくりくるんですが、なにせ演出その他は新教に分類されるイギリス人なので、彼らにしてみたらプロテスタント的司教の方がしっくりくるのかも、などと思ったり

あと、仮出獄したバルジャンが通りすがりの少年からコインを奪ったシーン、2017は少年はそのまま逃げてくのに対し、今年は宿屋に逃げ込んで何か言ってた(言いつけてた?)り、以前はアンジョルラスに触れられなかった丹宗グランががっしりアンジョルラスのベスト掴んだり、ラストの給仕さんの衣装が黒に変わってたり、と細かい変更点が色々

ま、その辺りはおいおい確認していこうと思います(なにせ、今のところ札幌千秋楽まで20回くらいチケット取ってるし、まだ増やすかもしれないのでw)

 

で、それぞれのキャストの感想ですが…

まず、続投組(アンジョ以外)

吉原バルジャンは、剛的な強さが弱くなった分、柔らかさがアップして、よりお父さん的バルジャンになったな~と。

コゼットに対する瞳がとっても優しいし、BHHの歌い方も柔らかくなってました。

ジャベールとの対決シーンは、メチャクチャ強そうなのは変わってないですけど。

二宮ファンテは、以前から割りと普通の女性感が強くて、どこにでもいる普通の女の子の転落物語を見せられてる感じだったのが、より強くなり、なおかつ「母」の部分がより強調されたファンテだったなぁと

ふうかエポは、更に可愛い恋する乙女になってたかな。マリウスのために全てを捧げて悔いのない一途な少女。やたらと可愛かったなぁ。
KENTAROテナは、相変わらずのイケテル悪党親父。17日はマダムも美しかったから、美男美女のテナ夫妻だったんだけど、綺麗なだけに怖い夫婦だったわ…
 
そして初役組

伊礼ジャベールは、最初なんか違和感というか嚙み合ってないというか、青二才が吼えてるだけみたいな感じで、正直期待はずれ?と思い賭けたんですよね。

最初の対決のシーンも弱い子犬ほどよく吼えるの典型みたいな感じがしたし。

ところが、2幕。バルジャンにバリケードから逃がされた後、落ちたバリケードに戻ってきたシーン、2階席だったせいか、表情とか全然わからなかったんですが、まるで獣のような唸り声を上げてて、そのまま人語を発することなく走り去っていくんですよね。

で、マリウスを担いで逃げてきたバルジャンと対峙して「自殺」へと移っていくシーンの表情の鬼気迫ることといったら…

狂気というか狂乱というか、その乱れっぷりがすさまじくて、この流れを計算しての冒頭のジャベールなら、伊礼彼方というのは恐ろしい役者だと思いましたね。

伊礼さんは、若い頃からどこか成熟した男の匂いのする人だし、非常に端正なルックスの持ち主なんですが、それが狂気に陥るとあんなにもおそろしく艶っぽくなるのかと、驚嘆いたしました。

新しいジャベール像を見せてもらった気がします。

課題としては、後から思えば…みたいなジャベールなので、1幕がなんとも微妙に映ってしまうところでしょうか。

おそらく、これから半年の間に練られていくでしょうから、彼にしか出来ない素晴らしいジャベールを見せてくれるようになるのでは、と期待大です。

いろはコゼ。

舞台見る前から可愛い可愛い連発していたいろはちゃん。いや、マジで可愛い!!!

更に歌も上手い!!!!!

生田ちゃんと同じく清純可憐なコゼットなんだけど、生田ちゃんがアイドルらしいある意味あざとさのある可愛さなら、いろはちゃんは無作為の可愛らしさで、どっちも可愛いけど、ちょっと質が違う感じ。

友人は生田コゼの歌声を小鳥のさえずり、いろはコゼの歌声を風のような軽やかさと評してたけど、むべなるかな。

ヤバいです。いろはコゼット、最推しになりました。

朴マダムは、色っぽくて美人のマダムだった。2017でほのかさんに期待したけど外れてしまった、森公美マダムとは違ったマダムを、という個人的な希望を尽く叶えてくれたマダムでした。

今回、歌唱がより台詞として聞かせるほうにチェンジしたのもあって、さすがの演技力に裏打ちされた艶っぽくて狡猾なマダムを見せてくれました。

すげー好き!

三浦マリは……え~と、辛口です。

歌は上手くなったんだと思います。カフェソングも歌唱披露の時より、上手に歌えてたし。

ルックスも可愛い。ちょっと可愛すぎて、今回はいろはコゼとふうかエポだからよかったようなものの、大人っぽい小南コゼと昆エポだと犯罪っぽくならないか?と心配になるくらい。

けど、それは三浦くんとして、の上手さだし可愛さなんですよね。

他の役者さんはアンサンブルさんまで含めて、レミゼラブルという世界に生きている人物としてそこに在るのに、三浦くんだけは「マリウスを演じている三浦宏規」としてそこにいたような印象でした。

だから、2階席だと歌が届かない。声は聞こえてますよ。歌詞もちゃんと聞き取れます。

けど、届かない。そこに込められているはずのマリウスの心が、見えてこないんです。

感動するはずのカフェソングが、とても軽く聞こえてくる。

カラオケなら満点なのでしょうけどね……

その世界で生きる、ということをもうちょっと真剣にやってもらいたい。

とはいえ、初役だし、そもそも役者としてのキャリアもそう積んでいるわけでもないみたいですから、今後に期待、でしょうか。

9月の札幌では、こんなこと書いた私が阿呆で見る目皆無だった、って落ちになることを祈ります。

 

 

そして最後に相葉アンジョ

冒頭、バイトで乞食の一人として出てる「一日の終わりに」で、クリアに聞こえてくる声に、まず震えました。

え、ちょっと、ヤバくない?って思ってたところに、「築け、バリケード」ですよ。

心臓に突き刺さる歌声の圧に息を呑みましたね。

去年の10月のタイタニック千秋楽以来、半年振りの舞台。

大丈夫なのか色々心配でしたが、実は山篭りでもして特訓してたのか?ってくらい迫力が増して、更に素晴らしくなってました。

美しさにも磨きがかかってるし、相変わらず足は長いし、見る人の印象に強く残る体の動かし方も流石だし、まさしくセンターに立つために生まれてきたアンジョルラスそのもの。

そこに更に厚みの増した歌声ですよ。

ホント、相葉さんはファンの期待を常に上回ってくれるよな~。

ま、そういうファンの戯言の垂れ流しは置いといて。

2017では「大理石の天使像」のような闇を切り裂こうとする雷光のようなアンジョだった相葉アンジョ。

2019では、そこに温かみが加わって、光は光でも、凍える人を暖める陽光のようなアンジョになっていました。

前回は聖なる天使だったのが、優しく導いてくれる指導者、心底優しい人間になった、みたいなことを話してたんですが、帰り、車を運転しながらずっと考えてて、浮かんだことがあります。

2019の相葉アンジョは、まるでキリストの似姿だ。

人の子を救うために犠牲となった神の子キリスト。

自分たちを見捨てた民衆を、それでも救うためにその命をかけて天に祈ったアンジョルラス。

BHHが流れる中、外を見張るアンジョの背中がことのほか好きな私ですが、2017はBHHが後半に入った辺りで助けがこないことを察してうなだれてたんですね。

それが2019では最後までうなだれない。「あれ?」と思っていたら、最後の「家へ~~~」の「~~」が消えそうになる辺りでうなだれるんですよ。けど、うなだれた顔を上げるのは、同じようなタイミングで。つまり、絶望してから決断するまでの時間が早い。

2019のアンジョは最後の最後まで民衆を信じている。裏切られたと思って立ち直るのに時間がかかった2017と違って、すぐに気持ちを切り替えてもいる。

ああ、2019の相葉アンジョにとって、自由のため、民衆を救うために戦うことは自分の使命であって、助けがくるこないに関わらず果たさなければならないことなのだ。そしてそのためには命も惜しまない。けれど、それは自分だけのことであって、他の誰かにそれを強制はできないししたくない。だから、こないとわかって一瞬絶望しかけるけれど、すぐに気持ちが切り変わる。そしてどうしても犠牲にしたくない人を去らせようとする。

そういうアンジョなのだな、と強く感じました。

このアンジョが半年でどう変わっていくのか。あるいは変わらないのか。

見届けたいと思います。

 

最後に。

アンジョの絶唱「世界に自由を」

今回は絶叫系だったんですが、それはそれでいいんですが、個人的には上げて欲しい。

あのハイトーンボイスでロングトーンを劇場に響かせて欲しいなぁ。

 

さあ、次は10日後。3日連続で相葉アンジョ、堪能する予定。

感想は変わるのか否か!?

 

 

ブログ、めっちゃ久々です(笑)

去年の11月に我が一推し俳優・相葉裕樹さんが体調不良で舞台降板という知らせがきまして、以来3ヶ月、なにやかやありつつも、根本的なとこで心折れて、かなり後ろ向きだった私。

本日、無事活動再開のお知らせが来まして、いきなり掌返しで前向きになりました。

そりゃもう、裏切り三五も真っ青の掌返しっぷりで、我ながら笑うしかないwww

で、前からまとめとこうと思った記事をアップすることにしました。

2018年10月の舞台「タイタニック」における女性達のドレスについての私的考察です。

これ、ツイッターで呟いたんですけど、どういうわけか珍しく、もの凄い数のイイネとリツイートをいただいたものだったり。

いい機会なのでブログにまとめておきます。

 

2018年10月21日記録

 

【タイタニック・徒然】 女性たちのドレスについて 1等客のディナー場面、男性は今とあんまり変わらない燕尾とかのフォーマルスーツ。 それに対して、女性客のドレス。ストラウス夫人のドレスは分かりやすく豪華だけど、他の女性客のドレスはそうでもなかったり。あれ、すごく時代を反映してる。→

ストラウス夫人のバッスル型のドレス、実は流行したのは19世紀末。あれだけスカートに広がりがあるってことは、細かく言うと、多分だけど、1870年代前半、もしくは1880年代後半の流行のはず。間の1870後半~1880前半のドレスなら、もうちょっとスカートが細身のはずだから。→ 

対して他の女性客、赤いドレスの謎の貴婦人なんかは、アールデコ風のストンとした飾りの少ないドレスを着てる。 アールデコは1910年以降の流行で、タイタニックの処女航海は1912年だから、当時としては最新流行のドレスなんだよね。→ 

実際、あの場面のタイタニックの内装について「最新のアールデコ」って歌詞があるので、間違いないと思う。 そして、ストラウス夫妻は大富豪なので、お金は有り余るほどあるはずで、それなら夫人は最新流行のドレスを着ててもいいはずなのに、あえて彼女は豪華だけど時代遅れのドレスを着ている。→ 

アリス・ビーンがストラウス夫妻を見た時に「慎ましい夫婦」って歌ってるんだけど、なぜそれが分かるかっていうとそういうところなんだと思う。 ディナーじゃない場面で夫人が着てるドレスとかも、クリノリン風に見えるんだけど、それはバッスルより更に一つ前の流行だし。→ 

流行の流れとしては、クリノリン→バッスル→アールヌーヴォー→アールデコ。 そしてアールデコの流行は女性をコルセットから解放したんだけど、それ以前はコルセット着用必須で、ということはメイドの存在が必要不可欠なんだよね。 最期の場面でメイドが三人も夫人に傅いているのは、そういうこと。→ 

多分、夫人のドレスは流行おくれだけど相当上質でなおかつ専属のメイドが長年丁寧に手入れをし、着せ付けてきたものなんだよね。 40年という年月の重みがあのドレスにも現れてるんだなぁと→ 

一方、他の1等2等の女性達のドレスと帽子。あれはアールデコのストンとした、体型を出さないドレスで当時の最終流行のモード。キャロラインが着てるドレスは紳士服の仕立てを取り入れたマニッシュなもので、いわゆるユニセックスのはしりみたいなドレスなんだよね。→ 

アールデコの流行は女性をコルセットから解放してドレスの飾りは簡素になったけど、反対に帽子が大きく派手になるっていう現象が起こるんだけど、その通り、彼女達の帽子は相当派手だ(笑) しかも、デカイ!→ 

ちなみに、アリスのドレスもアールデコ期のドレスらしいラインだけど、色合いは相当派手。あのあたり、キャロラインがイギリス貴族の令嬢なのに対して、アリスがアメリカ人だってことをあらわしてるのかなぁ。 そういや、アリスの夫・エドガーのスーツもチャールズに比べると派手だよね(笑) 

とまあ、マニアックな話だけど、ドレス一つとってもちゃんと時代考証してて、なおかつ登場人物の性格も反映してるって凄いなぁと思ったのでした。 

 

 

ツイッターからまんまコピペしてきました。

記憶に頼って書いたので細部で違っているかもですけど、大まかなところは合っているはず。

私は、舞台に限らず、何事も神は細部に宿ると思っているので、こういう衣装や小道具に拘った舞台、大好きです。