「 私はもうスタイルというものを信条としていない。
スタイルには、
独自の教義を持ち、
そして、
それが変えられない絶対の真理になってしまう故に、
人を別ける傾向がある。
だが、
もしただ一人、
ただの人間として自分を完全に徹底的に表現しようとする時には
スタイルはつくられない。
何故ならスタイルは結晶化であり、
継続的な成長の過程でしかないからだ。 」
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。」
「何故か、
人間という小宇宙や宇宙の森羅万象、愛や自我といった基本的なもの程、そのハッキリとした言葉とは裏腹に我々の言語空間に収まらない程に多元的・多原理的で実に曖昧模糊としている。
誰が言ったか、真理は太陽や死のように見つめることが出来ない。
それゆえに、基本が大切。
基本それ自体に目を向け続けるのは不可能であるから、根本的であるが多面を媒介にするそれを見るということは、より全体を見ることで起こる対称によってであり、同時に逆も然るようにして解釈されて、その有って無いようなものの表裏・夢現の狭間では美という感覚こそが然と在るのではないだろうか。」
スタイルで捉えることはできない世界を人間が捉えるためには、自らをそこまで到達させねばならず、そのために人間が足掛かりとして絶壁に打ち付けてゆかねばならないのが認識の友としてのスタイルである。
江戸時代に古文辞学を確立した荻生徂徠も、この人間の辿るべき宿命的な思惟過程を「名教」としているそうだね。このように方法論の大先輩も無形の宇宙において真の知のために人が通らねばならない修験道と、その道を真理に繋げる鬼神の神通力についてを記している。」
「ところで、
闘いというのはスタイルによって形創られるというのが
ボクシングの古くからの格言である。
ということで、
メイウェザー対パッキャオ、両者のスタイルを考察してみたい。」
「今回の試合のレフェリーはケニー・ベイレス氏に決まったらしい。まぁ当代最高のレフェリーであるんだが、この規模の試合だ、プロモーションもネットワークも複数関わってリングアナウンサーも多分二人になるんだろうから、いっそのことレフェリーも二人にしちゃえばいいのにね。」
「この度実現した夢の対戦は、スタイル的にも夢の対戦かもしれない。
何故なら、系統・性質として、メイウェザーはモハメド・アリスタイルであり、パッキャオはマイク・タイソンスタイルだからである。

勿論、
そのまま同じという事はなくて、
色々両者がオリジナルと根本的に違うところもありますが、
それも含めて考察してみよう。

メイウェザーはアリスタイル
右
蝶のように舞い蜂のように刺すタイプで、パンチスタッツをみてもわかるように、相手を大きく下回る手数でありながら、パンチを実際に当てる数で上回るピュアボクサータイプ。
技術やリングジェネラルシップを見れば一目瞭然だが、
明らかにアリの闘い方である。
ロープを背負ったり、相手のパンチをスウェーして被せたり。
アリと違うのはジャブやストレートのみならず左右のフックやアッパー、ボディ打ちが得意で積極的に下段を攻めるところや接近戦でも自分の距離であるところ。
ラリー・ホームズのようにライバルに恵まれないと思われたがパッキャオが出現。
大体
デラホーヤ戦くらいを境に、
プリティボーイメイウェザーとマネーメイウェザーのスタイルの違いが目に付く。
プリティボーイは時代は
(アントニオ・ターバーが渾名付け親らしい)
その名に恥じず、州から州を移動した銀行強盗のように、
打って動き打っては動くというスピードとテクニック以外は機能しないような展開を作り上げる方法をとっていた。
マネーになってからは、
真の王者らしく振舞い、
プレティボーイ時代よりも積極的にディフェンスを適応し、ポケットと呼ばれる相手とディフェンスと自分の間を陣取り何処からでも何からでも受けて立つという姿勢になった。
十数年間ずっと王者であり、
無敗で圧倒的なカリスマであるメイウェザーがオッズで不利だったことは少ないが、
常にその通りにする偉大なチャンピオン。

パッキャオはタイソンスタイル
左
名トレーナー、べレスタインに
人間の皮をかぶったダイナマイトと言わしめた男。
安定的な動きと冒険的な突撃で敵の懐に躍り込み、目にも留まらないパンチとその手数で相手を打ち倒す、パックマンの異名の通り相手を丸呑み・喰ってしまうようなタイプ。
これまた動きをみれば一目瞭然だが、
タイソンのようなピーカブースタイルである。
常に体を振っていて、
何気にディフェンスが素晴らしくて、
自分を安全・安定を確立しつつも今だという好機を突く鋭敏さと食らい付きがある、先手先手と積極的な先を執る。
タイソンと違うのは相手との距離を潰してのプレッシャーやスマザーしたりしないところであり、もっと言うなればある種の汚巧さが無いところ。
リーチが短く打ち方の関係もあって相手にパンチを当てるために体当たりのように飛び込んでから接触するが、
決して接近戦の選手ではない。
ここもタイソンとは根本的に異なる。
以前のパッキャオは
上記の性質ではあったが、
左手頼りの選手だったために純粋なボクシング的には完成度は決して高いという事はなかった。
ただ、
それはすぐに変わり、
パンチは左右両方が危険で、
技術は今や過小評価されているという域にある。
作戦を遂行する能力も高く、
独特な攻防一体の訓練された動きを条件反射的な速度で出せるのと、
それを読ませない・対処させない自由度、身体能力、機転がある。
カウンターパンチャーを難なくカウンターしたり、
アウトボクシングに徹したりできて普通にコンプリートファイターである。
運を持っているとよくいわれるように好機に恵まれ、
それを逃がさない鷹の眼を持ち、
多くの大物選手を相手にオッズを跳ね返してきた偉大なチャンピオン。
・・・
アリやタイソンやブルース・リーのように、
スピードが武器の両者。
両方ともパンチが目の前の相手には見えない程に速いが、
メイウェザーは瞬間的なパンチやポケットでの体の入れ替えなどの動作が得意のクイックタイプ。
パッキャオは、連打や踏み込み、あっちこっちに分身するかのような追いつけない移動速度という運動量のある動作が得意なファーストタイプ。」
「さらに、
時代を代表するボクサーであるのを考えれば当然といえば当然なのだが、
両者ともボクシング界で一番コンディションされている2人なのである。
このように、
ボクシングでは対戦相手だけでなく、
自分自身が勝利の行く手を阻むという事を忘れずに、
しっかり最高の調整を常に実行してきた真のプロフェッショナルである両者。
戦い方もクリーンだが、
相手が汚いことに頼っていたら躊躇なくやり返す事もする。」
それはアリのように、
限りない鏡に写るすべての眼が、
闇が、自分を覗いているのである。
だが、
そんな鏡も相手もまとめて武骨に
ぶち壊す者たちもいる。
そんな魅力あふれるボクシング界の頂点に辿り着いた二人。
オッズを間違いなくするメイウェザー
と
オッズをひっくり返すパッキャオ。
現在のオッズはメイウェザーが有利ということで、
両方とも望むところという状況。
いまのところボクシング原理主義的結果予想は
引き分け
or
ダブルノックアウト
ですかな。」
おまけ








