空気を読む? | 《laugh&feel&think♡》Earth Angels Home〜あなたという可能性と出会う場所〜

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14連勤の折り返し地点なり◝(๑⁺д⁺๑)◞
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さて。

その昔、「KY」ってありましたよねー。
私はその頃既にいい大人だったので、その言葉を使った事無いですがね。

さてさて。
空気って読めた方がいいのでしょうか?

私的答えは「空気を読む必要はない」です。

っていうか、「空気を読む」って、何となくそもそも他人軸って感じが^_^;

とは言え、その場を自分の価値観や思い、表現で支配やコントロールするのもいかがなモノでしょうか?

という事は、どういう事?

空気を読むんじゃなくて、どうすればこのコミュニケーションが豊かなモノになるか?を考えてみてはどうでしょう。
相手の顔色ばかり見て、自分の価値観や知恵、思いを表現しないのでは、その場をやり過ごす事は出来ても、自分のニーズは何時まで経っても満たされません。
また、相手の投げたコミュニケーションを受け取らず、自分の話ばかりしていてはそのコミュニケーションは成立しませんよね?
例えば、
「こういうトコに行きたいんだけど、いい感じのトコ知らない?」
という質問に、
「私はこの間、凄い素敵なトコに行ったの♡」
と答える、みたいな。
質問の答えにはなってないですよね〜^_^;
自分が行った事のある場所や持っている情報の中から、相手のニーズに近いモノを探し、提案する、或いはそういった情報が無ければ、情報を持っていないと話すとキャッチボールが出来ていますよね✨
相手の言っている事が分からないなら、そのまま自分の中で訳さずに、「よく分からない」と言った方がスムーズですね。

「分かり合いたい」という意図を持って、愛を込めて行えば、コミュニケーションがケンカになる事はありません。
「どうせ会話にならない」
「どうせ分かってくれない」
「ケンカになる」という思いから始まるコミュニケーションはそのようになります。
自分ではコミュニケーションの時、自分がどんな表情でどんな表現をしているか客観的にみる事は難しいですが、前者の場合は表情は柔らかく、瞳は輝き、愛ある言葉を使っていますが、後者の場合は恐れや諦めの表情でそうした表情をしているか、硬い殻に入ってしまったような感じになっています。
脳も纏うオーラもそうなっているからです。

空気を読むのではなく、素晴らしく豊かな相互理解のコミュニケーションを楽しんでみて下さいね〜✨