「……とまぁ、こんな感じかな。

 話下手でわかりにくかっただろうけど」

キルアは疲れたようにため息をついて苦笑しました。

アイリもユナも考えこんだように俯いて、

 言葉を発しませんでした。

 しばらくして沈黙を破ったのは、アイリでした。

「それも本当のお話なの?」

 キルアはただ頷き、

「長老に聞いた昔話だよ」

とだけ言いました。アイリとユナは視線を合わせました。

「そんなことが……。

 でもどうしてリーシャは村に戻らなかったのかしら?

 ユイが戻ってきてほしいと望んでいること、

    わかっていたでしょうに」


キルアはユナを見ました。

「確か、人生をもう一度やり直したいって言ってたよ。

  子供を亡くして、村にいるとそれを思い出すからって」

 アイリは勢いよく立ち上がり

「でもっ、リーシャとユイは友達だったんでしょう?

 子供な記憶と一緒に、ユイのことも捨てちゃってよかったの?

     もし私がユイなら、すごく悲しいよ……」

そういって、落ち込んだように座りました。

ユナはアイリの頭をなで、キルアを見ました。

 「ねぇ、キルア」

キルアはただ首を傾げました。

「リーシャは、どうなったの?」

アイリはぱっと顔をあげました。

 ユナは冷静にキルアを見つめていました。

「リーシャ?そりゃあ……」

キルアは言葉を切り、微笑みました。

「生きてるよ」

アイリは呆然としたあとすぐに我にかえり、

 キルアに詰め寄りました。

「い、生きてるって、本当?リーシャは村にいるの?」

キルアは頷きました。

「リーシャはまだ生きてる。

 さっきの話も、リーシャから直接聞いた話だよ」

アイリの表情がぱぁっと輝きました。

「ユナっ、リーシャが生きてるって!」

ユナは微笑みました。

「そうね。リーシャと長老を会わせることができるかもしれないわ」

アイリは大きく頷きました。
親と喧嘩した

テストで赤点とった

先生に怒られた

部活でミスをした

好きな人にフラれた

友達に無視された

いいことなんて

ひとつもない




私は独りだ

誰も私を認めてくれない

私は不幸だ

誰も私をわかってくれない

私は不要だ

誰も私を見てくれない



死にたいと思った

死のうと思った

放課後

屋上に行った

フェンスから身を乗り出して

世界を見た

赤い赤い夕日が

ビルばっかりの
無機質な世界を彩っていた

そこにおもちゃみたいな

ちっぽけな人間がいた

笑っちゃうくらい

ちっぽけだった




今やろうとしていたことが

馬鹿らしく感じて

死ぬのをやめた

その日はじめて

夜中に家に帰った

玄関の前に親が立っていて

私に気づくと駆け寄ってきた

お母さんに優しく

お父さんにきつく

抱きしめられた




なんだ

私は必要とされてるんだ

こんな世界でも

いいことのひとつくらい

落ちてるかもしれない

もう少しくらい

生きてみようと思った

幸せ

見つけてみたいと思った
「昔、といっても数十年前だけれど、

 村は作物が上手く育たなくて

 毎日食べるものを手に入れるのも

 大変な時があっ たそうなんだ。


誰もが飢えて

 毎日争い事ばかりの生活に疲れた村人達は、

神が住まうとされた洞窟に

 毎日供物を捧げて豊作を願った。

それでも状況は変わらなかったらしくて、


 しばらくすると洞窟に忍び込む者たちがでてきたらしい。

そのことに気がついたほかの村人達も、

神が願いを聞き入れてくれないとわかって

 なにも言わなかったんだ。


そして、洞窟に入った者たちは戻ってきた。

それを出迎えた村人達は驚いた。

見知らぬ女性が一緒にいたんだ。

それと少しばかりの食料。村人達は喜んだ。

 洞窟に入った者は村人達に、

洞窟の向こうにも村があることを知らせた。

 女性がその村にいたこと、


 
 その村では洞窟に

吸血鬼がいると恐れていること。

村人達は話を聞いて、

吸血鬼になることを思いついた。

村の男達数人が洞窟に入り、

向こうの村で吸血鬼になりすます。



  そうして得た食料で、なん とか生きていた。

数年の月日が流れ、村の畑も実がなって

 村人達も飢えずにいられるくらいまでには回復した。

吸血鬼になりすますこともほとんどなくなり、

 村には穏やかな時間が流れていた。

そんなある日のことだった。

 村に山賊が現れたんだ。

村人を数人殺し、食料を奪って洞窟の奥へ消えていった。

 村人達 は数日間、亡くなった人達を埋葬した。

山賊達はその間襲ってこなかったから

 もう大丈夫だと安心したんだけど、

村人達は洞窟の向こうの村が気になったんだ。

一方的とはいえ、助けられたからね。



 そこで数人の男達が武器を持って、

向こう側の村の様子を見に行ったんだ。

そして二日後の満月の夜に戻ってきた。

その時 男達は、一人の若い少女を連れていた。

その少女はとても綺麗な人で、

 誰もが見とれたそうだよ。

男達は少女が向こう側の洞窟の入口にいて、

山賊達に騙されそ うになっていたことを村人達に説明した。

 村人達は少女を歓迎し、

その少女はリーシャと名乗って、

助けてもらったお礼になにかできることをしたいと言った。



最初は縫い物を手伝っていたらしいげど、

料理も農作業も子供達の面倒をみるのも上手で

 人を引き付ける力のあるリーシャは、

しばらくすると村人達に村の長に なってほしいと頼まれた。

 リーシャは、

自分はこの村の人間ではないからと断っていたけど、

村人達の熱心な願いを聞き入れて村の長になったんだ。



それから村は 栄えて、

 近くにある大きな町と交流をもつまでになった。


 村人達は

リーシャのおかげだと信じて崇めるようになったけど、

 リーシャは村にきたときと変わらない態度で

 村人達に接し続けた。

リーシャは神の子だと言われ、

彼女が来てからは、村が災厄にみまわれることは一度もなかったそうだよ」
 扉の前に立っていたのは、

アイリ達より少し上くらいの少年でした。


あまり日に焼けていない綺麗な肌と涼しげな瞳で、

 アイリは思わず見つめてしまいました。

「はじめまして、僕はキルア。

 ここは僕の秘密基地みたいなものさ。

 村の人達は洞窟に近づこうとしないから、

 僕達以外は知らないんだよ」

キルアは、君は?というように首を傾げました。

「あっ、私はアイリ。ユナの友達だよ。あの、キルアが助けてくれたの?」

アイリはおどおどと尋ねました。

「そうだよ。倒れてたからね。

ユナの村の様子を見に行こうと思ったんだけど、

倒れてるのを見捨てて行くわけにはいかないし」

キルアはさらりと言い、部屋に入って床に座りました。

アイリとユナも、キルアの前に椅子を動かして座りました。

「話は全部聞いていたの?」

ユナの言葉にキルアは頷きました。

「悪いとは思ったんだけど、力になれるような気がしたからさ」

「今でも十分助かってるわよ?」

キルアはもう一度頷いて、ユナとアイリの顔を見ました。

「リーシャって人を探してるんだろう?」

「なにか知ってるの?」

アイリは身を乗り出しました。

「知ってるよ。なんたって……」

キルアはそこで一旦息をつきました。

「かわいそう、なのかもしれないな」

考えるように俯き、すぐに顔をあげました。

「少し長くなるけど、昔話をするね」

キルアはゆっくりと話し始めました。
ユナは少し息をつき、アイリを見ました。

「アイリ?」

アイリは呆然としていました。

ユナはよくわからなくて遠慮がちに声をかけますが、

アイリはしばらく考えこんだように返事をしませんでした。

ユナが心配になってもう一度声をかけようとすると、

「ねぇユナ」

アイリは戸惑ったような表情をユナに向けました。

「なぁに?」

ユナはアイリの言葉を待ちました。

アイリは少し迷うそぶりを見せ、

「ユイって、長老のことかも……」

ユナは驚きました。

「そんな、これは何十年も前の日記よ?」

アイリは頷き、何かを思い出すかのように視線をさ迷わせました。

「私も違うんじゃないかって思うけど、

 長老の名前は確かにユナだよ?それに、90歳越してる」

ユナは信じられないというように首を振りました。

「じゃあ長老は、

 自分の経験を昔話として話していたの?

 誰も洞窟に近づかないように、辛い記憶を甦らせてまで……」

アイリとユナは俯きました。

「それに、この日記を書いたのはリーシャって人だと思う」

「どうして?」

ユナは聞き返しました。

「昔、長老が一人で泣いてるのを見たことがあるの。

 そのとき、リーシャって人にずっと謝ってた。

 私まだ小さかったから、よくわからなかったんだけど……」

「そうだったの……」

アイリは息を吐きました。

「リーシャはどうなったんだろ……。やっぱり、吸血鬼に……」

「それはないわ」

アイリの言葉に、ユナはきっぱりと断言しました。

「どうして?」

アイリは不思議に思ってユナを見ました。

「だって、吸血鬼なんていないもの」

ユナの自信に溢れる言葉に、アイリはきょとんとしました。

「ここから少し歩くと、

山の反対側に通じているのよ。

それに、私達を助けてくれたのはちゃんと人間よ」

ユナがそう言ったとき、

扉の向こうから小さな笑い声が聞こえました。

アイリはびっくりしてユナに抱き着きました。

「大丈夫アイリ。紹介するわ」

ユナはそう言って、扉を開けました。


『今日はみんなでお月見をするはずだったのに……。

みんな誰を生贄にするかで争ってばかり。

次の満月までまだ時間はあるのに、

自分達のことばかりを考えてるのね。なにか方法はないかしら』


『吸血鬼が現れてから3日目。

 みんな争ってばかりで仕事すらしなくなってしまった。

 働かなければみんな生きていけないのに……。

      どうなってしまうの……。』


『7日も経ってしまった。子供達が泣いてる。

 村をでて行った人もいる。平和な村だったのに、こんなに変わってしまうなんて』


『11日……。

 みんな疲れきってるはずなのに、

 なぜ争うの?私と子供達だけでは仕事が追いつかない。
        
                  なんとかしなければ』


『15日、あと半月。こんなに荒れてしまうなんて……。

  もし決まらなかったら、私が……。』


『18日目。ユイが流産した。

 ストレスのせいだとお医者さまに教えられた。

 私もユイも楽しみにしていたのに。

 ユイは悲しみのためか誰とも口をきかない。泣いていいのに……。』


『あと9日。ユイがやっと泣いた。

 ユイも私と子供達の仕事を手伝ってくれるようになった。

  大人達はまだ争っている。やっぱり私が行くしかない……』


『あと5日。ユイにだけ生贄になるつもりだと教えた。

 思ったとおり反対されてしまったけど、

 覚悟はできてる。ごめんねユイ。みんなをお願い』


『いよいよ明日。まだ決まっていない。

 私が行くことになるはずだから、準備しなきゃね。

 少し怖いけど、大丈夫。

でもユイと会えないのは淋しいわ。絵を描くことにしましょう』


『満月が紅い。

 生贄は洞窟の入口まで一人で行くことになってるから、

 ユイに挨拶してから行くことにしたわ。

 村は誰もいないかのように静か。

  さようならみんな。さようならユイ』
経験という色とりどりの絵の具を
時間というパレットにのせて
人生というキャンバスに
未来という絵を描いていく

嬉しいことは黄色の絵の具で
悲しいことは青色の絵の具で
友情は赤色の絵の具で
甘い恋はピンク色の絵の具で

キャンバスはまだ真っ白
未来は自分自身で描くもの
どんな絵になるのかは
あなたが持っている絵の具と
あなたの想い次第

夢という下書きをして
描こう
自分だけの
素敵な未来を

「ありがとうアイリ。友達っていいわね」

話を聞き終わると、ユナは嬉しそうに笑いました。

 話し疲れたのか、

アイリはユナが用意してくれたお水をおいしそうに飲んでいます。

 そして思い出したようにユナに詰め寄りました。

「洞窟には行かないでって言ったのに、どうして約束破ったりしたの?」

ユナは申し訳なさそうに謝り、

 ちゃんと話すからと言って、

部屋の隅にある棚から古い本を取り出してきました。

「それ、なぁに?」

アイリが覗き込むと、

黄ばんでいて中には自筆でなにか書かれていました。

「昔の人の日記よ」

ユナは椅子を動かして、アイリの隣に座りました。

「日記?誰の?」

「それはわからないけど、

 昔の村人のものよ。

ちょうど長老が話していた、吸血鬼がいた時代のことがかかれてるの」

アイリは驚きました。

「そんなの、どこにあったの?」

「蔵を掃除したときに見つけたの。

すごく崩してあって読みにくかったから、

 全部読むまで時間がかかったわ」

ユナは楽しそうに言いました。

 
 アイリは不思議に思いました。

「こんなの、読めたの?」

文字に見えないこともありませんが、

アイリにはミミズが這った跡のようなものにしか見えませんでした。

じっと見つめても、全く読めません。

アイリの様子がおもしろかったのか、

ユナは声を出して笑いました。

「そんなふうには読めないわ」

「どういうこと?」

ユナは貸してと言って本を受け取り、鏡を取り出しました。

「こうやって読むのよ」

鏡で文字を映し出し、アイリにも見えるようにしました。

「あっ」

アイリは声をあげ、ユナを見ました。

「すごい!ちゃんと読める!」

 鏡に映った文字を見ると、反転して普通の文字に見えました。

「これに気がつくまで大変だったのよ。

 全然読めなかったから、捨てちゃおうかと思ったわ」

ユナはペろりと舌を出し、

ページをめくりました。

茶目っ気のある表情に、アイリはつられて笑いました。

「じゃあ、読んであげるわね」

探していたページを見つけたのか、ユナは日記を朗読し始めました。
目を覚ますと、明るい光がアイリを包んでいました。

 自分がどこにいるのかわからないアイリは、

不安になって辺りを見回しました。

そこは綺麗に片付けられた部屋で、アイリは布団に寝かされていました。

「私、洞窟に……」

そう呟いて壁に触れてみると、洞窟の壁のようにゴツゴツとしていました。

「ここ、洞窟の中……?」

不思議に思ったアイリは扉の様なものに近づき、開こうとしました。

「わっ……!?」

手を触れた瞬間に扉が勝手に開き、その向こうには見慣れた少女が立っていました。

「アイリ!目が覚めたのね。よかったわ」

ユナは突然のことに呆然としているアイリの手を引いて、

部屋の中の椅子に座らせました。アイリはユナの顔をじっと見つめました。

「ユナ……?」

「なぁに?」

名前を呼ばれたユナは、

 不思議そうに首を傾げました。

アイリはそんなユナの体をぺたぺたと触り、

気が済んだのか椅子に座り直すと、

 ぽろぽろと涙を流し始めました。


今度はユナが驚き、慌てました。

「どうしたの?どこか痛い?」

アイリは首を振り、ユナに抱き着きました。

「ユ、ユナが吸血鬼に、連れていかれたとお、思って」

ユナはアイリをそっと抱きしめ、頭を撫でました。

「大丈夫よ?ほら、私ちゃんと生きてるわ」

  アイリは頷いて、

しばらくすると少し恥ずかしそうに椅子に座りました。

涙をふいて顔を上げると、

いつもの明るいアイリに戻っていました。

ユナはほっとして、ふんわりと微笑みました。

「私を探しにきてくれたの?」

ユナの言葉にアイリは頷いて、今までのことを話しました。