その日の夜、

アイリは荷物をまとめていました。

ユナを探しに、洞窟へ行くためです。

 食料に松明、石を研いで作ったナイフ。

役に立ちそうなものを用意しました。


 それから、

おばあさんが寝ているのを確認して、そっと家を出ました。

小さく、行ってきますと呟くと、歩きだしました。

その日は満月で、

洞窟までは松明を使わなくても進むことができました。

しめ繩で囲まれた洞窟は、

月の光に照らされて妖しく光っているように見えます。

アイリは少し怖くなりました。

 「大丈夫。早くユナを探さなきゃ」

アイリは深呼吸をして、しめ繩をくぐりました。

 洞窟の奥は真っ暗で、

手を伸ばすと自分の指先が見えなくなるほどでした。

アイリは松明に火をつけ、辺りを照らしました。

足元はでこぼことしていて、気を抜くと躓きそうです。

アイリは慎重に進みました。

しばらく進むと、天井が少し高くなりました。

そこでなにか光ったように見えて、

 アイリは松明で照らしました。

「きゃっ……!?」

  いきなり黒いものが襲ってきて、

驚いたアイリは松明を落としてしまいました。

しゃがみ込んだアイリの頭上を蝙蝠が飛び回り、

しばらくするとアイリが歩いてきた方へと消えていきました。

落としたときに火が消えた松明を見失ってしまったアイリは、

手探りで進んでいきました。

何度も転んで擦り切れた手足を庇いながら、

アイリは帰りたくなりました。

  「どこまで歩けばいいの……」

アイリは、自分がどれくらい歩いたのか全くわかりませんでした。

洞窟が永遠に続いているかのように感じられて、

疲れきったアイリは座り込み、

顔を膝に埋めて泣きました。

暗い洞窟の中に、アイリの泣き声だけが響いていました。  


しばらくすると、洞窟に静寂が戻りました。

アイリは泣きながら眠ってしまったのです。

そして、洞窟の奥から人影のようなものが近づいてきました。

影が髪に触れても、アイリは目を覚ましません。

 しばらく迷うそぶりを見せ、

影はアイリを抱き抱えて洞窟の奥に連れて行きました。
 アイリには親友がいました。

ユナという優しい女の子で、アイリはユナが大好きでした。

ユナは吸血鬼のお話を聞いてから、

吸血鬼と娘さんの話ばかりしていました。

「ねぇアイリ、吸血鬼って本当にいるのかしら?」

 アイリは首を傾げました。

「みんないるって言ってるから、いるんじゃないかなぁ?」

「いるのかどうか確かめてみたいわ」

 目を輝かせてそんなことを言うユナを見て、

アイリは慌てました。

「だめだよ、危ないから。もし吸血鬼がいたら、帰ってこられなくなっちゃう」

 アイリの慌てた様子を見て、ユナは笑いました。

「冗談よ」

 それを聞いてアイリは安心しました。

絶対に洞窟に近づかないように約束して、

 二人は手をつないで家に帰りました。

 しかし、吸血鬼のお話を聞いてから数日後、

ユナはいつの間にかいなくなっていました。

村人たちは必死に探しましたが、見つかりませんでした。

 アイリは不安になり、

村の大人たちにユナが吸血鬼がいるかどうか

確かめたがっていたことを話ました。

 話を聞いた大人たちは顔を見合わせ、アイリに言いました。

「もしそうなら、諦めるしかないよ」

アイリは呆然としました。

そして、大人たちを頼れないことがわかり、

なにも言わずに家に帰りました。

黒蝶のワルツ


ある村の近くに、大きくて深い洞窟がありました。

洞窟の入り口の回りには縄が張られていて、

近くには

『入るな危険。吸血鬼がでます』

と書いた看板と、たくさんの十字架がありました。

 村人達は、

吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になる、

という伝説を信じていて、洞窟には近づきませんでした。

 村の長老は80を超えるおばあさんで、

よく村の子供達に昔話をしていました。


「昔々、 ある村の近くに、大きな洞窟があったそうじゃ。

その洞窟には吸血鬼が住んでいて、

村人は誰も近づかなかったのじゃが、

吸血鬼は満月の夜に、

若い娘を生贄と して差し出すようにと言ってきた。

生贄を差し出さなければ村を襲う

と脅された村人たちは、誰を生贄にするかで毎日争った。

それを見ていた村一番の美しい娘は、

悲しんで自ら吸血鬼に身を捧げたそうじゃ。

その日から吸血鬼は村に出てくることはなくなったのじゃが、

今でも知らずに洞窟に入ってしまった者は

戻って 来ないそうじゃ」


子供達はこの話を聞くと、

娘さんがかわいそうだとか

吸血鬼はひどいやつだとか、

みんなで長老を囲んで意見を言ったり質問したりしました。

「ねえおばあさま。娘さんは死んじゃったの?」

おさげの女の子が尋ねました。

「それはわからないんじゃよ。

なんせ、中に入って戻ってきた者はいないからねぇ」


長老がそう答えたとき、

ちょうど子供達の親が迎えに来ました。

ほとんどの子供達が親に連れられて帰って行くなか、

おさげの女の子だけがそれを見送って佇んでいました。

「ほらアイリ、家に入って夕食にしよう」

おばあさんが声をかけると、

アイリと呼ばれたおさげの女の子はパタパタと家に入っていきました。


黒蝶のワルツ


 私はそっと木の陰から顔を出した。

そして、また木の裏に隠れる。

すでに10分くらい、こんなことを繰り返している。

何度見ても理解できない光景に、私は頭を抱えていた。




「なにあれ、あいつはあんなやつだったっけ?」  

木に囲まれた小さな広場みたいなところに、

同じクラスのやつがいた。

暗いやつで、話かけてもほとんど頷くか首を振るだけだから、

クラスで浮いている。

 ただいただけなら、気にせずに通り過ぎていただろう。

そうじゃないから、

10分も時間を浪費してしまったんだけど……。   



10分前、私は部活が終わって家に帰ろうと近道をした。

ちょっとした林を通ると普通の道を通るより

15分くらい短縮できるから、私はよく近道をする。

今日もいつものように林の中を歩いていた。

 そこにあいつがいたわけだ。

同じクラスの変わり者、水谷夜月。小動物に埋もれながら。

しかも、動物に話かけている水谷。

普段は無表情の水谷が、少し頬を緩ませて小動物と戯れている。

 そのギャップに、私は頭を抱えている。

暗い性格のせいで女子はほとんど寄り付かないが、顔は悪くない。

いや、むしろいい。

そんな水谷の今の様子を見たら、女子が数人倒れるかも……。

 私は頭を振って、私はもう一度顔を出した。


黒蝶のワルツ

ぱきっ。私の足元から聞こえた音に、

さっと顔を上げた水谷と目が合った。

水谷はいつもの無表情に戻り、立ち上がる。

私は驚いて動けなかった。水谷が私のほうにゆっくり近いてくる。

水谷は私の数歩手前で立ち止まった。

「見たのか」

「え……?」

おろおろとした私の様子に苛立ったのか、

眉間に少しシワが寄った。

「今のを見たのかと聞いてる」

私は水谷もこんな表情をするのかと考えていると、

少し落ち着きを取り戻した。

「見た……けど。なにしてたの?」

水谷は考え込むように俯いた。

私は少し迷って、水谷の言葉を待った。

 数分たって私が声をかけようか迷いだした頃、

水谷は私の目を見据えた。

「お前は、動物と話せるやつがいると思うか?」

私は急な質問に戸惑いながらも、

思った通りに答えた。




「いるかどうかわかんないけど、

いたら面白そうだよね。もしいたら、

うちのタマとポチの通訳してもらいたいかな」

私の答えが意外だったのか、

水谷は少し驚いたような顔をした。

私はその反応を不思議に思って聞き返した。

「なんでそんなこと聞くの?」

水谷は視線を逸らした。

「……」

「言いたくないなら、別に……」


私はなんだか悪いことをしたように感じて、

顔の前で手をひらひらと振った。

「……。俺が動物と話せるって言ったら、どう思う?」

「え……?」

私はまた呆気にとられて聞き返した。

今度は水谷が表情を変えることはなかった。

「どう思うって……。話せるの?」

水谷は答えずに、小さく頷いた。

私はしばらく考え込んでしまった。

「え?どんな動物とでも話せる?犬とか猫とか、鳥も?」

水谷はただ頷くだけだった。

動物と話せる。それってすごくない?

「ねぇねぇ、今から家にきてよ」

「はぁ?」

水谷は呆気にとられたように私を見た。

「家に犬と猫とインコがいるから、通訳して!いいでしょ?」

水谷はしばらく私の顔をじっと見つめた後、

躊躇いがちに聞いてきた。


「気持ち悪くないのか?

動物と話せるんだぞ?

他のやつらと違うんだぞ?」


「なんで?動物と話せるなんてすごいじゃん。

他の人には真似できない特技だと思うけど」

私は首を傾げると、水谷はほんの少しだけ嬉しそうに笑った。

「今まで、動物と話せるなんて言っても

馬鹿にしなかったやつなんていないから」

私は水谷の表情を見て、不覚にもドキッとしてしまった。

顔、赤くなってないだろうか。



「小さい頃、友達に動物と話せるって言ったら、

馬鹿にされてイジメられた。

それからは、誰にも言ってない」

いじめ……。

だから水谷は他人と関わろうとしなかったのかな?

「私は馬鹿になんかしないよ。

むしろ友達になってほしいと思う」

「あぁ……。お前も珍しいやつだな」

気がつくと、

水谷はいつもの無表情ではなくなっていた。

私は

他の人が知らない水谷を独り占めできたような気がして、

うれしくなった。

「動物、好きか?」

「好きだよ?」

私は水谷にドキドキしてるのがばれそうで、

もっとドキドキしていた。

「来いよ。リスとかいろいろいるから」

「私いていいの?」 水谷は頷ぎ、

私の腕を掴んで歩き出した。

私は自分の心拍数が上がるのを感じた。

私、水谷のこと好きなのかも……。  

私は水谷に導かれるままに歩いた。

その間もずっと水谷が気になって仕方がなかった。

正直、ドキドキし過ぎてその後の記憶は曖昧だった。

動物に囲まれて水谷と話をしたのは覚えてる

。気がついたら水谷に恋していた。

恋って、こんなに急なんだ。

もちろん、その数日後に告ってオッケーもらった。



私は今、水谷の彼女。  

水谷はあの時から、他の人の前でも少し笑うようになった。

でも水谷の特技を知っているのは私だけ。

ちょっとうれしいんだ、二人だけの秘密があるのって。
くるくるくるくる

地球が廻ってる


くるくるくるくる

太陽の周りを廻ってる


くるくるくるくる

月が廻ってる


くるくるくるくる

地球の周りを廻ってる


くるくるくるくる

世界が廻ってる


くるくるくるくる

私達の周りを廻ってる
歌いたい

この唇にメロディーのせて

歌いたい

この言葉に想いをのせて

歌いたい

この声で愛を伝えるために

伝えたい

心の底から湧き出る愛を

雨の音
風鈴の音
楽器の音
風の音

たくさんの音がある
でもそこに誰もいなかったら
音はあるのかな?

夕日の色
海の色
雪の色
山の色

たくさんの色がある
でもそこに誰もいなかったら
色はあるのかな?

犬がいる
猫がいる
鳥がいる
魚がいる

たくさんの名前がある
でもそこに人がいなかったら

犬はいる?
猫はいる?
鳥はいる?
魚はいる?
たくさんの流れ星

色とりどりの花火

満開の夜桜

水平線に沈む夕日

キラキラ輝くダイヤモンドダスト

湖に映る満月

瞬きながら飛ぶ蛍



あなたと二人で見られたら

どんなに素敵かしら

私の世界が変わる

そんな気がするの
「卒業…だね」

式が終わってから、私と和也は裏庭の桜の木の下にいた。

まだまばらな桜の花が、風に吹かれてひらひらと舞っている。

私達はそこに、背中を合わせて立っていた。

「早かったな」

和也が小さく呟いた。

「もう3年も経ったんだね」

「お前と会ってからは、あっという間だった」

私は小さく笑った。

「私に会う前は?」

「早く卒業したいとばかり思ってたな」

和也は少し息をついて、珍しく長く話した。

「一人が心地いいと思ってたからな。

 誰とも関わりたいと思わなかった。

まぁ、俺がそんなだから誰も近づこうとしなかったけどな」

和也が空を見ているのが、背中越しにわかった。

「だが、お前はなぜかそんな俺に近づこうとした。最初は正直、面倒だった」

「ひどいなぁ」

私も空を見上げて呟いた。

「ありがとな」

私は和也の突然の言葉に、驚いて首を傾げた。

「急にどうしたの?」

「お前のおかげで、自分を好きになれた」

 「私なにかしたっけ?」

「俺を変えてくれたよ。自分でも驚くくらい変わったと思う」

私は和也に少し寄り掛かった。

「そりゃあ和也のこと、好きだからね。

 好きな人が淋しい思いしてるの、いやだから」

「ありがとな」

和也はもう一度小さく呟き、私を後ろから抱きしめた。

急なことで驚いた私は、和也の腕の中にすっぽりとおさまっていた。

「和也?」

「もう少し、このままで……」

和也は私を抱きしめたまま、しばらく動かなかった。

私は和也の腕を軽く叩いて笑う。

「二度と会えないわけじゃないんだよ?」 和也は頷いた。

「わかってる。多分、自覚している以上に不安なんだ」

「夢だったんでしょ?」

和也の夢は画家。

高校卒業したらフランスに留学することになっていて、

今日からしばらく会えなくなる。

「私はいつまででも、和也を待ってるよ」

和也の腕に、少し力がこもった。

「絶対に、戻ってくるから」

「うん、約束ね」

和也はそと離れた。風で飛ばされた花びらが、ふわりと舞った。

「和也、はいこれ。お守りにして」

私は離れた和也の首に、ペンダントをかけた。

「これは…?」

「千日紅を押し花にして作ったの」

和也はペンダントを見つめると、少し笑った。

「真奈には敵わないな。

なんだか、不安がとんでいってしまったような感じがする」

 「それはよかった。それを私だと思って、

 がんばってきてね。有名になって帰ってくるの、楽しみにしてるから」

私達は二人で小さく笑いあった。

そして私は背伸びをして、和也の頬に唇をそっと押し当てた。

和也は驚いて、途方にくれていた。

その様子がなんだかかわいくて、声をたてて笑う。

「ほら、飛行機に間に合わなくなるよ?」

「あ……あぁ、またな。」

「体に気をつけて」

和也は赤く染まった顔を隠すように踵を返し、

しばらく歩いたところでこちらを振り向いた。

「いってらっしゃい……」

私は小さく呟いて、手を振った。

和也は軽く手を挙げると、また歩きだした。

和也が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。

「さて、私もがんばらなきゃね」

私は桜の木を見上げた。

「またここで、和也と会えますように」

千日紅の花言葉は、変わらぬ愛。

多分和也は気づいている。

私にできることは、信じて待つことだけ。

もどかしいけれど、いつまででも待ち続けよう。

和也を愛し続けながら。