海外移住

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こんにちは。

 

長いこと放置していました。

このブログに書くか、新しいブログを作るか迷いましたが、面倒臭い。

ここに書くことにしました。

 

僕は今、単身ベトナムに住んでいます。

 

 

 

 

こんな感じのとても素敵なところです。

 

僕は望んでなかったけど、離婚したり、新しい職場で相当苦労したり、小さなお店もったり。(今も健在)

 

いろんなことがありました。

 

でも、それはそれで。

 

僕は常に最善を尽くしてきた自信があるので良かったと思っています。

 

後悔ってどういう時にするだろうか。

 

100%やりきれなかった時や、人を裏切るようなことをした時、つまりは悪いことをした時だと思います。

 

少なくとも僕はそう。

 

僕もまた、人を傷付けたりもした。

 

それが今の僕を作っていたりもする。

 

 

去年、ベトナムに来ました。

理由はふたつ。

 

ひとつは昔から海外でビジネスをしたいと思っていたこと。

 

もうひとつはやりきれなかったから。かな。。。

 

まあ色々ありますえーん

 

その時に最後の最後に見つけたのが今住んでいるエリアです。

 

結果的に良かったとなりそうな気がしています。

 

ベトナムに引っ越して1ヶ月半。

少しずつ友達が出来て来ました。

と言っても英語も話せない人も多くて簡単ではありません。

でも、それはそれとして。

 

まずは僕が彼らを理解したいと思っています。

 

少しずつ、本当のベトナムがわかって来ているところです。

 

ベトナムに来る前はフィリピンに行って友達に連れられてマニラを探索したり、一人で島へ行ったり、ワンオクのライブを観たり。まさか初めてのワンオクをフィリピンで観ることになるとは。

 

その辺はまた今度書くとして。

 

これから先、ディープなベトナムをお届けしたいと思っています。

 

では!!

 

 

ひまわりと子犬の7日間

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$カフェとタイ古式のお店 スワイナ

ひまわりと子犬の7日間という映画を観ました。
実話に基づいて描かれた飼い主を失い保健所に保護された母犬と子犬。
保健所職員と家族に生まれた素敵なストーリー。

僕も保健所に行き犬を引き取ったことがあります。
捨てられた犬や保健所で殺処分をされる前に救われた犬や猫を保護している施設にボランティアで行ったこともあります。

今でこそ知られるようになりましたが、保健所に入った犬や猫の命の期限は7日間なのです。
つまり7日間を過ぎたら殺すのです。

人間は餌代が大変とか面倒だと言って済ませているけれど、とても違和感を感じます。

動物が住めない環境を作り、高いお金を出して命を売買して、飼ったと思ったら面倒だと捨てる。
ペットショップも仕入れた動物が大人になってきたら冷蔵庫に入れて殺したり保健所に連れて行って殺したりしているのです。

僕が施設にボランティアで行った時。
人間に対して強く怯える犬が何頭かいました。
その中でも印象深かった犬が一匹。

人間が怖くて体が避けてしまうのですが、それでも近づこうとがんばっていたのです。

僕が歩み寄ると寄って来ようとするけれど体が避けてしまう。
それをずっと繰り返していました。

$カフェとタイ古式のお店 スワイナ

懐かしいけど今は亡きラブ。保健所から連れてきた子です。
この子は吠えるくらいで特別障害がなく愛想も良く一緒にいられましたが、保健所で見た犬の中には人間を憎しみの目で睨み吠える犬もいました。

人間に何かされたのでしょうね。犬は賢いので無意味に攻撃的な姿勢ではいないことでしょう。

ひまわりと子犬の7日間の主人公は宮崎の中央保健所の職員さんだそうです。

命を大切にしようと諦めず行動し続けた結果、動物の譲渡をする施設を作ることが出来たそうです。

多くの大人達は仕方がないとすぐに諦めてしまう。
自分には何も出来ない。出来るはずがない。やめた方がいい。
子供の頃、そんな言葉を何度聞いたことか。

そんな夢も希望をない大人でいたくはない。
自分の言っていることを冷静に考えた時に情けないと思わないのだろうか。

ひとりひとりが諦めずに何かを変えようと行動した時。
ひとりひとりが言葉にするだけでも世の中は動き始める。

変わらない理由は多くの人が「自分が言っても変わらない。」と思っているから変わらないのは当然だ。

先日面談などなどあって先生と親達で話し合うことがありました。
ある学科が全体の平均より少し低いことをある親が問題なのではないかと指摘しました。

小学校の勉強の平均がちょっと低いことで何か問題が出るのだろうか?
全体の平均が少し低いことを問題視する暇があるなら子供に熟に通わさずに勉強を見てやれば良いのではないだろうか?遊んであげれば良いのではないだろうか?

自分達が子供の頃、何をしてもらったら嬉しくて何をしてもらったら嫌だったのか。
何が為になり、何が為にならなかったのか。想像が出来ないのかな。

僕は人生で勉強が為になったのは字を書いたり読んだり、数字を足したり引いたり出来るようになれたこと。英語もね。

他はまるで意味がなかったよ。
努力することを知ったでしょ?と言われたこともあって「そうかも。」と思うこともありました。
しかし努力しなくてはならない瞬間というのは人生で何度も巡ってくる。
好きなことをしていても死ぬ気でやらなくてはならない時がある。

僕の人生ではそうやって学んだことの方が断然意味が深かった。

社会に於ける理不尽を子供に突きつけて良い子にしなさいと言う大人。
放射能撒き散らして安全ですとか動物を殺処分は仕方がないという大人。

根本的な本当に大切な物を思い出す必要があるのではないだろうか。

お金はいつか紙切れになるよ。
権力もお金がなくなればあなたを救わないよ。

賢くない人というのは、自分の意見が間違っていると言われても間違っていることを認められない。
自分が間違っているということが嫌なのだろう。なぜ嫌なのか心に聞いてみる必要がある。

多くの人が言いたいことを言い、意見を出し合い、本当に大切にしたいものをみんなで決める話し合いが出来たその瞬間こそが。 多くの人が殆どの不自由から不合理から開放される瞬間。

僕はどんなことがあってもこの主人公のように、心が正しいと示す行動をしていこう。



君にとっての幸せ

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子供達と接している毎日の中で色々なことを学ばせてもらっている。

僕が子供の頃と被せるように比べたりしながら。

そもそも幸せとは一体どういうものなのだろうか。

なんでも突き詰めると本質にたどり着く。

僕は大学を出ていない。
スワイナで社長になるまでずっとアルバイトで会社員になったこともなかった。

ただ一般的な人と比べて優れていたと言える点があるとしたならば、それは諦めずに夢を追うことだったのかもしれない。

自分の生き方と人の生き方。
人それぞれ、幸せと思う形は違う。

それが僕にとって野球の選手になることだったり、ギタリストになることだったり、お店を持つことだった。

今の時代になっても大人は「勉強しなさい。」「大学へ行きなさい。」

殆どの子供がそういう教育を受けるが、子供の幸せの価値観はそこにあるのだろうか?

大学を出て大企業に入り、良い車や家を買ったと喜ぶ親。


子供達とプロ野球を観に行った時、ふと子供が言った言葉。

「かっこいい!!」

夢を見る目に感動しました。
僕の教育ではこっちのほうが大切。
胸が躍るような気持ち。夢。希望。
そこに憂鬱なため息などない。

僕は夢を語る度、

「出来るわけがない。」「無理だ。」「諦めろ。」

大人はそう言った。言い方は悪いが悪魔だと思う。

僕が夢を叶えた瞬間、何にも勝る幸福感がそこにあった。

何を言われても努力を続けて叶えた夢。
目の前にある現実が夢だったのだ。

僕らの人生はたった80年くらいのもの。

いつかは死ぬ。

短い時間の中に何を求めるのか。

僕にとって、自分が幸せと感じることが一番大切なもの。

物質的なものでなく、胸が熱くなるような感覚。


子供達に伝えたいことはとてもシンプルだと思う。

それは、笑顔と愛と感謝があればどこでもうまく行くようになる。

卒業証書や地位はその人の本質を測るものではない。

地位もお金もなくなり、それでも尊敬され、愛される人間になれたとしたら。
それ以上に素敵なことがどこにあるだろうか。

みんな仲間であり、家族のようなもの。与えるものが受け取るもの。

仲間外れになっている子を仲間に入れてあげれば良い。
きっといつかその子がお前を仲間に入れてくれる。

そうやって生きていくんだ。

長い時間かけて自分にとっての幸せを自分で見つけだせば良い。

自分で考えて自分で行動し、自分で精一杯努力したことに後悔は残らない。
自分の望まない他人が指した道を行くなど幸せではない。


勉強。塾。いい子にしてなさい。

クソくらえ。

笑顔、愛、自主性、自由。

そんな人間らしい子供達が増えますように。

「君にとって幸せってどんなこと?」

そんな質問に答えられる大人になってくれ。

お前の幸せはお前にしか作ることは出来ない。

自分の道を行け。


$カフェとタイ古式のお店 スワイナ
みなさんへ

というわけで久しぶりにブログを書いています。

元カフェとタイ古式整体のお店スワイナ店長として。

僕ら家族はここ広島で元気に暮らしています。
東京を離れる前に人生で出会ったたくさんの素晴らしい方々がいたように。
タイへ行っても良い人がたくさんいたように、この土地でもたくさんの素晴らしい仲間に囲まれまて過ごしています。
いずれ九州に行きたいなとなぜか思っていますが、やはりどこへ行っても素晴らしい景色と素晴らしい人達がいるものですね。何度心が温かくなるような感覚を味わったことでしょうか。

今でもあのスワイナで過ごした輝かしい日々を簡単に思い出せます。

朝一番に出勤して火鉢の火を起し、ローズのお香を炊いて。掃除をしたりパソコン立ち上げたりアイスコーヒーを仕込んだり。戻って火鉢の前に座って10分くらいすると開店でした。
その時間がとても好きでした。

たくさん覚えています。
お店の中に親父が残したものをぶっこわして外に出すだけでとても時間がかかった。
壁紙を塗り直したり照明つけたり部屋を仕切ったり。
半分大工みたいなこともしていました。夏は嫁さんとふたり汗まみれになってテーブル作ったり。
オープンしてしばらくは暇だったからそんな作業をしていました。
徐々にお客様が増えてきてお客様といろんな話をしたり施術したり。
たくさん一緒に考えてたくさん一緒に時間を共有してたくさん笑った。
僕はそんな時間と空間がこの上なく好きでした。

いつかこの場所が誰もにとって好きなことを言い合い、本当のことを見つけ出せる手助けとなるような学びの場になると良いな。
寂しい時にふと立ち寄るといつものみんながいる場所に。新しい人が来たら無作為に歓迎するお店にしたい。みんなで本当のことを見つけられるお店にしたい。

そんなことを考えていました。
みんなが主役で良くて、僕はいずれ裏方に回って海外へ支援出来る方法を考えて、支援の手を差し伸べたいと考えていました。人間やろうと思えばそれも不可能ではないんですよね。


以前働いていたお店で指名してくださっていたお客様が偶然いらして再会したり。
名前まではっきり思えています。
ディナータイムに毎週のように予約してくださったご家族。
看板つけてくれた親友。
通りがかりで入ったはずがそこから毎週来てくださったブロガーさんとか。
一度来ただけで絶賛の記事を書いてくださった女性。
親父のお店の時からコーヒー豆を買ってくれていて、スワイナの常連にもなってくれた先生。
すぐ卒業で引っ越してしまうと3日4日連続で来てくれた学生さん。
あげればキリがない。

みんな覚えています。思い出すだけで目を細めてしまいます。

大変お世話になった3人の社長さん。
散々教えてくれた。人生とは。戦争とは。経営とは。社長とは。人間とは。人とは。真実とは。
連れて行ってくれだ。コンサート、展示会、食事、旅行。

僕はきっとそういうことをサラっと忘れられる程ドライではないのだと思います。
後悔はひとつもないけれど、僕のせいでこうなったわけではないから悔しさはあります。
いろんな論があるけれど、今のところ僕の心が示した方向へ向かっていこう思っています。

みんな覚えています。そして深い感謝をお伝えします。

ありがとうございました。

そしていつか人生の旅路の中で再会出来ることを心から、もっと深いところから願っています。


さて、今の暮らしを少し紹介します。

うちは奇跡的に畑があります。
僕は今EMを使って畑で作物を育てています。タイ古式をしている傍らね。(雇われという嫌いだった形に戻ってしまいました。)

$カフェとタイ古式のお店 スワイナ

キャベツ!! 葉の色が一時的に悪い状態ですが、まったく問題ありません。

$カフェとタイ古式のお店 スワイナ

にんにく!! にんにくってこうやって育つんですね!!植えるまで知らんかった。


$カフェとタイ古式のお店 スワイナ

ジャガイモ!! を植える穴(笑)

来た当初、みんなが「化学肥料使わないで出来るわけがない。」と言いました。
でも良く考えると作物って自然のもの。その辺になっていたんですよね。
ということは化学など必要ないはず。
調べると作物は光と水と微生物で育つと書いてあったのです。

これは試してみる価値がある。化学肥料や農薬を使わずに美味しい野菜を作りたい。

なんでも良く考えて、知識を学んで、やってみることが大切ですね。

結果、難しいと言われるキャベツも出来ました。一家でちょうと良いくらいたくさん。
他にも人参、カリフラワー、さつまいも、じゃがいも、大根、ルッコラ、小松菜、ミニトマトなどなど。
作ったり、作ってみたりしています。
なぜか家族はあまり興味を示さず。。。殆ど僕ひとりでやっています。
最初は雑草だらけだった畑をでっかいスコップ一つで15メートル四方くらいかな。耕しました。
熱い季節には仕事へ行く前に汗をダラダラ垂らしながら耕して、帰って水あげてとか。
夏休みには毎日のように息子と川で泳いでから仕事行ったり。
職場の仲間達と釣りへ連れてってもらったり、山の方へ行ったり。
休みを頂いて家族で洞窟へ行ったり。

僕の喜びのひとつが家族が楽しんでくれることかな。
家族でなくても同じ気持ちになるけれど。

この土地にも素晴らしいことや素晴らしい物がたくさんあります。

もしこっちへいらっしゃる際には一声かけてください。

きっと僕は笑顔で迎えます。


生きるって素晴らしいね。

こんな時代だからこそ余計にそう思える時が増えました。

みんなにありがとう。