過支援、または過剰支援という言葉を思いついた。文字の如く、行き過ぎの支援にこと。


これまで何度も行き過ぎた支援の危険性について述べてきたが、過支援という言葉が定着すれば福祉のあり方も少しは矯正されるかもしれない、そんな気持ちで提案してみた。


過保護や過干渉という言葉は一般化しているが、これと非常に近いニュアンスと受け止めて差し支えないと思う。利用者を過剰に支援することで利用者の自立性が低下するだけでなく、高まった依存性が様々な二次障害的を引き起こす。過保護や過干渉がアダルトチルドレンを引き起こすように。


更に過支援は福祉サービス利用者のみならず、教育における現場や一般社会に於いても、団体同士や会社同士の関係、国際関係に於いても大きな問題を引き起こし兼ねない。具体例については以後取り上げるつもりではあるが。


支援は甘やかしではない。時には厳しさも大切な支援にもなる。 その辺りの線引きに無理解な人たちを多く見かける。そんな中に一石を投じるつもりで過支援という言葉を提案したい。


いかがでしょう?

N党の東京都知事選のボードの件、少し熱が下がってきたみたいだけど、当初は物凄い反応だったね。


立花くんは言ってみれば世間をあっと言わせるためにあれこれ策を練る策士で、暴走族のようなものかなと私自身は考えている。


世間を怒らせて自分の存在価値を誇示しようとしてるんじゃない?


そんな人に腹立てるのって彼の思う壺だよ。


そもそも彼が行ったことは残念ながら法を犯していないと考えられる。言わば法の抜け道を見つけただけで、そう言う意味で抜け道を放っておいた立法府の落ち度。腹を立てるなら公職選挙法を改正しない法務大臣及び法務省、そして 国会に目を向けるべきじゃないだろうか?


立花くんに腹を立てる人も彼の策に乗っかって 調子に乗っている人も、彼と同程度なんだと思うよ。 


さあ今こそ立法府、行政府の腕の見せどころ。と私は思うのだが同じ意見の人はどれくらいいるのだろう?