GWの予定は決めましたか?


私の今年のGWは日曜日に野球の試合(審判)があるので、その間のウィークデイを利用しようかと画策中。


30日に貝塚で仕事が夕方に終わるので、そこから発って5月3日の午後に同じ貝塚で仕事があるのでその時間に合わせて帰って来るというパターンで行くつもり。


去年も同じように自転車で和歌山に向かって御坊で折り返して岩出の公園で職場の仲間と合流、なんて楽しい経験をさせてもらった。


で、今年は取り敢えずは歩くつもり。そのまま貝塚から海岸線を歩いて最終日に電車で戻るパターンと、一旦電車で海南か湯浅辺りまで出てからそこから歩くか?どちらにせよテントとシュラフと担いで行くつもり。


12年前と同じ出で立ちで。


でもあの時やってて良かったな。あれは梅雨明けから真夏の期間だったけど。


あと、天気は心配だな。まあ雨降っても決行するというプランもあるけど 、どうしようか?


ゆっくり考えよう!

昨日自転車で大変な目に合いかけた。


訳あってリアタイヤの中に太めのチューブを入れていたがそれが原因。私自身は細めのタイヤと太めのチューブはそれほど相性悪くないと思っていたが、走行中にリムとタイヤの間からチューブ がはみ出してきて、路上で緊急修理。先日のパンクのお陰で替えのチューブや工具は持ってたので助かった。


とは言え、その後は不安で不安で仕方なかった。小さな段差も細心の注意を払い、スピードも控えめで、何とか60km超えの道のりを乗り切れた。


そんな経験をしながら不安について考えてみた。


今回はセッティング自体を見誤っていた。つまり信頼できるセッティングでないことが判った途端に不安が押し寄せてきた。信頼できない時に人は不安を感じるのかもしれない。


しかし、多くの不安症の人たちを見てきて、彼らは信頼できないからではなく依存できないから不安を抱えているようにも感じた。先程の私の経験で例えれば、私自身が信頼できるセッティング調整を行っているか、信頼できるショップでピッチ調整して貰えば差ほど不安は感じないだろう。しかしどんなに慎重にセッティングしてもトラブルは起こるし、避けれない。一つ一つ対処するしかない。一方で絶対にトラブルを起こさないセッティングでないと不安で自転車に乗れないと感じる人はどんなに高価で頑丈な自転車でも不安は消えないだろう。そんな彼らが乗れる自転車は信頼を越えて心が依存できる乗り物ではないだろうか?


不安は私にとっては学びの素。なので不安であることは有り難い。不安があるから様々な学びを得られる。人として成長できる。一方で不安な心を他人や物事で 癒やそうとする人は不安から逃げようとして依存先を探し続けて行くのだろう。それ自体が生き辛さではないだろうか?


不安は私の先生。仲良く学べば様々な事を教えてくれる。今回の経験も有り難いものでした。

先日、野球の練習中にアメリカ人とカナダ人の学生さん団体が手を振ってきた。みんな興味津々で話しかけたりしてたけど、全く日本語できない。そんで私が拙い英語で話してみた。


本当に中学英語程度の簡単なの。でもちゃんと通じる。と言っても日常会話はスピードが速いし 訛りがあったりで全部は判らん。でも判るとこだけ 聞いて通訳してたり。でもチームのみんなは私がシームレスに話してると勘違いしている。これってあるあるで、少し話せるだけで 凄くできると思われる。


この話しとは別に最近Instagramで香港人とも英語でやり取りしている。 SNSで変な日本語でメッセージ入れてくる奴いるでしょ。多分その紛いかもしれないけど、幾分控えめな 文章だったので英語で返信してみたら綺麗な英語で返ってきて、それから日に一度程度メッセージのやり取りしている。


 私にとっては英会話の練習としてありがたい存在。


だけど、その相手は凄く美人。あまり深入りするとヤバいかもね。ネカマの可能性も高いし。


とりあえず英会話の練習が目的なんでネカマでも構わんがトラブルに巻き込まれんようにせんと