特別すぎる今日

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昨日は毎日が特別というテーマでしたが、やはり今日も特別な一日でした。というより特別すぎ。

今朝は地元幼稚園でのパフォーマンス。いつもながらに絶好調‼今回も誰一人泣くこと無く大盛況。のっけから子供たちをいじってじらせておちょくって…、今日は終盤で収拾がつかなくなった。最後は80人ほどいる全児童とハイタッチで揉みくちゃのそれはそれは楽しい時間でした。

衣装を着たまま昼からは平日の職場へ。ここはここで普段起こらないところから人間関係のトラブル発生。まあこれを治めることを社長に期待されて職員になったようなものなのでさっさと収拾つけたのですが、その後色々飛び火してそれはそれで楽しい一日でした。

人間関係のトラブルはどの職場でも敬遠されるものだと思いますが、私にはウェルカム。だって、そこに人間の成長のヒントが盛り沢山に積まれていますから。

大抵の場合は自分が正しくて向こうが間違っている、と言うような主張がぶつかり合うのでしょうが、私の役割はそれぞれが自分と向き合うように奨めるだけ。中には私の言葉に耳を貸さない人もいますが、ほぼ全て自滅路線まっしぐらなので残念ですがそういう方たちは落ちるとこまで落ちるまで待って向き合わせるようにします。今日はそこまで大変じゃなかった。

そんでそんで、そういう火消し役を日頃からやってると味方も増えるし相談されることも増えるから余計やりやすくなる。今日も火消し後にポイントが降ってくるように稼がせてもらいました。

午前は子供が収拾つかなくなって、午後はちゃちゃっと大人たちを収拾。大人の方がちょろいかも。

そして夜はやっとプライベートで水泳。今日は久々に結構泳ぎました。腰が動き出したのでそれを試そうと思ってたんです。結果はそれなりに泳げたのですが新たな課題を発見。それは骨盤。そう今取り組んでいることそのもの。やっぱりここが弱かったことがかなり影響してたみたい。

逆に言えば自分の最大級の弱点を見つけられた。ここを何とかすれば色々なことがどんどん変わっていくはず。克服の方法はまだまだ改善の余地有りだが、糸口はつかめていそうなのでこれまで通りしっかり骨盤と向き合えばきっと大丈夫。

帰ってピアノを弾いても骨盤まわりの変化が影響していることを確認。ピアノを弾く時の疲れが出にくいし、鍵盤に体重をのせやすいし、指が一本一本独立しそうな感じ。体幹と楽器の影響がこんなに深いのは驚きでした。

そして、まもなくこのブログを更新し終えたら週末の一人酒タイム。今週一週間を振り返りながらもう一度自分と向き合う予定です。

ホンマに今日は特別すぎる一日だった。素敵な今日に感謝しながら乾杯!
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毎日が特別

♪毎日がスペシャル、毎日がスペシャル、
Everyday is a special day!

武内マリアの歌をラジオで久しぶりに聞きました。最近は取引先や利用者の送迎などで運転する時間が増えたのでよくラジオに耳を傾けます。ついついディレクター目線で聞いてしまう癖があるので普段はラジオをつけないですが、最近は少し新鮮に聞こえるようになりました。

今でこそ毎日が特別、どの日にも違うカラーがあって違う喜びを感じますが、浮き沈みを繰り返していた頃は特別な何かを探し続けていたように思います。裏返せば普段の生活は面白味がなくあまり意味を感じない、生きていくためには働かないといけないので特別な週末を楽しむための暗い毎日、そんな風に感じていたと思います。

今考えると簡単なメカニズムです。自己肯定がゼロに近い状態だったので、つまり特別なことがない毎日はダメな自分で頑張って特別な何かを手に入れなければならないと躍起になっていました。

今は毎日生きていること自体が特別だと思えるのでなにもない日常は大怪我や災害とは無縁な特別な日と受け止められるし、何もなくても幸せだと考えられるようになると何気ない毎日ってとても変化に富んでいてそんなに退屈することもない、ホンマに特別な毎日だと感じられます。

自分自身が自身の人生を幸せだと感じられる人にはどんどん幸せが集まってくる。逆に自分が不幸だと思う人の廻りには不幸が集まってくる。自分の幸せを人に判ってもらいたい人は解ってもらわなければ幸せだと思えない、つまり不幸な人と同じパターンなんでしょうね。

お金がないから、友達がいないから、時間がないから…、だから幸せじゃなのだと、幸せに条件をつける人はそうやってどんどん不幸を自ら招いている。過去の私がそうだったことに今の私は気づける。

この世に生を受けたこと、障害はあってもこの年までなんとか生きてこられたこと、今も大きな病気を患っていないこと、更には今日を無事にいきられたこと、これこそが私にとって心の底から感謝できる幸せそのものです。別にそれ以上の幸せは求めませんが、そんなところに幸せが集まってくるんですね。

本当にあなたの毎日は感謝や喜びに満ちていませんか?毎日が特別だと感じられたとき、あなたの周りに既に喜びがずっと前から存在していたことに気づくでしょう。
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常々、成長には時間がかかると述べていますが、私だってできるだけ速く成長したいと思う気持ちはあります。正直な気持ちです。でもそれができない理由があるんです。そんな風にプログラムされている。だから自分に焦るなといつも言い聞かせています。

ではそれはいったい何故なのか?簡単な答えです。簡単に成長が手に入れば人は傲慢になるから。どんな風に傲慢になるのかは説明しません。だって身をもって知る必要があるから。説明することは不可能ではないですが、そんなことしたって真意は伝わらないだろうし、ただの知識で終わってしまう。知識を捨てて根拠をつかめ、ここにもこの言葉がつうじます。自分の傲慢さを腹に落とすためには身をもって知るしかありません。

私は傲慢にならない

そう思ったあなた、あなたのその気持ちを傲慢だというのですよ。傲慢というのは自分自身で気づきにくい、いつのまにか、自分が気づかずになってしまうもの。自分はならない、なんて最も傲慢な状態です。

自分の焦る気持ちとしっかり向き合ってゆっくりゆっくり一段ずつ踏みしめていく、これこそが最も早い成長であって唯一の確実な方法。急がば回れ、古からのこの言葉は先人たちもこの事に気づいていた現れではないでしょうか?

人生の5年10年なんてあっという間。このあっという間の毎日をどれだけ大切にするか、これが本当に大切なことなんでしょうね。間違ってもこれを3年にしよう、1年で何とかしようと思わないように。時間を無駄にするだけでなく、余計にスタート地点から遠退いていくよ。

このあとの説明を聞きたいならこのブログのバックナンバーを読み漁ってください。もう3年以上も書き続けているから何を書いたかも覚えていませんが、全てに目を通す気力があるのならきっと何かが見えると思うよ。

健闘を祈る、
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