ここのところ朝起きるのが辛い。仕事が立て込んで、睡眠時間は確保できているが、起床時に身体が痛い。とは言え、多くの会社員さんたちはこれが当たり前なんだろう。私も新卒の会社員の頃はそうだった。ようやく社会復帰ができた証かも。

さて、我が社(福祉の仕事のほう)は様々な業務があり、多くの利用者さんたちの様々な業務の指導に日々あたっています。

そこで最近気になったのが指の使い方。

我が社は精神疾患の利用者さんが中心ですが、指先の器用さに難のある人が多い。私自身も発達障害当事者だが、子供の頃から指先の器用さには定評があり、苦にしたことがほとんどない。WAISでは不器用と判定されたが寝耳に水のような状態だった。

なので、精神疾患=不器用、という図式がしっくり来ない。

しかしながら、布を折って畳む作業、パソコンの入力、などなど、私が全く理解できない動作が毎日のように目の前に出現する。

ここ最近では、唐揚げ屋さんの仕込みの肉を切る作業が遅いことが問題となっている。私も何度か手伝いに行ったが、手伝いに行っている私のほうが毎日作業している利用者さんたちより数倍速い。

最も速いとされている人の更に3倍のスピードで捌ける。調理師免許を持つ身としては当たり前かもしれないが、板場に立っていたのは25年ほど前、もはや未経験者のようなもの。

そんなところから色々原因を究明するなかで浮かび上がってきたのが包丁の握り方。

普段から包丁を握る人は野菜、肉、魚など、食材によって持ち方を変えているはずです。無意識に変えている人も多いはず。私も握り方など考えずに何通りもの握り方を使い分けていた。

しかし、多くの利用者さんは丸太棒をただ握るように持っているみたい。これじゃあ巧く切れる訳ない。

私自身は包丁の握り方なんて教わったことがない。調理場で罵られ、涙をこらえながら格闘しながらいつしか身についたものだと思う。

しかししかし、だからこそ面白い。

指先の器用さって人生に於いて大きな意味を持つと思いませんか?器用な人は重宝がられる。

勿論、持ち方を変えたからといって全てが激変する訳ではないだろう。しかし、延び代のない使い方のままでは勿体ない。

包丁の握り方って改めて振り返るとテニスのラケットの持ち方に近い。ウエスタンだったりイースタンだったり、包丁の持ち方とかなり共通する。

そう言えば王貞治のバットの握りも果物ナイフを握るような優しい構えだったような気がする。ある対談で、バットは握り込まない、って言っていた記憶がある。

また、最近の私の学びでは、ピアノの弾き方と空手の正拳に共通性が高いことも興味が高まっている。極論的にはピアノの上級者は正拳の使い方が巧い、と考えている。

ここ数年は体幹に興味が向き合いっぱなしの私ですが、その延長として新たな興味が湧いてきました。このような興味が満載された仕事に着けることに感謝します。

続、移動の打診

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前回、「移動の打診」というタイトルで2ヶ月ほど前に投稿したと思うが、その後、急に配属が変わり、新規店舗開店に向けてのほぼ専属をしながら納品や利用者の送迎、デザイン関連やパソコンスキルなどの指導などなど、まああれもこれもやる楽しい日々が続いたが、しかし明日新たにオープンする店で一連の仕事も終わります。

これで晴れてB型のサビ管見習いに打ち込めそうな、そんな雰囲気が見えてきました。とは言ってもA型のデザイン部門や事務関連のPC業務は私以外に請け負えなさそうなので当面は兼務になりそう。でも私自身はそっちの方が好き。やっぱり現場を飛び回っている方が刺激が多くて楽しい。

ADHDに多いパターンだが、情報量が多い方が頭がすっきりするんです。バイクツーリングなども、初めて見る景色を頭に放り込んでパンパンにして夜に情報処理する方が脳が気持ちいい。仕事も忙しいくらいの方が気持ちいい。

とは言え、いつまでもそんなことが続く訳ない。そろそろ観念して打ち込むつもりです。放送原稿やキャッチコピーはいくらでも捻り出せるけど、役所に提出する書類はどうも苦手で、ね。でもやらなアカン。

考えてみれば利用者から職員に声がかかったのも我が社では私だけ。加えて8か月後にサビ管の仕事を覚えろ、なんて驚きすぎ。サービス管理者資格は基本的に実務5年以上、最低でも3年の経験を必要とされる。だから暫くは見習いとなるが、あと26ヶ月も見習わんなアカンし。

これまで2年半でフリーカメラマン、1ヶ月で放送ディレクター、半年でプロデューサー、一夜にしてスタジオミュージシャンなどなど、自身でも信じられない経験を積んできたので今更なことだけど、これまでと違うのは私が嘱望したものではないということ。職員になるときは一度断って2か月後に受諾したし、サビ管の話しは断りはしなかったけど、全く寝耳に水なものだった。

いままで何度も夢を叶えてきたが、今回は夢に描くこともなければ、正直なところはなりたいものではない。でも、自身の人生の生き甲斐を考えたときに大きなピースであるだろうし、なりたくてもなれない人も多くいる。

全てに感謝し真っ当に生きれば、その人に見あった道が与えられるようだが、きっと私の必要に与えられたものに違いない。できるできないは後回しにし、一所懸命にまずは務めようと思っております。
今さっき帰ってきたところ。今回は我が鈴木姓のルーツである熊野を目指しての旅。ところが生憎の台風予想。しかしながら今年は時間が無い。ある程度の雨は覚悟してのツーリングでした。

●イロハ国道、十津川
昨日は朝早く出たかったが、ここのところ仕事が詰まって朝起きるときに身体が痛い日が続いた、そんなことから当初は自転車ツアーを予定していたがバイクに変更。兼ねてから狙っていたイロハ国道、国道168号を縦断することに。

この道は昔は冬場は通行止めになるような難所で、子供の時に行った十津川のバスツアーでも家族皆が車酔いした記憶がある。

昨日は朝ゆっくりして正午過ぎに出発。鍋谷トンネルから24号を東に、一路五條を目指す。鍋谷トンネルから24号は最早私のテリトリのようなもの。いつもはここから海難方面を目指すが今回は逆。やはり知らない道を行くのはワクワクする。

橋本を越えて五條へ、168号の交差点を間違い少し行きすぎたがグーグルマップで確認し直ぐに軌道修正。テクノロジーの便利さに感謝する一方で、怪しくなったら直ぐに立ち止まって確認できるようになってきた自分にも満足。これができなくてこれまで何度人生を踏み外したことか?

程なく谷側に湖が見えてくる。十津川は幾つものダムが連なる大河。果てしなく高い山を切り裂くこれまで見たこともない太さの川原。まさに雄大。

しかし子供の頃に見たクネクネ道がない。実際に行ってみると道は太く難所らしき場所は皆無。でもゆっくり走りながら感じる自然への畏敬とそこに住み続けてきた人たちの生活を考えただけで頭が下がる。毎日当たり前のように便利さになれてしまっている自分を省みる。

和泉を発った頃は猛暑だったのにめちゃ寒い。やはり大地は生きている、そう教えられる。

●宿を求めて熊野灘へ

十津川温泉辺りを抜けたのが17時くらいだったか。この時間から那智の滝や観光をしていると日が暮れてしまう。ざっと観光地への場所を頭に入れながら先ずは宿探し、と言ってもいつもの無料宿。テントを張る場所を。

川原はどこも張れそうにない。無理矢理結構しても石の粒が荒すぎて眠れそうにない。オートキャンプはうるさいBBQ連中に悩むのは嫌。と言うことでやはり海岸へ。イロハ国道を真っ直ぐ突っ切ると熊野灘。砂浜がずっと連なっている。久し振りの太平洋。台風の前触れか波の音がゴツい。ゴーって音が何重もハモってくる。

チャッチャとテントを張っていつものラーメン食って、日が暮れた頃には酒飲んで就寝。昔読んだムツゴロウさんの本で「漁師は日没に寝て日の出に起きる、それが自然な生き方」という内容を思い出す。それにしても熊野灘のごっつい波音を聞きながら寝るのは気持ちええ。スマホチェックすると次の日も天気は持つかもしれない。ラッキー!早めに起きて色々回ろ!

●日の出前からポツリ、ガソリンありませーん

夜中に何度かアメダスチェックするとちょっと嫌な感じ、と思ってたら4時半頃からポツリポツリ。ここで考える。雨を嫌って引き上げるか、雨の中、
ツアーを結構するか。こんなに遠くまで来て何も見ずに帰るのは勿体ない、そう思った瞬間に別の思考が…。やっぱり帰ろう。旅とはそういうもの、いや人生そのもの。目先の得に目を奪われれば人生自体を台無しにする。那智の滝も熊野大社も、次にとっておこう。その方が旅の価値も高まる。

そう考えて日の出頃には出立。雨はパラパラ。途中のコンビニで朝飯しながら雨雲の様子を確認しながら帰りのルートを選ぶ。東から天気が崩れるから少し遠回りして西に行こう。様子を見ながら龍神方面か更には白浜まで出ようか。

そうして田辺方面に進路を変えるが心に一抹の不安。燃料計がほぼエンプティ。給油所はあるものの朝早くて空いていない。都会の幹線道なら夜中でもやっているがこんな場所ではそういう訳にいかない。スマホチェックして探しながら行くが朝7時にならないと開かない場所が多い。天気が良ければ待つが相変わらずシトシト雨。やはり先を急ぎたい。でも急ぎすぎてガス欠すればジエンド。というハラハラ旅もきっと良い思い出になる、なんて考えてると朝7時に開店同時のステーションになんとか潜り込めた。これで帰りの燃料は確保。後はどのルートを選ぶか。

●神が宿る幻想のスカイライン そして新たな出逢い

雨はその後もシトシトと。ここで一つ賭けに出てみた。やはり通ったことのない道を行きたい。龍神スカイラインを通ろう!

今朝は雨のせいで観光地を諦めた。しかし雨のお陰で夏の夜明けの峠道を走れた。直ぐ頭の上に山肌に沿って雨雲が幾つも流れる。まるで水墨画の世界。そんな風に思っていたが龍神スカイラインに入るとそれが幼稚なレベルに思えるほど幻想的。スカイラインの至る場所が朝靄のような霧に包まれてセンターラインが見えなくなることも。そして標高1100メートルを越えた辺りの見晴らしの素晴らしさ、まさに天空を走るかのごとく目下は一面の緑とそれを包み込む白い霧。普通に観光してたらこんな景色にはありつけなかっただろう。まさにまさに、台風さんありがとう。

しかしながら、雨合羽を着ていても寒いくらい。当たり前か?あまりに寒いので肩甲骨や骨盤を時おり動かしながらの運転。指の先はだんだんかじかんでくる。寒くて肩が竦むので肩が張る。濡れた路面のワインディングは余計に身体が強張り緊張がはしる。そんな運転中にあるアイデアが。「肩甲骨と骨盤を連動させて体重移動すればコーナリングが安定するかも。」私のバイクはスズキアドレス。ATのスクーター。コーナリングには不向きな街乗り的な車だが、やはり二輪車である以上うまく体重を乗せてやればうまく曲がれるはず。試行錯誤で全然スピードは乗っていないが、何となく要領が解るような解らないような。一方でうまく傾けたいのに腰や肩が固くて思うようにできなかったり。

もしかすると普段からこの意識を持つと体幹トレーニングになるかも。

現代社会に生きていると移動は無駄な時間とついつい思い勝ちになってしまう。しかしこの無駄な時間が人生の最も基本の健康に寄与するとすれば、これは両得ではないか‼

天空に来るとやはり悟りが降ってくるのかも。

その後は高野からかつらぎを経て帰路に。この間中もずっと体幹と対話しながら、車体とラポールすることを意識して普段の倍の楽しさで帰ってこれた。

因みに全然飛ばしてませんから。死に急ぐ輩運転さんには道を譲れる心の余裕も持ち得そうな、そんな体幹と対話しながらの運転。また新しい楽しみに出逢えてしまった。重ね重ね台風には感謝、な旅でした。

おしまい