【時を賭ける】6.5pips 「六向聴」 | ストラトキャスターのオタりごと

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ひとりごと?ふたりごと?いいえ、こちらは僕がアニメ・ゲーム・漫画・フィギュアなどなどをポロポロと語るブログです!

「ごめんね、今日食器洗い任せちゃって。」
翼が雀荘『Clover』に行き、優子が軽音サークルの見学をして二人ともアルバイトを終えた帰り、

優子は翼に申し訳なさそうに伝えた。
「いいよ、指、しみちゃうでしょ。」
優子の左手のひとさし指には絆創膏が巻かれている。

右手は自転車を押していて、カラカラとチェーンの回る音が鳴っていた。
軽音サークルの見学でエレキベースを弾かせてもらったそうだ。余程手の皮が柔らかかったのだろう。

小一時間触らせてもらっただけで優子の指はひりついていた。
「ちょっと貸してもらっただけでこのあり様よ。」

自嘲しながら左手を高く上げて月に左手をかざして笑う姿はジュースの王冠やお子様ランチの旗、ビー玉を手にした
子供の様に嬉しさが溢れている。
「明日はサークル行くよ。私明日はアルバイト休みだし。」
「私は明日はシフト入ってるわ。翼はやるならギターボーカル?

翼ならキーボード叩いたりゲームやっているから左手はそれなりに使ってそうね。」
「あはは、そんなだよ?そだねー、やるならギターボーカルですかね。バリバリ前線に立ちたいのです。
あとはドラムの子がいればいいかな。ツインギター、ベース、ボーカル、あとキーボードとかパーカッションは追って考えましょかぁ。」
「今日見学行ったら3人希望者居たから多分そのままだと翼含めて5人かもね。ドラム、キーボード、ボーカル志望だったわ。」
「えー?ボーカル志望って楽器は演奏する気ないのかなぁ。バンドやるくらいならなんか演奏しないともったいない!カラオケじゃあないんだよー。」
「まあ、居るうちに楽器は触りたくなるんじゃないかしら。コピーバンドじゃなかったら作詞作曲してもらえばよいと思うわ。」
「バンドにボーカル志望で入ってくる人って音楽をする気ないと思う人って多いと思うんだ、うん。

イメージだけど。目立ちたいだけじゃない?」
相変わらず偏見まみれの翼が言いたいことをいう。
「まあ、あながち間違いじゃないとは思うけど……また掲示板の受け売り?」
翼は匿名掲示板に入り浸っていて、情報源の半分がそこからだったりする。
「たはは……まあそだねぇ。実際あたしもその子と喋ったらそんなことは言わないんだろうけどね。」
苦笑しながら優子のほうを向くと、優子は顔がにやけていた。
珍しいどころの話ではなかった。優子は普通に笑ったり、怒ったり、泣いたりと鉄面皮というわけではないが、

崩れた顔で固定することは皆無だったのである。
優子はそんなに音楽が好きだっただろうか。思い返してみても翼の好きなバンドのCDを貸した時も、

そんな表情はしなかったし、優子の好きなバンドを聞いたことも
なかったのである。
ふと、翼は聞いてみたくなった。
「ね、優子、そんなに音楽好きだっけ。」
ただ、不思議に思ったから聞いただけなのに思いがけない返答が返ってきた。
「なんで?」
カラカラとなっていた自転車の音が止まる。
「え?」
翼もあわてて立ち止まり、二人の間には遠くで電車の走る音が聞こえるくらいの静けさが流れた。
30秒くらいしただろうか。優子の表情は再び崩れたにやけ顔に戻った。
「イヤね。昔から音楽は好きよ。」
何事もなかったかのように自転車を押して進む優子の背中を翼は追いかけるように歩いて帰った。
マズイことを聞いてしまったのだろうか。ただ、『音楽が好きか』との質問になにが怒る要素があったのか
皆目見当がつかない翼だった。
ちょっとした質問でムッとする優子を見るのも初めてだったが、ほかの質問を重ねたら確実にまた不機嫌になることだけは
わかったので黙っていた。
そうすること数分、いつも分かれている交差点に差し掛かり優子は自転車にまたがる。
「明日の見学の感想、どうだったか、またきかせて。」
ぽつりと言い残すとスピードを上げて、帰っていった。

「なんだったんだろう。」