【時を賭ける】6pips 「第一自摸」 | ストラトキャスターのオタりごと

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2限目のドイツ語を受講しながら翼は結菜のことを考えていた。

大学生になるまでアルバイトをしたことがなくて、初めてが麻雀店。
確かに大学前の商店街の雀荘「clover」は以前から翼が抱いていた暗い雰囲気の麻雀店と異なって、外装も内装も
明るかった。都会の人気美容院のような、煌びやかな雰囲気すら醸し出していた。
それにしても。
今日は2,3,5限の講義があった。結菜も4限がないようで、その時間にcloverに面接に行くらしい。
私もclover行ってもいいかな とDENSHOに打ち込みながら
送信ボタンを押さずにスマートフォンをスリープさせ、教科書に目を落とした。
雀荘はおじさんや男子大学生がタバコをふかしながら酒を昼から飲んで、
くだを巻きながら麻雀を打ってて調子が悪いと暴言が飛び交う、
そんな場所としか思っていない翼は結菜が心配で仕方がなかった。
父親の漫画で読んだことがある。
雀荘店員のアルバイトは「メンバー」と呼ばれ、自らもお金を賭けて打つことがあり、
負けが込んだメンバーは店に借金をして返すまでやめられないということを。
しかしながら結菜とは昨日今日知り合った間柄であるし、
干渉する権利がどこにあるのだろうかと翼は悶々としていた。
麻雀の腕に自信があればアルバイトとして成立するのかもしれないが、結菜はどうだろう。
新興宗教にも勧誘されそうになっていたというのだからこれも甘い言葉につられてしまったのではないだろうか。

「……止めてあげられるのは自分しかいない。……直接行こう。」
翼はそう決めるとスマートフォンに残していた文章を消して講義に集中した。

2限が終わると3限までは時間が少しあく。
昼休憩だ。翼と優子は入学後、2限が終わると構内中央にある大型ビジョンの下で集合し、
近くの食堂で昼食をとると決めていた。
昼食中は特に優子には結菜の話をしなかった。止めることを止められていただろうから。
そのまま各々は別れ、3限目の講義を受けた。3限目は大学の駅前の商店街と近い講義室だった。
3限も講義を終え、足早にcloverへと向かった。
軽音サークルにいた皐月さんに教えてもらった古本屋『鳳凰堂』の右隣にあった麻雀店をめざす。
そういえば、皐月さんは何のサークルに入ってるんだろうか。
花田さんは別のサークルとは言っていたが、皐月さんはサークルではないと否定していた。
ギャンブルサークル、麻雀研究会、そのようなものがこの大学にあったかどうか、
あとで調べてみようかといろいろ考えながら歩いて8分ほどが経ち、件の商店街へとたどりついた。
雀荘cloverの外壁にはトランプのスートがあしらわれており、入口はガラス戸で中が少しだけ見えるようになっていた。
おどろおどろしい雰囲気といったものは感じられず、さしずめ改築仕立ての喫茶店や、美容院のような雰囲気があった。
翼はこぶしをきゅっと握りしめこくりと唾を飲み込みドアノブを見つめた。
ふと、ドアを開けるときなんて言って開けたらいいのだろうかとよぎった。
父親の本棚の漫画では「打(ぶ)てますか」と主人公は言っていたが、今日は別にうちに来たわけではない。
えーっと……なんだろう……。
たっ……たのもーーーーーーーーーーー!  
翼は勢いよくガラスのドアを引きながら店内へと入っていった。


「なんだぁ?」 スキンヘッドの大男がぬっとあらわれた。ガラス扉からは見えない位置にいたのだろう。
ひっと翼は声にならない声を上げて体をびくつかせた。
「雀荘破りでもしに来たのかよ。まあ……でも違うわな。
嬢ちゃん、外の看板は見なかったのかい。うちは貸卓専門なんだわ。」
一応、雀荘にはフリーと貸卓、つまりセットの違いがあることを知っている翼は知っている。
しかしながら翼は別に麻雀を打ちに来たわけではない。
スキンヘッドの大男に少し委縮してしまった翼だったが、正気を取り戻し、切り出した。
「あ、いやあの違うんですよ、麻雀を打ちに来たというわけでなく……面接にきた女の子いませんか。
友達なんです。話があるんです。」
「は?なんだい、あの子の友達か?」大男はくいっと背中に親指を向けると雀卓に着いている結菜を差した。
結菜の隣には学生らしき女性がいた。どこかで見たような。
結菜は目を丸く、口をあんぐりあけていた。
「ちょ……なんで翼が!?」


「そう、友達を説得にね。まあ、確かに初めてのアルバイトが雀荘って変わってるわね。」
ひとまず座りなさいと結菜の隣の席に座っている女性に促された翼はおとなしく雀卓を挟んで結菜の対面に座った。
まだ高校生でも通用する、子供っぽい翼とは違いかなり大人のオーラをまとっており、
長髪が特徴できりっとした目つきはどこか優子と似ているようだった。優子を柔和にして大人にした感じである。
優子は優子で堅物というまでガチガチではないのだが。
それと、かすかに香る柔らかな香水の匂いはどこかで嗅いだことがある気がする。つい最近だ。
「昨日……実質的には今朝会ったばかりなんですけどね……。」と少しあきれた結菜。
「あら、私とも昨日会ったばかりでしょ。あなたやっぱり人を信じやすいのかしら。」
今朝話していた新興宗教の勧誘に介入して防いでくれた女性はこの人だろう。
「オーナー。面接に呼んだ子にそういう言い方は。」諫めたのはスキンヘッドの大男。
「ちょっと言葉が悪かったわねごめんなさい、宝塚さん。篠山さん……前にいた店員がね、就活で抜けたから……。
店長と私とあともう一人、本宮という店員の三人で回していて、新しい人が必要になったのよ。」
オーナーと呼ばれた女性は説明を続ける。
「そうね……雀荘のイメージが悪いのは否めないわ。漫画や小説、映画ではアウトローのイメージが付きがちよね、
雀荘って。ウチの場合は禁煙だし、お酒は出さないし、お金のやり取りも禁止しているのよ。
最近流行り始めた健康麻雀ってやつ。
貸卓専門店なので店員がゲームに参加することもないから、店員はお客さんに軽いサービスをするだけでいいのよ。
喫茶店みたいなものだと思えばいいわ。」
「はい、そう聞いているので安心して、応募しに来ました。」と落ち着いた結菜。
「ああ……そうなんですねそんなものがあったなんて知らなかったなぁ……。インターネット麻雀みたいなものかぁ……。」
はやとちりを嘆いた翼がぽろりとこぼした声を聞き逃さなかったオーナーは翼に反応した。
「そう!そうよ。今や、インターネット麻雀、ネット対戦のゲームセンターの麻雀など珍しくないし、
アニメでは高校生が麻雀をする作品が出たりしてるじゃない。
今は娯楽をライトに楽しむ時代なのよ。インターネットでいろいろ身近に楽しめる時代が来ているの。
ほら、最近スマートフォンが流行っているじゃない?何もかもが身近に楽しめる時代がすぐそこに来ているの。」
「え、じゃあ雀荘は逆行じゃ。」翼は突っ込んだことを聞いてしまった。
「あえてよ。京桜大学の城下町にこの店がある意味。
あなたはインターネット麻雀を打ったことがあるみたいだけれども実際に牌を摘まんだことはあるのかしら。」
「ない……ですね。小学生の時、教育本の付録になった歴史の偉人をそろえるゲームをやったくらいです。
麻雀は……その……符計算まではできません。」
「100点満点よ。そう、私はそういう子たちがいると思ってこの店のオーナーをやっているの。」
はあ、とうなづく翼。
「実際の麻雀牌を摘まんだことない子でも気軽にリアル麻雀を楽しめる入口となって、
そういう需要を拾うのがこの店ってわけ。まあ大学職員や地域の住民も来るし。
学生には学生証を見せてもらって、割引会員証、時間割表の提出をしてもらっていて
授業時間は出入り禁止にしているから大学職員も怒りはしないわ。」なるほど、理には適っている。
それはそうとして、とオーナーは自身をさますように言うと結菜に向き直った。
「今日は面談とは言ったものの、あなたがその気ならば即採用の気分なのよ。時給とシフトは昨日言った通り。
うちは出勤時の電話確認もないわ。給料は給料日以降の仕事かその日に来てくれたら手渡しするし、履歴書だけいただけたらそれで今日はおしまい。」
オーナーの簡単な説明に鞘走ったことを完全に後悔する翼だった。
「あと、自己紹介が遅れたわね。私は中山 咲夜(なかやま さよ)。中山はそうねそのままで、咲き乱れるの咲に夜空の夜。京桜大学の三回生。」今度は翼に向き直ったオーナー、あらため咲夜だった。この人もパキパキとしているがコロコロと変わる忙しい人だ。
「あ……私は有馬 翼です。有馬温泉の有馬に垂直尾翼の翼です。」
「あなた麻雀はインターネット麻雀をやるって言ってたけれども、もしかして『天龍』かしら。階級とレートはどのくらいなの。」結菜との話は本当に終わりのようだ。
「そうです、天龍で……階級は3段です。レートは覚えてないです。」
「あら、段位なのね、そこそこ打てるじゃない。これは打ちがいがあるわね。あなたたち次の講義はいつなの……ってまあ1回生は講義がぎちぎちになってるわね普通。」
今日は次が最後の授業だと返した。
「あなたはまた今度打ちにいらっしゃい。次の貸卓1時間無料券あげるわ。4人全員無料になるから。」咲夜は麻雀卓の翼から向かって右側に差し出して無料チケットを翼に渡した。
ありがとうございますと翼は受け取り、じゃあまたとお礼をいい席を立たった。

店を出るとき、後ろで咲夜が店長を呼んで結菜のタイムカードの用意と仕事の説明を始めていた。
店を出てから、ついさっきもらった貸卓無料券を取り出し、まじまじと見つめて思い出したのは皐月さんだった。
「んー……麻雀は好きだし、あの人を誘って打ちに来たら良いか。軽音サークル居るかな。」