Surf’s-Up -27ページ目

Surf’s-Up

音楽の話を中心に。時にノスタルジックに

一週間ほど前の話になりますが、記憶は鮮明です。


  周りは驚くほど女子率が高い。フジでもそうだった。とにかく女子が多い。でも、歌の内容は女子よりのものは皆無と言っていいだろう。女性ファンは彼の歌のどの辺に共感しているのだろう。一度聞いてみたい気もする。それでも、前の方を陣取っているのは男性ファン。ただ、総じて言えるのは、なんとなく「源ちゃんかわいい」って感じだけできている人はいないだろうって事だ。その雰囲気だけは感じた。


 定刻を少しだけ過ぎて星野源登場。先ずは本人一人で「歌を歌うときは」からスタート。淡々した歌を、皆じっとして聴いている。その後、ドラムスの伊藤大地、ベースの伊賀航が加わり、軽妙な演奏をバックにぬくもりのある歌がライブハウスに広がっていった。


 後半からはペダルスティールの高田漣が加わり、幾分アーシーに味付けされた楽曲が披露される。特に「変わらないまま」「予想」が素晴らしかった。星野源ワールドを再現するにふさわしい、最強のラインナップ。個人的には伊賀さんのベースが本当にいい。


 星野源の歌は決して明るいわけではない。他人に見せまいとする心の暗部の描写が多いが、その中でももっとも多く扱われているのが「死」である。人はいかにして死ぬのか。でも、そこに特化することが結果的に生へのポジティヴィティへと転化される。根拠として堂々と「死」があるから彼の歌にはすごく共感できる。そしてそれを、朴訥とした音で、ユーモアを効かせて伝えてくれる。フォークでも、R&Bでもない、星野源の音としか言い様のないもの。本当に素晴らしいと思うし、日本人で良かったと思う。


 って、ちょっと堅苦しいですね。以下は個人的に印象的なところの抜粋。


 ・ライブ途中倒れた人に「よしこ」と名付ける

 ・「家族なんです」を歌った後に「ヒロユキおじさんだよー」。

 ・トーク中に携帯電話を鳴らした、若干年配の女性に優しく注意する。「着メロはなんですか」と問いつめられて  

  困った女性が絞り出すように「・・・初期設定」。会場大爆笑。

 ・「ジンギスカンの端にあるもやし、あれみんな食べるの?」と聞く。「あれ、あぶらのかたまりだよね」

 ・伊賀ザイル(きっかけは伊賀さん本人の名乗り)

 ・田辺誠一のアドリブ、変なメール話

 ・震災があった日、北海道にいて、そんな中生出演してくだらない話をしなければならなかった。不謹慎かもし  

 れないけど、どんな状況でもくだらないことを言って笑える世の中であってほしい、というようなことを言ってい

 た。

 ・「くせのうた」を良いところで間違い、やり直す。まさかの失念。

 ・アンコールの「未来」でも間違い一度やり直す。それでももう一度間違うが何とか最後まで。予定ではそこで 

  終わりだったようだけど、源さん一人でリクエストを募っておまけの「兄妹」。


 しかし、いっぱい泣きました。よく本人は「面白いだろう」と思って歌ったら、客が泣いていたっていうけど、泣けてしょうがないんだよ。



セットリスト(たぶん合ってる)

歌を歌うときは
グー
茶碗
湯気
ばらばら
布団
ストーブ
ひらめき
くせのうた   
エピソード
子供
家族なんです
営業
喧嘩
老夫婦
変わらないまま
穴を掘る
ステップ
予想
日常
くだらないの中に


アンコール
未来  
兄妹

・右膝の半月板1枚

・視力

・指の長さ

・単純に言ってルックスの良さ


・赤血球

・ヘモグロビン

・白血球

・血色素量

・それに伴って、ウィルスへの抵抗力

・胃の粘膜


・35km以降のスタミナ

・平地でのスピード


・絵心

・会話のセンス

・笑いのセンス


・お酒の銘柄へのこだわり

・ファッションセンスの一貫性


・ゆるさ

・決断力

・嘘をつける機転

・現実を直視する力

・強引さ

・自己主張


・二人で過ごす時間

・会話


・・・


休養中にぼんやりと考えていたことです。





インフルエンザにかかってしまいました。

熱は下がったので、程なく復帰できるとは思いますが。


ここ数日間いろいろあって、いっぱい笑っていっぱい泣いて、いろんなことがあって、

振れ幅があまりにも大きかったのか、最後は身体に来てしまいました。


星野源のライブもあって、書きたいことや伝えたいことがたくさんありますが

とりあえず回復したらまた始めようかと思います。



またまたジャック・ニコルソンの話になってしまうけれど

どうして、思ってもいない「強がり」を言ってしまうんだろう?


でもそうやって、好きな人や大切な人に対して簡単に弱音を吐けない人に

めちゃくちゃ共感してしまいます。

自分もそうだから。

ブログでは弱音吐きまくりですが

実生活では、これでも結構がんばってるんです(^^;)


別にカッコつけたい訳じゃない。

しかも、その変な「強がり」のせいで、今までどれだけの誤解を生んできたことが。

本当、しょうもないですね。


でもですね、一つ弁護させてもらいたいんですが

「強がり」が人を安心させるって事もあるんじゃないかと思うんです。


落ち込んでいてもショックでも、何でもない振りをすることで

心配されることをなくすっていう。

心配事がない方が、人間はのびのびと暮らせるから。


まぁ、見破られなければ、なんですが。


明日は、人生でこれ以上ないってくらいに「強がり」続けます。

勝負事に近いです。

自分の中にあるちっぽけな美学を貫きます。


それを成し遂げたら、自分を癒します。

全く予想が付かないけれど、明日一人でひっそりうまい酒を飲んでる画だけは浮かぶ。

そして、次の日は星野源のライブへ。

最高のタイミングですよ、源さん!





(続き)というわけで、少し音楽の話しでも。


昔はギターより先に鍵盤楽器が弾けるようになりたいと思っていました。


大学にピアノを弾く個室がたくさんあったおかげで、自由にピアノを弾くことができました。


とはいっても、音楽の単位を取るためにバイエルの練習ばかりしていましたが。


でも時々、この曲を弾きたいと思う曲は練習していました。


自分の場合は「弾き語り」がしたくて。


で、今日急に思い出して、さっきまでピアノを弾いていました。





これはけっこうできますよ。


もちろん歌は、こんなに素敵には歌えませんけどね。


大きな歌です。


これからギターを弾きます。

ギターの方がピアノより簡単だと思うんですが

そう思っている人は少数のようです。

ピアノはシンプルな分、ギターよりもエモーショナルだと思う。

だから難しい。





どうも最近、不安定です。

先週くらいから、いろいろありました。


体調の方は現状維持といった感じです。

風邪を引いていないのが救いですが。


でもなんとかご飯は食べようと、

今日も一人居酒屋していました。


街から自分の家は遠いので、

毎回代行運転を頼んでいては、とてもお金が持たない。


ということで、最近はすっかりノンアルコールビールを飲むようになりました。


最初の頃は「なんだ、この水」みたいな感じで、とても飲めなかったんだけど

それは事前情報がなかったからであって、

だんだん飲んでいると、これはこういう飲み物で

これはこれでおいしいんじゃない、と思うようになりました。


ノンアルコールビールと焼き鳥、おでんなんかもなかなかいけますよ。


ただ・・・不思議なんですが

本当に酔っていないのか、不思議になることは正直あります。


たぶん、周りで飲んでいるから、そこからアルコール分が飛んできて・・・とか

雰囲気で酔った気分になってるのかなと。


でも、絶対飲酒運転してませんよ!


で、すっかり明日の店探しなんかが最近のネット利用の主になってます。


やばい、音楽ブログなのに(^^;)


星がめちゃめちゃきれいです。




思わず走るのを止め、散歩にしました。




寒いのは嫌んなっちゃうけど




代わりに星がすごくよく見える。





星のきれいな日には




必ずエレカシの「星の降るような夜に」が聞こえてきます。




この曲が収録されている「東京の空」というアルバムがすごく好きで。




名曲揃い。




でも当時、エレカシ知ってる人僕の周りではゼロでしたね。



さぁ、歩こうぜ!







若干体調が下降気味です。

体調と言うよりは食欲かな。


こんな時でも比較的喉を通るのが

みかんとキャベツです。


みかんってのは、実に優れた食べ物だなって思います。

最近消費量が減ってるって聞くので

もっと食べましょうよ。


キャベツは万能食品ですね。

おかずにも、お酒のつまみにもなります。

ただ、高いですね葉物は。


インフルエンザが猛威をふるいつつある今、助けてもらっています。


みかんとキャベツに感謝しないと。


どうでも良いネタでした。



 リチャード・アシュクロフトのソロ1stシングル、A Song For Loversのジャケットは男女が熱いキスを交わしている写真である。しかも結構官能的な感じの。




 初めて見たときは、何とも思わなかったが、写真のそれがリチャードと恋人ケイト・ラドリーとのもので、そのケイトはSpiritualizedのジェイソン・ピアースの元恋人だと知ったときの衝撃は忘れられない。




 傑作「宇宙遊泳」には、元メンバーかつ元恋人であったケイト・ラドリーへの想いが綴られた曲がある。あれだけのアルバムを作ることができたのは、当時彼女を失った事へのショックや痛みがあったから、と当時は言われていたように思う。




 おそらくあのジャケットをジェイソンもどこかで目にしただろう。




 その時の気持ちはどうだったのか。




 興味本位なのではなくて、当時もしケイトに対する思いがまだあったとしたら、


 その事実をどんな風に感じたのか知りたいと思うのだ。




  Spritualizedは翌年、さらに大傑作アルバムLet It Come Downをリリース。これもまた、どうしようもないくらい  に傷つき、心がむき出しになったジェイソンがそこにはいる。




 人は心の痛みとどう対峙していくのか。




 先の大震災で、愛する人を突然失ってしまった人はたくさんいるはずだ。


 それ以外でも、事故や病気で失う人もたくさんいるだろう。




 「死」以外の理由で、愛する人を失う人はもっとたくさんいるだろう。




 痛みは消えていくのか、それとも永遠に刻まれるのか?




 そんなことさえわからない、自分の人生経験の浅さにも驚いてしまうんですが。



神様、僕の声が聞こえますか?





 愛する人が傍らを去り


 生きていたって、満たされるだけのものがない


 全てを失ったも同然です


 神様、見てください、僕のありさまを






 


 









とりあえず、元の生活が少しだけ戻ることになった。


でも、基本的な姿勢は変わらない。

というか、今の自分は変わりようが無い。


正面切って話をしたのは本当に久しぶりのこと。

ずっと考えてきたことを、たくさんぶつけた。


正直、言いすぎた部分もあったかもしれない。

自分がどれだけきつい言葉を吐いても、じっと耐えていた。


でもこれは、やっぱりまだ気持ちがここには無いという現れだと思う。

状況が悪くなったから、最善の策として選択したに過ぎない。


要は自分に「どうしてほしいのか」ではなくて、自分が「どうしたいか」なのだ。

その「どうしたいか」が見えてこない限り、何も変わらない。


でも、状況を整理すると、譲歩しなければならない部分も少なからずある。

だから、そこは今後も考えていかなければならない。


やっぱり今の自分にストレスフリーな状況なありえない・・・