心理カウンセラーの魔法の子育て -3ページ目

心理カウンセラーの魔法の子育て

心理カウンセラーから見た子育てのポイントと、ただの日記。NLPやコーチング、潜在意識など、最新の心理学理論を子育てに活用しましょう。


みなさん、こんにちは。
カウンセラーの佐原です。

 

2月も後半になり、温かくなってきましたが、いかがお過ごしでしょうか。


今回のテーマは多くの方には全く関係の無いお話ですし、

 

不快な思いをさせる方もいらっしゃると思いますので、不要な方はスルーしてくださいね。


今回のテーマ。それは、


小学生の女児の性的被害のお話です。


それも比較的被害が軽くあまり大事(おおごと)にされることなくスルーされがちな、『変質者に出会った問題』について、です。

学校の帰り道や友達と遊んでいる時に、変なおじさんがついてきたとか、露出狂に会ったとか、そういった問題です。


カウンセリングの仕事を始めて驚いたことなのですが、クライアントさんの問題の原因となる過去の体験を掘り起こすと、そういった場面が出てくることが非常に多いのです。

対人恐怖で生きづらさを感じていたり、婚活しても異性との距離が縮められない女性などを、セラピーの中で無意識の奥を開いていくと、

本人も気にしたことがなかった、過去の変質者に出会った体験が出てくるのです。

またか…と思うくらいにそれが多いのです。


それも当人はそれを問題とは思っておらず、ただ、

なんか生きづらいんですよね。

とか、

人といると緊張しやすくて疲れやすいんですよね。

とか、

男性と親密になろうとすると逃げたくなるんですよね。

とか

セックスが楽しめなくて身体が強ばるんです。

といった違和感を感じているだけで、

誰も「幼少期に変質者に会ったトラウマを解消して欲しいんです。」と直接的に言ってこられるわけではありません。


でも、身体に身構えとして出ている恐怖反応を深めていくと、ふっと、忘れていた変質者の記憶が出てくるわけです。


そして、このテーマは実際的な接触があったような性的被害では無いために親に言っても大きく扱われるわけでもなく、

本人も自分がそれに衝撃を受けているとは知らないままに、心の奥に放置されます。


でも、それが本人の自覚が無いままに、人生に通底和音のように影響を与え続け、瞬間瞬間の反応や選択を支配し、人生のトーンを決定づけているのです。

 

40代に50代になろうと、生き辛さの反応の原因としてそれが出てきて、そのトラウマを処理すると一気に楽になるのです。

 

ちょっとした変質者が、こんなに長い間人の人生を歪めていたのかと思うと、本当に罪深いですね。

 

非常に腹立たしいテーマです。


でもこれはしっかりと手続きを踏めば良くなるテーマでもあります。

決して、出会ってしまえばそれだけで運命を決定付けられるわけではありません。

ちゃんと解消ができます。

幸い、一度の不運からできたトラウマは、例えば18年間の親子関係の中で刷り込まれ続けたトラウマよりも遥かに解消しやすいものです。

では、もし仮に我が子がそういう被害に会った時に、親である私達はどんな対応をして、何を基準に大丈夫と思えば良いのでしょうか。

今日はそのあたりを整理してお伝えしたいと思います。

 

 

【トラウマ化しているかどうかの判断基準】



まず、どんなショックな出来事でもそうですが、それに遭遇したすべての人がトラウマになるわけではありません。

 

トラウマ化するかどうかは、その人の神経の繊細さや性格など、個人差があるものです。

 

では、我が子にショックな出来事が起こった場合、それがトラウマ化していないかどうかはどこを見れば良いでしょうか。

 

 

それには、その子に

 

臆するような体感覚が出ていないか

 

気持ちが落ち込んでいたり引きこもりがちになっていないか

 

外に出ることを嫌がっていないか

 

抵抗なくその話題を話せいているか

 

適切に怒りを出せているか

 

などを見て総合的に判断することとなります。

 

変質者に会っても、「ちょっと聞いてよ~。めっちゃ最悪~。ほんま腹立つわ~」と怒り混じりに力強く語っているならば比較的大丈夫です。

 

怒りと生命力が出ているということは、その出来事の衝撃よりもその子の生命力が勝るということなので大丈夫です。

 

一緒に受け止めて、一緒に腹立ってあげてください。

 

そういう力強さが出ず、言いにくそうに打ち明けてきたり、ショックを受けて落ち込んでいるようなケースであれば、以下のような手順でトラウマの処理してあげてください。

 


【性的被害を解消する】

※扱えそうになければ、無理せずに専門家に相談してください


トラウマの解消のプロセスは以下のようなプロセスになります。

受容→恐怖の処理→怒りの発散→身体の強化→認知の修正


順を追ってみていきましょう。

まず子供が変質者に会ったといった体験を話した際には、それをしっかり聞いて受け止めましょう。

お母さん自身に恐れが大きすぎる場合、無意識に「そんなこと大したことない!」と、心の中で自動的に無かったことにしてしまいがちです(否認)

あるいは、恐怖を回避するために自動的に怒りが出てきて「そんなところで遊ぶから!」と叱ってしまいがちです。

そうすると子供はこの問題を口に出してはいけないのだと判断して、出来事が持つ衝撃を処理する機会を失い、心に押し込めてトラウマ化させていまいます。

ここで大人がサポートして欲しいのは、子供自身がこの衝撃を扱えるようになる手助けです。

まずは大人がうろたえることなく毅然とそれを聞いてあげて、「怖かったんじゃない?」と言って、ハグをしてあげましょう。

ハグによって身体レベルで安心を与えながら「それは腹が立つね」と言って一緒に怒ってあげたり、「大丈夫だよ。お母さんは味方だからね」と安心を与えてあげます。

身体的な接触が大切です。

それをしてあげることではじめて子供は、気を張って身構えていた身体を緩め、無かったことにしていた恐怖エネルギーを外に放出することができます。

子供が安心するまでひたすらハグをして待ってあげてください。

「怖かったんじゃない? 怖くていいよ。怖い気持ちを感じてごらん」と感覚に意識を向けさせてあげるのも良いです。

そうしていると、もしかしたら自動的に身体に震えが出てくるかもしれません。恐怖のエネルギーの処理が起こっています。

それが終わるまでしっかり待ってあげてください。

大きな恐怖というのは大きな安心感があってはじめて出せるものなのです。

しっかり安心を与え、恐怖を感じることを許可してあげましょう。

そして恐怖が無くなったら、今度は怒りや「気持ち悪い!」という気持ちにフォーカスさせて、それを吐き出させてあげましょう。

具体的には戦いごっこをします。

クッションをいっぱい殴ってもらったり、力いっぱい体当たりして敵を押しやったり、そうやって怒りのエネルギーを発散させながら、

同時に身体レベルに「戦える」「勝てる」という感覚を再教育していきます。

ボクシングのトレーナーがするようにクッションを持ってあげて、娘さんに思う存分戦わせてください。

そして怒りの気持ちにフォーカスさせ、そのエネルギーを外に出させてください。「死ね!」「気持ち悪い!」と声を出させても良いです。

トラウマというのは脳の中の本能を司る部分の反応なので、解消のためにやることもとても動物的です。

身体を使って、「自分は戦える」「自分のほうが強い」という感覚を取り戻すことが大切です。

「お母さんも腹が立つ!」と、お母さんもクッションを叩いて一緒に戦ってサポートしてあげましょう。

そしてスッキリしてきたら、もうトラウマエネルギーは脳から解消されています。

あとは、「あなたは悪くない。」と認知のレベルの脳に伝えてあげてください。

ここまでくると、ネタにして笑いに変えても大丈夫です。

「変な人いるねー。嫌だねー」と気軽に話せるようになっているはずです。

家族の意識の光を当たられると、その体験はタブーではなく、公的なものになり、それが子どもの心を軽くします。

そして、できれば素敵な男性や守ってくれる男性もたくさんいるということを教えてあげてください。

***

以上が、変質者に会った時の、ご家庭でできるトラウマ処理です。

こんな体験は無いことを祈りますが、不幸にもあったとしても、それは何年経とうともいくらでも解消できるということはお伝えしておきたいと思います。

正しいプロセスさえ踏めば、いくらでも解消していけます。

あなたの身の回りでも、似たような体験をしたお子さんのご両親がいらっしゃったら、記事をシェアしていただけたら幸いです。

また、繰り返しになりますが、難しければ無理はなさらずに専門家にご相談ください。

 

 

 

*****

 

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みなさん、こんにちは。
カウンセラーの佐原です。

新年、明けましておめでとうございます。

いやはや。明けましたね。2020年。

東京オリンピックが決定した数年前から、この2020年のオリンピックイヤーを想像すると、何かキラキラして輝かしい未来のようなものとして、ランドマークのようなものとしてイメージされていたわけですが、

いよいよその2020年に現実のものとして足を踏み入れることになりました。

ほんと、あっという間でしたね。みなさんのまだ真新しい2020年はいかがでしょうか。キラキラ輝いていますでしょうか。

今日は良い天気ですが、仕事はじめの月曜日ですから、気持ちはキラキラとは行かないかもしれませんね…。


さてさて、旧年中はたくさんのご縁を頂き、ありがとうございました。

たくさんの方のナマの人生を見せて頂き、一緒にもつれを解消するお手伝いをさせて頂けることがとても光栄でした。

カウンセリングの仕事を始めて今月で11年になりますが、今は当初よりもずっと、人間というものの多様さ(人と人はびっくりするくらい違う生き物だ!)を理解して、

その人個人の表面的な希望よりもずっと奥の、それぞれの人の魂の持つ本質、家系の流れ、天の流れ、などの多様性や固有性を発見してそこを生きることを認めて行かなければ、決して「生きづらさ」も「うつ」も「人生のこれじゃない感」も解消していかないのだなということが分かってきました。

特定の症状には特定の心理療法の技術を使ったら、ほら解消!というものではなく(そういうケースも多々ありますが)

「あなたは他とは違ってこういう人ですよ。そこを勇気を持って生きてみてはいかがでしょう?」という本質への提案が腹落ちし、そこへ向かうことを邪魔している様々な常識や刷り込みや恐れを解消するために心理療法を使っていくことで、人はより本質的で調和の取れた変容を起こしていくようなのです。

「これ!これが私。これが私の人生。」という正解感を取り戻して行かれるようなのです。

そして何も主張する必要のない静かな強さや自信というものは、その正解感から出てくるもののようです。

この11年間、様々な方の人生やご職業や悩みや深層意識や傾向を見せていただくことで、人間というものはそれぞれがとんでもなく違う生き物なのだということが分かってきて、

そして勇気を持ってその固有性を支持して魂に従って生きていくことで、奇妙でいて正解感のある愛おしい人生になるのだということが分かってきて、

それによってどんよりと沈んでいた方たちが命を吹き返して輝き始めるのだということを見せてもらってようやく、

確信を持ってそういうサポートができるようになってきました。

心理という心の世界より、もう1つ深いレベルでの貢献ができるようになってきたのではないかと、そんな風に感じています。

これも様々な方が見せてくださった生身のかけがえのない人生のおかげです。本当に私自身がたくさん学ばせて頂いています。
ありがとうございます。

そこで得た知恵を、少しでもこういったブログでシェアすることで恩返しをして行けたらなと思っています。

今年もどうぞよろしくお願いします。

そして、プライベートはというと2人の娘たちも早いもので中3と中1になりました。

中3の娘には「箸が転んでも笑ってしまう」思春期なるものが訪れていまして、笑いの沸点が低すぎて面白いのでよくちょっかいをかけて死ぬほど笑わせています。

昨日も水を飲んでいるところを笑わせると、耐えられず吐き出していました(笑)。(受験生でもあるのですが…。)

「この子の生命が今輝いているか?」を軸に子育てをしていますが、どうなって行くでしょうか。

そんなところも含めて、今年もみなさんに何かをお伝えできればと思います。どうぞよろしくお願いします。

皆様にとっても素敵で記念すべきオリンピックイヤーとなりますように。
 

みなさん、こんにちは。
カウンセラーの佐原です。

本格的に寒くなってきましたが、お元気にされていますでしょうか?

今日はちょっと重たいですが、避けては通れないテーマ。

中絶や死産、流産が家族の心に与える影響、というお話をしたいと思います。

これはとてもデリケートなテーマですので、できる限り不安や罪悪感を掻き立てないように、ニュートラルに事実だけを書いて行きたいと思います。


ここでお伝えする内容は、普通の心理学やカウンセリングでは扱われることがなく、また医学や科学の世界でもまだ扱われていないにも関わらず、

実際には多くの方が様々な症状で苦しみ、家族に原因不明の不調和を生み出しているテーマです。

 

知識としてでも知っておいていただければ幸いです。



【家族は集団の心を持っている】



ファミリーコンステレーションという家族のエネルギー場を見る心理療法があります。

そのワークでは最初にクライアントの中にある家族の配置を作ってもらいます。お父さんはこっち向きに立っていて、お母さんはその横にいる…と、箱庭のように配置して、家族の関係性を表してもらうわけです。

私は対面セッションではそれを椅子を使って行いますが、グループワークで行なう場合は、他の参加者を家族の役として配置してもらいます。

お父さん役はAさん。お母さん役はBさん。お兄ちゃん役はCさん、と参加者に家族の代理人となってもらって、クライアントがしっくりくる関係性を代理人の配置で表してもらうわけです。

そうすると不思議なもので、配置した途端にお父さん役のAさんやお母さん役のBさんに、様々な感覚が生じてきます。

クライアントの家族の情報を全く知らされていないにも関わらず、

「なんか居心地が悪くて離れたい。」

「すごく良い感じ、お母さんに見守られてる感じがして心強い」

「なんか足が冷えて胸がザワザワする。」

「肩が重くて身体が勝手にしゃがみそうになる」

などのいった様々な身体感覚が代理人を通じて浮上してきます。

場合によっては理由も分からずこみ上げるものがあって号泣しだすこともあります。

これがクライアントの家族が普段体験している、集合的無意識(集団の心)の影響です。

家族や家系の集合的無意識が持っているエネルギーが、代理人を通じて表されるわけです。

こうしたワークを行うことで、幼少期の母との関係や過去のトラウマといった個人レベルではない、家系や家族全体から受けている影響を明らかにし、癒やしていくことができるわけです。

そして、このファミリーコンステレーションのワークを行っていると、代理人がある特徴的な反応を示すことがあります。

代理人が誰もいないはずの床に目を落とし、じっと凝視したままになるのです。

家族の誰の方も向かずに、床だけを見つめているのです。

こういう反応があった場合、

「家族の中に亡くなった人はいませんか?」と改めてクライアントに情報を求めます。

「あるいは家系の中に中絶や流産、死産などはありませんでしたか?」と。


【中絶や流産は無かったことにはできない】
 

代理人に現れる床を見る反応は、家族の中に無かったことにされたままの死者が存在していることを表す反応です。

 

とても不思議なことなのですが、例え中絶や流産の事実を隠していたとしても(実際は隠そうとすればするほど)家族のエネルギーは、その亡くなった子の存在を示そうと、症状のエネルギーを強めます。


家族の誰かが、その「いたはずの家族の一員」に意識を向け、場合によってはその子と同一化してしまうことで、自分本来の運命を生きられず、漠然とした不調和を感じながら生きて行くことになります。

例えばこんな影響が出ることがあります。



・中絶された子の兄弟の誰かが、その子と同一化し、二人分の愛情を受け取ろうと、異常なほどお母さんの愛を求めるが、決して満たされることはない。


・子供の意識が中絶された兄弟の元へ行ってしまうことで、その子はどこか心ここにあらずの儚さがあり、現実を力強く生きたり、未来の展望を持つことができず、無意識に死に引き寄せられてしまう。


・亡くなった子との同一化によって、例えば女の子に生まれながらも、亡くなった兄の運命が混ざり込み、スカートをはいたり女性として生きることに違和感を感じる。だからといって男性として生きるのにも違和感があり、人生が整って行かない。



・長男が中絶や流産により失われ、本当は次男であるはずの子が長男とされることで、自分が本来持っている次男的な運命やエネルギーを生きられず、長男として生きることで違和感を常に抱え、本来の自分の力や魅力を発揮できなくなってしまう。その結果、引きこもりや不登校などとして現れる。


・中絶した母自身が失った子への愛と罪悪感から、亡くなった子の世界に意識を向かわせ、(つまり死に向かわせ)それによって心ここにあらずとなる。その結果、生きてる子どもたちへ十分な愛を与えることができない。(形としてはとても愛しているのに、心の半分が失われているので、常に子どもたちは不足を感じる)


・生きている子どもたちが死に向かう母をエネルギー的に引き止める役割を選び、その結果、子どもたちは自分の人生を生きられず、母を救う役割に自分の人生を使い果たしてしまう。なにか物悲しそうな母が不憫で、意識が引きづられてしまう。


などなど、思いつくままに書きましたが、それ以外にも様々な複雑な症状や影響が生まれます。

そしてどれも、普通の心理カウンセリングの枠組みでは、本当の原因は分からず解決の難しい症状です。


【全ての流産や中絶が影響を与えるわけではない】


ここまでお読みになって、少し心配になってこられた方もいらっしゃるかもしれません。

では、全ての流産や中絶が必ず良くない影響を生み出すのか?というと、そういうわけではないようです。

私がセッションで見てきた感じですと、初期に自然に起こる流産の多くはそれほど、あるいは全く、影響が無いようです。

ですが、家族の配置(コンステレーション)の中に流産した子を取り戻した方が家族全員の力が強くなる場合は、それほど悪い影響は無くとも、流産で亡くなった子を取り戻すワークを行います。


では中絶の場合はどうかというと、これはやはりかなりの割合で影響があります。まだ家族を持っていない場合も、母本人や父親に不定愁訴(原因不明の憂鬱感など)様々な不調和をもたらすようです。


また、1つ見落としがちなのは、体外受精のケースです。

体外受精を行う際、いくつかの卵子に精子を受精させて受精卵を作ります。

その際に例えば3つ受精卵ができ、1つを母の子宮に戻し着床に成功した場合、残り2つの受精卵を不要となり処分されます。

でも、この2つの受精卵は、家族の一員として家族のエネルギー場の中に居場所を持つようです。

実際に私もセッションの中で、こういった知識を全く伝えていないクライアントから、

「今、ぱっと受精卵が目に浮かびました。実は私は体外受精で…。」と、本人の感覚を通じて情報が出てきたことを何度か経験しています。


ファミリーコンステレーションは、ワークを通じて様々な生命の法則を明らかにして来ましたが、それによると、

卵子に精子が受精された瞬間に、その命は家族の一員として家族の中に居場所を与えられるもののようです。

ですからワークの中では、これまで居場所を与えられず、無かったことにされていた家族(中絶や流産の子供)に居場所を与えることで家族全体の調和を取り戻していくことを行っています。


【ただ法則が流れる方向に寄り添う】

中絶や体外受精に関しては、倫理的に様々な意見や立場があるようですが、私たち心理療法家は良い悪いを主張する立場にはありません。

ただ、ワークを行うと法則は明らかにされます。

無かったことにされた子供によって、家族のメンバーそれぞれのポジションは乱れ、エネルギーはもつれ、何かしらの症状を作り出しています。

そしてそれらの症状は、「ここに兄弟がいるよ!」と、本来の家族の形に戻そうとする声でもあります。

私たち心理療法家はその本来の形に戻すとする声とエネルギーに寄り添い、最も調和する方向に流れるようにファシリテートしていきます。

症状があるということは、家族の心が解決を求めているということですので、解消するためのエネルギーを持っているということでもあるのです。

 


昔はよく水子の霊が…というお話がありました。

それもおそらくはコンステレーションにあらわれているエネルギー的なもつれが、霊能者の目には祟りのようなものにイメージ化されていたのでしょう。

でも、ワークを通じて見ていくと、亡くなった子は誰も恨んだり怒ったりしているものはおらず、皆一様に穏やかです。

ただ、法則として存在がありながら、家族の意識の中に居場所が与えられていないために、依代(よりしろ)となる場所がなく、その結果、家族の中の心優しい誰かの肉体が依代となってしまうようです。

だから、あまりおどろおどろしいものと思わないでくださいね。

命には私たちの頭の理解を超えて、良い悪いの価値判断も超えて働く法則があって、

その法則に従った時に私たちは、腹の底から身体の外までどっしりと調和した、本来の自分自身を生きられるようです。


【まとめ】

今回の記事で心にとどめておいていただきたいのは以下の2点です。

・卵子に精子が受精した瞬間に、その生命は家族の一員として家族に所属する権利も持ちます。それが法則で、その法則が破られ、家族の一員を無かったことにすると何かしらの影響が現れます。

・私たちの心は決して自分ひとりのものではなく、家族や家系の集合的な心から来る影響も受けながら生きています。

以上です。

 

みなさんの人間感を少し広げていただければ幸いです。

 

 

 

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家に帰り玄関のドアを開けると「おかえりー」と、元気な娘の声がして、その声が詰まり無く弾んでいるのを聞いて、彼女の人生が上々であることを知ります。

そして、リビングのドアを開けると隠れていた娘が、「わっ!!」と、驚かそうとするのだけど、大人がそんなことで驚くわけもなく…(笑)

「ひな。5000円相撲するかー?」と言うと、

「よーし。今日は負けへんでー。5000円ゲットするでー。」と、乗ってきます。

『5000円相撲』とは、父である僕に相撲で勝ったら5000円もらえるという、時々やってる雑な遊びのことです(笑)

お金がかかると娘の本気度が違うから面白いんですね。

「はっきょーい。のこった!」で取っ組み合い、

「ひな今日は勝てる気がするわ。今日は勝てる気がする」と言うものの、

やっぱり中学生の娘に負けるわけもなく、娘はごろーんと床に横に倒れます。

そうやってお互いの生命で遊んでいるんですね。

娘に立ち上がってくる生命の純度を感じ、彼女が今何も重いものを抱え込んでいないのだと知り、安心します。

あぁ。今日も問題なさそうだ。(ただ中間テスト前日にこんなに生命が外向きに煌めいているのは、それはそれでどうかと思うけど(笑)まあ、そこは良しとします)

そんな感じで、機嫌良くやっているのですが、この度僕は家族と半別居生活をすることになりました。

 

****

こうなった経緯はなかなか理解されにくいのですが、決して家族仲が悪いわけではなく、むしろ仲は良い方だと思うのですが、ここ数年、ずっと自分の中に違和感のようなものを感じ取っていたのです。

家の自分の書斎にいると以前は書きたい文章が浮かんできて、その場で形にしていたのですが、ここ数年は家にいるとそれができない。

書きたい内容が降りてきてもそれを形になるところまで、フィーリングを保ち続けられない。

家にいると、たとえ部屋で1人でいたとしても自分が散逸してしまったようなしっくりこない感じがあって、何度か確認したけどやはり、ここはもう自分のいる場所では無くなったのだなと気づいていたのでした。



僕が仕事で使う心理療法の中に、ファミリーコンステレーションという技法があります。

そのワークの中では家族がどのようなエネルギー的な作用を与え合いながらバランスを取って存在しているか?というのを見ていきます。


「コンステレーション」とは星座という意味で、家族の1人1人を星に見立てて、星座のような関係性を見ていくわけです。

家族はそれぞれに特有の重力を持って影響し合っていて、ある関係性の形(星座のようなもの)を作っています。

それがベストな形に収まっていると、家族全員が居心地が良く、着地感と安心感があり、力が沸き起こってくるような感覚になります。

逆にバランスが崩れいると、ザワザワしたり着地感が無かったり、家族の誰かが犠牲になっていたり、力を失ったりします。

個人の心とは別の、もう1つ深い層にある家族の集合的無意識に何が起こっているのかを見るワークです。

こういった集合無意識のレベルに不登校や原因不明の生き辛さの本当の原因があったりします。


このファミリーコンステレーションのワークを使って、自分の家族を見てみると、これまでのように1つの家の中に自分がいると、僕の力が発揮されず苦しくなる上に、家族達もどこか居心地の悪い圧迫感を感じる、ということが明らかになりました。

コンステレーションのワークを通してもやはり、僕の居場所はここではないと表れるわけです。

このコンステレーションの力学は、家族のそれぞれの発達段階や魂が今受けている流れによっても変わってくるものです。

子どもたちが小さい頃というのは、ちょっと大きめのペットを2匹買っているようなもので(笑)、コンステレーションは別のバランスを持って家という空間の中にしっくりと収まっていました。



でも、子どもたちが中学生になり自我を持ち、それぞれが個としての存在のエネルギーを放ち、同時に僕自身も社会的に担う役割が大きくなってくることで、それぞれの放つものが強すぎて一つの空間には収まりきらなくなってきます。



そうなると、「家族とはこういうもの」という頭の中の常識に従って自分たちを家の中に留めることの方が問題を生み出してしまいます。



常に何かを生み成していく天の流れと、それと作用し合いながら拡大していく個々の人間の成長の流れは、私達の常識や節度の枠組みの中だけに収まるようなものでは決して無いのですね。

これは、私がコンステレーションのワークで何人ものクライアントさんの家族の星座を見せてもらって教わったことでもあります。



私達の魂は皆、特別な重力と意図を持っています。そして、そんな特別な存在同士が共同生活を営む家族という集合体は、必ずしも僕らが思う「家族ってこんな感じ」という常識に収まりきるものではありません。



例えば大きな才能を持って生まれた子供は、独特の引力を持ち、その才能の発達のためにお父さんお母さんのエネルギーも強烈に必要とします。その結果、親子がとても近い配置になります。

そしてお父さんお母さんもその子の才能にエネルギーを注ぐために、リソースの大半を明け渡すことになり、仕事に支障をきたしたりします。



これは一般的に見れば異常なことに見えますが、そのお子さんの持つ才能の大きさや社会で果たす役割、存在の特別さよって肯定されるもので、逆にそれ以外の解はどこにも無かったりします。

それをもし常識に従って一般的な家族の配置や一般的な親子の距離に置くことにこだわると、お互いに力を失い、何かしらの症状や病気となって家族の誰かに現れてきます。



繰り返しになりますが、

常に何かを生み成していく天の流れと、それと作用し合いながら拡大していく個々の人間の成長の流れは、私達の常識や節度の枠組みの中だけに収まるようなものでは決して無いのですね。


もし常識というものの中に自分を収めることによってお互いが苦しむならば、それは悲しいことですね。

ということで、僕はもうこの家にいる流れが無いということは、妻にも以前からよく話していました。当然妻もそれを体感している(コンステレーションを感じ取っている)ので、「そうやなー」となっていました。


なので、では実際的にどういうコンステレーションの生活を再構築するか?というところが問題で。

「俺は旅人になるわ」と言って、頻繁に旅立ったりもしてみましたが、それはそれで楽しいけど意識が忙しすぎるし、カウンセリングの仕事も休んでるし(笑)、無理があるなとなりまして、

結局、自宅から車で10分のところに借りているカウンセリングルームで一人暮らしをするというのが、今のところ一番しっくり収まる解となりました。

一人暮らしであるというのが、自分にはとても大切なようです。

家に自分の部屋があっても同じ屋根の下に家族がいるだけで、保てない意識の形があるのですね。

オフィスに夜一人でいると、あぁ、これこれ!というようにお腹が喜び、呼吸がしやすくなり、心が深いところにまで潜って行きます。

そして一人で眠り、翌朝目が覚めて朝日を受けながら静かな朝の時間を一人で過ごす。この営みによって保たれた意識の形が、新たに何かを生み出そうとしてくれます。

しばらく書けないでいた文章が書けるようになったり、意識の仕事、内面の仕事がとても捗るようになりました。

そしてそうすると自分の無意識もとても機嫌が良いのです。

これが今のところ我が家族にとってのベストなコンステレーションのようです。

夜のカウンセリングを終えて、21時くらいになったら妻が車で迎えに来てくれて家に帰り、夕食とお風呂と家族団らんを愉しみ、

0時くらいになるとまた車でオフィスに送ってもらって一人暮らしに戻ります。

家族生活は3時間。

 

バランス最高です…(笑)

これを一週間くらい試してみたところで、妻にも聞いてみました。

 

「別居生活どうや? 一週間くらい経ったけど、ぶっちゃけどんな感じや?」


「うん…ラク


「え?」


「うん……ラク


「え?」


「…


! ぼそっと3回言うた…!(笑)


どうやら妻は夜にリビングで一人心置きなく韓流ドラマを見れる開放感が気に入ったようです。


「そっか…。寂しかったら言いや…。」


「う……うん…。」



そのやり取りを聞いていた娘が笑います。

「寂しかったら言いややって。ぷぷっ(*´艸`*) 絶対寂しくならへんわ~(笑)」

と、まあ、こんな感じで、楽しい別居生活が始まったのでした。

学生の頃の「一人暮らしはじめました…」みたいなウキウキを、44歳になった今また味わっています。


***

私達は常に大きな時代の流れの中にいて、そして個々の私達自身も成長や進化の独自の流れを持っています。

そしてその流れに従って生きたい、その時々の体験をし尽くしたいと魂は渇望しています。

それを止めると、苦しみが生まれ、その蓄積はやがては恨みとなり、それを外側に投影することで、「夫(妻)」や「社会」や「安倍政権(笑)」のせいにして、被害者のように生きたりいます。

そういう時、

それを、

我慢して恨むのではなく、クリエイティビティーで超えていけないか?

といつも思います。


そして、本当の苦しみの原因は現実の限界ではなく、実は自分の中の「こうあるべき」という固定観念やこだわりや罪悪感、つまり心の問題ではないか?とも疑い、そっち方向の解消に意識を注ぎます。

 

 

家族が淋しがるんじゃないか?とか、父親が今離れるのは無責任すぎないか?と勝手に思うけど、実際に聞いてみると、

「いや。大丈夫やで…、むしろ…どうぞ…。」だったりします。


ということで皆さん。

 

自分の中の古い観念や常識を捨てて、自由に行きましょうね。

 

 

今の世の中のテクノロジーや情報技術の進化スピードなどを見ていると分かるのですが、

 

どうやら僕らは、親世代の基準で言うと、3回分くらいの人生経験をしようとしているようです。


だから親世代の常識や基準に縛られていると、魂が経験しようとしているスピードや自由度に対して、現実が窮屈すぎて苦しんだりします。

もし生活に苦しみや違和感が出てきたらその都度、感性を全開にして、自分がどんな常識や信念に縛られているのか、そして何に興味を失い、どこに向かおうとしているのか、それを見て環境をクリエイティブに修正して行きましょう。

 

まあ、

人生3回分もありますからね。

1回目が冴えなかった…くらいで凹まないで、軽く柔軟に次に行きましょう。

我慢よりもクリエイテビティで超えて行きましょう。

誰も被害者にならず、皆が機嫌よく、全員のエネルギーの総量が増える配置やバランス(コンステレーション)を探りましょう。

そこにいると心の深いところがしっくり来て魂が喜び、仕事も人間関係も上手く行き、なんだか人に優しくしたくなる。

そんなスイートスポットを求めて、柔軟にクリエイティブに進んで行きましょうね。

 

 

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みなさん、こんにちは。
カウンセラーの佐原です。

各地で台風の被害が出ていますが、皆様はご無事でしょうか。

ここ最近は災害が続きますね。一刻も早く復旧しますようにお祈り申し上げます。

さて、今日は日々のカウンセリングの現場から。

私達の人生の幸福度に大きく影響を与えている要素についてお話したいと思います。

ご自分の幸福を考える上でも、お子さんの将来の幸せを拡大するためにも参考にしていただけたらと思います。

******



心理の世界では、私達の人生を決定づけているのは、自己肯定感のあるセルフイメージだと言われています。

外側の世界がいくら豊かで(今の時代は途方もなく豊かです)恵まれていたとしても、セルフイメージが低いとその豊かさを受け取れません。

お金があっても娯楽が溢れていても、それを楽しさとして体験できなかったりします。


別の言い方をすると、私達は自分の自己肯定感に見合った現実を選び、それを受け取ります。


自分のイメージに見合った収入。

自分のイメージに見合った友達。

自分のイメージに見合った恋人。


逆に言うと自分に見合わないものは受け取れないし、そもそも見えません。もし見えたとしても遠い世界の出来事のようで、自分事としては刺さって来ないのです。

道端に1万円札と100円玉が落ちていたとして、100円しか見えないようなイメージです。



今の時代はインターネットも発達し情報が無償化され、可能性に満ち溢れていますが、

セルフイメージの如何によって、その豊かな選択肢が見えたり見えなかったり、選べたり選べなかったりします。


だから

 

「高いセルフイメージ」が大切ですよ。というのがよくあるビジネス系自己啓発セミナーで言われていることで、

心理系のセミナーになるとそれが少し言葉が変わって、「自己肯定感」が大切ですよ。というお話になります。


それは全くその通りなのですが、でもカウンセリングで人の意識を見ていると、人の幸福を支えているもう1つ大切な要素があることに気づきます。

それは自己肯定感と対になる形で存在するもう1つの極です。

何かというと、


世界イメージ。

世界観。


のようなものです。

つまり、この世界が思いやりと豊かさに満ちた世界なのか、はたまた不足に満ちた競争と奪い合いの世界なのか。

この世は様々な体験をするためのプレイグラウンドなのか、あるいは罪を償うための受難の場所なのか。

そういった、私達の意識の背景となる世界観、人生観のようなもの、それが無意識に私達の幸福感や人生の選択を決定づけているのです。


この世界観が厳しいといくら努力しようとも人生は厳しいものです。

人生全般に暗く重い雲が立ち込めているようで、何が問題というわけではなくても常に心にスッキリしない重さがあって、

それでも目の前の努力を続けて山頂まで登れば、やがては雲を抜けて清々しい陽の光を浴びられるはずだと、開放感と共に自分を祝福したくなるような肯定感に包まれるはずだと思っていたけれど、

実際に頂上まで登ってみると、やっぱりそこは変わらず暗く重い雲が立ち込めていて、遠くには更に登るべきもっと高い山がそびえ立っていたりします。

世界観によって、そういうものしか目に入ってこないのです。


これは滅入りますよね。ふぅ~。


「でも負けられないし、負けてはいけない。だからなんとかあの山も登れるような筋力とトレッキングシューズを与えてくれませんか?」

と、私のところにカウンセリングに来られるわけですが、

でもそれをお渡ししたところで、この方は楽にはなられないのですね。

 

この方に必要なのは、更なる筋力でもトレッキングシューズでもなく、「新しい世界観」なのです。


覚えておいてくださいね。


私達には常に、今の目の前の努力を続けるという道と、世界観を再選択する道と、2つの道があります。

 

その際、「世界」を選ぶ(仕事を変える、友達を変える、など)ではなく、「世界観」を選ぶということが大切です。

つまり現実の仕事や人間関係などはそのままに、内的な世界観のみを変えることで、そこから受け取れるものを変化させ、幸福度を上げるということが可能であるということです。


逆に言えば、世界観が変わらなければ、いくら世界(外側の環境)を変えても、幸福度は変わらない可能性があるということです。


さてさて、では皆さんは今現在どのような世界観を選択して生きていらっしゃるのでしょうか?


この世界観というものはパソコンで言うところのOSのようなもので、背景にとして動いているため、なかなか意識化して気づいている方は少ないと思います。

収入がどうとか友達がどうとか恋人に恵まれているかそうでないかとか、「外側の世界」は意識できても、内側でずっと私達を支配している「世界観」となると、なかなか意識しづらいものです。

当人は物心ついてからずっとその世界観で生きて来て、それが当たり前となっているため、気付きの光を当てにくいのです。

自分がそういう世界に住んでいるから、きっとそれが当たり前で、それ以外に選択肢は無く、周りの人達も同じ世界を生きていると思っています。

でも違うのです。



同じ世界(環境)に生きていながらも、人は全く違う内的世界に住み、それゆえに幸せであったり不幸であったりします。

そしてその世界観の違いが、感じ方を変え、実際の選択や行動を変え、やがては内的世界に近い外的世界へと作り変えて行き、気づけば内的な世界観と同じ外的世界に暮らすようになります。

 

内外は一致して行くのです。

 

 

そして、現実に生きている世界と、内的な世界観が似てくると、一層のこと自分が内的な世界観を選択しているという事実には気づきにくくなります。

 

外側の現実がひどいから、私は苦しいのだ…と感じてしまって、その間にある世界観は見過ごされてしまいます。

 

そして、外側の世界を変えようとする努力が始まりますが、その努力や行動もまた背景となる世界観によってコントロールされているため、結局の所、同じ苦しい現実を再生産してしまうのです。



さてさて、

それでは、今自分が無意識的に選択し、採用している世界観がどういうものなのか。優しいものなのか。厳しいものなのか。

それを知るにはどうすれば良いでしょうか。



簡単な質問でそれを明らかにすることができます。

次の質問について考えてみてください。



・「この世に神様がいるとして、その神様はどんな表情や雰囲気であなたや世界を見てくれていますか?」


・「神様はあなた個人に対しては祝福して認めてくれていますか?あなたと神様とはどのような関係でしょうか?距離感や関係性はどうなっていますか?」


これらの質問の答えは人それぞれで、例え無宗教であっても、想像する神様像が人それぞれの世界観を端的に表してくれています。


神様はニコニコしてこっちの見守ってくれている。

神様は私に罰を与えそうだ。

神様は友達のように身近な感じ。

神様は余所余所しくて私に関心が無い。

 

なんか畏れ多くてすみません…って気持ちになる。


などなど、それらが、今あなたが無意識に採用して所属している世界観であり、やがては子供達に引き継がれる世界観です。


ちなみに私はどんな感じかと言いますと、

 

微笑ましく見守ってくれていて、どんな体験も良い悪いなく、「全て経験じゃ…」と、おおらかに受け止めてくださっている感じです。

そして、なにか有事の際には全力で助けに来てくれそうだけど、それ以外は「酸いも甘いもいろいろ経験しなはれ…」と、にこやかに見守ってくれています。

それが私の住む世界なんですね。



面白いものなので、良かったらお子さんにも聞いてみてください。

子どもたちが今どういう世界を生きているのかが分かります。

うちの下の娘に聞いてみると、以下のようなやり取りになって笑ってしまいました。


「ひなー。ひなは神様いると思う?」


「うん。いると思う。ひな、神様にめっちゃ守られてる気がするねん。」


「え? そうなん? でもひな、ととのお菓子よく盗むやん?」


「うん。」


「そういう時、神様はなんて言ってるん?」


「えー? めっちゃ笑ってる」


って、

神様おおらか過ぎや…(笑)

 


でもまあ、そんな感じで、自分の正直な衝動を表しても少々のことは笑って受け止めてくれるような優しい世界に彼女は生きているようです。

ずっと機嫌良さそうに鼻歌歌っていますからね。

時々私がキツく叱っても、彼女を覆っている世界観がふんわり優しすぎて、あんまり刺さらないんですよね(笑)

シリアスにギュッと押しても、コメディ調にびよよ~ん!って跳ね返ってくる感じ。

まあ、あの膜が彼女を守るならそれで良いですけど。

キツく叱ることが彼女の世界観を破壊して、重く暗いものに落としてしまうことよりはずっと良いですよね。

ということで、みなさんはいかがでしょう。

ご自分や周りの人達にも聞いてみてくださいね。

なるほどなー。それでそんな感じに生きてるんだ…と、なかなか興味深いものですよ。

 

 

 

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みなさん、こんにちは。

カウンセラーの佐原です。

ようやく秋らしく過ごしやすくなってきましたね。(関西は若干蒸し暑いですが)

お元気にされていますでしょうか。

 

今日は先日あったちょっとした出来事から、子育てでかける迷惑と、そこから自由になるコツをお伝えしたいと思います。

****

先日、友人とファミレスで食事をしていると、私達の奥の席が小さい子連れの家族でした。

友人の座っているソファーと背中合わせになる形で、向こう側に家族が食事をしているのが見えていたのですが、

2歳と4歳くらいのお子さんでしょうか。

食事を終えると、じっとしていられるわけでもなくソファーの上を歩いたり、姉妹で遊んでいる様子でした。

そしてしばらくすると遊びにも飽きたのか4歳位のお姉ちゃんが、背中合わせになっているこちらの席に顔を乗り出す形で、私達の方を覗き込んできます。

「お。おう(^^)」

と私も面白がって手を振って応えます。

背中側から覗き込まれる形になっていた友人も、振り返って目が合い、そして笑顔で応えます。

そうすると、満足したようでその子は家族の方に向き直りました。


「可愛いね。」と友人は言います。

「自由でいいね。」と私はもそんなことを口にしました。


でも、何かがおかしい…。

みぞおちに何か小さな違和感が残ります。


その後、しばらく話しているとその違和感は決定的になります。


今度はもう一人いた2歳くらいの子供がおもちゃの笛を力いっぱい吹いて、

「ぴぃぃぃぃ~~~~!!!」と店内に笛の音が鳴り響き、ギョッとして周囲が注目した時、横にいたお母さんは満面の笑みでこう言ったのでした。

「上手上手~(^o^)/」


その瞬間、「上手上手じゃねえよ…!」と自分の中からツッコミが沸き起こり、それに触れて私は先程の違和感の理由を理解したのでした。


この家族には「周囲」というものが存在していなかったのです。


そんな時、私たち周りの人間の心に何が立ち現れてくるかというと、「親なんだからちゃんと叱りなさいよ!」という批判です。

これは「子育てに対して理解が無い」とか、「心が狭い」といった個人の性格とは関係無く、

世間という共同体の心(グループマインド)から、自動的に立ち現れてくるものです。


ここで空間を共にしていながら「私達」の存在が無かったことにされていることへの抵抗として表れてくるものです。


だからもし、あの時のご両親が例えポーズだとしても、「しー!」と我が子をたしなめて、周囲に対して申し訳無さそうな表情を見せていたら、

私達「世間」の心に立ち現れてくる思いは「いいよいいよ。子供ってそんなもんだよ。」であったり、「元気いっぱいで可愛いね。」であったりします。

これは日本社会の『文法』のようなもので、それゆえに自動的なものです。良い悪いという話ではありません。


文法にさえ従っていれば、私を含む多くの世間の人達は、広い心を持って人と接したいと思っているし、

一定数の人たちは、何か困ったことがあれば手を差し伸べたいと思っています。

それが、「世間」を無いものとした途端に手のひらを返したように「世間様」は批判的で意地悪な性質に姿を変えます。

 

つまり、ここで問題なのは、

ファミレスで隣の席を覗き込むことが許されるかどうか、ではなく。

ファミレスで子供が笛を吹くことが良いことかどうか、でもなく。

そして実は、

親が子供に注意するべきかどうか、という問題でもなく、

本当は、

空間を共にしている人間に対して存在承認を与えられているかどうか?という問題だということです。

そしてここに、「世間様」という日本人が古くから畏れてきた「荒ぶる神」を鎮めるためのヒントがあります。

それは同時に、

世間様が荒れ狂う現代の日本社会においても、自分らしく自由に生きるためのヒントともなり得るものです。


それはつまり、

世間様を鎮めるには、

うるさい我が子をより強くし躾けるのでも、叱るのでもなく、

「すみませんねぇ…(^_^;)」の一言で、世間様の存在を認め、自分の子供よりも世間様を上位に置き、敬うということです。


とても当たり前のことなのですが…。

これが、神を鎮める作法で、これさえ分かっていれば子供を強く躾けて傷つけることも縛り付けることもなく、のびのびと自由でいながら神々を味方につけることができるのです。(古くは平将門の怨念を鎮めるにも、神社を作り神として祀りました。これが怨念を鎮めるための原則です)


昨今ニュースで聞く、運動会中止の話。

放送がうるさいと近所からクレームがあるので、運動会ができないという問題。

また、ベビーカーで電車に乗ることの是非など。

 

これらも本当はスピーカーから出る音量の問題でも、

 

地域社会は子育てに協力的であるべきだ、というような「正しさ」をめぐる問題でもなく。

世間様に敬意と感謝が払われているか。

「私達の寛容さによって、この子達は今運動会を楽しんでいるんだな。」と、運動会の開催を世間様の手柄として奉納できているかどうか。

 

ベビーカーで混み合う電車に乗った時に「ほんとごめんなさいね!」と他者承認を与えられているかどうかという問題。

 

つまり、ルールや正しさの問題ではなく、コミュニケーションの問題なのです。

 

これさえ分かっていれば、子育てをする上でも、自分自身が生きる上でも窮屈な思いをしなくて済みます。

 

「人様に迷惑をかけないように」

 

「失礼が無いように」と、

 

神経質になることでどんどん子供をきつく縛って、苦しくなって行くお母さんがいらっしゃいますが、

 

そもそも、人様に迷惑をかけない子育てなど不可能です。

 

たくさん迷惑をかけながら、「いつも、すみませんね~(^_^;)」と、相手の存在を認め、相手の不快を慮ることで心を鎮めていく。

 

そうやって世間様に「承認」を与え、代わりに「許し」を受け取っていく。

 

その「承認」と「許し」の交換の量を増やしていく。

 

そっちの方向に豊かで自由な子育てがあります。

 

逆にもしそれをしなければ、

 

迷惑をかけないかわりに承認を与えることも許しを受け取ることもしなければ、

 

「私は世間様に一切迷惑をかけなかった」という自負心はやがて歳を重ねた時、近所の運動会の音を騒音に感じる感性へと育っていきます。

 

「私は気を張って子供に注意をすることで世間様に迷惑をかけなかったし許しを受けなかった。なのに、どうして迷惑をかけられないといけないの? 許しを与えないといけないの? 不公平でしょ。」と無意識の心は収支を合わせようと反応してしまうのです。

 

それはそれで生きづらいものですね。

 

ですので、そうならないためにも、少しの迷惑をかけては「すみませんね」と頭を下げて許しを受け取り、自分の中に世間様に対する恩をストックして行きまそう。

 

「お陰様で」を増やして行きましょう。

 

それがやがては、自分自身の他者に対する寛容さにつながっていきます。

 

言い換えると、

 

寛容でない心というのは、これまでに他者に迷惑をかけて許された体験の絶対数が不足しているから、とも言えるのです。

 

「迷惑をかけないこと」ではなく、「小さな迷惑と許しの交換の量を増やす」方向に、寛容で自由な心を育む道があります。

 

 

 

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皆さんこんにちは。カウンセラーの佐原です。

暑い日々が続いておりますが、皆さんはご無事にされていますか?

今日もまたあっけらかんとした晴天で、入道雲が出ています。
 


ここ最近の僕はと言うと、仕事が立て込んでいてちょっと疲れが溜まって来ていました。


このままではまずいなと。これは仕事しすぎで潜在意識がスネてきている兆候だなと、感じていました。


とは言え、何がしたいのか?と自分に問いかけても、なかなかこれといったやりたいことって出てこなものですね。


子供達が小さい頃は、子供達に付き合う形で海だ山だと夏を満喫できていたのですが、娘たちももう二人とも中学生ですからね。


娘には娘たちの友達付き合いがあり(っていうか勉強しろ)自分たちの世界があります。


そうやって子供達が大きくなって行くに従って、僕自身の中の子供心を活性化させることが、以前より難しくなっているように感じています。


これは良くない兆候ですね。


子供心というものは創造性の源であり、元気の源でもありますから。


そう考えると、これまで小さな子供達の存在がどれほど僕の心を活性化させてくれていたのかと、助けてくれていたのかと、今更ながら気付かされます。


早く孫の顔を見せてくれないかな…(笑)


とまぁ、そんな感じで、 最近はちょっと自分の中で大人の役割をやりすぎていて、子供心がスネて疲れが抜けにくくなっていました。


で、先日は「もういよいよ限界だ!」となり、


もうダメだ。俺は自由にする。やりたいようにする!と、なって、

ホームセンター・コーナンに行って、イモリを買ってきました(笑)




 

あー。子供心がスーっとするー(笑)
 

44歳。イモリを買う。


レジのお姉さんも、ギョッとした後に興味津々です。


2匹で良いと思ったんですが、3匹にすると980円ってちょっとお得感を刺激して来るものだから、3匹にしました(笑)
良い感じのケースと、流木を買って家の出窓のところに置いておくと、

 


「ぎゃ!何買ってきたん!」っと子供たち。


でも、妻も含めてみんな思ったより好感触。

 


「気持ち悪いけど、よく見たら可愛い…。」って徐々に心を開いて行ってました(笑)


そして下の娘はどうやらすごく気に入ったようで、毎日毎日「とと、イモリ出してもええ?」とケースから出しては触って遊んでいます。


「ああ、キモかわいい。キモかわいい…」って、夢中です。


 

最近では肩の上を歩かせるようにまでなっています…。


イモリは人間を怖がらないんですね。そっと触れても逃げない。でもだからといって懐くわけでもない。 このしれーっとした距離感がたまらなく可愛いです。


持ち上げても、嫌がることなくされるがまま。この何も考えてない感じが癒やされます。

 


手も赤ちゃんみたいで可愛いですよね。


最近は可愛すぎて、「逆になんでみんなイモリを飼わないのか?」と、僕の中で疑問が膨らんできています(笑)


ということで今日は、イモリを買うメリットと注意点についてまとめておきたいと思います(何のブログだ!)

 

 

【メリット】
 

・とにかく強いし手間がかからない。


滅多なことでは死なないですし、餌も2、3日に一回 金魚の餌をあげるだけで大丈夫です。水も水道水でも大丈夫なくらいです(一応浄水器の水にしてくださいね) 肺呼吸なのでエアー(ブクブク)も必要ありません。


・コスパ最強。


イモリ一匹380円。イモリの餌(金魚のエサみたいなもの。ていうか金魚のエサで十分だと思う)150円 。あとはケースと、陸場を作るための石か流木。以上!という手軽さで4つ足の生き物を飼えるんです。
 

・ 動きが超かわいい。


歩く姿も泳ぐ姿も可愛くて、見ていて飽きません。

 

・外に出して触れ合える。


散歩させたり触ったりしても、大丈夫です。ちょっと冷やっとするキモかわいい触り心地がたまりません。

 

・冬眠するので冬場は飼育から解放されます。


個人的にはこれが嬉しいです。

冬に一旦飼育をお休みできて、春になって冬眠明けのイモリに再会できるのかと思うと、季節感もあっていいですね。まだ僕も未体験ですが。

 

・インスタ映えする(笑)


妻がインスタに上げると、結構周りの人達が興味津々で、見てみたいとか飼いたいと言い出す子供達も多いようです。ブレイクすれば良いですね、イモリ。

 

 

【デメリット】

 

・ 皮膚に毒があります。


ここで決定的なこと入れてきたな!と思われるかもしれませんが、大丈夫です。


イモリは皮膚を細菌から守るために微細な毒(ふぐと同じ毒)を出すようですが、でもそれを触って肌荒れをしたとかトラブルがあったという報告は無いようです。


そもそもイモリは漢方薬として食されていた歴史もあるくらいなので、触る程度では全く気にすることはないそうです。


ただ念のために触った後は手を洗いましょう。

 

・お腹が赤いです。


お腹の赤さが毒々しくて最初ちょっとギョッとするかもしれません。正式名称はアカハライモリですからね。


でもまあ、慣れです。ちょっと奇抜なファッションしてる奴だと思って見てると、気にならなくなってきます。


・暑いところは苦手です。


例えば一人暮らしで日中に部屋がサウナのように高温になってしまう場合は、飼うことが難しいと思います。その辺りは金魚も同じですね。

 


そして最後に、これは メリットの所に入れるべきかデメリットの所に入れるべきか迷ったのですが、

 

・寿命が非常に長く、20年くらい生きます。


「イモリって、どれくらい生きるん?」と聞かれて、「20年くらい」と応えると、みんな一瞬、「えっ?」と絶句して、ちょっと困った顔をします(笑) (考えたら、めっちゃ失礼な話やぞ!)


ということで、以上です。


いかがでしたでしょうか。


ちょっとはご興味を持っていただけたでしょうか。


皆さんの人生に何か足りていないものがあるとすれば、それはこの子達が提供してくれるような「キモかわいさ」なのかもしれませんね。(違うと思いますが)


良かったら「何か飼いたい」の選択肢の中に、「イモリ」を加えてみてくださいね。

 

 

 

みなさん、こんにちは。カウンセラーの佐原です。

暑い日が続いていますが、お元気にされていますでしょうか?

今日は小中学生のお子さんに勉強を教える時の注意点についてお話ししたいと思います。

というのもちょうど今、東京のとあるカフェでメールの返信を書いているのですが、

隣の席の中学生らしき女の子にお母さんが勉強を教えていて、そのやり取りがとんでもなく険悪で、

「もー。イライラする!!何にイライラしてるのかもわかんない!」と、娘さんに、

「やる気あるの!!」と凄むお母さん。

その勢いがイヤホンで聞いている音楽を突き抜けて来るくらいにきつくて、隣にいるこちらまで痛くなるのです。

どうしてこの親子はここままでお互いを恨み合うようになってしまったのでしょうか?

娘に勉強を教える母の意図も、それに答えようとする娘の意図も、もともとは共にお互いの親子の愛情であったはずです。

(実際、人の恨みの紐解くとその奥には必ず深い愛があります)

それがなぜここまで恨み合う形になってしまったのででしょうか。

勉強を通じて、どうしてここまで苦しむことになってしまったのでしょうか。

もう少しの間、やり取りを見ているとその理由が分かってきました。

とても大切なポイントが含まれていましたので、どこのどなたかは存じませんが、ちょっと参考にさせて頂いて、

今日は勉強によって親子関係をこじらせないためのポイント、そして子供を勉強嫌いにしないポイントについてお話ししたいと思います。


【1 教える言葉に怒気を込めない】

「ほら!また!ここ!対物レンズでしょ!!(中学理科)」とテキストを指さして、ものすごい怒気を込めて間違いを指摘していましたが、

そのエネルギーが僕の方にも飛んできて身体の表面がビリビリするくらいです。

これ、お母さんの気持もよく分かるんですね。
勉強を教えたことがある方なら誰しも経験おありだと思いますが、教えていると子供の飲み込みの遅さに(自分の指導力の未熟さは棚に上げて)腹が立って来るんですね。

で、ついつい「なんで分からないんだ!」と、教える言葉に力が入ってしまい、気づけばほとんど叱りつけるような語気になっていきます。

攻撃を加えているので当然ですが子供の脳は防衛的になって上手く働きません。

心は閉じ、情報も心の(脳の)深いところには入ってきにくく、定着しにくくなります。

なによりまずいのは、この子にとって勉強することと、攻撃される不快感が脳の中でリンクしてしまうことです。

心理療法ではアンカリングといいますが、ある状況にある特定の刺激を与え続けると、条件付けがなされてしまって、それ以降は自動的にその刺激が発動するようになります。

勉強をしようとしただけで、否定されるような不快感が勝手に沸き起こって勉強への抵抗になるということです。

それは避けたいものですね。

逆に、勉強に対して「快」の刺激をアンカリングしてあげると子供たちの勉強の助けになります。

そのためにはまずは、例え間違っていても絶対に否定しないと決めましょう。

そして深呼吸して、教える言葉に怒気を乗せるのを止め、できるだけニュートラルに受容的になるように調節しましょう。

同じことを3回間違ったとしても、「ここ違うね。なんだった?」です。

で、正解したら「そう!正解!」

勉強している最中も「お! 良いね! そうそう!凄いやん!」と、そうやって勉強の思考プロセスの中に細かく快の刺激を与えていくのです。

そうすると、無意識が乗ってきます。

そしてその細かい「快」の条件付が、やがては一人で勉強する時にも、勝手に無意識に浮上するようになります。

テキストを開いて頭を使いだした途端に、自分が褒められているような気持ちよさが出てくるのです。その結果、勉強に取り掛かりやすくなります。

これはスポーツジムのパーソナルトレーナーがやっていることと一緒ですね。

苦しい運動を修正しながら、苦を味わう度に「そう!」「いい!」「よし!」「もういっちょ!」「そう!」「グッジョブ!」と言って、脳の神経系に快を上書きしているんですね。

そうすることで、一人では乗り越えられなかったトレーニングの苦しさを乗り越えられるし、無意識は乗ってきて自分の限界を越えるような潜在能力が引き出されます。

そして、トレーニングを快と結びつけるようになるので、運動することが好きになっていき、モチベーションも続きます。

逆に、教える言葉に怒気を込めたり、ミスを叱ったりして不快とアンカリングすることで、どんどん不快は大きくなっていき、やがては締切や強制力が無いとどうしても自分の力では勉強に向き合うことができない子供になります。

そうすると、それを見かねた親はより強い怒気をこめて矯正することで動かそうとするネガティブスパイラルに入っていきます。

「だって、そうしないとこの子本当にやらないから!」と。

強制力や叱責、恫喝など、様々な強制力で子供を動かすことはできるかもしれませんが、その代償はとても大きく、

例え良い大学に行っても、学ぶことが不快とリンクしてしまっていることで、その後の人生での自己学習する力や好奇心をを大きく損なわれていたりします。

それはもったいないことですね。

是非、快と結びつける指導を意識してください。

スポーツジムのパーソナルトレーナーのイメージで行きましょう。


 【2 「なんで」は禁止しましょう】

そして、もう1つ気になったのが、指導する際にやたらと「なんで」を使うことです。

「なんでそこそうなるの!」

「なんでわからないの!」

「なんでそこ間違えたの!」

しまいには娘さんのイライラが爆発して「知らないよ!頭悪いから間違えたの!!」と怒鳴り返して不貞腐れ、

お母さんは「なんでそんなこと言うの!」と更に怒り出してしまいました。

でも、「頭が悪いから」と言わざるを得ないところまで追い詰めたのは、「なんで?」という問いかけなのです。

間違いを起こした時に「なんで」という問いかけると、相手の脳は自動的に注意を原因探しに向け、ネガティブを引き出してしまいます。「なんで?」はかなり危険な言葉なのです。

(コーチング理論では、上手く言った時にだけ「なんでうまく行ったのだろう?」と問うことで、相手の気づいていない能力を気づかせるきっかけにしたりしますが)

せっかく集中して新しい知識をインプットしている時に、親の言葉がけによって意識にネガティブな原因探しに逸らせてしまう。これは残念ながら邪魔をしているということなんですね。

こういうストレスが積もり積もって、娘さんは「自分でもなんでかわなかいけど、イライラする!」となってしまっているわけです。

喧嘩をする時もそうですけが、勉強を教えるときにも時にも、「なんで?」は使わないようにしましょう。

使うならば、ポジティブな原因に意識を向けさせたい時だけにしましょう。


【3 ミスや失敗を絶対に責めない】

1の繰り返しになりますが、大切なので更に深めますね。

 

脳の神経学的に見ると、ミスした時に叱るというやり方には何の正当性も無いんですね。

 

ミスする神経回路に対して不快をアンカリングすると、失敗を恐れるようになるだけです。

 

ミスをする、いらない神経回路には正しい神経回路を上書きすることしかできません。

 

叱ることは意味がないどころか、有害なのです。

でも、私達はミスをすると叱りがちです。なぜそうするかというと、私達自身もそうして教育されてきたから条件反射的にそうしている、ということなのでしょう。

これは日本の教育に残っている一番良くない(非常に害の大きい)習慣です。

海外の教師やコーチなどを見ていると、失敗に対してもまずチャレンジしたマインドを褒めて、更に考えさせて修正して気づきを与えるだけです。

そうすることで、選手の自尊心や、チャレンジするマインドや自分で考える力まで育てようとします。

そしてこの接し方こそが、とても役立つのです。

 

 

【親の声がけが、子供たちの人生のリスクを取り除く】

日々のカウンセリングの現場では、以下のようなことで苦しんでいる方を多く扱います。

・自己否定が強くてうつ傾向。(自己肯定感が低い。自信が持てない)

・意欲が低くて行動力が発揮しにくい。(やりたいことをはあるのに行動できない。)

・やりたいことが分からない。


そういった大人たちの悩みを紐解いて原因になっている体験を解消することで、心の癖を解消していくわけでが、

こういった悩みの原因としてでよく出てくるのが、何かする時に自分を厳しく叱りつける内なる声です。

例えば失敗した時に頭の中で、「ほら!また!最悪!死ね!」と自分を攻撃する声がする。

何かしようとすると「そんなのどうせ上手くいかないよ!」という声がする。

萎えてしまいますよね。

その結果、行動を起こしにくく仕事が遅くなります。

 

また失敗した時も追い打ちをかけるように自己否定の声がするので、ダメージが大きくなり、回復にも時間がかかってしまいます。

昔はこれでも良かったのですが、スピードの早い今の時代のビジネス環境にはついていけずに、日々の仕事に追われるようになり、

 

そんな自分にまた自己否定の声がして、やがてはうつや適応障害になってしまう方が非常に多いのです。

そんな方に対して、その内なる声を原因から解消してもらって、自分に対して優しく受容的に接するように変えてもらうのですが(セルフコンパッションと言います)

そういったセラピーで原因の体験として出てくるのが、こうした勉強の際の親の声であることがとても多いのです。

「ほらまた!なんでできないの!」

その否定の声はやがて子供たちの心に内面化し、親である私達から独立した後も、そして私達が亡くなった後もその子の中で響き続けます。

それはつらすぎますよね。

私達も子供たちに幸せな未来を願って勉強を教えているわけです。それがお子さんの未来を破壊するとしたら悲しいことです。

そこで、勉強を教えている最中のミスに対して、全く怒りを込めずに接してみてください。同じ間違いが3回連続しても、「ここ間違ってるね。よく集中して。」と。

驚くべきことですが、それでちゃんと機能するのです。

 

子ども自身ができない自分にイライラし始めたとしても、「大丈夫。できるよ。ほら。」と、自分を信頼する感覚を上書きしてあげます。

そしてできたことに、「そう! できるやん! おお!いいね!」と。

そして失敗に対しても、「オーケーオーケー。もう一回見てみよう。」と受容するのです。

その優しいコーチとしてのあなたの声は、やがて子供たちの心の中に内面化され、あなたから巣立った後も、子供たちを励まし続けます。

私は勉強そのものよりも、こういった「学ぶことと快のアンカリング」や、チャレンジすることやミスすることに対する受容の姿勢、自分への優しさ(セルフコンパッション)を育てる教材として、勉強やスポーツがあると思っています。

というのも、カウンセラーとして人の人生を見せてもらって実感するのは、

その人を長期的に幸せにするかどうかは、頭の良さや勉強量や学歴などよりもはるかに、セルフコンパッションの力に依るところが大きいと感じるからです。

テストの点数に一喜一憂するよりも、我が子が自分のミスを受容し学ぶことに前向きでいられているか。

 

内なる声が自分への優しさと励ましに満ちているか。

 

そこを見てあげたいですね。

その子の中でこだまし続ける内なる声。

 

それが親である私達が与えられる何よりも価値のあるものです。


【まとめ】

以上、3点を見ていきましたが、いかがでしたでしょうか。

自分の日々の掛け声が、やがては子供たちの心に響き渡る声になっていくということを理解していただけたら幸いです。

 

今あなたがお子さんにかけている声は、この子達に力を与え続けるでしょうか?

それとも力を奪い続けるでしょうか?

 

意識してみてくださいね。

 

 

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皆さん、こんにちは。

カウンセラーの佐原です。

久しぶりの更新になってしまいましたが、みなさんお元気にされていますか?

僕は今は東京出張中で、カウンセリングの毎日です。


セッションをしているとクライアントさんが

「先生、ソラちゃん元気にしていますか?」とセキセイインコのソラのことを気にかけてくださったり…(笑)


ちゃんとやんちゃに育ってますよ。

娘の勉強中も机の上で鏡と戯れて(鏡に写った自分と)遊んでいます。


 

僕が行くと顔を上げて「ピィ!」って言って、「おっす!」みたいな表情をします。


早いものでウチに来て3年ですね。すっかり家族に馴染んでみんなの癒やしになっています。


*****


さてさて、

 

今日は子ども達の問題や心配事に対処する時の親の在り方についてお話ししようと思います。

子育てをしていると子供はいろんな問題を持って帰ってきますよね。



○○ちゃんに意地悪された…とか、

仲間に入れてくれなかった…とか、

うわぐつ隠された…とか、

習い事でレギュラーになれなかった…とか、


新しいクラスで友だちができない…とか、



そういった子供の悩みを打ち明けられたら、親である私達の心にも様々な感情が芽生えますよね。



愛しているがゆえに、この子に笑顔でいてほしいがゆえに、うろたえてしまいがちです。

そして、内心、子供以上に動揺して落ち込んでいたり、

あるいは感情が暴発して、アドバイスしているつもりが怒ってしまっていたり。



「○○ちゃんもそんなつもりじゃなかったんじゃないの?」と問題を無かったことにしようとしたり。(これは心理学的には「否認」と言います)


とにかく愛が深いがゆえにうろたえてしまって、穏やかに受け止めることは難しいものです。



そして、上記のような反応をしていると、やがて子供は自分のことを話してくれなくなります。

うちに秘めて抱え込むようになってしまいます。

相談するとお母さんを悲しませてしまうことが分かるからです。


自分が辛いのにお母さんまで悲しませてしまうと、余計に辛い。だからお母さんには心配かけないでおこう。

 

そういう無意識の決意します。



あるいは、どうせ怒られるし。無かったことにされて余計に悲しくなるだけだから、言わないでおこう、そう決意してします。


それはとてももったいないことですね。

家族というグループにはとても深い癒やしの力があります。


それぞれの抱えている問題が、家族に受容され自分ひとりの問題ではなく、家族に共有された問題となるだけで、子供の心は軽くなります。


問題というものは自分の心の中に秘めて1人で抱えている時には辛く、たくさんの人に共有され流通されると軽くなるものです。


家族が普通にその悩みについて話せるようになると、やがてはその悩みを冗談にして笑いあうなんてこともできるようになったりします。



悩みや問題を恐れて慌てて解決しようとせずに、

 

しばらく家族の中に漂わせて「困ったな〜」と、話したりネタにして笑ったりしているうちに、なんとなく解決した…なんてことも多いものです。



そして、そのような受容と安心と楽観に満ちた問題との関わり方、親の在り方こそが、子供への最高のサポートとなります。



このようにどっしりとした安心感に根ざした親でいると、子供は安心して悩みを話すようになり、

悩みは家族の中でシェアされネタになり流通します。


そうすると、しばらくして良い解決法がひらめいたり、笑いになることで心が軽くなったりいます。

 

そうして、

 

子ども自身の問題への意味付けが、深刻なものから軽いものに変わることで、

子ども自身がその問題に立ち向かう力を取り戻して行く
のです。


この力。

子供たちに問題と立ち向かうだけの力を養ってくれるもの、

 


それが家族の集団の心が持つ力です。


では私達親はどうすればそれを与えられるのでしょうか。

どうすれば子供達の最高のサポーターとしていられるのでしょうか。


それが、先に上げたお話。

悲しみすぎない。動揺しすぎない。怒らない。

 

子供がうろたえていたとしても親は泰然と安心の中にいることです。


いやいや、それが難しいんですけど…。

となりますよね。まったくおっしゃる通りです。

愛する子供が傷ついているのに、泰然と構えているのは難しい。


自分が痛い目に遭うのはまだ我慢ができるけれど、

子供がつらい目に遭ってると思うと胸が張り裂けそうに痛いものです。

自分のこと以上に苦しい。

多くの親御さんが共感される部分だと思います。


でも大丈夫です。

以下のワークを通して、親である私達の感情を先に処理して心を整えるようにしてください。

 

無理に泰然を装う必要はありませんが、処理できるものを処理しておくだけで、ずいぶんと心は楽になるものです。




【親の在り方を作るワーク】


まずはこんな場面を想像してみましょう。


あなたのお子さんが淋しそうな表情で、

「学校で友達ができないの」と相談してきた。


あなたはどう感じますか?



あるいは

「○○ちゃんに意地悪されてたの…」とつらそうな表情で打ち明けられたとしましょう。どんな感じがするでしょうか。


それにどう答えるかではなく、まず自分の内臓感覚や胸の感覚を探って、どう感じるかを観察してみてください。


お腹がざわざわする。

胸がぎゅっと締め付けられる。

など、様々な反応があると思います。


私たち親はまず自分自身のこの感情反応としっかりと向き合う必要があります。


もしもの時に子供たちの心を救うのは

 

「まあ、何があっても大丈夫よ」という親の心の揺るぎない安心感と安定感です。

 

親の心が所属している明るい世界観です。



だからまず私達は自分の感情と向き合って、自分の心の中に安心感を養う必要があります。

 

明るい世界に自分の心を置く必要があります。



ざわざわや胸の苦しさをしばらくゆっくりと味わいながら、次のように言ってみてください。

「私は悲しい。私は怖い。私は腹が立つ。」


その言葉でどの感情に反応するかに気付いてください。

それに気付いたら、例えば「私は怖いんだ…」と、さらに怖さとしてその感覚を深めて味わっていきましょう。

徐々に感情のインパクトが和らいでいくと思います。

そこで、続けてこう声に出して言ってみてください。


「これは私の感情です。

あなたを愛する故に体験する。親としての痛みです。

この感情は私が受け入れます。あなたを愛することの一部としてこの痛みを受け取り、

私の心の中に、この痛みのための場所を与えます。

あの子を愛する以上、こういった痛みが無くならないことも受け入れます。

この痛みを通じて私はあの子への愛を体験しています。」



そう言って、痛みを愛としてよく感じ味わいましょう。

さらに眼の前に我が子を想像してこう続けます。


「あなたにはあなたの痛みを受け取るだけの強さがあることを信頼しています。

あなたには、あなたの人生で背負うべき痛みがあることを受け入れます。

この痛みがあなたを立派に育ててくれますように。

私はあなたが痛みを体験することを受け入れて尊重します。」



こう言うと少し心にスペースができて、子供と自分の心が整理されてくるのが分かると思います。

 

 

【前提の信念について】

 

 

私達が子育てをする上で前提として持っていなければならない信念があります。

 

それは、

子供たちは生きていく上で、必ず何かしらの困難にぶち当たるものだということです。



それが光と影の体験によって自己を知るという、この人生の本質だから仕方がありません。



人生から困難や苦しみを取り除くことはできません。


もし親である私たちがそれに耐えられず、子供の人生から1つ1つ障害物を取り除くとすれば、

それは子供の人生から大切なものを奪い取っていることを自覚しなければなりません。

子どもたちは痛みを伴って自分を知ります。



それは親である私達が背負うものではなく、

 

子供たち自身が体験できるように導きましょう。

 

 

そうすることで障害は、それを通じて自分の強さを養い、親子の絆を体験する貴重な糧とすることができます。

 


問題というものは、そこから糧を引き出さずに避けるならば、またどこかで必ず現れるものです。

 

それが問題の本質的な存在理由だからです。

 

 

問題とは戦わず追い出さず、受け止めて認めて良きもののために利用しましょう。


先のワークをすることで、相談を受ける際の前提となる態度が養われますので、

そこで得た在り方の上で子供たちの話を聞いてあげてくださいね。


前提となる在り方こそが大切ですので、折に触れて練習していきましょう。

 

まずは小さくて扱えそうなサイズの問題から。

 

 

 

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みなさん。こんにちは。

 

カウンセラーの佐原です。

 

4月に入りましたね。

 

そして今日は新元号の発表があるそうです。

 

どんな言葉で括った新しい時代を生きることになるのか。

 

楽しみですね。

 

そして僕らは3つ目の元号を生きることになりそうですね。

 

 

さて、今日はカウンセリングでもたまに頂く、子供の勉強の悩みについて、お話します。

 

「うちの子、ほんと勉強できないんです。」

 

と、悩んでらっしゃるお母さんが多いですね。

 

 

我が子を見ていても思うのは、本人は勉強しているつもりでいても、実は全く勉強になっていないというケースがとても多いということです。

 

 

 

机に向かって漢字の書き取りをしたり、一生懸命に手を動かして勉強しているつもりなのに、気がそぞろで実は全く頭は動いていない。

 

手作業をやっている。

 

 

これは本人が努力している分、もったいないことなのでちゃんと指導してあげる必要がありますね。

 

 

実際に我が子にやってみて驚いたのですが、

 

勉強のやり方というものを、意識の使い方のレベルまで厳密に指導してあげると、

 

子供は面白いくらいに力を発揮するものです。

 

今日はそのやり方をお伝えします。

 

 

以下は中1の頃の娘とのやり取りですが、

 

小学生で言うと漢字の書き取りなど、記憶に関することに対して応用できますので、御覧ください。

 

 

では、以下は実際の娘とのやり取り。

 

例によって関西弁で失礼します。

 

 

********

 

 

娘の期末テストの勉強を近くで見ていると、一生懸命に手を動かしていはいるものの、頭がほとんど刺激されていないことが分かります。

 

 

書いた方が覚えやすいと言われてひたすら単語を10回ずつ書いているのだけど、

 

プリントの最初の単語から最後の単語までひたすら10回づつ書いて、明らかに意識は飽きてしまっています。

 

心ここにあらず。

 

そして書き終わって、覚えたかどうか自分でテストしては、ほとんど書き出せずに絶望しています(笑)

 

そこで言いました。

 

 

「ええか。のん。意識は凝縮して使うんや。太陽の光を虫メガネで集めたら燃えたやろ。」

 

 

「うん。◯◯ちゃんな。それで制服焦がしてた…(笑)」

 

 

「おう…。その話は今はええわ…(笑)

 

その虫メガネと一緒や。のんの意識も凝縮して使うんや。意識って分かるか? このペンを見てみ。集中してこのペン先だけを見るんや。」

 

 

そう言って、目の前にペンを持っていって、じーっと見つめてもらいました。

 

 

「そう。

 

ペン先を見ることに100%集中して、それ以外の考えを全部追い出すんや。

 

そう。今ペンに集まってるのがのんの意識や。今このペン先にギュッと凝縮されてる。

 

分かるな? 

 

それが意識の使い方のコツや。

 

のんはノートに10回書いてたやろ。でも意識はどこかに行ってたな。

 

プリントの最初から最後まで一気に覚えようとしてたやろ。それだと意識が薄れて使い物にならないんや。

 

意識は凝縮して使うんや。

 

単語5つでええ。今からタイマーで2分計るから、5つだけ覚えてみ。

 

何回も書く必要ないからな。よーい、スタート!」

 

 

娘の意識がギュッと集中して、場のエネルギーが変わったのが分かります。

 

 

「そうや。それが集中や。ええか。のん。紙に書いたからといって、意識が使えてるとは限らんぞ。手だけ動かしてもだめや。

 

一回手を止めてみ。今何%くらい意識を使えた?」

 

 

「分からへん…。うーん。70%くらい?」

 

 

「よし。それを100に近づけるんや。ええか。今から、ペンを使わずに目を閉じて、頭の中で単語を書いてみ。」

 

 

「え? どういうこと?」

 

 

「頭の中に単語のスペルを書こうと思って、単語を見てみ。

 

じっと見て目に焼き付けるんや。

 

ええか? 覚えたか?

 

じゃあ目を閉じて頭の中でペン先を動かして書いてみ。」

 

 

「う~~~ん。」

 

 

「そうや。今、脳に負荷がかかってるな。その感じ。それが勉強してる感覚や。」

 

 

「難しいなー。」

 

 

「まだ甘いな。のん。意識とイメージが魔法の基本や。(なぜか魔法…)

 

ええか。

 

このペン見てみ。見たな。じゃあ、目を閉じてこのペンを頭の中にイメージで保つんや。」

 

 

娘は目を閉じる。「うん。できた。」

 

 

「よし。じゃあ、そのペンの色を赤に変えてみ。」

 

 

「え?」

 

 

「イメージ力で色を変えるんや。」

 

 

「うん。できた。」

 

 

「よし。じゃあ。次は緑。」

 

 

「…うん。できた。」

 

 

「じゃあ。大きくして。」

 

 

「う~。」

 

 

「次は回転させて。」

 

 

「う~。」

 

 

「そう。今、脳に良い刺激が加わってるぞ。わかるな。意識とイメージをそうやって使うんや。」

 

 

「難しいなー。」

 

 

「はじめてやからな。意識とイメージを自由に使えるようになるんや。それが魔法基本な。

 

じゃあ、次の単語5つを2分で覚えてみ。

 

そしてテストしよう。

 

ただし。ペンと紙は使わずに、指を使って頭の中に書くんや。イメージで頭の中に書いて脳に保持する。そうやって覚えるんや。

 

ええかー。2分いくぞー。よーいスタート!」

 

 

そうやって5つづつ意識を凝縮して使わせていくと、間違えることなく5つの単語を書き出すことができました。

 

 

さっきまでいくら苦労しても覚えられなかったものがどんどん頭に入ってきて、それに驚いている様子です。

 

 

単語5つ正解したら、「よっしゃー!」とハイタッチして、

 

20分ほど集中したら5分ほど休憩して、身体を動かしたりブレインジムの眼球運動をさせたりして、また次の単語5つに集中します。

 

 

 

「ええぞー。10回も書く必要ないやろ。意識を凝縮するとは、そういうことや。

 

それができると学校で授業を聞きながらその場で目を閉じて記憶に焼き付けることもできるからな。

 

家の勉強を減らして、もっと遊べるようになるぞ。

 

そうできるように練習し。のんは今、魔法学校の1年生や。まだまだ伸びるぞ。」

 

 

娘の表情がキラキラしています。

 

勉強というものを徒労に終わるものとしてではなく、苦労するためのものでもなく、内面の技術として教えました。

 

 

「勉強する」という行為は外側から見ているとノートに向かってペンを動かして皆同じことをしているように見えても、

 

実は内面では人それぞれに全く違うことをしているものです。

 

 

「覚えるために紙に書く」と行為レベルまで強制したとしても、

 

内面をどこまで巻き込んでいるか、意識がどこまで凝縮できているか、イメージを使えているか、などは人それぞれです。

 

 

行動レベルでは勉強法を教えてもらっても、意識やイメージの使い方を教えてもらっておらず、

 

その部分はブラックボックスのまま、本人に任せっぱなしです。

 

 

運良く意識を上手く使えるようになった子は成績が良くなり頭の良い子と言われ、運悪く意識の使い方を習得できないままに来た子は、

 

 

努力の割に成績が伸びず、勉強のできない子と自分で自分にレッテルを張ります。

 

そしてますます勉強が嫌いになります。

 

もったいないですね。

 

 

でも、ちゃんと細かく内面の使いかたを教えてあげると、子供達は素晴らしい潜在力を発揮するものです。

 

 

皆さんのお子さん達も教科書やドリルに向かっている中で、

 

本当のところ何をしているのか? 

 

内面をどこまで巻き込めているのか?

 

今一度見てあげてくださいね。

 

内面をちゃんと使えるようになると、自分の潜在力の凄さが分かってきて、勉強が楽しくなってくるようですよ。