帰ってきた社長がんばるin群馬 -11ページ目

センダンとヒヨドリ

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センダンの実をついばむ晩秋の朝のヒヨドリ


ヒヨドリがセンダンの実をついばむ晩秋の朝のひととき
桐生市役所の南側街路樹は、大きなセンダンの木だ。秋深まる朝、市役所の駐車場で車の中から何気なく見ていると、たくさんのヒヨドリたちがセンダンの実をついばんでいる。木には名札がかけてあり、それでこの木がセンダン の木だと初めて知った。
センダンの名前は、「センダンは双葉より芳ばし」ということわざでしか知らなかった。いつも車を停めるすぐ目の前にこんなに大きなセンダンの並木があるとは知らなかった。しかも秋になって実がいっぱいだ。
ヒヨドリは、親しみのある鳥である。
冬になると、我が家の庭に作ったでっかい鳥用の餌台にみかんを置いておいて、ヒヨドリがついばみに来る。寒い冬、雪が降りつむ餌台に、黒いヒヨドリの姿が橙色のみかんをいっしょうけんめいついばむ。雪風のひんやりした重たい風にふかれながら、玄関からそっとながめたものだ。
ここには、こんなにたくさんのセンダンの実がみのっている。さぞ、ヒヨドリにはうれしいレストランであるに違いない。
ところで、センダンの実はうまいのだろうか。
どこかで聞いたことがあるが、鳥たちは、味覚で食べ物を食べるのではないそうだ。鳥たちが引き寄せられる食べ物は、色で決まると言っていた。だから、万両だの千両だのという真っ赤な小粒の果実をたわわに実らせた木々に、鳥たちがたわむれる。そうして、鳥たちによって別の遠くのところへ木々の種が自然にまかれることになる。きっと、鳥たちが行くところは、種が育つ条件があるにちがいない、と木々たちが思っているかどうかは、わからないが。
と、いうわけで、わたしの庭には、どこからともなく、木々運ばれてきた種が芽を出して、少しづつ成長している。まるで、幼稚園のようである。カミさんは、その木々の幼児たちを大切にしている。だから、踏んづけたりできない。
そうこうするうちに、すっかり大きくなったものもいる。エゴの木と杉などがそうだ。
エゴの木は、東京の日野市(多摩市との境)、百草園の近くに住んでいたとき、借家の小さな庭に芽を出して、そこそこ大きくなった小学生みたいなのを、ここ群馬へ引っ越すときに大切に持ってきて、庭に植えておいたものである。今では、びっくりするような大木に育ってしまって、わたしの年齢をはるかに超えたような木に成長した。そのエゴの木は、毎年おびただしい白い可憐な花を枝いっぱいに咲かせている。そうすると蜂たちがぶんぶん飛び回ってうれしそうだ。
花が散ると、地面に雪が降ったようだ。
秋のはじめ、その花が実になっていっぱいに実る。
それが、秋が深まると落ちてくる。ものすごい数の実が、落ちて、地面がかくれてしまうほどだ。
杉のことは、また後でお話ししよう。生まれたての杉の子を庭に植えておいたのだが、今では、二階の窓にとどくほど大きくなった。
杉の子がわが家へやってくるまでは、これまた、ちょっとした物語である。
なんという木がわからないが、30センチほどに成長したものが、あちらこちらにある。一人前にもう赤い実をつけている。
鳥たちが運んできた木なら、きっとまた、鳥たちがついばむにちがいない。
それにしても、なんという木だろう?
この幼児の木々たちは、名札をつけていないのでしょうがない。
鳥たちについでに名札も運んでくるように注文しようかな。

サラ・ブライトマン

サラ ブライトマン/ライヴ フロム ラスベガス(サラ ブライトマン-ザ ハレム ワールド ツアー)
¥4,114

久しぶりにサラ・ブライトマンのラスベガス公演のビデオを観た。


わたしがサラ・ブライトマンの音楽を知ったのは、3年前くらい、カミさんの誕生日プレゼントに何を買おうかと迷っていて、たしか「サラ・なんとか」が最近気に入ってるみたいだと、うろ覚えでイトー・ヨーカドーにある新星堂へぶらりと行き、行き着いたのがサラのCDだった。

そのころは、すでにサラの歌声は、テレビのコマーシャルで知っていたが、それほど気にとめていなかった。

そもそも、こういうものにはすっかりのめりこむたちだが、カミさんといっしょになってからは、多くのものを諦めた。

だから、音楽もほどほど、映画もほどほど、という生き方になっていた。


実際のところサラ・ブライトマンのことは、ほとんど、まったく、知らなかったので、とりあえず、視聴してみた。

なぜだかわからないが、その歌声を新星堂の店内に設置された視聴用のヘッドホーンで聴いていて、涙ぐんでしまった。

それで、このCDをプレゼント用に購入した。


今でもカミさんは、なにかというとこのCDを聴いている。猫のトイレ用の新聞紙カットのとき。わたしの髪の毛をカットするとき。昨夜もわたしの髪の毛をカット(散髪)しながら、このCDが流れていた。


CDを購入した後、ラスベガス公演のDVDを観た。

ビデオクリップはすでに観ていたが、公演の映像は、わたしにとって衝撃的なものだった。


サラ・ブライトマンから「エネルギー」あるいは「オーラ」、あるいは、「時間を変形してかたちづくる、とくべつな存在物」を、どでかいコンサート会場にあふれさせる舞台だ。すばらしい表現には、そうしたものが、必ずあるのだが、コンサートでこれほどのすさまじさはめったにないだろう。しかもDVDですら、それが、映像を通してこちらへ伝わってくる。


ラストの曲「クエスチョン・オブ・オナー」(日本語に訳したほうがいいと思うが、それがない)は圧巻である。

これまでのきらびやかな衣装を脱ぎ捨てて、黒いレオタードのようなものをまとい、空中を舞い、魔法使いのように歌を空間にあふれさせる。

これまでの音楽と歌はおしばい。これで、おしまいよ。

わたしの歌と音楽と声に酔ってくれて、ありがとう。

さあ、夜の闇がわたしたちを包み込み。明日の太陽を準備している。


出演者が舞台に一列に並び、そろってお辞儀をする。

サラが加わり、拍手が一段と高まり、そろってお辞儀をする。


すべては、これでよい。

夢の球体が、むすばれて、球体となり、虚空へ飛んで行った。



ついでにフェリーニのサテリコン

サテリコン (期間限定)
¥948
現代映画界で、こういった映画を作れる人はいないだろう。この作品に比べたら「パイレーツ・オブ・カリビアン」は、おもちゃみたいに見えてくる。
この映画を観たのは、ずっとずっと前のことだが、わたしの中に一生残るすさまじく強烈な「映画のいのち」をもつ作品である。
この映画に関するコメントを見ていると、物語がないとか、見終わっても何だかわからない、とかというものが多い。それこそがこの作品の狙いだと思う。すさまじいエネルギーの塊を映像としてたたきつけてくれたのだ。
映像の語り口。わたしは、それを今でも強烈に覚えている。具体的にではなく、映像スタイルとしての語り口。
闘技場の場面で「ケチャ」という民族音楽が流れるが、映像と音との組み合わせとして、これほど新鮮で、強烈なものはなかった。
映像に意味を必要以上に求めてはいけない。
意味ではなく、映像でしか語れないものを語っているのだから。
最後の場面で海が映し出される。
その海の存在感は、今でもわたしの中にしっかりと生きている。
だからといって、わたしはこのDVDを購入または借りてきて家のテレビで観ようとは思わない。
この映画は、映画観の閉ざされた闇の中で、大画面で、大音響で、映像に包まれるべきものである。
そういう映画がけっこう沢山あることにやっと気がついた次第である。

パイレーツオブカリビアン

パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト スペシャル・エディション
¥3,026
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昨日は、水曜日だったが代休で休みだった。ちょうどカミさんが観たがっていた「パイレーツオブカリビアン」の続編「デッドマンズチェスと」が発売される日だったので、DVDを借りに行った。これが土曜日だったらすぐにレンタル屋さんの棚に並んでいる分は、すべて借りられてしまっていただろうが、水曜日だったので、余裕で借りられた。

不思議なもので、出たばっかりの新作というものは、その作品の良し悪しには関係なく、なにか「新作」ゆえの光のようなものがある。その光は、その作品を観てしまうまでは、輝いているもので、いくら観ていない作品でも、時が過ぎると消えてしまうもののようだ。

その光をともす要素には、いろいろなものが考えられるが、前宣伝がTVで流されていることは相当な力であるに違いない。また、発売日の朝刊に一面で派手な広告を打ってあるのも効いている。

さて、作品そのものは、わたしにはあまり面白くない出来だった。正直がっかりしてしまった。

例によって、自宅のテレビ画面で観るので、映像とサウンドの迫力には欠けるのだが、逆にそういう効果でごまかされずにすむことも事実である。
お金と時間をたっぷりと注ぎ込んで、作られた贅沢な映画であることには間違いないが、わたしには、どうも、これを作った人が「映画音痴」とでもいうべき部類ではないかと思ってしまう。あるいは、個性のない、どこかで見たことのある、どたばた喜劇の仕掛けをなんの恥じらいもなくつなぎ合わせているようだ。

わたしは、観ている途中で居眠りをしだし、眠ってしまったのだが、カミさんは、大喜びで観ている。

そもそもカミさんは、出演しているジョニーデップの大ファンなのだが、そのことを差し引いてもわたしとは対照的にこの映画が気に入っている。

その日の夜、カミさんは、夜中中、合計3回は、この映画を観てしまったのではないかと思われるくらい熱中して観ていた。

これは、わたしにとって「なぞ」である。


わたしが思いっきり夢中になった映画は、最近では、「キルビル」であった。

雪景色の中で、女ふたりが対決する場面などは、感きわまって目がしらが熱くなった。

ところがカミさんは、そうではなかったらしいが、映画冒頭の教会のシーンと流れる歌が非常に気に入っていた。

これも、不思議なことである。


映画とは、げに、不思議なものだ。

だから、ほろびることはないにちがいない。


キル ビル Vol.1
¥3,420

雨の日の秋

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桐生市内のお寺の色づく木々
昨日は、わたしが営業担当の二件の工事に立ち会った。
一件目のお宅では、最新のデジタル対応大型薄型テレビに、ケーブルテレビを接続したため、初めて地上デジタル映像が映し出された。しかし、予想していたような大きな感動はなかった。たしかに地上デジタル映像は、これまでのアナログ放送とは桁違いに鮮明で、画像にぼけや揺らぎがない。ただそれだけのことでは、大きな感動を呼び起こす力が期待したほど大きくないことをあらためて実感した。
それとは逆に、地上デジタル放送がアナログとの移行期であるため、画面の左右がカットされ、アナログと同じ4:3で映し出される映像を気にしていた。この最新式のテレビは、アナログ放送では、4:3で 映し出されるべき画像を自動的にもっと横長な16:9に変形している。考えてみれば、本来4:3であるべき映像が横に引き伸ばされて16:9になっているのだから、人物などは実際よりの横長に太って見えていることになる。しかし、われら人間の目と脳とはよく出来た(?)もので、これくらいの横長変形などものともせず、普通に見えてしまう特技をもっているようだ。
そういうものなのだと、これも、あらためて考えさせられた。
物差しで計った映像が必ずしも、本物の映像とは限らない。
話は、変るが、ついこの間、トムクルーズ主演の「MI Ⅲ」をDVDを借りてきて観た。
あまりのれなかった。感動しなかった。
うちのテレビ画面では横長のDVD映像が感動を呼ぶには小さすぎるのか。テレビのスピーカだけでは迫力が出ないのか。わからない。ただ、VHSのビデオテープで(たしか)4:3で観た「ターミネータ」は、すごかった。
はやり画面の大きさは、重要なのだろうか。
それにしても、普通なら見せ場に相当する部分(わたしの私見だが)がことごとくカットされているような映像の語り口には拍子抜けしてしまった。そうした「間」が軽視された映像である。静と動、緊張と爆発的開放とのコントラストが弱く(というより無視された感じ)、でやたら「陽」ばかり、すなわち、転じて「陽」のエネルギーがしぼんでしまい、力自体が空振りするような映像だった。
最初の「MI」では、もっと映像の力にバランスがあった。
それはそれとして、今日は、秋の日。
雨模様の空気につつまれて歩いていると寺がある。
寺には、どこでも同じ静止した空気があって、その中に紅葉した木々が眠っている。
「鶏霊」をまつる石碑があった。
どう見ても「にわとりれい」である。
しずかにモノトーンのおもたい空気のなかで静止する石碑。
ここになにか物語りがある。
これだけ立派な石碑だ。
何かある。
これが、ひとつの「動」である。

街の宝石たち

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土曜日だ。
まだ休みの日に働くのになれていない。
朝の光に包まれて大好きな人形が目覚める。
ミスズヤ書店の主人とドストエフスキーの話をする。
こじんまりした書店なのに彼の本や彼についての本がそろっている。
世界の頂点の本だ。
新しく出た文庫本は売り切れていた。
そのほんでからまーぞふのきょうだいをよみなおしてみようとおもっている。
新聞に宮沢賢治の原画の版画の販売のことが載っていた。
買いたいとは思わない。
書くことに中毒してる。
そういう人がたくさんいるとブログが教えてくれる。
キリストやブッダやソクラテスではない。
彼らは一つも書いたものを残さなかった。
なのにたくさんの書き物を生み出した。
本当に偉大だと思う。
それはそれとしてわたしは書き続けるだろう。
常に読む人がそこにいる。
これは不思議だ。
そろそろ親父が書き残したものに向き合う必要があるだろう。
どんな読者を想定していたのだろう。
わたしと同じかもしれない。
不思議な存在がちかづいて来る。

ベッカム君

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絵の具チューブの棚の奥からベッカム君の登場
歩いていると、こじんまりした画材屋さんがあった。
桐生市新宿町である。
桐生の新宿は、「しんしゅく」と読む。
画材屋さんは、なつかしい。学生の頃、伊勢崎市のここよりもっと小さな画材屋さんへよく通ったものである。その頃は、深いブルーとシルクホワイト、そして、思いっきりの黄色をよく買った。それでも、あの頃の冬の夕暮れ時、西の空に繰り広げられる、とてつもなく深くてクリアな色の変容には、とうていわたしの筆では勝てなかった。
聞くところによると、ベッカム君は、ここらの人気者だそうである。女子校生たちが写真を撮っていくそうだ。
この画材屋さんでは、岩絵の具も売っている。
絵の具の色が、ずらりと並んでいる。見ているだけで楽しくなってしまう。
さて、ベッカム君は、油絵の具と岩絵の具、どっちが好きだろう。
そうして、どんな彩色をした夢を見るのだろう。

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ボジョレー・ヌーボー

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今年もボジョレー・ヌーボーの季節がやって来た。去年別のブログで創早期のことについて書いた。特にボジョレー・ヌーボーの帝王と呼ばれるデブッフェの営業について感動したことを述べた。

パワーの根源

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桐生市の本町通りを歩いていると、かの有名な老舗うなぎや「泉新」のむかいっかわ近くに「根源」がうやうやしく奉られている。
「根精大明神」である。
由来を記したプレートを見ると、こうしたシンボルはとくにめずらしいものではにそうで、子孫繁栄にはじまって、家内繁盛やらとご利益が連ねてある。要するに、生命パワーの源をシンボル化したものである。
実に無邪気だ。そして、単純で、素朴で、純粋。
こうしたシンボルが神聖化され、ほんとうに、こころから願いをかけた頃に思いが飛んでいく。
その頃にいじめによる自殺なんてぇものがそんなにあったのだろうか。
いわゆる「いじめ」は、もっと原始的な、根源的なものだったのかもしれない。ひょっとしたら、「村八分」や古典的な「嫁いびり」のような、もっとすさまじく、恐ろしいものだったかもしれない。
わたしは、わたしの血縁に過去に自殺したものがいることを知っている。
だからだろうか。この「ご神体」に対面して、素直にいじめや自殺のことを考えてしまった。