2日間仕事がお休みだったので、上・下巻、没頭して読めました。


久しぶりに2冊にわたる長編…


感情移入して日常生活も深刻になっていたので(笑)運転中は音楽をかけ気分転換!






と思ったら


波長がコチラに合ってたようで………



涙、出るぜ~



思いっきりひきずってる(笑)




そういえば

中学生のとき『エヴァンゲリオン』観るとしばらく鬱々して動けなかったった(^^ゞ




昨日は菊陽図書館に行ったけど、今日は大江図書館の気分だった!





『黄砂の籠城』

こちらも史実に基づく話です。


またひとり、日本の偉人と出会えて嬉しい。


義和団事件の真相



柴五郎

籠城戦をした会津藩の出身。




義和団の乱の防衛戦で賞賛を浴び、欧米各国から数々の勲章を授与された。

タイムズ』の記者ジョージ・アーネスト・モリソンの報道も相俟ってリュウトナンコロネル・シバ(柴中佐の意)は欧米で広く知られる最初の日本人となった。



陸軍部内きっての中国通としても知られ、事ある毎に中国へ派遣された。

義和団の乱において総指揮を取ったイギリス公使クロード・マクドナルドは、共に戦った柴と配下の日本兵の勇敢さと礼儀正しさに大いに心を動かされ深く信頼するようになり、1901年の夏の賜暇休暇中に英国首相ソールズベリー侯爵と何度も会見し、7月15日には日本公使館に林董を訪ねて日英同盟の構想を述べ、以後の交渉全てに立ち会い日英同盟締結の強力な推進者となった。

このことから柴は日英同盟のきっかけをつくった影の立役者として評価されている。

(『Wikipedia』より)



先に読んだ『八月十五日に吹く風木村昌福といい


柴五郎といい


勢いとか運任せの賭けで突撃に出るのではなく


冷静沈着に、緻密明瞭な分析をし、機微を利かせる対応、確固たる信念、粘り強さ…



すごいすごいすごいすごい!!!



孫子の『兵法』("敵を知り己を知れば危うからず")から学び、その真意を


物質を精神では補えない。敵を知り己を知り、敵と己れ以外のすべてを知れば、百戦危うからず。


と捉える。



凡人には、途方もなく感じるのだけど。。。




また、いつものように、印象に残った言葉の備忘録を以下!




排外主義、貧困、テロ、宗教など
この事件の背景にある諸問題は驚くほど現代社会と共通する。
当時を深く考えることで、むしろ将来的な解決策を見いだす参考となりうる。




ゲッセマネの園でイエスがぺテロに言った
"すべて剣を取る者は剣によって滅びる"



「櫻井君。きみたちだけに戦わせてはおけない。僕らもこれまで誇りを持って働いてきた。穏やかで、自然を愛で、伝統を重んじ、支えあう。それが日本人だよ」
過去に感じたことのない感情が、櫻井のなかにひろがっていった。これが連帯感というものだろうか。




もともと農民ですら読み書きができ、数字に強かった。勤勉で勤労、集団を重んじ、貧しい生活にも耐える。まるで国民全員が軍人だ。
昼夜問わず東交民港の街路を警備する日本の兵士を見て、おぼろにわかってきた。





武士の時代、日本はどの藩だろうと、あまり変わりはなかった。我慢強く、謙虚で、情け深く、潔い。会津藩も一緒だ。
だが戦に負ければ賊軍となる。官軍により本質すら歪んで定義づけられる。




よく覚えておくことだ。戦をするなら勝て。官軍になれ。賊軍は貶められる運命だ。官軍は戦を正当化する。賊軍は信念を誤り滅ぼされる者たちだった、そう烙印を捺される。だから勝て。しかし万が一にも敗北に至った場合は…
生き延びろ。そして誇りを忘れるな。自分のなかにある真実を、戦場から持ち帰れ。





なぜ柴が当初、控えめな態度をとっていたのか、いまなら理解できる気がする。柴は外国人の自尊心の高さを知っていた。我のぶつかり合いになったのでは、信頼など築けないとわかっていた。自国を認めさせるのは、解決困難な問題に直面した時の対応にある、そう考えていた。だから見栄にとらわれず、誰に対しても頭を垂れ、穏やかに接してきたのだろう。弱腰などではなかった。人間性にこそ真の強さがある。




われわれのためだけではない。日本という国に生きる子や孫のために。
世界に認められ、文化が存続し、人々の幸せな暮らしと平穏が保たれる近代国家となるために、ここで戦う。




さまざまな思いが心を通りすぎていく。なにもかもが自分のなかにある、偽らざる感情なのだろう。正直に生きればいい。果たしうるすべてを果たす。成し遂げられたなら、きっと安藤も誇りに思ってくれる。そう信じたい。




「この籠城を通じ悟った子とがある。仲間を失いたくないという願いは、だうしようもなく正しい。会津藩はむしろ私にそんな思いを託してくれたのだと感じる」




最後にも強烈なメッセージをもらいました。↓



受けとった言葉の意味を噛みしめる。そのうえで決意した。この瞬間をもって過去を捨てよう。人生はきょうから死ぬ瞬間まで。



あぁ、そうだ。

 
優花さんの言葉を思い出した!









この本から得た感動というステキな感情も


浸りたいときは浸っててもいいけれど



明日には明日を生きよう。



早く忘れたいとつい思ってしまうネガティブな感情も、

宝物のようなキラキラした思いも、


握りしめず手放すことは、忘却の彼方へ消えてなくなることではないんだ。



必要なときには、すぐ引き出せることができる。



また出会うことができる。


 

だから、
ありがとうと言って、さよならしよう^ ^




いまを生きるためにカナヘイうさぎカナヘイうさぎカナヘイうさぎ







読みたかった本を間違えてコチラを購入したみたい(^^ゞ


でも、とても勉強になったし面白かった。
2日かけ一気読みでした。


 
タイトルにある日は

1945年8月15日の終戦記念日のことではなく

それより2年前のこと。


北海道の先の、アメリカ領アラスカに近い島に包囲され、残された五千二百人の日本兵の救出作戦の話です。


 

知覧特攻平和会館に行ったことがあるのだけど


遺書などで見る手紙や詩。


昔のひとの教養って凄いなー!感性が凄いなー!て、尊敬の念を覚えますとびだすうさぎ1



この本にも素敵な文章があった!

 

部隊の長として遠く不毛の地に入り骨を北海の戦野に埋む、真に本懐と存じ候(そうろう)。

況(いわん)や護国の神霊として悠久の大義に生く快なる哉。

思ひ残すこと更になし、結婚以来茲(ここ)に約30年、良く孝貞の道を尽す、内助の功深く感謝す、
子供には賢母、私には良妻、そして変わらざる愛人なりき、

忠心満足す。

熱田島に出征することになった山崎保代(やまさきやすよ)大佐が妻に渡した手紙


 

自分の空腹は凌げるが、家族の飢える姿を想像するといたたまれなくなる。


父や母は、わたしが「ちょーだい」て言ったら、心置きなく自分の食べ物を差し出してくれたのだけど


わたしは子どもとお菓子の取り合いをしている、平和な時代よショックなうさぎ


愛情の深さが凄いと思った一文。





以下も、印象に残った文章、メモメモφ(..)


国軍の苦しき立場は了承した。我が軍は最後まで善戦奮闘し、国家永遠の生命を信じ、武士道に殉じるであろう。



玉砕といえど、最後の一瞬まで粘らねばならない。一日でも長く敵をこの島に足止めする。戦いにせめてもの意義すら持てないのであれば、なんのため熱田島へ来たのか。なぜこの世に生を受けたというのだろう。




「海軍のご協力に心から感謝申し上げる」
「兵力もわずかでしたが、部下はみな頑張っていました。ここだけの話、陸軍とはなにかといがみ合ってばかりとききますが、熱田島ではそうじゃなかった」
「一丸となって戦ったな」
「ほかの戦線でも、そうあってほしいですな。我らがその礎となれば…」
なにも考えられなかった。どんなことに意義を見いだそうとすべきか、考えは人それぞれだった。




樋口季一郎中将
シベリア鉄道オトポール駅で足止めされていたユダヤ人の、上海祖界への逃亡を助ける。




若い兵士たちは、天皇陛下のため命を捧げるべき、そう信じている。
敗北はむろんのこと、敵の捕虜になるのも恥と考える。
だが、こんな時代をつくりだしてしまった自分たちこそ、恥を知らねばならん。

全滅を玉砕なる物言いで正当化してはならん。われわれは生きるために戦う。身をもってしめさねば。



 
海軍少将 木村昌福(まさとみ)


橋本恭一少尉

 
従軍記者菊池雄介



木村昌福の人徳が凄かった…
鬼平犯科帳の長谷川平蔵並の理想の上司だった…


ふしぎな気分だった。従うばかりでなく、支えたいとも感じられてくる。
本来、父性とはこういうものかもしれない。
 

誰かのために恩を返すために何かしたい、という気持ちを起こさせる人徳ある人物

"父性"か~‼
 
なるほどな~!とわたし、つい唸りました。




彼らの感じた希望が報われてほしい。
自分にとってもそうだと菊池は感じた。
いずれ思えるようになりたい、この艦こそわが家だと。本気でそんなふうに信じられれば、きっとなにも恐くなくなる。




敵の命を ひとりでも多く奪う、それが軍人だと思っていました。しかしあなたはちがったんです。戦争という束縛のなかで人命を救うべく努力しておられる。どんな状況であろうと、人としての原則をお忘れにならない。あなたの要請だったからこそ、わたしは阿武隈に乗ったんです。」


菊池
経験が浅く、どこか頼りない彼だったけれど、兵士たちと寝食ともにするなかで、どんどん変わっていきました。
いや、垢がとれてきただけかもしれない。


自分の役目に気づき、それを全うする姿をみて


完璧な采配】だと思った!

見事なまでに、登場人物たちは完璧にその役割を果たしている。

 
凄い!!!






一文だけの抜粋じゃ足りない
言い表せなかった場面を残させてもらいます。↓
 



木村の目がまっすぐに樋口をとらえた。しばしの沈黙ののち、木村がいった。
「五千二百名が迅速に乗艦するため、携行品は最小限にしていただきたい。北方軍司令官の名において、撤収してくる鳴神島守備隊に対し、手持ちの武器を捨てるよう命じていただきたく存じます」
思わず絶句した。まるで予期せぬ要求だ、そう思った。陸軍の歩兵にとって、三八式歩兵銃は命も同然だった。樋口は茫然とつぶやいた。「陛下からいただいた銃を捨てるなど……」
木村が見つめてきた。「ガダルカナル島でも歩兵が銃を携帯していなければ、もっと早く出航できました。これは必須条件です」
樋口は木村を見かえした。いささかも動じない澄んだまなざしがそこにあった。
天候と同じく、先入観では計り知れない。この男はそんな可能性を秘めている。樋口は直感的にそう思った。
河瀬がささやくように告げてきた。「樋口。海軍はすでに了承している」
躊躇している場合ではない、思いがそこに至り、樋口はうなずいた。「わかった。銃を含め、すべての装備を捨てさせ身軽にさせる」
陸軍参謀の田熊が驚いた顔で立ち上がった。「樋口司令官。大本営の許可なくお決めになっては……」
樋口は降りかえった。「いいんだ。田熊、俺が責任をとる」
田熊が信じられないという目を向けてきた。「菊の御紋章が入った銃を、捨てろと命じるのですか」
伝統、仕来たり、信念。あらゆる縛りが作戦を困難にする。海軍の例をまのあたりにすればこそ、率先して本音を晒けだす必要がある、そう思った。
「敵を見ろ」樋口はいった。「連中は撤収に際しても命を第一とし、武器であれなんであれ戦場に遺棄していく。道具は作れても人間は作れん」
上海祖界へ逃れようとするユダヤ人たちの顔が思い浮かぶ。男に化けるため髪を剃った婦人もいれば、衣服を売り裸同然になった老人もいた。すべてをかなぐり捨ててでも、国境を越えようと誰もが躍起になった。自由を得た瞬間らみな涙を浮かべ喜びを分かち合った。その場に泣き崩れた者も数限りなくいた。
現実を直視するには勇気が必要となる。いまこそ順応せねばならない。誰もが気づきながら、決していいだせなかった。兵士たちの命を尊重したとしても、皇軍の誇りを捨てたことにはならない。
それができなければ、日本は本当に負ける。



いま事実を悟った。もし目の前に泣いている人がいたら一緒に泣けばいい。生あるかぎり泣ける喜びがある。いまはほかになにも要らない。



「熱田島、どっちですか 」
「そうだな」橋本は指さした。「だいたいこの方角だ」
会話をききつけたのか、近くにいた水兵が身体を起こした。「そっちが熱田島ですか」
「ああ。そうだよ」
水兵は橋本の指ししめしたほうを向き、ひとり敬礼した。
すると周りの兵士たちも起き上がりだした。みな敬礼に加わる。まだ寝ている者も揺すって起こす。目を覚ました兵も、躊躇せず周りに倣い敬礼する。
靄のような複雑な思いは、かえって消え去りつつあった。行く手に視界が戻った瞬間が、奇跡であろうとなかろうと、英霊に思いを馳せることになんのためらいがあるだろう。
静けさが空と海とに満ちていく。まだ陽は高くあるにもかかわらず、落日のような寂しさが沁みひろがった。

生還しても、また新たな戦地へ駆り出されるにすぎない。それでも生きてさえいれば、希望はつながれる。家族、友達、知人、同僚、そして同胞。誰も苦しめたくない。貧しくても、つましい生活でも、笑顔を交わしあっていられた、あの開戦前の日々を取り戻せるなら。
いつしか青みを取り戻した空に、はかないような白い雲がうっすら浮かんでいた。涙が滲んでくる。落涙を抑えられない。
また戦争を受け入れてしまう。きっと人間性なのだろう。しかし人間性に絶望すべきではない。人間として生きているのだから。

 



最後の縄田一男の解説も良かった。


この奇跡の作戦の果てにあったものは何かといえば、人間は常に破壊と創造を繰り返して歴史を紡いできたが、今日、我々が生きているのは、その歴史の中で信念を守った一握りの人々がいるからではないか、といえはしまいか。



作品中のロナルド・リーンも実在する
ドナルド・キーン
日本語通訳官
日本人は決して玉砕しか考えない、命の尊さを知らぬ人間ではない、と説き、戦後の米軍占領政策に影響を与える。



このひともキーパーソンみたい。



素晴らしいのは日本人だけじゃない。


日本のために生涯を捧げたひとがいる。



もう1人、思い出した。


アンビリーバボーで知った"広島の家"
 

シュモーという平和をこよなく愛するアメリカ人が、原爆投下を嘆き


広島のひとが住む家を建てる夢を実現させる。


同じアメリカ人に理解されず批判されながらも、ごく数名の有志とともに来日し


現地でも苦しい立場だったろうに



あきらめず淡々と作業するシュモーを信頼するようになり手伝う日本人。



感動しました。



悲劇の側面だけでなく、これからは光もどんどん明るみになっていけばいいなぁと思いました。



この歴史、数多幾千と、数え切れない戦いがあっています。


裏切りもあったでしょうが、確認のとれようがなく双方の'勘違い'もあったのでは。


坂上田村磨呂と阿弖流為のように。
(↑まったく詳しくはないのだけど)



わたしたちはきっと何千何万回と生まれ変わっていますが

この代で、仲直りし、手を取り合って、喜びを享受できる時に来てるのではないかと思います。



今の時代はそれが可能なのだと。


いや、わたしたちが作るのかな、時代を。




だからわたしは世界へ出る!


世界中に友達をつくるんだ



時々コミュ障発症しちゃうけど(汗)

虎視眈々と目指しますよ気合いピスケカナヘイきらきらカナヘイきらきら


買った!


本来、コチラを読みたかった!



中国行きへ向けて


中国のこと勉強しときたいな~‼と思ってたなか、東京の電車で見かけたこの広告。




図書館で

北京マニアのひとの本、中国語のテキストや歌や漢詩を借りて、手をのばしすぎて


結局わけわからなくなるパターンやる気なしピスケ



ハマる楽しみは、二個くらいにしときなさい、て潜在意識からもアドバイスもらってたよーな。。。



三国志や水滸伝は、手を出せずにいますショックなうさぎ



なんとなく好きなだけで


中国についても知らないことが多すぎることに気づく………



だから知る喜びがめっちゃあるんだけどね。無限大だわカナヘイきらきらカナヘイきらきら







最初の章に


『八月十五日に吹く風』を読んで 感じた、わたしの言葉とまったく同じことが書いてあって、ビックリした!!!



この作者に会ってみたいな~カナヘイうさぎカナヘイハートカナヘイハート




高祖父らの勝ち得た信頼が、ここ現代において実を結んだ、端的にいえばそんな一日だった。

櫻井のなかで感情の潮がのぼりだした。

与えられた機会を生かさねばならない。

これは安易に語られがちな愛国心とは異なる。

自分の血となり肉となるすべてだった。

おそらくすべての日本人が内包する、なにものにも代えがたい財産だろう。

歴史の断絶によりほとんど忘れられた記憶。

だが過去に触れることで、いままで自覚していなかった強さを発揮できる。

そう、この事件の真相を知れば、誰にとっても道が開ける。櫻井はそう思った。日本人なら誰もが。



言葉のチョイスも考えも、似てないですか?!




今日のブログはなんちゃない話でした~カナヘイうさぎ