読みたかった本を間違えてコチラを購入したみたい(^^ゞ


でも、とても勉強になったし面白かった。
2日かけ一気読みでした。


 
タイトルにある日は

1945年8月15日の終戦記念日のことではなく

それより2年前のこと。


北海道の先の、アメリカ領アラスカに近い島に包囲され、残された五千二百人の日本兵の救出作戦の話です。


 

知覧特攻平和会館に行ったことがあるのだけど


遺書などで見る手紙や詩。


昔のひとの教養って凄いなー!感性が凄いなー!て、尊敬の念を覚えますとびだすうさぎ1



この本にも素敵な文章があった!

 

部隊の長として遠く不毛の地に入り骨を北海の戦野に埋む、真に本懐と存じ候(そうろう)。

況(いわん)や護国の神霊として悠久の大義に生く快なる哉。

思ひ残すこと更になし、結婚以来茲(ここ)に約30年、良く孝貞の道を尽す、内助の功深く感謝す、
子供には賢母、私には良妻、そして変わらざる愛人なりき、

忠心満足す。

熱田島に出征することになった山崎保代(やまさきやすよ)大佐が妻に渡した手紙


 

自分の空腹は凌げるが、家族の飢える姿を想像するといたたまれなくなる。


父や母は、わたしが「ちょーだい」て言ったら、心置きなく自分の食べ物を差し出してくれたのだけど


わたしは子どもとお菓子の取り合いをしている、平和な時代よショックなうさぎ


愛情の深さが凄いと思った一文。





以下も、印象に残った文章、メモメモφ(..)


国軍の苦しき立場は了承した。我が軍は最後まで善戦奮闘し、国家永遠の生命を信じ、武士道に殉じるであろう。



玉砕といえど、最後の一瞬まで粘らねばならない。一日でも長く敵をこの島に足止めする。戦いにせめてもの意義すら持てないのであれば、なんのため熱田島へ来たのか。なぜこの世に生を受けたというのだろう。




「海軍のご協力に心から感謝申し上げる」
「兵力もわずかでしたが、部下はみな頑張っていました。ここだけの話、陸軍とはなにかといがみ合ってばかりとききますが、熱田島ではそうじゃなかった」
「一丸となって戦ったな」
「ほかの戦線でも、そうあってほしいですな。我らがその礎となれば…」
なにも考えられなかった。どんなことに意義を見いだそうとすべきか、考えは人それぞれだった。




樋口季一郎中将
シベリア鉄道オトポール駅で足止めされていたユダヤ人の、上海祖界への逃亡を助ける。




若い兵士たちは、天皇陛下のため命を捧げるべき、そう信じている。
敗北はむろんのこと、敵の捕虜になるのも恥と考える。
だが、こんな時代をつくりだしてしまった自分たちこそ、恥を知らねばならん。

全滅を玉砕なる物言いで正当化してはならん。われわれは生きるために戦う。身をもってしめさねば。



 
海軍少将 木村昌福(まさとみ)


橋本恭一少尉

 
従軍記者菊池雄介



木村昌福の人徳が凄かった…
鬼平犯科帳の長谷川平蔵並の理想の上司だった…


ふしぎな気分だった。従うばかりでなく、支えたいとも感じられてくる。
本来、父性とはこういうものかもしれない。
 

誰かのために恩を返すために何かしたい、という気持ちを起こさせる人徳ある人物

"父性"か~‼
 
なるほどな~!とわたし、つい唸りました。




彼らの感じた希望が報われてほしい。
自分にとってもそうだと菊池は感じた。
いずれ思えるようになりたい、この艦こそわが家だと。本気でそんなふうに信じられれば、きっとなにも恐くなくなる。




敵の命を ひとりでも多く奪う、それが軍人だと思っていました。しかしあなたはちがったんです。戦争という束縛のなかで人命を救うべく努力しておられる。どんな状況であろうと、人としての原則をお忘れにならない。あなたの要請だったからこそ、わたしは阿武隈に乗ったんです。」


菊池
経験が浅く、どこか頼りない彼だったけれど、兵士たちと寝食ともにするなかで、どんどん変わっていきました。
いや、垢がとれてきただけかもしれない。


自分の役目に気づき、それを全うする姿をみて


完璧な采配】だと思った!

見事なまでに、登場人物たちは完璧にその役割を果たしている。

 
凄い!!!






一文だけの抜粋じゃ足りない
言い表せなかった場面を残させてもらいます。↓
 



木村の目がまっすぐに樋口をとらえた。しばしの沈黙ののち、木村がいった。
「五千二百名が迅速に乗艦するため、携行品は最小限にしていただきたい。北方軍司令官の名において、撤収してくる鳴神島守備隊に対し、手持ちの武器を捨てるよう命じていただきたく存じます」
思わず絶句した。まるで予期せぬ要求だ、そう思った。陸軍の歩兵にとって、三八式歩兵銃は命も同然だった。樋口は茫然とつぶやいた。「陛下からいただいた銃を捨てるなど……」
木村が見つめてきた。「ガダルカナル島でも歩兵が銃を携帯していなければ、もっと早く出航できました。これは必須条件です」
樋口は木村を見かえした。いささかも動じない澄んだまなざしがそこにあった。
天候と同じく、先入観では計り知れない。この男はそんな可能性を秘めている。樋口は直感的にそう思った。
河瀬がささやくように告げてきた。「樋口。海軍はすでに了承している」
躊躇している場合ではない、思いがそこに至り、樋口はうなずいた。「わかった。銃を含め、すべての装備を捨てさせ身軽にさせる」
陸軍参謀の田熊が驚いた顔で立ち上がった。「樋口司令官。大本営の許可なくお決めになっては……」
樋口は降りかえった。「いいんだ。田熊、俺が責任をとる」
田熊が信じられないという目を向けてきた。「菊の御紋章が入った銃を、捨てろと命じるのですか」
伝統、仕来たり、信念。あらゆる縛りが作戦を困難にする。海軍の例をまのあたりにすればこそ、率先して本音を晒けだす必要がある、そう思った。
「敵を見ろ」樋口はいった。「連中は撤収に際しても命を第一とし、武器であれなんであれ戦場に遺棄していく。道具は作れても人間は作れん」
上海祖界へ逃れようとするユダヤ人たちの顔が思い浮かぶ。男に化けるため髪を剃った婦人もいれば、衣服を売り裸同然になった老人もいた。すべてをかなぐり捨ててでも、国境を越えようと誰もが躍起になった。自由を得た瞬間らみな涙を浮かべ喜びを分かち合った。その場に泣き崩れた者も数限りなくいた。
現実を直視するには勇気が必要となる。いまこそ順応せねばならない。誰もが気づきながら、決していいだせなかった。兵士たちの命を尊重したとしても、皇軍の誇りを捨てたことにはならない。
それができなければ、日本は本当に負ける。



いま事実を悟った。もし目の前に泣いている人がいたら一緒に泣けばいい。生あるかぎり泣ける喜びがある。いまはほかになにも要らない。



「熱田島、どっちですか 」
「そうだな」橋本は指さした。「だいたいこの方角だ」
会話をききつけたのか、近くにいた水兵が身体を起こした。「そっちが熱田島ですか」
「ああ。そうだよ」
水兵は橋本の指ししめしたほうを向き、ひとり敬礼した。
すると周りの兵士たちも起き上がりだした。みな敬礼に加わる。まだ寝ている者も揺すって起こす。目を覚ました兵も、躊躇せず周りに倣い敬礼する。
靄のような複雑な思いは、かえって消え去りつつあった。行く手に視界が戻った瞬間が、奇跡であろうとなかろうと、英霊に思いを馳せることになんのためらいがあるだろう。
静けさが空と海とに満ちていく。まだ陽は高くあるにもかかわらず、落日のような寂しさが沁みひろがった。

生還しても、また新たな戦地へ駆り出されるにすぎない。それでも生きてさえいれば、希望はつながれる。家族、友達、知人、同僚、そして同胞。誰も苦しめたくない。貧しくても、つましい生活でも、笑顔を交わしあっていられた、あの開戦前の日々を取り戻せるなら。
いつしか青みを取り戻した空に、はかないような白い雲がうっすら浮かんでいた。涙が滲んでくる。落涙を抑えられない。
また戦争を受け入れてしまう。きっと人間性なのだろう。しかし人間性に絶望すべきではない。人間として生きているのだから。

 



最後の縄田一男の解説も良かった。


この奇跡の作戦の果てにあったものは何かといえば、人間は常に破壊と創造を繰り返して歴史を紡いできたが、今日、我々が生きているのは、その歴史の中で信念を守った一握りの人々がいるからではないか、といえはしまいか。



作品中のロナルド・リーンも実在する
ドナルド・キーン
日本語通訳官
日本人は決して玉砕しか考えない、命の尊さを知らぬ人間ではない、と説き、戦後の米軍占領政策に影響を与える。



このひともキーパーソンみたい。



素晴らしいのは日本人だけじゃない。


日本のために生涯を捧げたひとがいる。



もう1人、思い出した。


アンビリーバボーで知った"広島の家"
 

シュモーという平和をこよなく愛するアメリカ人が、原爆投下を嘆き


広島のひとが住む家を建てる夢を実現させる。


同じアメリカ人に理解されず批判されながらも、ごく数名の有志とともに来日し


現地でも苦しい立場だったろうに



あきらめず淡々と作業するシュモーを信頼するようになり手伝う日本人。



感動しました。



悲劇の側面だけでなく、これからは光もどんどん明るみになっていけばいいなぁと思いました。



この歴史、数多幾千と、数え切れない戦いがあっています。


裏切りもあったでしょうが、確認のとれようがなく双方の'勘違い'もあったのでは。


坂上田村磨呂と阿弖流為のように。
(↑まったく詳しくはないのだけど)



わたしたちはきっと何千何万回と生まれ変わっていますが

この代で、仲直りし、手を取り合って、喜びを享受できる時に来てるのではないかと思います。



今の時代はそれが可能なのだと。


いや、わたしたちが作るのかな、時代を。




だからわたしは世界へ出る!


世界中に友達をつくるんだ



時々コミュ障発症しちゃうけど(汗)

虎視眈々と目指しますよ気合いピスケカナヘイきらきらカナヘイきらきら