今月の『文芸春秋』に「代表的日本人」100人が掲載されている。暑くて家に籠っているので、選者になれる立場ではないが、自分ながらの勝手格付けをしてみた。
◆上杉鷹山
内村鑑三の『代表的日本人』にも今回の『文芸春秋』にも選出済み。「伝国の辞」をあの封建時代に掲げたところが素晴らしい。藩の財政再建を行っただけに、「働き一両、考え五両、見切り千両」と語ったらしいが、その後に「無欲萬両」を加えたらしく、恐れ入りましたの世界。
◆勝海舟
亡父が好きで、よく話を聞かされた。江戸市民のため江戸城無血開城を行ったのは有名(実は裏で山岡鉄舟が動いた)。のちに、「幕臣のくせに戦いもせずに城を明け渡し、維新後は明治政府に仕えて、武士としての痩せ我慢が足らん」と福沢諭吉に『痩我慢の説』で批判されるが、「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張」と、結果を求められる政治家と教育家の違いを際立たせた。
◆大平正芳
『文芸春秋』で宮崎哲弥氏により選出済み。2つの緊張関係から成る2つの軸でバランスよく考えるという「楕円の哲学」や、過去と未来の緊張関係上にある「今」を重視する「永遠の今」を提唱。「所得倍増」後、GDPのみではない、文化・家庭・総合安全・環太平洋連帯・田園都市などの実現を図るも急逝。赤字国債を定常的に発行せざるを得なかったが、「万死に値する」と後世へツケを残さぬよう歴代政権初の消費税導入を主張。「日本国民は賢明であり、理を尽くして、ていねいに説明すれば必ず最後には理解してくれる」との信念があったが導入に至らず、のちの四十日抗争にも発展して命を縮めた。揮毫は「任怨分謗」「良賈深蔵如虚」「興一利不如除一害」「着々寸心洋々万里」など哲人政治家の思想を表すものが多い。
◆保科正之
あまり知られていないが、徳川家光の腹違いの弟で初代・会津藩主。善政を施し、「たとい藩庁の損となることであっても、民に益するを旨とせよ」と社倉をつくり、飢饉時に蔵を領民に開放。「会津藩たるは将軍家を守護すべき存在であり、藩主が裏切るようなことがあれば家臣は従ってはならない」と「会津家訓十五箇条」に書き残し、これが故に、幕末で会津藩は佐幕派として壮絶な戦いをする。この時期まで、保科正之の遺徳が残っていたとも考えらえる。
◆塚越寛
ご存命で、伊那食品工業の最高顧問(元・社長)。長野の人には「かんてんぱぱ」のほうが知られている。寒天の会社ながら、いまや寒天は至る所に使われており、過去に44期連続増収・増益を実現。少しずつでも成長する「年輪経営」を掲げ、「会社の目的は社員の幸せを実現することにある」と言い切る。豊田章男前社長も私淑し、トヨタ幹部も伊那で研修を受けるほど。広報誌トヨタイムズに掲載された以下の言葉は、年を重ねるごとに実感できる。「人への思いやりを優しさと言うんですよ。『にんべんに憂う』って書く。だから優しいという字は、思いやりのことなんです。『人を憂うことに秀でた人』って書くと、『優秀』っていう字になる。これは偶然じゃない。やっぱり昔の人は考えている。思いやりの優れた人が優秀なんです。」
