BOOKMAN -3ページ目

その時は

二時間目
体育館でのことを振り返った。
いつもと違った一時間は、長いようで短いようで、でも振り返るといつもと変わらなかった気もする。
渡辺は何も無かったように真面目に授業を受けている。誰かに一時間目何で来なかったのか訊かれると思ったが、誰にも訊かれることは無かった。いつものように哲也や真と軽く言葉を交わして、席についた。
確かにそれを望んだが、望んだ通りでつまらない。
退屈だとかつまらないなんて思うことは、前は無かった。退屈やつまらないってことは、平和で気楽だということに直結していた。
それならば、前の自分だったほうが良かったかも知れない、と思った。

二時間目の休み時間
「結子さん、ちょっといい」
比良が結子を呼び出しどこかへ行った。教室内のほぼ全員が、二人に視線を送った。
「結子さんと比良くんって仲良かったっけ」
「文化祭で仲良くなったんじゃない」
「付き合ってるの」
「えー、もしそうだったらショック」
「でもお似合いだよね」
二人の姿が見えなくなった瞬間、一部の女子の塊が二人のことを話し始めた。それはすぐに、教室中に感染した。
教室中がざわめく。

「みんな噂好きだよな」
哲也が俺の席に来た。
「一部を除いてな」
佳代は、渡辺に勉強を教えてもらっている。
大地も田中と何かを話している。
田所は、休み時間になってすぐどこかへ行った。
「まぁな。お前の目の前にいるやつとかね」
真はすぐ目の前で顔を伏せ寝ている。
「くくっ、そうだな」
「何か真が一番クラス中の誰よりも幸せな気がする。何も悩むこと無さそうで」
俺の隣の机の上に腰を下ろした。
「こいつはこいつなりに考えたり悩んだりしてると思うけどなぁ」
真の背中を、頬杖をつきながら見つめた。
ふと視線を感じる。横を見ると、哲也がじっと俺を見ていた。
「なに」
「いや、なんかさ、やっぱ似たもの同士だから気持ちが分かんのかなぁと思って」
と、真顔で言った。
「別に、何となく思っただけ」
背もたれに寄りかかり、天井を見た。
「ふーん」
哲也は壁にかかった時計を見て、興味が無いような返事をした。
「でもホントに二人なにしたんだろう」
話している奴らをあきれながら見ていたが、結子のことは気になる。
「さぁな」
ガラガラ
扉が開いた。ドアの先にみんなの視線が集中する。
教室に入って来たのは、田所だった。
皆の視線に気付いたのか、田所がドアの前で一瞬立ち止まった。皆は何も無かったように、話しを再開する。
田所は、少し首を傾げ、自分の席に座った。
ガラガラ
田所が座ってすぐ、またドアが開いた。皆は、ドアが開いたのを無視し、話に集中する。
しかし教室内に入って来たのは、結子と比良だった。教室内が静まり、空気が一瞬凍りついた。
二人は無言で自分の席へ向かう。
「じゃあ、時間なるから戻るわ」
哲也が自分の席に戻り、それと同時に比良も席に戻った。
結子の足音が近づいてくる。
俺の横を通り過ぎる瞬間、俺を見た。正確に言えば、見た気がした。結子を意識し過ぎて、勘違いしたのかも知れない。
三時間目始まりの鐘がなった。真の背中を叩いて起こす。いつの間にか、これが習慣になっている。
「休み時間終わったぞ」
顔を起こし、背伸びをした。
「あぁ、どうも」
手だけでお礼を言われた。愛想の無い奴だ。

三時間目と四時間目の授業が終わった。
比良と哲也がひそひそ話をしていたこと以外、いつもの退屈な時間だった。


昼休みになり、渡辺に言われた通り田中を遊びに誘うことにした。田中は、昼休みも机で本を読んでいた。
「あのさ、田中」
田中の前の席に座った。ただ遊びに誘うだけなのに、もの凄く緊張する。渡辺の心配そうな視線のせいもあるかもしれない。
「なに、こうやって話すの懐かしいね」
やはりこの雰囲気は、どこか渡辺と似ている。それより「懐かしいね」と言われたのが妙に嬉しくて、顔がにやけそうになった。
「あ、うん。それでさ、あの、今度の休みとか一緒に遊ばない」
田中の目をじっと見る。
「えっ」
少し唐突すぎただろうか。
「駄目かな」
「いいけど」
「えっ、いいのか」
「うん、今度の休みは暇だし」
これでひとまず安心だ。
「でも何でいきなり」
「いや、どっか行って遊ぶことって田中と全然無かったから、一度遊びたいなと思って。人数いたほうがいいから渡辺とかも一緒でいい」
実際に、渡辺からお願いされたからだけではなく、田中といつか遊びに行ってみたいと思っていた。
「うん、いいよ」
あっさりとした返事。
「ほんとか、じゃあ詳しいことは後でメールするから」
椅子から立ち上がり、この場を立ち去ろうとした。
「ちょっと」
田中に呼び止められた。
「なに」
田中のほうを振り向き、田中に歩み寄った。
「僕のメルアド知らないよね」
「あっ」
そういえば、田中のメルアドを知らなかった。
「じゃあ、渡辺さんから教えてもらって」
「あぁごめん、分かった」
遊びの誘いを受けてくれたことと、笑顔で話す田中に、ほっとした。
「じゃあ、また」
「あぁ、また」
この一連の流れは確かに懐かしい。
自分の席に戻るときに、強く握った拳を腰のあたりにもっていき、渡辺だけにみせるよう親指を立てた。瞬間、自分らしくないと思いすぐに親指を拳に隠したが、渡辺は握った拳から、こっそり親指を上に立てて俺に見せた。
恥ずかしくなって、用も無いのに教室を出た。意味も無く廊下を歩いているときも、拳は強く握ったままだった。

その時は

「バスケかなんかしよう。体育館に来たんだし」
渡辺が立ち上がり、俺の顔を覗いた。香水だろうか、とてもいい香りがする。
「あ、あぁ。じゃあバスケするか」

倉庫に向かった。三歩ほど下がって、渡辺の後ろ姿を見ながら。
倉庫を開けようとすると、案の定鍵が閉まっていた。
「閉まってるね」
不意に渡辺がこちらを振り向いた。瞬時に目を逸らし、ボールを探すふりをした。ふりのはずだったが、たまたま目を逸らした所にバスケットボールがあった。
「あっ、バスケットボールあった」
ステージ上にあるバスケットボールの元に向かい拾い上げ、渡辺に渡した。


ボールは渡辺と俺の間を行ったり来たりする。
「優汰くんって好きな人いるの」
「えっ」
突然の質問に聞こえないふりをした。
「優汰くんって、あまり自分のこと話さないよね」
がっかりしたような声を発した。
「そうかな」
そんなつもりは無い。
「だって、優汰くんのこと何も知らないよ。趣味とか誕生日とか血液型とか好きな食べ物とか嫌いな教科とか」
広げた手の指を一つずつ折っていく。
「優汰くんが一位って聞いたときホントに驚いたし」
「なら聞いてくれれば良かったのに」
渡辺にボールを弾ませ渡す。
「あっ」
手からボールが弾かれ、体育館の隅で止まった。
「ごめんごめん」
渡辺がボールを拾いに行ってる間に、かがんで靴紐を結んだ。
「だって雰囲気」
「えっ、何か言った」
遠くで渡辺が何かを呟いた。
ボールを両手で抱え、いじけたような顔をしてこっちにきた。
ボールを床に置き、その隣に渡辺が座った。
「えっ、もうバスケやらないの」
「だって」
また呟いた。
「えっ」
ゆっくりと渡辺の隣に座る。
「だって、何か聞きづらい雰囲気出してるし」
「何の話ししてんの」
ボールを手にとり、片手で転がした。
「だから、優汰くんのこと何も知らないって言ったでしょ」
「あぁ、それで雰囲気って」
人差し指でボールをクルクルと回す。黒と赤が混ざる。
「何か聞きづらい雰囲気」
「そうかな」
「りょうちゃんには、何でも話すのに。一位のこともりょうちゃんだけ知ってたでしょ」
「まぁ確かに」
細かくボールを弾ませる。
「でも、テストの順位なんか聞かなかったじゃん。良樹は聞いてきたから答えただけで」
自分で言って、何だか言い訳がましく聞こえた。
「じゃあ、私とか佳代に聞かれたら素直に答えたの」
強気な渡辺に、少し怖じ気づく。
「それは・・・」
素直に「うん」とは言えそうにない。

「じゃあ今日は何でそんなに聞いてくんの。聞きづらい雰囲気出してるとか言ってたのに」
話を逸らす為に、逆に質問をした。
「それは」
声のトーンが変わった。
俺はバスケットボールで遊ぶのをやめた。やめたほうがいい雰囲気の気がして。
「それは、優汰くんが前と違うからだよ」
今度は渡辺がバスケットボールをいじりだした。
「違うからってなに」
「少しだけど、何か話しかけやすくなった。明るくなったっていうか」
「ふーん」
「うん、変わった」
素っ気ない返事とは裏腹に、どこかで嬉しくなって、恥ずかしくなった。そして、どこかへ逃げ出したくなった。
「ふぅ」
立ち上がり、渡辺からボールを取り上げ、ドリブルでゴールに向かった。
放ったボールは、ボードに当たり、ゴールに吸い込まれた。
この約二分後に一時間目の終わりの鐘がなった。
一時間目に二人で一緒にいることを知られたら、また噂になると思い、渡辺を先に教室に向かわせた。
ほんのちょっとの時間体育館に寝そべり、空を見た。大きい体育館より大きい空。
小さな窓から見た空は、窓と同じ小さな空で、それでも空の大きさを感じた。
そんな空より、俺は大きい気がした。

その時は

「先生とか見回りに来たりしないよね」
渡辺が不安そうな声を出した。
学校が始まる数分前。どこに行くか二人で話しあった。遊びに行こうと思ったが金も行きたいところもなく、しょうがなく学校に向かった。
学校に着き最初に目に止まったのは体育館。ここなら誰もこないと思い体育館で過ごすことにした。
「本当に誰も来ないかな」
不安そうながらも体育館の扉の前へ行き、扉を開こうとする。
「鍵、閉まってるよ」
入り口の扉を開こうとしても、蚊が入れるくらいの隙間が出来るだけだった。
「ちょっと待ってろ」
渡辺を入り口に待たせ、体育館の裏側に行った。
体育館の裏側の下のほうには小さく横に長い窓がいくつか付いてある。その奥から三番目の窓、そこに手をかけ横に引く。すると、一切逆らわず窓が流れていった。
そこを無理やり入り、入り口にある扉の鍵を開けた。外側と違って内側はひねれば簡単に開く鍵だった。
何となく体育館の中央に向かった。後ろに渡辺の気配が付いてくる。いつもは何とも思わない足音が雑音に聞こえる。体育館の中央に立ち、仰向けに寝た。渡辺も黙って同じように仰向けになる。
この広い体育館を独り占め(正確には二人だが)しても、百分の一も使っていないのはもったいない気がしたが、反面、贅沢な気もした。

「どうやって入ったの」
渡辺がこちらを向いた。
「あの小さい窓から。」
窓を指差した。
「なんで鍵開いてるの知ってるの」
渡辺がじっとこちらを見る。何だか恥ずかしくて、高い天井をじっと見た。
「前にも一度良樹と入ったことあるんだ。あいつバスケ部だろ」
良樹はバスケ部に入っている。うちの学校のバスケ部は、ほとんど小学校からやっている奴ばかりだ。良樹もその中の一人。結子も小学校の頃からやっていたらしく、当たり前にバスケ部に入った。だから、俺より良樹のほうが結子と仲が良い。
「うん」
この体育館では、渡辺のか細い声まではっきりと聞こえる。
「それで、バスケ部が体育館使い終わったら、誰がどこを戸締まりするか決まってて、良樹がそこの窓一列担当なんだ。だから、一つだけ鍵閉めないで、ちょくちょく体育館に入ってたんだってさ。」
横目で渡辺を見る。渡辺は天井をじっと見て、何か考え事をしているようだった。
「そうなんだ」
気のない返事。
「うん」
渡辺の邪魔をしないよう、小さく息を吐くような返事をした。
二人とも天井をじっと見て黙った。俺は渡辺を気にしながら。渡辺は俺を気にせず、何かを考えているだろう。
静かだが、どこからか頭を揺らすような音が聞こえる気がする。
風の音や蝉の鳴き声は一切無いのに。
どこからか。