その時は | BOOKMAN

その時は

二時間目
体育館でのことを振り返った。
いつもと違った一時間は、長いようで短いようで、でも振り返るといつもと変わらなかった気もする。
渡辺は何も無かったように真面目に授業を受けている。誰かに一時間目何で来なかったのか訊かれると思ったが、誰にも訊かれることは無かった。いつものように哲也や真と軽く言葉を交わして、席についた。
確かにそれを望んだが、望んだ通りでつまらない。
退屈だとかつまらないなんて思うことは、前は無かった。退屈やつまらないってことは、平和で気楽だということに直結していた。
それならば、前の自分だったほうが良かったかも知れない、と思った。

二時間目の休み時間
「結子さん、ちょっといい」
比良が結子を呼び出しどこかへ行った。教室内のほぼ全員が、二人に視線を送った。
「結子さんと比良くんって仲良かったっけ」
「文化祭で仲良くなったんじゃない」
「付き合ってるの」
「えー、もしそうだったらショック」
「でもお似合いだよね」
二人の姿が見えなくなった瞬間、一部の女子の塊が二人のことを話し始めた。それはすぐに、教室中に感染した。
教室中がざわめく。

「みんな噂好きだよな」
哲也が俺の席に来た。
「一部を除いてな」
佳代は、渡辺に勉強を教えてもらっている。
大地も田中と何かを話している。
田所は、休み時間になってすぐどこかへ行った。
「まぁな。お前の目の前にいるやつとかね」
真はすぐ目の前で顔を伏せ寝ている。
「くくっ、そうだな」
「何か真が一番クラス中の誰よりも幸せな気がする。何も悩むこと無さそうで」
俺の隣の机の上に腰を下ろした。
「こいつはこいつなりに考えたり悩んだりしてると思うけどなぁ」
真の背中を、頬杖をつきながら見つめた。
ふと視線を感じる。横を見ると、哲也がじっと俺を見ていた。
「なに」
「いや、なんかさ、やっぱ似たもの同士だから気持ちが分かんのかなぁと思って」
と、真顔で言った。
「別に、何となく思っただけ」
背もたれに寄りかかり、天井を見た。
「ふーん」
哲也は壁にかかった時計を見て、興味が無いような返事をした。
「でもホントに二人なにしたんだろう」
話している奴らをあきれながら見ていたが、結子のことは気になる。
「さぁな」
ガラガラ
扉が開いた。ドアの先にみんなの視線が集中する。
教室に入って来たのは、田所だった。
皆の視線に気付いたのか、田所がドアの前で一瞬立ち止まった。皆は何も無かったように、話しを再開する。
田所は、少し首を傾げ、自分の席に座った。
ガラガラ
田所が座ってすぐ、またドアが開いた。皆は、ドアが開いたのを無視し、話に集中する。
しかし教室内に入って来たのは、結子と比良だった。教室内が静まり、空気が一瞬凍りついた。
二人は無言で自分の席へ向かう。
「じゃあ、時間なるから戻るわ」
哲也が自分の席に戻り、それと同時に比良も席に戻った。
結子の足音が近づいてくる。
俺の横を通り過ぎる瞬間、俺を見た。正確に言えば、見た気がした。結子を意識し過ぎて、勘違いしたのかも知れない。
三時間目始まりの鐘がなった。真の背中を叩いて起こす。いつの間にか、これが習慣になっている。
「休み時間終わったぞ」
顔を起こし、背伸びをした。
「あぁ、どうも」
手だけでお礼を言われた。愛想の無い奴だ。

三時間目と四時間目の授業が終わった。
比良と哲也がひそひそ話をしていたこと以外、いつもの退屈な時間だった。


昼休みになり、渡辺に言われた通り田中を遊びに誘うことにした。田中は、昼休みも机で本を読んでいた。
「あのさ、田中」
田中の前の席に座った。ただ遊びに誘うだけなのに、もの凄く緊張する。渡辺の心配そうな視線のせいもあるかもしれない。
「なに、こうやって話すの懐かしいね」
やはりこの雰囲気は、どこか渡辺と似ている。それより「懐かしいね」と言われたのが妙に嬉しくて、顔がにやけそうになった。
「あ、うん。それでさ、あの、今度の休みとか一緒に遊ばない」
田中の目をじっと見る。
「えっ」
少し唐突すぎただろうか。
「駄目かな」
「いいけど」
「えっ、いいのか」
「うん、今度の休みは暇だし」
これでひとまず安心だ。
「でも何でいきなり」
「いや、どっか行って遊ぶことって田中と全然無かったから、一度遊びたいなと思って。人数いたほうがいいから渡辺とかも一緒でいい」
実際に、渡辺からお願いされたからだけではなく、田中といつか遊びに行ってみたいと思っていた。
「うん、いいよ」
あっさりとした返事。
「ほんとか、じゃあ詳しいことは後でメールするから」
椅子から立ち上がり、この場を立ち去ろうとした。
「ちょっと」
田中に呼び止められた。
「なに」
田中のほうを振り向き、田中に歩み寄った。
「僕のメルアド知らないよね」
「あっ」
そういえば、田中のメルアドを知らなかった。
「じゃあ、渡辺さんから教えてもらって」
「あぁごめん、分かった」
遊びの誘いを受けてくれたことと、笑顔で話す田中に、ほっとした。
「じゃあ、また」
「あぁ、また」
この一連の流れは確かに懐かしい。
自分の席に戻るときに、強く握った拳を腰のあたりにもっていき、渡辺だけにみせるよう親指を立てた。瞬間、自分らしくないと思いすぐに親指を拳に隠したが、渡辺は握った拳から、こっそり親指を上に立てて俺に見せた。
恥ずかしくなって、用も無いのに教室を出た。意味も無く廊下を歩いているときも、拳は強く握ったままだった。