その時は
「結子のこと好きなんだ」
いつまでも繰り返し再生される言葉。
何か返事をしようと思ったけれど、返事らしい返事は出来ず、車の走る音だけが静かに流れた。
交差点に差し掛かり、哲也は笑顔でサヨナラをしたけれど、背を向けたときの背中は悲しそうだった。
哲也はいつから結子さんを好きになったんだろう。
なぜ俺にこのことを言ったんだろう。
俺が結子さんを好きなことを知っているんだろうか。
比良と話していたことが関係しているんだろうか。
こんなことが、頭の中でぐるぐる回る。
「何で哲也なんだよ」
思わず口に出た。
段々と具合が悪くなって、頭の中で回っていたものを風船でつつくように一つずつ消して、そのまま目を閉じた。
暗く、ただ暗く、闇の中に沈んでいった。
光が眩しくて目が覚めた。
消したはずの言葉は頭の隅に残っていた。
「あっ、おはよう良樹」
「おはよー」
学校へ行く途中に良樹と会った。
「何か珍しいね。二人で学校行くの」
家が遠いせいか、帰ることはあっても、一緒に学校へ行くことは殆ど無かった。
「でさ、教室に入ったらね・・・」
良樹が笑顔で自分のクラスで起きたことを話す。
何気ない会話。
何だかそれがとてもほっとした。
今日はまだ哲也と言葉を交わしていない。不思議なことに結子とも一言も話していない。
哲也はいつも通り比良や大地と楽しく話している。ただ、あんな出来事があった俺から見れば、哲也の笑顔は嘘のような気がした。
結局一度も哲也と喋らないまま、学校が終わってしまった。
帰りも用があると言って、走って帰った。
哲也のあの言葉。あれ以上先を聞きたくなかった。
家に着き携帯電話を見ると、哲也からメールが来ていた。
唾を飲み込み、携帯電話の画面を見つめた。
《昨日はごめん。いきなり変なこと言って。
別に優汰に相談するつもりじゃないし、結子さんに告白する気も無い。
もう、一回振られてるからな。
好きな人がいるって言われて。
他の奴だったら何でこんなこと自分に話してるんだとか思うかもしれないけど、優汰だったら俺が優汰に話した理由分かるよな?
じゃあ、また明日学校でな。》
哲也が一回結子に告白したことがある。
結子に好きな人がいる。
昨日より具合が悪くなった。
《また明日》
それだけ送って、布団に潜った。
次の日から哲也と話すようになったけれど、自分の笑顔はなぜだか嘘のような気がした。
いつまでも繰り返し再生される言葉。
何か返事をしようと思ったけれど、返事らしい返事は出来ず、車の走る音だけが静かに流れた。
交差点に差し掛かり、哲也は笑顔でサヨナラをしたけれど、背を向けたときの背中は悲しそうだった。
哲也はいつから結子さんを好きになったんだろう。
なぜ俺にこのことを言ったんだろう。
俺が結子さんを好きなことを知っているんだろうか。
比良と話していたことが関係しているんだろうか。
こんなことが、頭の中でぐるぐる回る。
「何で哲也なんだよ」
思わず口に出た。
段々と具合が悪くなって、頭の中で回っていたものを風船でつつくように一つずつ消して、そのまま目を閉じた。
暗く、ただ暗く、闇の中に沈んでいった。
光が眩しくて目が覚めた。
消したはずの言葉は頭の隅に残っていた。
「あっ、おはよう良樹」
「おはよー」
学校へ行く途中に良樹と会った。
「何か珍しいね。二人で学校行くの」
家が遠いせいか、帰ることはあっても、一緒に学校へ行くことは殆ど無かった。
「でさ、教室に入ったらね・・・」
良樹が笑顔で自分のクラスで起きたことを話す。
何気ない会話。
何だかそれがとてもほっとした。
今日はまだ哲也と言葉を交わしていない。不思議なことに結子とも一言も話していない。
哲也はいつも通り比良や大地と楽しく話している。ただ、あんな出来事があった俺から見れば、哲也の笑顔は嘘のような気がした。
結局一度も哲也と喋らないまま、学校が終わってしまった。
帰りも用があると言って、走って帰った。
哲也のあの言葉。あれ以上先を聞きたくなかった。
家に着き携帯電話を見ると、哲也からメールが来ていた。
唾を飲み込み、携帯電話の画面を見つめた。
《昨日はごめん。いきなり変なこと言って。
別に優汰に相談するつもりじゃないし、結子さんに告白する気も無い。
もう、一回振られてるからな。
好きな人がいるって言われて。
他の奴だったら何でこんなこと自分に話してるんだとか思うかもしれないけど、優汰だったら俺が優汰に話した理由分かるよな?
じゃあ、また明日学校でな。》
哲也が一回結子に告白したことがある。
結子に好きな人がいる。
昨日より具合が悪くなった。
《また明日》
それだけ送って、布団に潜った。
次の日から哲也と話すようになったけれど、自分の笑顔はなぜだか嘘のような気がした。
千メートルブレス
君はあっさりと別れを言った。
突然のことだったのに、目の前に空気が漂ってるように、当たり前のことのように言った。
君は本当は辛かったかもしれない。悩んでいたかもしれない。僕の知らない所で涙を流していたかもしれない。
でも、僕は君からそんな事は感じなかった。突然だったのに君のあっさりとした態度に、前から知らされていたという錯覚にさえ陥った。
別れるのが嫌だとか、きちんと話し合おうだとか、あっちで頑張れよだとか何か言うことはあった筈なのに、口を開くことが出来なかった。
僕の無理に開いた口から出たのは、
「うん」
の一言だった。
その日はずっと無言のまま君と別れた。
明日。
君が遠くに行くのは明日。本当の別れは明日。
一度だけ電話が来た。
けれども、電話に出ることは出来なかった。
迷ったけれど、さよならを言うことにした。あのまま終わりになるのも良かったかもしれない。
でも、会おう。何となくそう思った。
雪。今日は雪。君が去る日は雪。
君の家の近くにある公園。君は電車に乗って行くと言っていた。駅へ向かうなら必ず此処を通る。
公園のブランコに座った。少しお尻が冷たい。
ゆっくりと積もった雪を踏む音が聞こえた。
ブランコを降りて、公園の外へ歩き出す。
君がこっちを見た。驚いた顔はしない。黙ってこっちに向かってくる。
口の中はからからなのに、無理やり唾を飲み込んだ。
「じゃあね」
僕の目の前に立った君は、それだけを言って僕に背を向け歩き始めた。
やっぱり僕の口は上手く開かない。無理に開いた口が言える言葉は限られている。
「じゃあな」
声に出そうとしたけれど、出なかった。
君に聞こえないよう静かに大きく深呼吸した。
次こそ声に出そう。
「またな」
言おうとした言葉とちょっとだけ違う言葉が出て来た。君の足がほんの一瞬止まった。
そしてまた、何事も無かったかのように歩き出した。
引き止めたいけど動けない。呼び止めたいけど声が出ない。
僕は小さな人間だった。
彼女は消えた。雪を踏む音はもう聞こえない。
もうここに用は無い。ここを離れよう、そう思ったが動けない。僕は君と別れた。別れた筈なのに、ここを、この小さな公園を離れることが本当の別れのような気がした。
もう一度ブランコに腰を下ろす。お尻の冷たさには慣れた。
君は今どこにいるだろう。多分、駅にいるだろう。駅の場所はそれほど近く無い。
電車が来る数も限られている。
ブランコから立ち上がり、ベンチに仰向けに寝そべった。
太陽が少し眩しい。
思い切り叫んだ。訳の分からない言葉を空に向かって叫んだ。
心臓がいつもの何倍も鼓動する。息が荒くなる。
思い切り深く息を吸った。そして思い切り息を吐いた。
その息は白く、空中を漂った。
それはすぐに消えて無くなった。
でも、多分まだどこかを漂っていて、あと数分後、千メートル先の君に届く気がする。
突然のことだったのに、目の前に空気が漂ってるように、当たり前のことのように言った。
君は本当は辛かったかもしれない。悩んでいたかもしれない。僕の知らない所で涙を流していたかもしれない。
でも、僕は君からそんな事は感じなかった。突然だったのに君のあっさりとした態度に、前から知らされていたという錯覚にさえ陥った。
別れるのが嫌だとか、きちんと話し合おうだとか、あっちで頑張れよだとか何か言うことはあった筈なのに、口を開くことが出来なかった。
僕の無理に開いた口から出たのは、
「うん」
の一言だった。
その日はずっと無言のまま君と別れた。
明日。
君が遠くに行くのは明日。本当の別れは明日。
一度だけ電話が来た。
けれども、電話に出ることは出来なかった。
迷ったけれど、さよならを言うことにした。あのまま終わりになるのも良かったかもしれない。
でも、会おう。何となくそう思った。
雪。今日は雪。君が去る日は雪。
君の家の近くにある公園。君は電車に乗って行くと言っていた。駅へ向かうなら必ず此処を通る。
公園のブランコに座った。少しお尻が冷たい。
ゆっくりと積もった雪を踏む音が聞こえた。
ブランコを降りて、公園の外へ歩き出す。
君がこっちを見た。驚いた顔はしない。黙ってこっちに向かってくる。
口の中はからからなのに、無理やり唾を飲み込んだ。
「じゃあね」
僕の目の前に立った君は、それだけを言って僕に背を向け歩き始めた。
やっぱり僕の口は上手く開かない。無理に開いた口が言える言葉は限られている。
「じゃあな」
声に出そうとしたけれど、出なかった。
君に聞こえないよう静かに大きく深呼吸した。
次こそ声に出そう。
「またな」
言おうとした言葉とちょっとだけ違う言葉が出て来た。君の足がほんの一瞬止まった。
そしてまた、何事も無かったかのように歩き出した。
引き止めたいけど動けない。呼び止めたいけど声が出ない。
僕は小さな人間だった。
彼女は消えた。雪を踏む音はもう聞こえない。
もうここに用は無い。ここを離れよう、そう思ったが動けない。僕は君と別れた。別れた筈なのに、ここを、この小さな公園を離れることが本当の別れのような気がした。
もう一度ブランコに腰を下ろす。お尻の冷たさには慣れた。
君は今どこにいるだろう。多分、駅にいるだろう。駅の場所はそれほど近く無い。
電車が来る数も限られている。
ブランコから立ち上がり、ベンチに仰向けに寝そべった。
太陽が少し眩しい。
思い切り叫んだ。訳の分からない言葉を空に向かって叫んだ。
心臓がいつもの何倍も鼓動する。息が荒くなる。
思い切り深く息を吸った。そして思い切り息を吐いた。
その息は白く、空中を漂った。
それはすぐに消えて無くなった。
でも、多分まだどこかを漂っていて、あと数分後、千メートル先の君に届く気がする。
その時は
「じゃあ、また明日な」
交差点にさしかかり、少し遅れて歩く哲也に手を振った。
丁度、青になった信号を渡ろうとした。
すると、哲也が慌てて小走りで向かってきた。
「ちょっと待て」
哲也に肩を掴まれた。
「まだどっかで話そうぜ」
「どっかって」
「ほら、近くに公園あるだろ」
と言って、人通りの少ない、暗い薄気味悪い方向を差した。
「まさかあの公園のことか」
また、あの公園に行くのか、と俺は思った。
「何がまさか何だよ。あそこ以外近くに公園無いだろ」
不思議そうに俺を見る。
「だよな」
歩行者の信号は赤に変わり、待ちかねた沢山の車は、順を守りながら進んでいく。
「やっぱり、夜は寒いな」
哲也が、腕を組んで体を縮こませた。
「あぁ」
また、この公園に来るとは思いもしなかった。同じベンチに座るとも。
「夜にこの公園来るの初めてだな」
俺は二回目。
「そういえば、この公園に幽霊出るって噂あったなぁ。」
この話も二回目。
「まぁ、優汰はそういうの気にしないだろ」
哲也が両手をすり合わせ、摩擦で手を温める。
「うん」
素っ気なく返事をした。
「優汰さ、今日、一時間目の授業休んだよな。渡辺も」
突然の質問に心臓の鼓動が早まった。
哲也がそのことに気付いたのか、俺が返事をしていないのに話を続けた。
「いや、比良がいちいち干渉するなって、優汰も訊かれるの嫌だろうって言ったんだけどさぁ」
比良はやはり、空気を読んで、気を使ってくれる。
でも、俺が嫌がるということを知っても話す奴が出て来たら、比良の言ったことには何の意味も無い。
「別に今日のことはいいんだけどさ。お前らさ、付き合ってんの」
限界だと思っていた鼓動の早さは、さっきの倍早くなった。
別に、後ろめたいことなんか無いのに。
「はぁ、なに言ってんだよ」
とぼけた顔をした。
「じゃあ、付き合って無いんだな」
哲也が俺の目をみながら、一つ一つの文字を確かめるように、ゆっくり丁寧に喋った。
「あぁ、当たり前だろ」
心臓はさっきと変わらない早さで鼓動する。
「そう。なら良かった」
なら良かったという言葉が気になったが、話題をすぐにでも変えたかった。
「そういえば今日さ、何か比良とこそこそ話してなかった」
訊く気は無かったが、哲也があんな事を訊いてきたのだから、こっちだってこの話をしても構わないだろう。
「いや、別に。授業面倒くさいなって言ってただけ」
どうも嘘臭い。
「じゃあ、もう暗いし帰るか」
哲也が立ち上がって、俺の返事も待たずに公園の外に向かっていった。
交差点に向かう途中、哲也が急に話しかけてきた。
「優汰さぁ、結子さんってどう思う」
治まったはずの鼓動の速さが、息を吹き返す。
「えっ、急に何」
交差点が近づくにつれ、車の台数が増えていく。
哲也が急に真面目な顔をして、俺を見た。
「おい、結子さんのこと好きなんだ」
車の通り過ぎる音が、心地悪く耳を通り抜けた。
交差点にさしかかり、少し遅れて歩く哲也に手を振った。
丁度、青になった信号を渡ろうとした。
すると、哲也が慌てて小走りで向かってきた。
「ちょっと待て」
哲也に肩を掴まれた。
「まだどっかで話そうぜ」
「どっかって」
「ほら、近くに公園あるだろ」
と言って、人通りの少ない、暗い薄気味悪い方向を差した。
「まさかあの公園のことか」
また、あの公園に行くのか、と俺は思った。
「何がまさか何だよ。あそこ以外近くに公園無いだろ」
不思議そうに俺を見る。
「だよな」
歩行者の信号は赤に変わり、待ちかねた沢山の車は、順を守りながら進んでいく。
「やっぱり、夜は寒いな」
哲也が、腕を組んで体を縮こませた。
「あぁ」
また、この公園に来るとは思いもしなかった。同じベンチに座るとも。
「夜にこの公園来るの初めてだな」
俺は二回目。
「そういえば、この公園に幽霊出るって噂あったなぁ。」
この話も二回目。
「まぁ、優汰はそういうの気にしないだろ」
哲也が両手をすり合わせ、摩擦で手を温める。
「うん」
素っ気なく返事をした。
「優汰さ、今日、一時間目の授業休んだよな。渡辺も」
突然の質問に心臓の鼓動が早まった。
哲也がそのことに気付いたのか、俺が返事をしていないのに話を続けた。
「いや、比良がいちいち干渉するなって、優汰も訊かれるの嫌だろうって言ったんだけどさぁ」
比良はやはり、空気を読んで、気を使ってくれる。
でも、俺が嫌がるということを知っても話す奴が出て来たら、比良の言ったことには何の意味も無い。
「別に今日のことはいいんだけどさ。お前らさ、付き合ってんの」
限界だと思っていた鼓動の早さは、さっきの倍早くなった。
別に、後ろめたいことなんか無いのに。
「はぁ、なに言ってんだよ」
とぼけた顔をした。
「じゃあ、付き合って無いんだな」
哲也が俺の目をみながら、一つ一つの文字を確かめるように、ゆっくり丁寧に喋った。
「あぁ、当たり前だろ」
心臓はさっきと変わらない早さで鼓動する。
「そう。なら良かった」
なら良かったという言葉が気になったが、話題をすぐにでも変えたかった。
「そういえば今日さ、何か比良とこそこそ話してなかった」
訊く気は無かったが、哲也があんな事を訊いてきたのだから、こっちだってこの話をしても構わないだろう。
「いや、別に。授業面倒くさいなって言ってただけ」
どうも嘘臭い。
「じゃあ、もう暗いし帰るか」
哲也が立ち上がって、俺の返事も待たずに公園の外に向かっていった。
交差点に向かう途中、哲也が急に話しかけてきた。
「優汰さぁ、結子さんってどう思う」
治まったはずの鼓動の速さが、息を吹き返す。
「えっ、急に何」
交差点が近づくにつれ、車の台数が増えていく。
哲也が急に真面目な顔をして、俺を見た。
「おい、結子さんのこと好きなんだ」
車の通り過ぎる音が、心地悪く耳を通り抜けた。
