千メートルブレス | BOOKMAN

千メートルブレス

君はあっさりと別れを言った。


突然のことだったのに、目の前に空気が漂ってるように、当たり前のことのように言った。


君は本当は辛かったかもしれない。悩んでいたかもしれない。僕の知らない所で涙を流していたかもしれない。


でも、僕は君からそんな事は感じなかった。突然だったのに君のあっさりとした態度に、前から知らされていたという錯覚にさえ陥った。



別れるのが嫌だとか、きちんと話し合おうだとか、あっちで頑張れよだとか何か言うことはあった筈なのに、口を開くことが出来なかった。


僕の無理に開いた口から出たのは、
「うん」
の一言だった。

その日はずっと無言のまま君と別れた。


明日。
君が遠くに行くのは明日。本当の別れは明日。


一度だけ電話が来た。
けれども、電話に出ることは出来なかった。



迷ったけれど、さよならを言うことにした。あのまま終わりになるのも良かったかもしれない。


でも、会おう。何となくそう思った。



雪。今日は雪。君が去る日は雪。

君の家の近くにある公園。君は電車に乗って行くと言っていた。駅へ向かうなら必ず此処を通る。



公園のブランコに座った。少しお尻が冷たい。


ゆっくりと積もった雪を踏む音が聞こえた。

ブランコを降りて、公園の外へ歩き出す。


君がこっちを見た。驚いた顔はしない。黙ってこっちに向かってくる。



口の中はからからなのに、無理やり唾を飲み込んだ。


「じゃあね」
僕の目の前に立った君は、それだけを言って僕に背を向け歩き始めた。



やっぱり僕の口は上手く開かない。無理に開いた口が言える言葉は限られている。

「じゃあな」

声に出そうとしたけれど、出なかった。
君に聞こえないよう静かに大きく深呼吸した。
次こそ声に出そう。

「またな」

言おうとした言葉とちょっとだけ違う言葉が出て来た。君の足がほんの一瞬止まった。

そしてまた、何事も無かったかのように歩き出した。



引き止めたいけど動けない。呼び止めたいけど声が出ない。
僕は小さな人間だった。


彼女は消えた。雪を踏む音はもう聞こえない。



もうここに用は無い。ここを離れよう、そう思ったが動けない。僕は君と別れた。別れた筈なのに、ここを、この小さな公園を離れることが本当の別れのような気がした。



もう一度ブランコに腰を下ろす。お尻の冷たさには慣れた。



君は今どこにいるだろう。多分、駅にいるだろう。駅の場所はそれほど近く無い。
電車が来る数も限られている。



ブランコから立ち上がり、ベンチに仰向けに寝そべった。

太陽が少し眩しい。


思い切り叫んだ。訳の分からない言葉を空に向かって叫んだ。

心臓がいつもの何倍も鼓動する。息が荒くなる。

思い切り深く息を吸った。そして思い切り息を吐いた。



その息は白く、空中を漂った。

それはすぐに消えて無くなった。

でも、多分まだどこかを漂っていて、あと数分後、千メートル先の君に届く気がする。