いろいろある
先週、娘が友達からまた聞きして私にビックリするニュースをテキストしてきた。
私の友達の旦那さんが、心臓発作で亡くなってしまった。ドイツの小さな村での出来事だから、誰もが知っているんだろうけど、なぜかエリザベートとかのグループではなかったので、彼女たちの誰一人が知らなかった。
私たち夫婦より10歳以上年上の友達で、ドイツで初めて仲良くしてくれた夫婦だった。私の子育ての先輩で、とにかくお世話になった彼らだった。私と奥さんのモニカとは、私がアメリカにきてしまってからもずーっとメールや電話などでつながっていたが、ここ2年ほど、旦那さんが定年を迎えてからは、あちこちの国へ旅行へ行っていて、なかなか電話で話すことがなくなっていた。
こういう時はメールより、カードを送るべきなんだけど、なんかカードをポッと送るってのも水臭い。近くに住んでいたら絶対に彼女の家へ飛んで行っただろうけど、それもできない。電話もどうしたものか・・・って思ったけど、やっぱり声を掛けたいので、意を決して先日電話をしたけど、留守だった。明日にでもまたトライしてみよう。
旦那さんはまだ65歳だった。3人の息子たちは、33、30、26歳といるが、誰一人結婚していない。モニカは63歳で未亡人になっちゃった。まだ早いよな。。。
★ ★ ★
娘が去年21歳になったので、いよいよ国籍をデンマーク一本にすることに相成った。長男もデンマーク国籍を数年前に選んだが、今はその時より数段手続きが面倒になってきた。あちらもそう簡単には世界一の社会保障がある国籍を渡さない気らしい。父親(オット)は100%デンマーク人だが、子供たちはデンマークに籍を置いたことがないため、いろいろとややこしい。
1.毎年夏とクリスマスをデンマークで過ごした。2.デンマーク人の祖父母との交流は、彼らが亡くなるまで続けられた。3.ドイツで就学するまでは、祖父母の所に毎年1か月ほど預かってもらっていいたので、デンマーク語もゼロではない。4.父親はデンマークで未だに税金を払っている。5.娘個人の銀行口座もある。
こんな感じのアプローチをし、これらに基づき夫の兄、すなわち娘の伯父にもデンマークの法務局から電話も入ったらしい。これらは長男の時にやってもらっているので、義理兄も手慣れたものだ。
この国籍修得。子供たちはデンマークのパスポートだけしか持っていないのだが(もったいないのと面倒なので、日本のは作ったことがない)、デンマーク国外に住んでいる者への発行は、21歳までは無条件でどの国でも申請出きるのだが、21歳になったら、この本当の意味での国籍修得手続きをしないと、パスポートの発行をしてもらえないのだ。すなわち、本国(デンマーク)への帰国以外、他の国に出れないのだ。
しかも、その手続きにほぼ1年半かかるので、長男は去年までドイツに帰れなかったんだけど、去年の夏にやっと国籍1本化が済んだので、今年の夏はStudy Abroadでドイツに行けることになった。どうせなら他の国にいったら?って言ったんだけど、やっぱりドイツなんだそうだ。
で、娘。彼女の申請は去年始めていて、ずーーーーーっと待ちだったんだけど、第二ステージへあがり、ようやく彼女の番になったものの、「出生証明書を新たに訳してもらい、それを大使館でアポスティーユしてください。それをこちらで受理したら、2か月で手続きが終了する様手はずはついています。いそいでください」と、あちらの法務局に言われた(オットが)。
一昨年の長男の時は、7年前にドイツで公認翻訳者に訳してもらった出生届を提出してオッケーだったのが、今回の娘のは、「新しく6か月以内に訳されて、更に大使館でアポスティーユしてもらったもの」と、審査が厳しくなってしまった。やれやれ…。
あと7年後に最後の次男の手続きがまだあるが、彼は日本とはまったく関係ないので簡単に済むと願いたい(あの子はドイツ生まれで、しかも、母親(わたくし)が日本の領事館に生後3か月以内に届け出るのをコロっと忘れてしまった為、彼は日本人ではないんだな…。今後、1年間日本に住めば国籍を申請できるそうだが、まずないだろう)
今週末は長男(彼自身のパスポート申請)、次男(彼のパスも去年で切れちゃって、申請には両親共に領事館に出向かなければいけない)はデンマーク出張領事へ、娘は日本の領事館へ出生届のアポスティーユ申請と、家族全員で隣の州まで出向くことになっている。上手いことに、この二つの事務所は同じビルディングに入っていて都合がよい。でもかったるい・・・
★ ★ ★
ほかにもいろいろあって目が回る毎日。
早く夏休みにならないかな。
私の友達の旦那さんが、心臓発作で亡くなってしまった。ドイツの小さな村での出来事だから、誰もが知っているんだろうけど、なぜかエリザベートとかのグループではなかったので、彼女たちの誰一人が知らなかった。
私たち夫婦より10歳以上年上の友達で、ドイツで初めて仲良くしてくれた夫婦だった。私の子育ての先輩で、とにかくお世話になった彼らだった。私と奥さんのモニカとは、私がアメリカにきてしまってからもずーっとメールや電話などでつながっていたが、ここ2年ほど、旦那さんが定年を迎えてからは、あちこちの国へ旅行へ行っていて、なかなか電話で話すことがなくなっていた。
こういう時はメールより、カードを送るべきなんだけど、なんかカードをポッと送るってのも水臭い。近くに住んでいたら絶対に彼女の家へ飛んで行っただろうけど、それもできない。電話もどうしたものか・・・って思ったけど、やっぱり声を掛けたいので、意を決して先日電話をしたけど、留守だった。明日にでもまたトライしてみよう。
旦那さんはまだ65歳だった。3人の息子たちは、33、30、26歳といるが、誰一人結婚していない。モニカは63歳で未亡人になっちゃった。まだ早いよな。。。
★ ★ ★
娘が去年21歳になったので、いよいよ国籍をデンマーク一本にすることに相成った。長男もデンマーク国籍を数年前に選んだが、今はその時より数段手続きが面倒になってきた。あちらもそう簡単には世界一の社会保障がある国籍を渡さない気らしい。父親(オット)は100%デンマーク人だが、子供たちはデンマークに籍を置いたことがないため、いろいろとややこしい。
1.毎年夏とクリスマスをデンマークで過ごした。2.デンマーク人の祖父母との交流は、彼らが亡くなるまで続けられた。3.ドイツで就学するまでは、祖父母の所に毎年1か月ほど預かってもらっていいたので、デンマーク語もゼロではない。4.父親はデンマークで未だに税金を払っている。5.娘個人の銀行口座もある。
こんな感じのアプローチをし、これらに基づき夫の兄、すなわち娘の伯父にもデンマークの法務局から電話も入ったらしい。これらは長男の時にやってもらっているので、義理兄も手慣れたものだ。
この国籍修得。子供たちはデンマークのパスポートだけしか持っていないのだが(もったいないのと面倒なので、日本のは作ったことがない)、デンマーク国外に住んでいる者への発行は、21歳までは無条件でどの国でも申請出きるのだが、21歳になったら、この本当の意味での国籍修得手続きをしないと、パスポートの発行をしてもらえないのだ。すなわち、本国(デンマーク)への帰国以外、他の国に出れないのだ。
しかも、その手続きにほぼ1年半かかるので、長男は去年までドイツに帰れなかったんだけど、去年の夏にやっと国籍1本化が済んだので、今年の夏はStudy Abroadでドイツに行けることになった。どうせなら他の国にいったら?って言ったんだけど、やっぱりドイツなんだそうだ。
で、娘。彼女の申請は去年始めていて、ずーーーーーっと待ちだったんだけど、第二ステージへあがり、ようやく彼女の番になったものの、「出生証明書を新たに訳してもらい、それを大使館でアポスティーユしてください。それをこちらで受理したら、2か月で手続きが終了する様手はずはついています。いそいでください」と、あちらの法務局に言われた(オットが)。
一昨年の長男の時は、7年前にドイツで公認翻訳者に訳してもらった出生届を提出してオッケーだったのが、今回の娘のは、「新しく6か月以内に訳されて、更に大使館でアポスティーユしてもらったもの」と、審査が厳しくなってしまった。やれやれ…。
あと7年後に最後の次男の手続きがまだあるが、彼は日本とはまったく関係ないので簡単に済むと願いたい(あの子はドイツ生まれで、しかも、母親(わたくし)が日本の領事館に生後3か月以内に届け出るのをコロっと忘れてしまった為、彼は日本人ではないんだな…。今後、1年間日本に住めば国籍を申請できるそうだが、まずないだろう)
今週末は長男(彼自身のパスポート申請)、次男(彼のパスも去年で切れちゃって、申請には両親共に領事館に出向かなければいけない)はデンマーク出張領事へ、娘は日本の領事館へ出生届のアポスティーユ申請と、家族全員で隣の州まで出向くことになっている。上手いことに、この二つの事務所は同じビルディングに入っていて都合がよい。でもかったるい・・・
★ ★ ★
ほかにもいろいろあって目が回る毎日。
早く夏休みにならないかな。
今日は湿度が高い

さっきまでアンディ戦を観ていたが、帽子にサンスクリーンにバスタオルでカバーしたが、とても暑くてスタジアムから出てきた。
スクリーンの一番前は、皆が寝っ転がれるスペースがある。ここでしばらく昼寝する。圭くんの試合までまだあるし。



