Win-win?
次男は水泳ともう一つ、ロッククライミングにハマっている
毎日毎日、水泳とクライミングを交互にしている。月、火、木、金が水泳、水と土日がクライミング。最近は、クライミングを楽しむために水泳をがんばっている感じかな。ハマってるうちは、どんどんさせるのが私とオット。これは私たちも飽きるまでとことんヤル性格だから、よくわかるんだよね。
彼の場合、14歳半と低年齢ではあるが、インストラクターが彼の責任感を見抜いてくれて、利用者のビレイ(クライマーの助け)をどんどんさせてくれている。週末はバースデイパーティーがあるから、彼は毎週いそいそと出かけていき、ボランティアとして、ちびっこからTeen、たまに大人もしっかりとビレイしているそうだ。
ちゃんとインストラクターが、利用者の親などにいちいち『彼はちゃんと僕たちが認めた、経験豊富なビレイヤーです。彼がやってもいいですか?』って聞いてくれるのがありがたい。インストラクターにとっても、ボランティアの彼がいることでとても助かるそうだ。
次男も、『頼りにされている。僕に任せてくれる』って事はとてもうれしいらしく、毎回楽しくクライミングに行っている。もちろん、ご褒美にインストラクターが彼の事を沢山ビレイしてくれるし、テクニックを大学生たちから教えてもらっているそうだ、こちらの方こそありがたくて申し訳ないくらい。
来週は、ボルダリングのレイアウトをすべて新しくするらしく、その作業に参加させてくれるそうだ。背の大きい利用者ばかりではないので、次男位の背(170㎝弱)を参考にしたいらしい。本人大喜び。
来年、高校生で15歳半になった暁には、ここでアルバイトをさせてくれるよう、今からお手つきしているところが次男らしい。
今日は、「ママ!腕だけでボルダリングするの見にきて!イーサン・ハント(MI)みたいだからさ」って事で、それを見届けてきてあげた。脚を使わず、腕だけでスウィングして隣のフックに移るってヤツ。お前はサルかって話し。
彼の場合、14歳半と低年齢ではあるが、インストラクターが彼の責任感を見抜いてくれて、利用者のビレイ(クライマーの助け)をどんどんさせてくれている。週末はバースデイパーティーがあるから、彼は毎週いそいそと出かけていき、ボランティアとして、ちびっこからTeen、たまに大人もしっかりとビレイしているそうだ。
ちゃんとインストラクターが、利用者の親などにいちいち『彼はちゃんと僕たちが認めた、経験豊富なビレイヤーです。彼がやってもいいですか?』って聞いてくれるのがありがたい。インストラクターにとっても、ボランティアの彼がいることでとても助かるそうだ。
次男も、『頼りにされている。僕に任せてくれる』って事はとてもうれしいらしく、毎回楽しくクライミングに行っている。もちろん、ご褒美にインストラクターが彼の事を沢山ビレイしてくれるし、テクニックを大学生たちから教えてもらっているそうだ、こちらの方こそありがたくて申し訳ないくらい。
来週は、ボルダリングのレイアウトをすべて新しくするらしく、その作業に参加させてくれるそうだ。背の大きい利用者ばかりではないので、次男位の背(170㎝弱)を参考にしたいらしい。本人大喜び。
来年、高校生で15歳半になった暁には、ここでアルバイトをさせてくれるよう、今からお手つきしているところが次男らしい。
今日は、「ママ!腕だけでボルダリングするの見にきて!イーサン・ハント(MI)みたいだからさ」って事で、それを見届けてきてあげた。脚を使わず、腕だけでスウィングして隣のフックに移るってヤツ。お前はサルかって話し。
コンサート行きたい!
最近、X Ambassadors にハマっている。
去年、VHSってアルバムでメジャーデヴューして、Renegades なんか耳タコってくらいラジオで聞いていた。私が好きでアルバムかってきたら、『ママも好きなの?僕も好きでPCに入ってるよ!』って、次男もお気に入りの様で、ギターで弾いていた。
で、今年に入ってから第二弾シングルが出た。
Unsteady
これがまたいい。デヴューアルバムに収録とは思えないほど洗練されている。
(※ビデオクリップはひねりがなく、歌詞そのまんまじゃんって感じだけど)
ヴォーカルの Sam Harris(兄弟の弟の方)の声がたまらない。
Renegadesを初めて聞いた時も大物の感じがしたけど、まだメジャーデヴュー前のUnconsolableなんかを聞いても、ちょっと他のバンドと違う匂いがすでにしている。
追加でもう一つ。
で、2週間後にシャーロットでコンサートがあるそうだ!12日の土曜日。行きたい!忙しい土曜だから行けるか微妙。
もう一つ追加。
コレ最高。上のプロモビデオより、これの方が断然いい。彼の声サイコー!
(※後ろのサングラスのキーボードは、ヴォーカルSamの兄。彼は生まれつき盲目なんであって、決してスカしている訳ではない)
キリがないけど、これもいい。ほんと、ヴォーカルのSamはキラーヴォイスの持ち主だ。
去年、VHSってアルバムでメジャーデヴューして、Renegades なんか耳タコってくらいラジオで聞いていた。私が好きでアルバムかってきたら、『ママも好きなの?僕も好きでPCに入ってるよ!』って、次男もお気に入りの様で、ギターで弾いていた。
で、今年に入ってから第二弾シングルが出た。
Unsteady
これがまたいい。デヴューアルバムに収録とは思えないほど洗練されている。
(※ビデオクリップはひねりがなく、歌詞そのまんまじゃんって感じだけど)
ヴォーカルの Sam Harris(兄弟の弟の方)の声がたまらない。
Renegadesを初めて聞いた時も大物の感じがしたけど、まだメジャーデヴュー前のUnconsolableなんかを聞いても、ちょっと他のバンドと違う匂いがすでにしている。
追加でもう一つ。
で、2週間後にシャーロットでコンサートがあるそうだ!12日の土曜日。行きたい!忙しい土曜だから行けるか微妙。
もう一つ追加。
コレ最高。上のプロモビデオより、これの方が断然いい。彼の声サイコー!
(※後ろのサングラスのキーボードは、ヴォーカルSamの兄。彼は生まれつき盲目なんであって、決してスカしている訳ではない)
キリがないけど、これもいい。ほんと、ヴォーカルのSamはキラーヴォイスの持ち主だ。
流行りにのる
この冬の里帰り。
2月に入ったあたりから、日本の家族や友達から、『覚悟してきなよ。インフルエンザ流行ってるからね』って言われていた。生まれてこのかた、インフルに掛かったことがない私は、この忠告を甘く見ていた。
この度、まんまと日本でインフルエンザに罹った。
成田に到着したのが木曜夕方。成田の『到着』出口で、80過ぎの母が一人で私の帰りを待っていたのを発見したときはびっくりした。近年はシャトルバスで姉と二人でお迎えにくるってことが多かったが、今年は姉の調子が悪くてこれないので、「ママは来なくていいよ!あたしは一人でお気楽に帰るからね!」って言ってあったのに、やっぱり来てたよあの人は。
『そんなこといったって~、これが最後かもしれないしね』とかまたいってた。彼女はとにかく元気だ。あっぱれだ。
金曜は、私の運転で姉と母と3人で近所のデパートへ。私が里帰りしたらまず最初に寄る、小さいころからご贔屓の「和菓子の喫茶」へ。あんみつとお団子、そして磯辺巻き、さらにお土産に桜餅6個と、和菓子のオンパレードで先ずは日本滞在の幕開け。
ついでにデパ地下で好きなものをがーっと購入し、家に戻って母と二人でウチ飲み開始。これで金曜は終わり。
土曜日曜と、連チャンでテニス&食事会へと一日中フラフラ出歩き、連日夜中に帰宅。
月曜の朝、起きたら喉がいたかった。週末、汗だくになってテニスしたことや、遅くまでフラフラしてて、時差ボケも無視して行動してたから疲れたのかな~って思い、この日は近所の散歩だけで、あとはぼけーっと過ごしていた。すると、夜には37度ちょっとの微熱が出てきた。
今回の里帰り、週末の姪の結婚式に出席するというミッションがある私は、風邪は長引かせたくない。ってことで、火曜の朝一番に、歩いて行ける距離にある、初めての医者へとりあえず駆け込んだ。待合室で熱を計ると、既に平熱ではあったが、喉が恐ろしく痛いことを伝えると、「念のため、隣のもう一つの待合室でお待ちください」と、別室へ促された。ここにはインフル患者がわんさかいた。
診察室へ通され、«5日前に日本へ来ました云々»の行動を伝えると、『症状からすると、喉が真っ赤なのでただの風邪かもしれませんが、インフルのテストしてみましょう』と言われ、鼻の穴に長い綿棒を突っ込まれ、グリグリされて涙が止まらなかった。痛いねアレ。
例の別室で待っていると、先生が直々にお見えになり、
『出ちゃいました~~~、残念。折角の里帰りで残念だけど、インフルエンザ陽性、タイプBって出ちゃいました。ま、タイプAもBも同じインフルなんですけどね…。でも、幸い数値がかなり低いので、これは予防接種を受けていたからでしょうね。よかったですね~~』
って、いやに明るい先生だった。
『インフルエンザは、熱がある間はもちろん、下がっても3、4日は移るので、絶対に人に会わないでくださいね』
って事だった。熱はこの日も上がらなかったが、喉がとにかく痛くて困った。私は滅多に風邪をひかないが、引くと必ず喉をやられ、何回か咽頭炎になって声が数日まったくでないってことがあったので、今回もそれが一番怖かったが、幸いそれは免れた。
薬って、いまはタミフルじゃなくて、イナビルっていう小さなインヘイラーみたいなヤツで、粒子を口から吸いこむって代物で、一度に2つ吸っておしまい。これで終わり?ほんとに効くの?ってくらい簡単なものだった。
週末の結婚式にはギリギリまにあった。一番心配だったのは、始終一緒に居た母だったが、あのひと、全然大丈夫だった!私は寝てる間もずーっとマスクしてたし、手洗いも必ずしていたけど、食事は母と隣同士でTV見ながらずーっと一緒。今回はやばいな~~って思ってたけど、母曰く『大丈夫よ~私は風邪ひかないの~~』って、根拠のない自信。よくわからないけど、私をちょろっと見舞い(見物?)にきた姉も兄も、全然平気だった。
やはり、普段からあらゆる雑菌と共存している彼らと、アメリカの田舎のきれいな空気&混雑したところには行かない生活をしている私とは、免疫がまったく違うんだと思った。
以前は予防接種を受けたことなかったんだけど、数年前から、毎年10月ごろに婦人科検診を受けていて、その度に『ついでにFlu shot受けていく?』って言われるから打ってもらっていた…って事なんだけど、今回はこれに救われた~。まともにインフルに掛かってたら、結婚式にでられないどころか、まだまだ足止め食っていて、アメリカに帰れなかったかもしれない。
予防接種のおかげで、微熱が一晩だけだったし、ちょっとふらつきはあったものの、身体のだるさもなく、ただただ喉が痛いだけだったのは、不幸中の幸いだった。
ただ、2週間の滞在中、ほぼ半分を無駄にしてしまったので、最後の数日は忙しかった。去年の秋に思う存分行動したので、今回は余り予定していなかったけど、それでも幾つか行きたいところはあったし、会いたい人もいた。幼馴染みには、『ちょっとまった!オレはいまインフルなんかに掛かっている場合じゃない!ほんとに大丈夫になってから連絡して!』ってことで、私の帰国2日前にやっと合えた次第。私もマスクしていったけど、あいつもマスクしてきてた。スイマセンね~
このマスク。今回の騒動で、マスクの大ファンになってしまった。あれってきもちいいね!病みつきになって、治ってからも日本では公共の乗り物に乗るときはずーっとしてた。以前は不気味…って思ってたけど、あれはすぐれものだ。いままであんなに汚い空気平気で吸っていた自分が恐ろしくさえ思えた。
難点は、きれいなカッコしてマスクをして歩くってのは、やはり見た目良くないなって事かな。地元だからOKって感じだったけど、ちょっと不思議な体験だった。
とにかく!2月の里帰りは危険って事で、母にも『頼むからお葬式は秋にして。2月は嫌だ。お風呂場も寒いし、インフルも困る・・・』ってお願いしてきた。
こんなアクシデントはあったが、やはり久しぶりの日本は楽しかった。
家族も友達も、皆さん時間を作って私とあってくれてありがとうございました。楽しい里帰りでした。
2月に入ったあたりから、日本の家族や友達から、『覚悟してきなよ。インフルエンザ流行ってるからね』って言われていた。生まれてこのかた、インフルに掛かったことがない私は、この忠告を甘く見ていた。
この度、まんまと日本でインフルエンザに罹った。
成田に到着したのが木曜夕方。成田の『到着』出口で、80過ぎの母が一人で私の帰りを待っていたのを発見したときはびっくりした。近年はシャトルバスで姉と二人でお迎えにくるってことが多かったが、今年は姉の調子が悪くてこれないので、「ママは来なくていいよ!あたしは一人でお気楽に帰るからね!」って言ってあったのに、やっぱり来てたよあの人は。
『そんなこといったって~、これが最後かもしれないしね』とかまたいってた。彼女はとにかく元気だ。あっぱれだ。
金曜は、私の運転で姉と母と3人で近所のデパートへ。私が里帰りしたらまず最初に寄る、小さいころからご贔屓の「和菓子の喫茶」へ。あんみつとお団子、そして磯辺巻き、さらにお土産に桜餅6個と、和菓子のオンパレードで先ずは日本滞在の幕開け。
ついでにデパ地下で好きなものをがーっと購入し、家に戻って母と二人でウチ飲み開始。これで金曜は終わり。
土曜日曜と、連チャンでテニス&食事会へと一日中フラフラ出歩き、連日夜中に帰宅。
月曜の朝、起きたら喉がいたかった。週末、汗だくになってテニスしたことや、遅くまでフラフラしてて、時差ボケも無視して行動してたから疲れたのかな~って思い、この日は近所の散歩だけで、あとはぼけーっと過ごしていた。すると、夜には37度ちょっとの微熱が出てきた。
今回の里帰り、週末の姪の結婚式に出席するというミッションがある私は、風邪は長引かせたくない。ってことで、火曜の朝一番に、歩いて行ける距離にある、初めての医者へとりあえず駆け込んだ。待合室で熱を計ると、既に平熱ではあったが、喉が恐ろしく痛いことを伝えると、「念のため、隣のもう一つの待合室でお待ちください」と、別室へ促された。ここにはインフル患者がわんさかいた。
診察室へ通され、«5日前に日本へ来ました云々»の行動を伝えると、『症状からすると、喉が真っ赤なのでただの風邪かもしれませんが、インフルのテストしてみましょう』と言われ、鼻の穴に長い綿棒を突っ込まれ、グリグリされて涙が止まらなかった。痛いねアレ。
例の別室で待っていると、先生が直々にお見えになり、
『出ちゃいました~~~、残念。折角の里帰りで残念だけど、インフルエンザ陽性、タイプBって出ちゃいました。ま、タイプAもBも同じインフルなんですけどね…。でも、幸い数値がかなり低いので、これは予防接種を受けていたからでしょうね。よかったですね~~』
って、いやに明るい先生だった。
『インフルエンザは、熱がある間はもちろん、下がっても3、4日は移るので、絶対に人に会わないでくださいね』
って事だった。熱はこの日も上がらなかったが、喉がとにかく痛くて困った。私は滅多に風邪をひかないが、引くと必ず喉をやられ、何回か咽頭炎になって声が数日まったくでないってことがあったので、今回もそれが一番怖かったが、幸いそれは免れた。
薬って、いまはタミフルじゃなくて、イナビルっていう小さなインヘイラーみたいなヤツで、粒子を口から吸いこむって代物で、一度に2つ吸っておしまい。これで終わり?ほんとに効くの?ってくらい簡単なものだった。
週末の結婚式にはギリギリまにあった。一番心配だったのは、始終一緒に居た母だったが、あのひと、全然大丈夫だった!私は寝てる間もずーっとマスクしてたし、手洗いも必ずしていたけど、食事は母と隣同士でTV見ながらずーっと一緒。今回はやばいな~~って思ってたけど、母曰く『大丈夫よ~私は風邪ひかないの~~』って、根拠のない自信。よくわからないけど、私をちょろっと見舞い(見物?)にきた姉も兄も、全然平気だった。
やはり、普段からあらゆる雑菌と共存している彼らと、アメリカの田舎のきれいな空気&混雑したところには行かない生活をしている私とは、免疫がまったく違うんだと思った。
以前は予防接種を受けたことなかったんだけど、数年前から、毎年10月ごろに婦人科検診を受けていて、その度に『ついでにFlu shot受けていく?』って言われるから打ってもらっていた…って事なんだけど、今回はこれに救われた~。まともにインフルに掛かってたら、結婚式にでられないどころか、まだまだ足止め食っていて、アメリカに帰れなかったかもしれない。
予防接種のおかげで、微熱が一晩だけだったし、ちょっとふらつきはあったものの、身体のだるさもなく、ただただ喉が痛いだけだったのは、不幸中の幸いだった。
ただ、2週間の滞在中、ほぼ半分を無駄にしてしまったので、最後の数日は忙しかった。去年の秋に思う存分行動したので、今回は余り予定していなかったけど、それでも幾つか行きたいところはあったし、会いたい人もいた。幼馴染みには、『ちょっとまった!オレはいまインフルなんかに掛かっている場合じゃない!ほんとに大丈夫になってから連絡して!』ってことで、私の帰国2日前にやっと合えた次第。私もマスクしていったけど、あいつもマスクしてきてた。スイマセンね~
このマスク。今回の騒動で、マスクの大ファンになってしまった。あれってきもちいいね!病みつきになって、治ってからも日本では公共の乗り物に乗るときはずーっとしてた。以前は不気味…って思ってたけど、あれはすぐれものだ。いままであんなに汚い空気平気で吸っていた自分が恐ろしくさえ思えた。
難点は、きれいなカッコしてマスクをして歩くってのは、やはり見た目良くないなって事かな。地元だからOKって感じだったけど、ちょっと不思議な体験だった。
とにかく!2月の里帰りは危険って事で、母にも『頼むからお葬式は秋にして。2月は嫌だ。お風呂場も寒いし、インフルも困る・・・』ってお願いしてきた。
こんなアクシデントはあったが、やはり久しぶりの日本は楽しかった。
家族も友達も、皆さん時間を作って私とあってくれてありがとうございました。楽しい里帰りでした。
学校選び、更に難航
引き続き、次男の学校選び難航中。
私が2週間日本へ行っている間に、彼が申し込んでいた学校の合否通知があった。
※(合否通知と言っても、試験をしたわけでなく、郡内の学校に通っている子はキンダー時代から横つながりで成績が管理されている為、申込をした時点で学校はその子のすべてを知ることができ、2週間の審査の上で合否が決まる)
次男はミドルスクールで進学校に通っていた為かは知らないが、この希望のハイスクールへ合格との通知が届いた。
喜ぶべきはずなのに、次男は『やっぱり地元の学校に行きたい』って言い出した。
あの子は『じっくり考える』って事ができないから、わざわざ受けた学校が受かった途端、『やっぱり近所の友達と同じ学校に行きたい。ママはミドルスクールを頑張れば、高校はどこへいっても良いって言ったじゃないか』って、案の定楽な方へ気持ちが動き出してしまった。
私とオットも、アカデミックな事に関しては、どこの学校にいっても同じだろうと思っている。現に、長男と長女は同じハイスクールに通ったが、成績はまるっきり違う子だったし、どこの学校でも成果を出せる子と、そうでない子がいるのは実体験済みだ。
だからこそ、次男には『環境』を整えてあげたいのだ。地元の学校にいったら、ゆるゆるで、あの子みたいにソーシャル命の子には誘惑が多すぎる。受かったほうの学校は、放課後のクラブ活動が充実しているのと、最後の2年間が普通の学校とは違って、一気に加速する仕組みになっている。このカリキュラムが魅力で受けたわけだ。
目先の楽しさに浮かれている次男を、説得ではなく、納得させて進学校へ通わせる方法はないかと、オットと私は今試行錯誤の真っ最中である。
この2週間で、高校の選択科目を選ばなくてはいけないところまで来てしまい、ちょっと焦りがでてきた。3月は我が家に人の出入りが多く、落ち着かなくなる前になんとか決めないといけない。
今が正念場。
私が2週間日本へ行っている間に、彼が申し込んでいた学校の合否通知があった。
※(合否通知と言っても、試験をしたわけでなく、郡内の学校に通っている子はキンダー時代から横つながりで成績が管理されている為、申込をした時点で学校はその子のすべてを知ることができ、2週間の審査の上で合否が決まる)
次男はミドルスクールで進学校に通っていた為かは知らないが、この希望のハイスクールへ合格との通知が届いた。
喜ぶべきはずなのに、次男は『やっぱり地元の学校に行きたい』って言い出した。
あの子は『じっくり考える』って事ができないから、わざわざ受けた学校が受かった途端、『やっぱり近所の友達と同じ学校に行きたい。ママはミドルスクールを頑張れば、高校はどこへいっても良いって言ったじゃないか』って、案の定楽な方へ気持ちが動き出してしまった。
私とオットも、アカデミックな事に関しては、どこの学校にいっても同じだろうと思っている。現に、長男と長女は同じハイスクールに通ったが、成績はまるっきり違う子だったし、どこの学校でも成果を出せる子と、そうでない子がいるのは実体験済みだ。
だからこそ、次男には『環境』を整えてあげたいのだ。地元の学校にいったら、ゆるゆるで、あの子みたいにソーシャル命の子には誘惑が多すぎる。受かったほうの学校は、放課後のクラブ活動が充実しているのと、最後の2年間が普通の学校とは違って、一気に加速する仕組みになっている。このカリキュラムが魅力で受けたわけだ。
目先の楽しさに浮かれている次男を、説得ではなく、納得させて進学校へ通わせる方法はないかと、オットと私は今試行錯誤の真っ最中である。
この2週間で、高校の選択科目を選ばなくてはいけないところまで来てしまい、ちょっと焦りがでてきた。3月は我が家に人の出入りが多く、落ち着かなくなる前になんとか決めないといけない。
今が正念場。



