移植病棟に入院している患者さんの多くは、骨髄移植を含む造血幹細胞移植を受ける人達だった。

ただ、それ以外の病気で入院している患者さんもいた。

 

以前も書いたように、私は他の患者さんとほとんど関わることはなかった。

クリーンエリアに入っていた期間もあったし、皆さん体調が良くないので病棟を歩き回る人も少ない。

そのため、顔を合わせる機会自体がほとんどなかった。

 

肺移植の患者さん

それでも同室の患者さんの会話は、聞こうとしなくても耳に入ってくる。

4人部屋のうち2人は、肺移植を受けて数年経った患者さんだったようだ。

肺移植という言葉を聞く機会は、それまでほとんどなかった。

そんな大きな手術を受けた人が、すぐ隣で生活している。

病院という場所は特別な場所なのだ…

 

心臓移植を待つ患者さん

クリーンエリアを出てからは、リハビリ代わりに毎日15分ほどエアロバイクを漕ぐようになった。

ところが、時々先客がいる。

肩から機械の入ったバッグを提げた患者さんだった。

 

ある日、私がエアロバイクを漕いでいると、近くで患者さん同士が話しているのが聞こえてきた。

「いつも運動してはる人、心臓移植の順番待ちなんやて。」

「この前話して聞いてん。」

「いつ順番が来るか分からへんけど、待ちながら入院してるらしいわ。」

 

その話を聞いて思った。

骨髄バンクがある骨髄移植のドナーを待つだけでも、見つかるのか少し不安だった。

 

一方、心臓移植は脳死下での臓器提供が前提となる。

順番がいつ来るか分からないまま待ち続ける毎日は、どれほど苦しいのだろう。

 

病気になると見える景色が変わる

健康だった頃は、病気の人を見ても、どこか他人事のように感じていた。

「大変だな」とは思っていたが。

自分が大病になって大きく変わった。

苦しんでいる人を見ると、以前よりずっと身近に感じるようになった。

 

一方で、病気以外の出来事では、以前の私とあまり変わっていない気がする。

事件や事故のニュースを見ても、自分の感じ方は昔とあまり変わっていない気もする。

募金をすることはある。

それでも、どこか他人事のように感じてしまっている気がする。

 

人は、自分が似たような経験をしたことしか共感できないのだろうか。

それとも、それは私だけなのだろうか。

皆さんはどうなのだろう。

 

 

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