クリーンエリアに入って3週間ほど経った頃、ようやく白血球数がそれなりに増えてきた。
それに伴って、下痢や吐き気も少しずつ治まり始めた。
ある日、担当医が言った。
「そろそろクリーンエリアから出ても良さそうですね。」
その言葉を聞いた瞬間、本当に嬉しかった。
クリーンエリアでは体調が悪かったことはもちろん、それ以外にも過ごしにくいことが多かった。
廊下では機械のアラームが頻繁に鳴り、夜になると廊下の明かりがロールスクリーン越しに差し込んでくる。
あまりゆっくり休める環境ではなかった。
その後も色々な苦労はあったが、肉体的にはここでの生活が一番辛かったと思う。
ちなみに精神的に一番辛かったのは、発病直後に「死」を身近に感じながら過ごしていた頃だ。
クリーンエリアを出て廊下を歩きながら、並んでいる部屋を見た。
きっとどの部屋にも、私と同じように苦しんでいる患者さんがいるのだろう。
みんな無事に乗り越えられればいいのだが。
そんなことを考えながら歩いていると、以前看護師さんが話してくれた「毎日カレーを食べている患者さん」のことも思い出した。
結局最後まで会うことはなかったが、あの人は元気なのだろうか。
久しぶりの食事
4人部屋へ戻り、久しぶりに食事に手を付けてみた。
問題なく食べることができた。
「やっと食べられる!」
という感動があるのかと思っていたが、意外とそうでもなかった。
元々あまり食事に執着がない性格だからだろう。
それでも味覚は少しずつ戻り始めていた。
新しい悩みも出てきた
ただ、この頃から口の中が荒れ始めた。
特に舌全体が腫れて痛い。
さらにステロイドの影響なのか、ひどい知覚過敏にもなった。
冷たい物を食べると全ての歯が痛む。
水を飲むだけでも歯に触れないよう、ストローを使わなければならなかった。
移植が終わればすべて終わりではなく、新しい症状が次々と現れる。
それでも、クリーンエリアを出られたことで、骨髄移植における最も危険な時期は乗り越えたと言える。
長かった前処置、骨髄移植、そしてクリーンエリア生活。
ようやく白血病そのものの治療は大きな山場を越えたのだ。
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