【雪の日に】

 目覚めると、窓の外が白く覆われていた。雪である。いつも早朝に外出する猫も、今日ばかりはほとんどこたつの中である。

 雪を口実に家の中に引きこもり、こたつで寝ころぶ。そのような怠惰に引け目を感じずに済む。外に出て働かなくては、何かしなくてはという圧力を無にしてくれる。雪は良い。寒いけど。

【ハーバードを背にした否定論】

 さて、昨日は温泉だった、冬空の下の露天風呂を満喫した。身体中の毒素と気鬱が汗と共に流れ出したかのようで爽快であった。

 ところが、東洋経済on-lineに『実は「平均すると」効果なし? 』との「サウナ・風呂の健康効果」を否定する記事があった。筆者はハーバード大学医学部講師/医師であり、末尾には英語の参考文献が仰山並べられている。権威てんこ盛りの見解である。

 それによると、「体を温める介入」に関連する20の研究を解析したところ、「サウナや入浴など全身を温める介入」に、4mmHg程度の収縮期血圧を下げる効果が認められるものの、平均すると何もなかった。よって、「健康のために入浴すべき」とはいえない、というのである。

【困った人達】

 一読して、困った人だなと思った。

 事象を細分化し、分析して得られた知見を総合し、最後に賢者の評を仰ぐ。それがアリストテレス風、即ち西洋の思考法である。

 この医者は、細分化された一部の分析を全体に適用して断じている。総合も弁証もない。ニューヨークに住んでいながら入浴を否定するというトンチンカンをやらかす。東洋経済はその愚説を拡大する。

【温泉の効用】

 温泉の健康効果に諸説ある。身体を温めるはその一つで、血管を拡張し、血圧を下げる効果が期待できる。しかしそれだけではない。

 温水は、皮膚の表面を浄化するだけではなく、含有する各種のミネラルを浸透させる。中でも炭酸ガスの血管拡張効果は大きい。炭酸泉に入ると汗が止まらなくなるのはそのせいである。各種蒸気の吸入も作用するだろう。

【水圧の効果】

 また、水圧の効果が大きいと思っている。肩まで浸かると腹部が圧迫され、腸内のガスが放出されやすくなる。「温泉の中でおならをしないでください」との掲示を見たことがあるが、それは当然の反応なのである。

 水圧の最も大きな効用はリンパ液の循環である。温水の出入により、全身の圧力が変動する。身体まるごと按摩しているようなものである。リンパ液の流れが活発になり、老廃物や細菌、異常細胞が浄化される。

 水圧なのだから、湖水浴や海水浴でも同様の効果はあるだろうが、残念ながら季節限定である。雪が降りしきる川や、氷の張った池にとび込むなど、心臓に悪いことこの上ない。温泉なら一年中利用できる。

【シャワーにはない解放感】

 いずれも仮説に過ぎないが、そのどれか一つが立証されれば、ハーバードの権威をかさにきた否定論は葬られる。細部から全体を論じてはならないのである。

 素っ裸になる精神的開放感も忘れてはならない。物置のような空間のシャワーだけで済ませがちな西側の人々との違いである。入浴の習慣は、日本人の健康を大きく支えていると、分析も総合もなしに、ただの習俗から主張しておきたい。