【夏の準備】
キウイの花が咲き始めた。ツルもいきおいよく四方八方に伸びている。ブドウも同様で、ツルの剪定や受粉や薬品処理を迫られることになる。月曜までは何かと時間を取られるので、その後に回さざるを得ない。草木たちは温順しく待っていてくれるだろうか。
【国民誘導】
さて、高市は、女性天皇をどうしても阻止するつもりらしい。己の政権掌握の証しとして,皇室典範改正という記念碑を打ち建てたいのだ。官邸からの圧力は相当のものらしい。新潮はもちろんのこと、これまで愛子天皇プッシュのプレジデントまでが男系天皇論を掲載するようになろうった。またぞろ、金を投じての世論操作である。
【保守といってもいろいろあって】
ただ、それに和するかどうかで、保守勢力が分裂している。読売が男系一本やりに異を唱え、産経が批判するという紛糾ぶりである。
読売は、皇統維持が最優先であり、そのために女系天皇を認めると旗色鮮明である。朝日、毎日の日和見ぶりが情けなくなるほどである。
産経は、皇統よりも男系の維持が優先であり、女系天皇を認めたら「日本が日本でなくなる」とする。八木秀次がブレーンであり、世界日報、つまり統一教会が応援団として加わっている。
【功利的な評価】
世は市場原理主義全盛の時代である。どちらの主張が、これからの日本に有益なのかという、功利的な観点から評価してみたい。
読売の立場は、天皇制そのものに価値を認めている。天皇家より古い王家は存在せず、それだけで他国の元首に優越するからだ。女性であることは不利とならないが、養子は血統の断絶となるだけでなく、家族的な訴求力を弱める問題がある。
対する産経の立場は、男系でなければならないと質にこだわる。そこにこだわるあまり、何百年前の分家の子孫でも、男系であれば直系に優るとする。遺伝子が、というよりY染色体がすべてであり、家風など気に留めない。それが彼らのいう「伝統」であり、その墨守の末にお家断絶となってもやむをえない、と「潔い」。社会的な効用には無頓着である。
どうも、産経より読売の方が社会や国民を考えている様である。
【男系という倒錯】
産経、統一協会、八木が、「男系」にこだわる根拠は、126代すべてが男系だったから、である。それだけなので、神武天皇は男系なのかという点がツッコミどころとなる。父であるウガヤフキアエズを、男系とすることができるのだろうか。
その父ウガヤフキアエズの祖父は、天孫から降臨した瓊々杵尊であり、そのまた祖父は存在しない。祖母は天照大神という女神であり、男など必要とせずに神々を産んでいる。よって、神武は天照大神系の女系とするしかない。女系の子孫の王は男系でなければならないするのは、倒錯でしかない。
【貧すればとち狂う】
そのような倒錯が生じたのは、明治時代である。男性優位は、薩長の武家文化の反映であるとともに、当時の欧米の模倣である。明治以降の小役人がその様に虚構を形成し、金科玉条とした。帝国主義に対抗するためにやむをえなかったのかもしれないが、そのあげくに国を滅ぼした。つまりは失敗した虚構でしかない。その敗北の中で、象徴天皇として建て直すことで存続を図ってきたのだが、国力の衰退とともに、どうでもいいことにこだわる連中の声が大きくなってきた。失敗した虚構にこだわり、守らなければならない本質を危うくしている。
【王朝交替を当然とする連中が笑う】
上皇は、その辺をよく理解しておられるのだろう。その上で「愛子に天皇になって欲しい」との思し召しがある。その堅い思いには、あの安倍でさえ臆せざるをえなかった。
躊躇わないのは高市である。何も考えていないからである。天皇制にも無知だからである。今現在の強者とされる連中の意思を忖度し、ウケることしか考えない。
かくして、麻生や日本会議や統一教会の謬見が罷り通り、2686年の皇統を損ない、かけがえのない日本の文化を歪める。愚かな国民が作った愚かな政権による愚かな選択である。令和の日本人は愚かとしかいい様がないと、中国が腹を抱えて笑い、喜んでいる。