空気。

人間が生きていくのに、無くてはならないもの。


今日、別の部屋でテレビを見ていた妻が私に、

「ねえ、空気って、やっぱり大切よね。」

と言ってきた。


テレビを見ると、雪の積もった山の中で寝袋に入って

寝ている男性が映し出されていた。

何でも、健康を害して悩み苦しみ、家族と別れて

孤独な道を選ぼうとした時、良い空気を吸うことにより

病気が改善するという事を聞き、時々山に行き、

山で寝ながら、新鮮な空気を吸う事により、

病気を克服したという。


また、別のお婆さんも医者からガンで見離され、

余命数ヶ月と言われたが、都会での生活をやめ、

山奥の親戚の家での生活を始めて、

ガン細胞が無くなったという。


それほど、空気の力は偉大だ。


ガンが治るというと、医学的な法律に触れるが、

そういう人がいるみたいだ、というと問題は無いだろう。


30歳代で黄信号、40歳代で健康に対する赤信号が

灯るという。


寒い冬、部屋を閉め切って生活することが多いが、

一時間に一度、こまめに空気を入れ替えなければ

いけない。


働き盛りのお父さん、倒れないで。


と妻に話を聞き、健康に関して再度考える

一日であった。



ここ暫く、雨が降らなかった。

水不足とまではいかないが、空気が乾燥して過ごしにくかった。


パソコンの前にいても、画面を見ていると涙が出てくる。

パソコンから電磁波が出る、その影響かと最初は思っていたが、

そうではなかったようだ(電磁波も否定できないが)。


空気が乾燥すると目も痛くなるらしい。

目薬をさしても、休息をしても今ひとつだったが、

昨日からの雨で、湿度が上がったら、楽になった。


もうすぐ、陰暦の正月。韓国の名節。

名節といえば、シルム(韓国の伝統スポーツ、韓国式相撲)。

強引な結びつけだが。


相撲もそうであるが、単純な競技ほど興奮も高まる。


腰と足に紐を結び、その紐をひっぱて相手を土俵上に倒せば

勝ちである。体格7割、技術3割と言われている。

地味と言えば地味なスポーツだ。


だが、韓国のスポーツにあって、なくてはならないスポーツ。


その実業団のシルム団一つの一年の選手全員の年棒と

運営経費の総額は、名のある野球選手一人の年棒よりも

はるかに少ないと聞く。


観客動員の見込める野球に比べて、スポンサーの少ない

シルムは利益が見込めないため、実業団は撤退せざるを

得ない。


そうして、かつてはたくさんあったシルム団も、現在5、6

くらいしかない。


天下壮士(チョナチャンサ)は、いわば韓国一を意味するが、

それでは、現在食べていけない。


日本の相撲の横綱は、どうだろうか?


K-1で活躍している、チェ・ホンマン選手も天下壮士だ。

彼も所属シルム団の廃部により、涙を流し、

K-1の道を選んだ。


この時期、様々なシルム大会が各地で開かれ、

若者が技を競い合い、観客は興奮する。


彼らが活躍でき、シルムで生活出来るよう

環境が整うことをただただ、願うばかりだ。

日曜日、家族でテレビを見ていたたときの事だ。


新しい家族と題したテーマで、養子縁組をした家族の様子を

放映していた。施設に預けられた幼い子供が、新しい両親の

元にいくという内容だ。


養子縁組というと、子宝に恵まれない夫婦の元に子供たちが、

縁組されていくというイメージが強いが、そうでない家庭もあった。


五体満足で生まれながらも、両親の縁が薄く、施設に預けられた。

しかし、神様は彼らを見捨てなかった。


生んでくれた親以上の愛を持って、愛してくれる両親を得たからだ。

自分の存在を心から喜んでくれる人がいる。これ以上の幸せが

あるだろうか。


養子縁組にあたって、仲介をする機関では、調査に調査を重ね、

子供たちを養育していくのに十分な環境にあるのか、夫婦の状態は

どうか、細部にわたって調べた上で仲介をする。

二度と子供たちに悲しい思いをさせないためだ。

また、縁組をした家族同士の交流も頻繁に行われる。そうして、

子供たちを皆んなで育てていこうという目的なのかも知れない。


ある母親は、この子が家に来た日から我が家では笑いが

絶えない。子供がいるということが、こんなにも素晴しい

ということを実感していると言っていた。


また、別の母親は三度の養子縁組をしていて、子供たちの

生みの親はそれぞれ違うが、三人とも自分によく似ていて、

前世で一緒にいて、またこうして親子の縁を結んだんだと、

やはり大喜びだった。


子供を生めば親になれるのか?

以前、本で読んだのだが、親になるのではない。

親にしてもらうのだ。子供を通して、自分が親としての自覚

を持ち、子供を通して色々と学ぶのだ。


私が死の床についた時、子供たちが’お父さん、ありがとう’と

言ってくれるよう、生きて行きたい。

嘘にも色々な嘘がある。

自分を良く見せようとつく嘘、自分に利益をもたらそうとつく嘘、

人を引き落とそうとつく嘘、人を懲らしめようとつく嘘、

相手を思ってつく嘘、・・・。

動機によって様々な嘘があり、一概にすべての嘘が悪いとは

言い切れない。

おそらく嘘を一度もついたことがないという人はいないだろう。

問題は動機であり、その嘘による影響力である。


今日韓国では、ひとつの嘘の結論が出された。

一人の人間が世界的な英雄の座から失墜した。


多くの人の希望が現実から、また希望となった。


でも、法的な問題以外で、彼を非難できない。


彼の嘘により私たちは残念な思いをしたが、彼に嘘をつかせ、

それを鵜呑みにし、とり急いで歓喜した私たちにも

問題はなかったのか。


人類は、科学者たちは、日夜努力をしている。

必ずや近い将来、夢が現実となるだろう。



今日は、日本では成人の日だ。

そういえば韓国に成人の日はあったかな。


韓国では、男性は軍隊に行って、一人前になる。

勿論、諸事情で行けない人がいるのも確かだが。


軍隊に行き、自立心を嫌が応でも鍛えられ、両親の温かさを

知り、友のありがたさを知る。

一緒の軍にいた仲間は、軍を出ても忘れない。

生死をともにした、生涯の友だ。

社会人となっても軍隊の話で盛り上がり、一体感を募らせる。


戦争は、無い方が勿論いい。


しかし、軍隊で青年たちが鍛えられると言う事は、韓国の

発展に大きな力となっていることも事実である。


今後、南北が統一されれば必要性がなくなるが、

何らかの形で青年たちが鍛えられる場が出来ればと思う。


わが子も、十年もすれば成人する年となる。

成人式はないが、たくましい青年として周囲に愛される人間と

なって欲しい。



韓国で車を運転していると本当に人間を試される。


朝、通勤の時、補整された大きな道ではなく民家の間の近道を

通って会社に行く。本来、その道は農道であったが、

民家も多く小学校もあるということで、アスファルトで補装され、

住民の移動の便を図ったと聞く。


ところが、その民家のある細い道を見通しが良く、大きな

時間短縮の道となるため、運転者たちが7,80キロの

猛スピードで走り過ぎ、事故が頻繁に起こったため、

住民たちが車のスピードを出せないように減速のためのデコボコを

2,3キロの間に27個も作った。


しかし、それでも朝の時間、みんな何をそんなに急ぐのか、

40キロくらいで走っていたら、次々と追い越されてしまう。

反対車線に飛び出し、強引に抜いていく。見通しがいいと

いっても、家もあるし、横道もある。

ちょっとしたタイミングで事故になるのは目に見えている。


更に大きな道に合流する直前でも、反対車線に対向車が

来なければ、前の車を追い越して信号が赤でも右折を

していく。(韓国では、直前の信号が赤信号でも、

車は右側通行なので右折可能)


更に合流した道は、制限速度80キロであるが、100キロ

以上で車は走っていく。目の前の信号が赤でも、車が来なければ

通過。


そんな中、40キロでデコボコ道を走り、前の信号が赤なら車が

来なくてもじっと待っている私は、”とろくしゃー”(名古屋弁の

つもり)、要領の悪い人間なのだろうか。

年末年始で、火事が相次いでいる。


寒くて、空気が乾燥しているせいか火事が多い。


先日はテグの一番大きな市場で火事があり、1000軒の店が

消失した。新年を前にしての家事であった。テグは繊維の街でも

あり、市場にも多くの繊維が置いてあったらしく、その一帯からの

出火であったと聞く。


また、昨日はその近くの山林で山火事があった。


そうかと思えば、障害のある家族を持ち、経済難のために暖房費を

減らそうとアパートの部屋の出入り口をコンクリートで塞いでいた

家のアパートで出火し、近所の人が助けに行ったが

部屋に入ることが出来ず、その家族を救出できなかったという、

悲惨な事故もあった。


火事を起こそうとして起こす人はいないが、

災難はいつ何時起きるかわからない。


事故が起きたとき、まず人々の口から出る言葉は、

「まさか・・・」であるが、

明日は我が身ということを考えて、備えていきたい。


偉そうに書いたが、私自身まだ何の準備もしていないので、

準備をしていかなくては・・・。


今年ももう残りわずかだ。

日本では、年末年始で大忙しだと思う。

いや、会社は休みに入り会社員はのんびりとしているのかも知れない。


韓国は陰暦でお正月を祝うので、年末という感じがしない。

しかも今年の陽暦1月1日は、日曜日。

何か損した気分。

2日の日は月曜日なので当然、仕事。


仕事が面白いので、会社で仕事をするのは楽しいはずだが

日本からの休みの話を聞くと、何故か休みたい気持ちになる。

何故だろう?


年末年始は、忘年会、新年会と特に人が集まる機会が増える。

私は現在酒を飲まないし、飲もうと誘う人もいないのだが、

酒を受け付けない人にとっては、辛い季節だろう。


特に韓国では、人が集まると酒を飲む機会が多い。

十数年も前の日本の会社における上司と部下の関係程では

ないが、年輩の人、先輩に酒を勧められて断るわけには

いかない。


”一杯くらい飲んでも、大丈夫” の一言に、一杯が二杯に、

二杯が三杯となり、結局少なからずの量の酒を飲むことに

なる。


飲んでその場で、酔いをさまして帰れれば幸いであるが、

わずかな交通費を惜しみ、事故を起こす人は後を絶たない。


自分だけの問題で終わればまだましだが、大概は

相手がいる。


残念ながら、私のいるところでは(韓国全体で見てもそうだと

思うが)代行運転は少ない。タクシーで家まで帰るしかない。

タクシーで帰れば、当然車は残る。またそこまで、何らかの

方法でいくしかない。だから、面倒くさいので車で帰ろうとする。


この時期、ラジオを聴いていると事故の情報が引切り無しに耳に

入ってくる。


自分が飲んでないから大丈夫ではなく。周囲の車の動きを

良く見て、事故に巻き込まれないようにしたい。


また、運転をするのであれば、飲ませないように進言する

努力が必要である。






連日のように韓国では、ES細胞騒動の話題で持ちきりだ。

それだけ期待が大きく、それだけ失望も大きいからだ。

天主教のキム・スファン枢機卿も今回の事件に関して胸を痛められ

涙を流された。


2004年の時点で論文は認められ、大きなバックアップを受け、

地位を与えられ、名誉を与えられた黄教授が何故捏造をしなければ

ならなかったのか?捏造発覚後の事を考えなかったのか?

得るもの以上に、失う代価があまりに大きい。


様々憶測が飛び交うが、その事実は本人にしかわからない。

また、その立場に立った者が感じる内容があるので、私たちが

あれこれ推測するのはあくまで推測に過ぎない。


しかし、この事件で考えなくてはならないことは、

韓国人だからどうか、日本人ならどうだという問題ではなく、

人間としてどうあるべきか、どう生きるべきか

ということではないだろうか。


今回の事件に限らず、人の批判をするのは容易であるが、

批判で終わるのではなく、今回の事件を通して次の大きな一歩を

踏み出して欲しい。


韓国に限らず、科学者に限らず、自分の与えられた環境で、

自分の任された役割を自分の良心に従って、

他人に危害を加えず、社会の一員としての自覚を持って

果たしてゆくなら、問題は起きないだろう。


欲望は人間の成長には必要である。だが、欲望の所在が

どこにあるのかが問題だ。


クリスマスイヴの今日、ケーキを食べて終わるのではなく、

イエス様が何故、この地上にこられたのか?

宗教の枠を超えて、深く考えてみたい。