ハ・ジウォン、映画『バカ』の撮影のため父母の日にプラハに出発
ところで、同じ意味でも、言い方、時と場合により印象は異なる。
『馬鹿』。友達同士で言う場合、恋人同士で言う場合、親子で言う場合、さまざまであり、受け手の捕らえ方でも異なる。それが原因で、親しくもなり、別れたりもする。
韓国語では、『パーボ』。
やはり、言い方、関係で感じは違うが、私は日本語の『馬鹿』よりはニュアンスがやわらかいような気がする。
ハ・ジウォン、映画『バカ』の撮影のため父母の日にプラハに出発
ところで、同じ意味でも、言い方、時と場合により印象は異なる。
『馬鹿』。友達同士で言う場合、恋人同士で言う場合、親子で言う場合、さまざまであり、受け手の捕らえ方でも異なる。それが原因で、親しくもなり、別れたりもする。
韓国語では、『パーボ』。
やはり、言い方、関係で感じは違うが、私は日本語の『馬鹿』よりはニュアンスがやわらかいような気がする。
昨日から、くしゃみが止まらない。
風邪ではないようだ。
花粉症か?黄砂の影響か?
くしゃみが止まらないのもつらいが、それ以上に
涙が止まらない。
鏡を見ると目が真っ赤に充血をしている。
とにかく辛い。
今日の昼、ワイドショーで7年前に起こった山口県光市の母子殺人事件のことを取り上げていた。20代前半の奥さんと1歳に満たない子供を惨殺したという事件で、当時、加害者は18歳であったため、極刑の判決が出なかった。また、取り上げられた内容では加害者の反省がまったく見られないということであった。被害者のご主人は、補償は要らないので加害者に極刑が執行されることだけを望むと、その怒りを明らかにしていた。加害者が亡くなれば、2人が帰って来るわけではないが、加害者から反省の言葉が出ない、逆に挑発をするような内容を聞き、その選択しか考えることができないという。
少年犯罪に関しては、以前から多くの論争がある。肉体的に決して子供とはいえない青少年が犯す罪に関して、どこまで保護をするのか。情報化が発達して多くの情報を自由に摂取することのできる青少年たちの犯罪。
背伸びをしたい年頃であるのは理解できる、とがってみたい年頃であることも理解できる。だが、生命を奪うということとは別問題だ。やってはいけないこと、守らなくてはいけないルールはある。
なぜ人を殺してはいけないのか?
どう答えればいいのだろうか?
- それがいけないことだから。
では、なぜいけないのか?
- 法で罰せられるから。
でも、大人と呼ばれる人たちは平気で罪を犯し、嘘ばかりついている。
それでも、法に罰せられない人は多くいる。
いかに上手く、世の中を切り抜けていくのかに
一生懸命になっている。
そんな大人たちのいうことは聞きたくない。
一度しかない人生、自分の思うように生きてどうして悪い。
自分の計画に障害になるのならば、取り除くのが当たり前。
どこがおかしい。どこが悪い。
私は思う。彼らも被害者だ。
私たちが彼らをそのように作り上げてしまったのだ。
生活に追われ、少しでも他の人よりもよく見られたい。
子供を親と対等な立場、年配の人と同じ立場にしてしまった私たち。
悪いことをした時、涙をもって心底子供を叱れる親がどれだけいるのだろうか?
息子から尊敬にまでいかなくても、大切にされている両親がどれだけいるだろうか?
親子、祖父母と孫、親戚間、この関係がどれだけ密であろうか。
罪を犯せば、なぜ悪いのか。
かつて誰かが言っていたが、悲しむ人がいるから。
被害者の親が悲しみ、祖父母が悲しみ、子供が悲しみ、
兄弟が悲しみ、親戚が悲しみ、近所の人が悲しむ。
それ以上に、私の両親が悲しみ、祖父母が悲しみ、子供が悲しみ、
兄弟が悲しみ、親戚が悲しむ。
多くの人を悲しみのどん底に落とすからだ。
その悲しみは一生ついて回る。生きている間、もしかしたら死んでからも。
善と悪とが混沌としている時代。何が善で何が悪なのかわかりにくい。
ただ、私のとる行動で人を喜ばせるのか、人を悲しませるのか。
それを判断基準にしたい。
人は一人で生きてゆけない、必ず誰かの助けを借りる。
人のありがたみを感じる私になりたいし、多くの人に人のありがたみを
わかってもらいたい。
横田めぐみさんのご主人が韓国人の拉致被害者である可能性が極めて高いということで連日のようにテレビ、雑誌で取り上げている。
昨日、朝の番組を見ていてコリアレポートの辺さんと言う方が司会者、パネラーの質問に関して回答していた。
内容は、日本では拉致問題に関して大騒ぎをしているが、韓国ではあまりマスコミに取り上げられることはない。日本にとって北朝鮮は外国であるが、韓国にとって北朝鮮は外国ではない。この意識の違いが今日の対応の結果になっている。日本は拉致被害者を自国に取り戻したいが、韓国は離れ離れになった家族が再会することが先決である。なぜなら、韓国と北朝鮮は同じ血を分けた兄弟であり、またひとつの国家となることを望み信じているし、そうなればいつでも往来ができるからである。
もう一点問題がある。日本では、韓国の拉致被害者は3,4百人に上ると伝えているが、正確には確認できる失踪者がそれくらいであり、それ以上かも知れない。だが、その失踪者すべてが拉致被害者かどうかというのはわからない。その当時、韓国も政治的に不安定で単なる失踪であるのか、拉致であるのか疑問が残る。
韓国には、国家情報局があるので現在日本で報じられている内容は、すでに韓国の国家的な機関においてはすでに判っている内容であると思う。だが、そうできない理由も存在すると思われる。韓国民のふりをして北側に情報を送る諜報員は現在もいると思うし、逆も考えられる。お互いの国家的な駆け引きがある。下手に北側を刺激して、今現在進行している国家統一に向かっての亀裂を入れたくない。拉致被害者がもし、400人であっても、戦争により北と南に不幸にも離れ離れになっている家族は、その数倍、数十倍にも上る。
拉致問題の前に横たわる、韓国の問題はここにあると思う。
北朝鮮は、悪の国か?
その国の指導者が、その国のイメージを変える。かつて貧富の差が激しい時には社会主義は、優れた思想であった。共に生き、共に発展しよう。しかし、現実は、指導者のみが発展してしまった。人間の弱みではないだろうか。権力を握るまではひたむきに努力し、権力を握るとその力に負けてしまう。権力に逆らい苦労をするよりも、長いものに巻かれて楽をしたい。人間の本能、賢い(?)選択であると思う。それが、独裁者をつくってしまったのだと思う。国のためにわが身を捧げるその思想は、現在民主主義国家で生きている私たちには、理解がしにくい話であるが、その国のパワーはすごいものであると思う。
北朝鮮の人たちは、金日成、金正一親子の指導者だけを見つめ、仰ぎ生きてきた。一部の人道的に正しくないと思われる人たちにより、国家イメージは良くないが、その純粋な心が指導者によって汚れることなく、彼らの生活が向上していくことを願うばかりである。
最後に、拉致という行為は許される行為ではない。その内容が明らかになり、消息が1日でも早く判明することを何よりも願う。
兎追いし かの山
小鮒釣りし かの川
夢は今も めぐりて
忘れがたき 故郷
いかにいます 父母
つつがなしや 友がき
雨に風につけても
思い出ずる 故郷
志を 果たして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷
この歌を胸に、故郷を離れ頑張ってきた。
志半ばで故郷に帰ってきたが、
さー、これからだ。
しばらく、ブログから遠ざかっていた。
大きな環境の変化。
韓国を後にして、日本に帰国。
何度となく、日本と韓国を行ったり来たりしてきたが、天は私に
日本での使命を再度命じられた。
だが、就職活動をしても、なかなか決まらない。
私の心の中で、とりあえず何でもいいから生活のために働かなくては
という思いはあるが、生活のための最低限の収入は必要である。
今まで経験をしてきたことを大きく活かせれば・・・。
環境は大きく変わったが、志を大きく持って頑張ろう。
久しぶりの更新。
この間、忙しいのと精神的に疲れ、ここから遠のいていた。
何事においても始まりがあれば、終わりがあり、
出会いがあれば、別れがある。
新しい仕事、新しい分野での仕事を始めて
会社の流れを変えないようにと
ちょっと頑張ってみた。
本当は、かなり無理をしたのだが・・・。
今、イタリアでは冬季オリンピックが開催されている。
秋季のオリンピックに比べれば、今ひとつの盛り上がりの
ようだが。特に日本では、成績が今ひとつなので
盛り上がっていないのでは・・・。
韓国はショートトラック競技において金メダル、銀メダルを
多く獲得しているので、テレビでは繰り返しその場面を
流しているようだ。
何よりもショートトラックにおいて伝統をつくり、守っている。
これだけは何が何でも譲れないというプライドがある。
その結果が、ショートトラック界での輝かしいメダルである。
チャンスは誰にでも、同じように与えられる。
失敗、困難も必ずついてくる。
しかし、そのチャンスを掴み切れるか、
見逃してしまうのか。
その差が結果を大きく変える。
チャンスを掴むためには、
掴むための感覚が必要である。
同じものを見て、ある人は掴み、ある人は見逃す。
言い尽くされた言葉かもしれないが努力しかない。
繰り返しが自信となり、方法を導き、
結果へとつながってゆく。
人生の金メダルを得るために
後悔の無い努力をしよう。
毎日、プログを更新しようと思うが思うようにいかない。
毎日少しづつと思いながらも、こつこつとが出来ない。
今週から、バスで通勤することにした。
家族みんなから、最近太ってきたと責められ、思い切って
バスで通い、会社まで片道15分間くらい歩くことにした。
女性は年齢を重ね、家庭から自分の余暇、趣味を
楽しむことに目覚めていき、男は年齢とともに自分の
健康に気を遣い出すというが、そのようだ。
ここ数年、周囲の同年代の人たちが体を壊し、
入院をしたという話を聞くと他人事とは思えない。
かといって、過剰な反応も禁物だが・・・。
そう言えば、最近、
”昔は・・・だった。”、”○○才くらいの時は・・・だった。”
という言葉が、自然に出るようになってきた。
四十代、これか らが勝負の時だ。
まだまだ、やりたいことはたくさんある。
息抜きに、ビデオを見る。
ここ暫く見ていないが、以前は良く借りて見ていた。
最近見たい映画が無いということと、借りて見たいと
思うビデオがあっても先客がいて在庫が無く、
借りるタイミングを失うからだ。
ビデオ屋は家から3分距離にあるので、すぐに借りれるし、
電話一本入れておけば、返って来次第、連絡してもらえる。
ただ、最近はどうしても借りたいビデオが無い。
私の好きなのは、推理物、車関連のビデオ、
スピード感のあるもの。どちらかというと米国映画が好きだ。
しかし、韓国にあっては、店に韓国映画が多い。
当たり前だが。
以前は、韓国映画をよく見ていたが、全体的な雰囲気が
暗いのと戦争をテーマとしたものが多いため、
次第に見なくなっていった。
以前、妻とビデオを借りに行き、
妻は口では、好きなものをいいと言いながら、
韓国映画を勧めて来た。
私は、”韓国映画は雰囲気が暗いから嫌だ”
と、妻の気持ち(韓国人の気持ち)を逆撫でするような
一言を言ってしまったが為に、それ以来、
妻と肩を並べてビデオを見ることは無くなった。
今日、仕事を終え、久しぶりにビデオでも見ようと思ったが、
結局、借りに行くことも無く、また暫く見ることは無いだろう。
先日、会社で話をしていて、
「そう言えば、日本の成人サイトって、どうなってるの?」
と聞かれた。
’どうなってるの?’と言うのは、どうやって年齢認証をするのか
という事だ。
そういえば韓国のサイトは、すぐに住民登録番号を入力し、
サービスの提供を受ける仕組みになっている。
日本でも国民に番号を付け反感を買ったことがあった(ある?)
が、韓国では当たり前のため、その番号によりサイト利用だけ
ではなく、様々なサービス、手続きが行われる。
日本の場合は、どうか?
18歳の認証のボタンがあるだけで、子供でもサイト閲覧が
可能である。まさに良心とのたたかいである。
思春期の子供たちにとって、見ないはずは無い。
だが、韓国のように住民登録による認証をしたところで、
親、兄弟、あるいは知り合いの番号を利用すれば、
いくらでも利用は可能である。
また、ブログを開設していると、トラックバックでアダルトサイト
のリンクをよく張られる。自分でわざわざ見に行かなくても、
情報が飛び込んでくる。
先日、やはりトラックバックを入れられ、男心を揺るがすような
文句に、ついついプチッと押してしまったら、IPアドレスと
3万円くらいの利用請求画面が突然表れ、三日以内にお金を
振り込むように表示されていた。3日過ぎたが、そこから何の
音沙汰も無い。でも、気の弱い人、あるいは未成年者たちは
頭を抱え、振り込んでしまうのだろう。
話を元に戻して、そんなことをしなくてもコンピュータの設定で
セキュリティを高くすれば、大丈夫ではないかと、
やはり先日、セキュリティを高くしてサイトを見ようとしたら、
見事なくらい画面に何も表れなかった。ヤフーもグーも
インフォシークも、韓国のサイトもそうである。
現在の情報は、全てどこかしらセキュリティにひっかるらしい。
対策として、どうして良いのかわからないが、
これから思春期に向かっていく子供を持つ親としては、
非常に不安である。