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ジャズ男の縫い物<スウィングジャズ期>

こんばんは!!

今日、縫物をしました。
やり始めてすぐ、見映えがファンキーになってきので、もーどーにでもなれと逆切れで屈強さ第一に補修することにしました。

結果、餃子の亀甲縛り みたいのが完成しました。笑

やってやりましたよ!



さて、前回はジャズの雰囲気と構造について少しお話させてもらいましたが、今回はジャズの起源1920年代からお話します。

その前にジャズ史の簡単な年表を示します。但し、主観が強く絡んでること、そして各時代の奏法やアーティストはあくまで代表的なものでありこれが全てではないこと。
そして、時代を跨いで活躍したアーティストが沢山おりますが、あくまで最盛期であること。
ここら辺は踏まえて下さいね。


1920~1944年 <スゥイングジャズ期>
奏法:12音平均律

主なアーティスト:グレン・ミラー、デューク・エリントン、カウント・ベイシー、ルイ・アームストロング


1945~1958 年<ビバップ、ハードバップ期>
奏法:バークリー・メソッド

主なアーティスト:チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、チャールズ・ミンガス、バド・パウエル、アート・ブレイキー、セロニアス・モンク、マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーン、キャノンボール・アダレイ、デイブ・ブルーベック、リー・コニッツ、トミー・フラナガン、
(キリがない…。)



1959~1969年 <モードジャズ、フリージャズ期>
奏法:モード奏法、自由、LCC(リディアン・クロマティック・コンセプト*ジョージ・ラッセルのみ)

主なアーティスト:マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーン、アルバート・アイラー、エリック・ドルフィン、オーネット・コールマン、ウェイン・ショーター、ロン・カーター、ハービー・ハンコクック、トニー・ウィリアムス
(キリがない…。)







まずは1920年スゥイングジャズから始まります。
1920年と言えば、太平洋戦争真っ最中な訳です。サラダボールと呼ばれた人種混合国アメリカにあっても、団結し、戦争での勝利というものを第一の国策として掲上しています。
そこで国家単位の策略だったのかもしれませんが、その象徴として持ち上げられたのが、このスゥイングジャズでございます。

大編成のビッグバンドでの演奏。白人も黒人も混じって、ひとつの目的の為に意志統合する。
まさに戦争へのテーゼにもなりえますね。

このスゥイングジャズ界の大御所と言えば、グレン・ミラーです。
豪奢で壮麗で大迫力のサウンド。
この人達は軍の音楽隊とは別に、戦地に赴き慰問公演をし、その素晴らしい演奏で兵士達を鼓舞しました。

このスゥイングジャズ期の演奏方法は、12音平均律と呼ばれており、前回もBlogに載せた通り、ピアノの白と黒の鍵盤の数を足すと12個ありますよね。つまりは決められた12の調律、えーとすなわちド~ドまでの12の幅を均等にした音を使って(オクターブ含むと、当然12単位の倍数になります)、決められたスコア(楽譜)で演奏するという時代であります。


この技法は、1722年バッハの古典主義時代から続く技法です。
この年に、「平均律クラヴィーア曲集」というものをバッハは発表しましたが、別段平均律の確立と普及の為に書いたわけではないらしい。笑

ちなみにこのバッハ前は、なんとみんなそれぞれ楽器の調律が決められてなかったそうです。笑

だからそれぞれの楽器が、それぞれの音を鳴らす。
素晴らしい時代ですね。笑
これぞ、音楽!!笑

自分ちのピアノで作った曲が、友達の家のピアノで同じように鳴らない。笑

「おまえんちのド、ちょっと悲しくね?」みたいな会話があったのでしょうかね。笑

「キャロラインちのドなんて、雌セイウチの嘆き みたいな音したぞ」なんて言ってたんでしょうね。笑
どんな音なんだ!笑

最高ですね。

音楽なんて、元来理論や公理なんて関係ないんだからさ。

そんな呑気なこと言えるのは、音楽の理論が一巡り、いや二巡りはした時代に生まれたからですねー。笑

まぁ、とにかくこうして各家庭のピアノは均整がとれたとさ。めでたし、めでたし。

じゃなくて。笑

偉大なるバッハ先輩のお陰で、世界中に12音平均律が急速に拡大していくのです。
途中19世紀には皆さんも聞いたことがあるかもしれませんが「ロマン主義」という芸術運動があります。これはフランス革命やナポレオンの戦争が影響しています。
これはもう19世紀末には耽美主義とか、象徴主義というやつに発展していくもので、良く言えば「個人のロマンティシズムによる調整感の破壊」ですが、悪く言えば「超個人的ぐちゃぐちゃ音楽」、かっこよく言えば「スーパー フリーダム ビバ19世紀!!」ですね。笑

12音平均律というものは厳密な形式感と調整感を規範とし、ヨーロッパの理性を体現した存在ですから、”調整 イズ ファック!!”なんて構造を無視した音楽はとてもとても許せないわけです。

やっぱりどの時代にもいるんですよね、ぶっ壊したい衝動に駆られる奴が。笑
でもいいんですよ、芸術も歴史も”創造と破壊”ですから。

そこで、12音平均律の保管と「偉大で高貴なる単純さ」というローマ文化=古典を保護すべく、厳しい引き締めを行います。これが新古典派と呼ばれる人達の運動です。

この新古典派のキーパーソンにナディア・ブーランジェという女性音楽教育者が出てきまして、12音平均律を和声、対位法の面から解析した人です。その結果、バッハや古典派の和声進行や旋律の動きとかが注文すれば即出てくる位の先生になっちゃったわけです。
てことは、やっぱり音楽の中にはもっと簡単に記号化出来る可能性があるということでは?となってきますよね。

パリの自宅で私塾を開き、多くの優秀な音楽家を輩出しました。この中にはなんとあのクインシー・ジョーンズなんかもいたそうです。

その後彼女の行った解析・分析の流れで、ヨーゼフ・シリンガーという人もシリンガー・ハウスという私塾を開き、ざっと説明すると、数学的に音高やリズムを操作する作曲/編曲の理論を教えていた訳です。この人はロシアの偉大なる指揮者、ショスタコービッチの友人でもあります。

当然大先生である彼女の元にもたくさんの優秀な生徒が通ってきます。
その中にはなんと、ローレンス・バーグもいます!

知らねーよ!という突っ込みが聞こえてきますね。笑
やっと話が繋がったんですよー!!

彼はバークリー音楽院の創設者•初代学長です。つまりは、バークリー・メソッドの開発者です。

バークリー音楽院の卒業生には、先程も登場しましたが、マイケルジャクソンのソロデビューから大ヒットを仕掛けた天才プロデューサー クインシージョーンズ、そして我らがクロマニオンの3人も!!

ジャズの専門音楽院と思われがちですが、実は商業音楽、とりわけスタジオミュージシャンに成る為の、どっちかっつーとポップミュージックに対応した専修学校のようです。

バークリーメソッドはジャズと蜜月を過ごしてきました。しかし、60年代のジャズの大衆音楽からアートへの脱皮、つまりそれはメインストリームとはある種隔絶したポジションに移行することを意味します。
そして70年頃にはバークリーメソッドはジャズとの相思相愛を諦め、マスミュージックの為のあらゆる音楽に貢献しようとしたからこそ、バークリー音楽院はそのような体系をとっているのではないでしょうか。

ちなみに、クロマニのkeyの巧ちゃん師匠に、バークリーの教えを期待いっぱいで聞いた時、「授業が英語多くて意味わかんなかったよー」って言ってました。笑
何しに行ったんだ!笑

でも、ジャズの名地ボストンで毎日毎日セッションに明け暮れた日々が、今の巧君を大きく支えてるんだろうな。こんなに貴重な時間はなかったと思う。


さあ、少し理論的な話が重なってよく分からなかった方の為に、まとめます。

バッハが1722年に12音平均律(調整の統制。楽譜をまんま弾く)を発表。

ロマン主義(やりたい放題、理論無視)が横行。

新古典派の理論の分析

バークリー・メソッドの開発

となったわけです。


とりあえず今回はスウィングジャズ期ですから、まだ12音平均律もしくは、バークリーメソッドの卵で演奏しているわけです。

話はスウィングジャズの大御所、グレンミラーに戻しましょう。
グレンラガンじゃないですよ、牧田君、麻衣ちゃん!!笑
グールドでもないですよ、野川君!性

グレンミラーの「introduction To A Waltz」という曲ですが、ホーン陣の演奏をスイート!!疾走感もばっちし。そしてやっぱりビッグバンド(大人数)ですからエレガントな曲です。
この曲は真珠湾攻撃の3日後にラジオ放送でライブしました。
やっぱ、国策なんですね。何が何でも戦争で勝つっ的な。真珠湾でやられ、意気消沈する国民を盛り上げるには最高のエッセンスです。

この当時は戦地にバンドが慰問することは勿論、「V-DISC」と呼ばれる落としても割れないレコードを、手回し蓄音機なんかと一緒に投下して回ったりしてたそうです。笑
ドイツ兵なんかもこれが欲しくて取り合いしたそうですよ。笑

とにかくアッパーで、気持ちを高揚させる音楽ですね、スウィングジャズは。その理由のひとつには、戦争というあまりに過酷な現実を乗り切る為のものでもあったのでしょうね。
ポップミュージックのインフルエンスというものは強大で、行政側がそれを操作した時、特にこのグレンミラーの音楽は音楽構造のレベル、白人黒人マイノリティをひとつの方向に持っていき、そこに組織論やイメージを誘導していく。そのカラフルで過度にポジティブなサウンドに勝利のイメージを植え付ける。イメージ戦略がはっきりとしていたんですね。

ちなみにこのグレンミラーは上述のヨーゼフ・シリンガーの元で勉強していましたが、この頃は貧乏過ぎて月謝が払えずすぐ辞めてしまったそう。大切なホーンを質屋に入れてたくらいですからね。でも事実かはわかりませんが、映画「グレンミラー物語」で、グレンの結婚パーティーのシーンで、シリンガー先生がちょい役で祝いにきてます。

「Chattanooga Choo Choo」という曲も素晴らしい。この曲はミリオンセラーで、初のゴールド・ディスクを穫った曲です。
その他にも「Moonlight Serenade」や、竹中直人の熱演のスウィングガールズのメインテーマにもなった「Sing, Sing, Sing」など名曲揃いです。粋な8ビートのdrで始まるこの躍動感。

ここで少しこの時代のダンスカルチャーについて。
この頃はヨーロッパダンスどぷりで、男女ペアになって、ある種の規範があったそうです。それを守らないとダンスフロアに入れなかったそうです。社交ダンスだけの話でなく、ポップスにおいてもそうだったんです。
僕とマッキーのように気狂いのように飛び跳ねたり、咆哮するような人は入れなかったんです。笑

これは凄く白人的なルールですよね。バレエのように緊張、集中、ディシプリン的な。
黒人は殆ど正反対の脱力とフリーステップですから。
実はこの相反する潜在意識とルールは、20世紀の身体性を介在させる芸術やスポーツやセックスにおいて、ずっと粘着している問題であったんです。問題なのかも疑問ですが。

それが、ビバップがその即興性から、予め決まったステップなどを用意出来ないし、つまり決められたステップなんてねーよ! ユー、好きなように思いっきり踊っちゃえよ!! となっていきます。

ありがとう、ビバップ!!笑
マッキーもお礼言っといて!笑


話は戻りまして、その他にもこの時代にはカウント・ベイシー オーケストラなんかもあり、例えばOne O'clock jumpという曲が私は大好きなんですが、カンザスのリフ・ミュージックで、軽快さとポップさ、ばりばりのダンスチューンです。同じリフをずっと繰り返している上に、ソロをのっけてます。テクノの根源のような発想ですね。
「バップはカンザスのリフと、ニューヨークのスピードが出会って生まれた」なんて言われるくらいですから、カウントベイシーの音楽がこの後のビバップに繋がっていく予兆でもあったんではないでしょうか。

クロード・ソーンヒルという人もこの時期の大御所で、この人の場合はホットジャズとは少し違ってて、ドビュッシーとかラヴェルのようなフランス近代クラシックっぽさがあります。余談ですがラヴェルはあの名曲ボレロを作曲した人ですが、山奥に籠ったり奇行が多く、山で人食ってたなんて噂がたち、「人食いラヴェル」なんてあだ名がついてたくらいです。笑
変態はいつの時代も大変なんだな~、ラヴェルよ!笑

リズムはジャズの軽快さがあるんだけど、その上にのっかる和声はヨーロッパクラシック的な。

このクロード・ソーンヒル楽団には、かの有名なギル・エヴァンスが編曲者として在籍してまして、この後彼は、マイルスと共演します。

スゥイングジャズにカテゴライズされるミュージシャンで一番好きなのが、デューク・エリントンです。まあ、50年代もスウィングジャズはイキイキとしてますし、エリントンもばりばり活躍するんですけどね。
彼はそれまでただのタイムキーパーであったベースというセクションを劇的に進化させた人です。そう、ちょうどジャコ・パストリアスのように。
サッカーで言えば、センターバックとセンターハーフ(懐かしい!)が、ボランチとして生まれ変わったように。守備(タイムキーパー)だけでなく、攻撃(ニュアンスとしてのアレンジ)も出来るぞ!!的な感じでしょうか。
あと彼の編曲にはパラレルというか、幻想感が感じられるんです。およそこれもデトロイト・テクノ的な発想ですが。URのマイクバンクスの言ったように「テクノは未来の音なんだ」というような、宇宙的な自由精神が感じられます。音色の使い方も変幻自在というか、規範厳しい12音平均律時代にあって、すごく枠にとらわれないアレンジメントをしてると思います、
バップ期に重要な「律動」の為の音が繊細に配置されてたりしてますね。

彼のプロフはワシントンで超がつくボンボンとして生まれたんです。
なのに、アメリカから1歩も出たことないのにアフリカン・ミュージックつまりは律動重視の音楽もアプローチするんですね。妄想だけで!!!!!!!!!!!!!!!笑

妄想の神 なんです。

実際にその国に行ってみたり、文化や風習・音楽を勉強したりするでもなく、何しろ妄想なんです。

素敵Smile
私も相当な妄想家で、URに入団して、NASAから地球の音楽で最も「テクノ」が宇宙人に伝わりやすいだろうということで。マイクとジェラルドとレイと地球代表で宇宙に飛びます。笑
火星付近でマシンにトラブルがあり、TR-808を解体してその部品で何とか凌ぎます。すると808の部品が反応したのか、宇宙舟が銀河の鼓動とシンクロして....

みたいな妄想ばっかしてます!笑
夢見がちなんですよ。
まずいよね~、「人食いハヤト」とか言われるよ~!笑



その他にも、ミス ショウビジネスと呼ばれるジュディ・ガーランドやなど沢山素晴らしいミュージシャンはいますが、そろそろこの辺で。

骨折くん、よく学べましたか?? 前回Blogの素敵なコメントありがとう。
暇なんだから、「グレンミラー物語」でも見なさい。笑
「タスマニア物語」じゃないよ!!

1920~1945辺りのスウィングジャズ期でしたが、楽譜をそのまんま弾く12音平均律というものが主流で、その音楽はビッグバンドによる大編成オーケストラの豪華絢爛たる、ポップミュージックであったということですね。

さあいよいよ、次は1945~のバップ期について迫ります。
私は個人的には1959~が好きだからなー。次飛ばそうかな!笑
嘘です、バップ、ハードバップ、クールジャズ期ももの凄いグルーヴがあるよ。
ちなみによく聞く「ハード」や「クール」ジャズっていうのは、アーティストや奏法サイドから言うと全く規範がなくて、レコードやテレビの急速な普及でマスメディアが勝手につけたジャンル語なんです。

アメリカの戦争は1945年に終わる ということを考えても1945が重要な感じしてきません?
その頃、兵役を終えて帰ってきた人達がバップを聞いて「ジャズが発狂した。こんなのチャイニーズ・ミュージックだ」って言ったそうです。笑
チャイニーズ=狂ってる っていうのも酷い話ですが。笑

でもそれだけスウィングジャズが変化したってことですよ。



まその辺の時代性との関連もふまえ、またお会いしましょう!!