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月にジャズ男。バップ1

月にかかる雲の濃度・厚みって、実はすごく重要だって気付きました。
より、美しくなるし、淡くもなる。

その薄さは殆ど奇跡に近い状態でした。
原チャで魅入っていたら、道路であること忘れて轢かれそうになりました。笑


月がその美しさを保ち、秋風が呼気を母のように撫でてくれるのなら、きっと全て消えてなくなるよ。
大丈夫、きっとうまくいくさ。
何にもない所で、僕は静かに内省と自嘲を繰り返すんだ。
もう、ねんねの時間だ...。





いよいよ、今夜はビバップ、ハードバップの全盛期編!!
1945年からです。


まずは簡単年表ね!

1920~1944年 <スゥイングジャズ期>
奏法:12音平均律

主なアーティスト:グレン・ミラー、デューク・エリントン、カウント・ベイシー、ルイ・アームストロング


1945~1958 年<ビバップ、ハードバップ期>
奏法:バークリー・メソッド

主なアーティスト:チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、チャールズ・ミンガス、バド・パウエル、アート・ブレイキー、セロニアス・モンク、マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーン、キャノンボール・アダレイ、デイブ・ブルーベック、リー・コニッツ、トミー・フラナガン、
(キリがない…。)



1959~1969年 <モードジャズ、フリージャズ期>
奏法:モード奏法、自由、LCC(リディアン・クロマティック・コンセプト*ジョージ・ラッセルのみ)

主なアーティスト:マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーン、アルバート・アイラー、エリック・ドルフィン、オーネット・コールマン、ウェイン・ショーター、ロン・カーター、ハービー・ハンコクック、トニー・ウィリアムス
(キリがない…。)




前回のおさらい
1920~44年はスゥイングジャズ期であり、主な奏法はスコアをまんま弾く12音平均律であった。ビッグバンド編成で、そのサウンドは豪華絢爛、アップビート。

時代は戦時中でとりわけ戦勝のイメージ戦略に使われていた という側面も持っていました。

もうちょっと掘りたかったんだけどな。
特にデュークエリントンに関しては。ゲイだったとか、いやいや両刀でしたよ。とかね。笑
半端じゃない性欲の持ち主で、現代でいうところの牧田さん(a.k.a アバンチューラー/絶倫先輩)ぐらいすごかったんですよ とかね。笑
サウンドのアプローチからその奏法まで、当時としては本当に画期的なミュージシャンでした。

そして今回は戦争が終わった1945年。
ジャズの前衛、ビバップが産声をあげます。

ジャズのモダン化への衝動と欲望は、その運動の曙から終焉までを、実際に残された音源と共に辿ることが出来る唯一の芸術です。
まぁ、あらゆる面で保存の科学技術が高度化された時代に生まれた特権ですね。

12音平均律を使ったクラシック音楽やスゥイングジャズでは、一番下の音から上の音までが完全にがっちり揺ぎなく組み立てられていて、荘厳な建築物のようにとらえていましたが、バークリーメソッドはあくまで記号化したシンボルであったと。
だからその柔軟性から、和声のもつ解釈の幅がかなり拡がってくるわけです。
こうしたひとつひとつのシンボルを曲中の機能に還元して処理する。
その上に個を、つまりはアドリブを盛り込む。

メインストリームでは、連帯感あるスゥイングジャズが華やかにシーンを彩っている中、アンダーグラウンドの先鋭はこうしたオリジナリティーを全面に出した奏法が形作られていきます。

バークリーメソッドは基本的には四声、四つの音で構成されています。この様に構成自体が非常に簡潔なのです。
今日における音楽の在り方においても、バークリーメソッドが当たり前に使用されていますが、いかに簡易に誰でも演奏を可能に出来るか、という試みとテーゼの元に試行錯誤されたものなのです。

そういった地下の、ストリートのミュージシャン達の思索と渇望の動きと、ローレンスバーグのバークリーメソッドの開発が、さほど奇跡と言っても良い位に同時に誕生したのです。

ちなみに余談ですが、バークリー音楽院の初代学長のローレンスバーグは、マサチューセッツ卒で、エンジニア、作曲、編曲もしていた超エリートです。


しかし、前回授業でもお話しした通り、始めてバップを聞いた人は「ジャズが狂った」と。笑
チャイニーズミュージックだと言われたんですね。笑

しかしながら、それは即興性と炙り出されるオリジナリティーが全開であったことが起因してると思いますが、今まで話してきた通り、バップはバークリーメソッドを引用してますよね。

つまりは、ルールがあるんです。

アドリブが多いと、リスナーサイドは"拠り所"が見つけにくいというのはありますよね。

例えばダンスミュージックは展開が少なく、とりわけテクノ、エレクトロはミニマリズムという反復性が重要になります。
何故ならば、ループの安心感と綿密な律動の安心感から、自分との対話の扉が開けるからです。
ジェフ・ミルズなんかは「ミニマルは遺伝子の螺旋構造である」とおっしゃられてますわ。

ともあれ、アドリブ多いという部分で反復性を感じられないことから、ジャズに入りにくい人もいるのではないでしょうか。

しかし、バップには物凄い整合性があるんです。そりゃ勿論バークリーメソッドという、簡易なルールのもとに演奏されてるからですが、1曲通して聞けば、その展開(コード進行の構成)がすぐに見えてきますよ。
じゃなきゃ、アメリカの大衆音楽になるはずがありません。

ですから、当時のリスナー達も始めは「なんじゃ、これは」と困惑しましたが、次第にバップの整合性を感じ、歌い踊り狂うことが出来たのです。

バップ期は新たに作曲した曲というよりは、既存のジャズを12音平均律からバークリーメソッドへと変換した演奏をしていました。
何の曲のバップver.かをリスナーにわかってもらう為に、頭の部分のメロディーは同じものが多く、後の展開はアドリブですから、息絶えるか、オシッコしたくなるまで(笑)、永遠と繰り広げられる訳です。
これにより、演奏が長時間化しましたが、ヘロインで時間感覚がよくわかんなくなっちゃってる ってのもありますが。笑

つーか、ヘロインでオシッコも出ちゃってるね。笑


それと、コードの複雑化ですね。
バークリーメソッドと、基本的なコード展開をマスターした者達は、より複雑なコード展開に挑戦していきます。

前回、ジャパニーズ オルタナティブバンドTOKIOを使って、バップの流れをご説明しましたが、あれは大雑把な例えで、AメロやBメロ、サビという塊は、厳密に言うとコードの連なり=展開 であります。

オーソドックスなコード展開を、より複雑な展開・パターンを模索していくわけです。

さほど、スポーツ感覚だったと思います。
バークリーメソッドのコード和声から外れてはいけないというルールを大前提として、その中でいかにすっげーアドリブをするか ってとこですね。

このように、徴兵制を逃れた黒人ミュージシャンは、夜毎アドリブを競い合って、自己表現と「酒と女とヘロイン」という、3大 Not hansei (a.k.a 3大テーゼ・・・呑みテーゼ/ヤリテーゼ/跳びテーゼ)に溺れていったわけですね。

その中でバップの芽生えに大きく影響した、「ミントンズ ハウス」。ここで若き日のマイルスやガレスピー、セロニアスモンクらがセッションを重ね、時代を築いたのです。



東京ジャズクロスオーバー主催(本年度は残念ながらスポンサーの問題で開催せず)の須永辰緒氏が提供するジャズLIVE バー 渋谷 The room。
ここで毎月第三火曜日に開催される「集いnbsa+×÷」。

三宅洋平、cro-magnonの主催するnbsa+×÷のフリーセッションver.!!

主催の他に、椎名順平、DACHAMBOのエイジ君、元晴(soil)、須永さんプロデュースのROOT SOUL、様々なアンダーグラウンドスターが夜な夜なセッションをする。
日によって様々なミュージシャンがくる。

私は過去4度ほど行ったが、洋平くん曰く現代版ジャコと言われるkenken(RIZE/金子ノブアキの弟)や、ソイルの丈青&秋ちゃん、町田のスターツバサ君(Q-ill)、shingo02等、アングラのスターが集まる。

the roomはまさに現代版ミントンズハウスだった!!
入れ替わり、立ち替わり猛者どもがセッションする。魂とグルーヴの煌きが粒となって拡散する。

入れ替わりで続いてるから、入っちゃえー と身の程知らずが突っ込む!笑
しかも、暗くてよく見えなかったから、ブリブリにキマってる天才ピアニスト丈青君を追い出してまう!笑

雰囲気だけ。
雰囲気だけでいい。笑

その後、巧君に「隼人、こぼれてる時あったし、口開きっ放しだったぞ。笑」と、褒められました!笑
コボちゃんです!笑

「粘りがあるね。」とも言われました。甲乙あると思いますが、良い方向に受け止めました。笑

アートブレイキーばりにピアノ下手!笑
それかURのジャガー弾きくらい!笑

シンセ使えりゃやってやるさ! おれなんてイーノ的な電子音のアプローチしか褒められないんだから!笑
でもそれでいいんだよ、トラスト マイ センス。
人や草木のオーラやパルスが表現したくて、エレクトロニカ選んだんだから。
roomにエレクトロって逆にアナーキーだな。笑

でも突っ込むの大好きー!!!笑

それは兎も角、バップ期の煮えたぎるような熱いヴァイブスがここにはあると思います。
皆さんもぜひ!!





さぁ、バップの背景と、ラップトップミュージックが本懐の私が、畑違いの生の現場に飛び込む という事故の話が終わりまして、いよいよビバップのスターをご紹介しましょう。

ビバップ期は天才だらけですが、まずはその中でもチャーリー・パーカーと、ディジーガレスピーという、ビバップの創生に大きく貢献した二人をご紹介しましょう。

パーカーはモダンジャズの父と呼ばれ、天才でした。
天才 としか形容しようがない。

ヤード・バードというニックネームを持っていますが、これはニューヨークに出てきて食うことも出来ない時代にバイトした「ジミーズ・チキン・シャック」というレストランでの皿洗いの仕事をしていた時に付いたものでした。
バイトはチキン食べ放題という特典付き。それをあり得ない位食べたことでバード、そしてそのレストランの庭でアルトサックスの練習をしていたことからヤード ということです。

このバードは、ニューヨーク52丁目のジャズ・クラブ「Birdland : The Jazz Corner of the World」の由来にもなります。これはパーカーを長年支え続けてきたエージェントのお店です。
私の大好きなウェザーリポートの名曲、バードランドもここから取ったと言われています。

パーカーは、その後アール・ハインズ楽団に入ります。この楽団で、彼はこの後死ぬまで彼のライバルとなるトランペッター、ディジー・ガレスピーと出会い、独立後も行動をともにしていくことになります。こうして、バップの中心地ミントンズを中心に彼らはいよいよ時代の最先端に立つことになると。

そして運命の1945年。
サボォイ・レーベルによる作品でした。そして、この時のメンバーは、マイルス、マックス・ローチ、カーリー・ラッセル バド・パウエルの代役として急遽ディジー・ガレスピーが参加しました。

ビ・バップの黄金時代が幕を開けます。

ちなみにこのレコーディング時、新人ホヤホヤのマイルスはバックレて家業の歯医者を継ごうかと思うくらい厳しいレコーディングだったようです。
帝王、脱走!! なんてスポニチが喜んで食いつきますよ!!


"Koko"というこの時録音された曲がありますが、まぁコカインのことですね。笑
とにかく疾走感と整合感が素晴らしい。その上にのっかるパーカーのアドリブ。やっぱり天才としか言いようがない。このパーカーの天才的なアドリブと、バークリーメソッドにおける旋律と和声を切り離して記号化した整合性。これがパップの金字塔になり、以後みんながこのパーカーのスタイルにアプローチするようになります。

そして、なによりこのスリリングで際どい演奏。ミントンズの風景が見えてくる...。

スウィングジャズというものは、アメリカのそれまでの歴史上、全ての要素を兼ね備えた最良のミュージックだったわけですよ。

でもバッパー達は、この地下から浮上する凄まじいダイナミズムでもって、切断・溶解・昇華していくわけです。そうして生まれたのがモダンジャズなんです。

スピード感と力強さ、粘り(笑)のあるパーカーの演奏とこの熱さ。大体演奏的に言うと、このテンポでは演奏者が外したり、コケたり、コボしたり(笑)なんてよくあるんですが、この曲は力まず実にいいテンションで演奏されてます。
これもヘロイン効果ですね!笑


何しろコカインが大好物。
バードは、ロスのホテルで真っ裸でロビーに現れ電話をかけ始め、それを指摘されると部屋に戻ってベッドに火をつけます。
火の鳥 です。笑

6ヶ月ほど強制収容(薬物治療)され、3度の離婚後、ボヘミア系の白人で裕福な家庭に育った美しくそして優しい女性 チャン・リチャードソンといっしょになります。今で言う内縁の妻です。

1955年5月9日、悪化した胃潰瘍からの出血によって呼吸困難となり、34歳の若さでこの世を去りました。その死を看取ったフライマン医師は、死亡報告書に患者の年齢を58歳ぐらいと記入していました。
この誤診は、アルコールとヘロイン&コカインにより、その年齢位の体であったということです。

恐いですね、みなさんヘロインをやると気持ち良くなるけど、捕まってしまうみたいですよ。笑

気持ち良くなって死ぬか、捕まるか。
どっちに転んでも、淫靡なマゾヒズムを誘発しますね。笑




いやー、書いたねー。
書きなぐったぜ。

パーカーはジャズ史の3本の指に入ると言っても過言ではないので、こんなに燃えちゃいました。笑
バップ期のこの唯一であり独特のグルーヴ。情熱と命の最盛。私はここだと思います。
やめられませんな。

私も消化・整理されることのない、幼児性や攻撃性、とち狂った衝動と真っ黒いウネリと蠢きが内在していて、これは大体いい歳こいてクソマジに音楽やってるやつはみんな持ってます。
音楽という対象がなければとっくに犯罪者か、ヘンリー・ターガーのように「7人のペニスを持つ少女が子供達を虐殺する悪い帝国と闘う」話をこそこそ書くような奴になるしかないんですよ。笑

そうゆうギリギリの、泥臭く、やわらかい程に人間的な衝動が、バップ期にはよく出てるんじゃないでしょうか。

パーカーは人間的には、調和より混沌を求めてたんじゃないかな。
助け合うよりも、切磋琢磨して相手と登り詰める。
傷つけあいながらも、それが絆の証になるような。

天才と言えど、まずは横柄な自意識過剰な姿勢でいて、ちょっとセッションに入ったくらいで自らの力不足にへこたれますが、そこから引きこもりになってひたすら勉強と練習をする。

壁にぶつかる度に、そうやってストイックに追い込んで乗り越える。
そうなんですよね、誰も助けてはくれないんです。
だから自分と闘いながら、自分を信じながら、弱い自分を克服して、理想に向かう。

男の鏡ですねー。

売れない歌手兼ダンサーであったパーカーの父に逃げられ、母は女手一つで父親のようにならないように、良質な教育を与えます。
情けない男にはなるな と厳しい教育をしたことと思います。

近頃思うのは、大体人間なんていくつになっても、年月を重ね環境が変わっても、母親に怒られたことを繰り返すんですよ。舞台が幼稚園だろうと、会社であろうと。
それが人間のエッセンシャルな部分の美しい欠陥なんだとも思います。

でもね、一度母親に怒られてるから間違えないんだね。


それだけの説得力があるんだよ、母親には。
端的に言っちゃえば愛なんだろうけど、もっと特質というか、お腹の中にいたという神秘的なものな気がする。形而上学なんかで導けるのかな。


母ちゃん、大丈夫だぜ!!
おれは今だ大人になってないけど、大人よりも素敵なもんになってやる。




なんだか、パーカーから日曜日午後2時の「ザ ノンフィクション」的になってしまいましたが、次回はガレスピーはもとより、もっとバップスターを紹介します!
アートブレイキー、バド、ミンガス、デイヴブルーベック、モンク、MJQ、勿論マイルス、コルトレーンも!!

50年代の戦争が終わってアメリカの歴史上最も安定した時代背景も踏まえて、またその当時のメジャースター エルヴィスなんかも織り交ぜてお送りします。