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ジャズ男の乳製品<1950年付近のアメリカと音楽>

最近、ヨーグルトが食べられるようになりました。
赤ちゃんの時位はよく食べてたらしいんだけどl

キノコ類はマリオの食いもん。
シジミはベン蔵さんの眼鏡外したバージョンだし(3_3) 、
レバ刺しはおれが昔マウントで殴られまくって吐いた血反吐みたいだし、笑
筋子はおれが昔付き合ってた狂った女のストレスせいで出来たアトピーみたいだし、
超偏食です。

ヨーグルトブームのきっかけは、キウイ粒入りのスムージー的な奴です。
しげが大好きな奴ですイェソン

朝、モダンジャズカルテットを聞きながらぼけってて、同じようなカップに入ったコーヒーと間違えたからです。笑
飲む前にストローが太いことで気づきました。笑

MJQにはそうゆう効果があります。笑

割と食に関しては大雑把で、女の子と美味しい料理が食べたいだけです。笑

朝は、朝食べないと腸が動かず、また脳も働かないって北乃きいちゃんがCMで言っていたのでなんか食べます。

昼が1番食べるかな。

そんで夜は大体、5日位のブーム制で、サラダ&生ハムの週、納豆とシラスと煮物の週、イタリアンの週(ほぼ外食)、うまい棒とチョコレートの週、カレーの週 といった感じです。

お菓子のタームはスゥイートな男性になりたいという衝動があります。笑

肉は宗教上の理由で食べれません。笑
草食男子なので、おとなしくサラダばっか食べてます。
前世はバッタでした。
ただ跳んでいるだけで、武勇伝の一つもないバッタです。

だから音楽でぴょんぴょん飛び跳ねるのが好きなんでしょう。笑






さてさて。笑

今回は1945~のバップ編の後半。
前回で終わらせようとしたのに、奏法のルーツとパーカーの紹介で終わってしまいました。

始めに50年代のカルチャー、アメリカ史からいきましょう。

1945年に戦争が終わりましたね。
戦争のような歪んだ一体感の中では、人は多くを望みません。大切な人の元気な姿のみを祈ることでしょう。
戦争は突如として目の前を不条理で覆い、運動や抗議の根本理念を軽く凌駕するものだと思います。
無駄という意味ではなく、そういった個人や集合の画策する理想と抵抗という確たる人間味とはあまりにも異なるのが戦争の悪夢だと思うからでです。
膨大な欲望と遂行、頓挫と混乱が無秩序に撹乱する。

そのような状況下に国民の希望として、指標として現れた音楽、スゥイングジャズとは、
国が、人が必要としていたのか?
何もないからそれにすがりついていただけなのか?

音楽を信じるものとしては前者を期待しますが、戦争はそんな甘くはないでしょうね。

まぁ、そうして終結した後ってやはり安定しますよね。特にアメリカは日本みたくゼロから始めるわけではないし。この1945~ から十余年はアメリカ史上最も安定した時期だったのではないのでしょうか。
安定というのは、政治、科学、世相感のバランスがいいってことね。
分断と結合を繰り返してきたアメリカの精神性が、戦争の統一感と、メディアの普及によって「アメリカとは?」というマスイメージが安定してくるわけです。
表向きね。笑

1950年、「赤狩り」が活発化します。所謂、左切り。
つまりは共産主義者の弾圧ですね。
ソ連や中国、東欧諸国などの共産主義国家への恐れから、魔女狩りクラスの追放、弾圧をマッカーシー上院議員が1954年に失脚するまで押し進められます。
「隣の家は共産党のスパイだ」とか、でっち上げでの逮捕やら、もう疑心暗鬼が蔓延していました。

赤狩り、共産主義シンパに対する恐怖がメタファーとなって、UFOブームや、SF主義が流行していきます。笑
「空飛ぶ円盤」が初めて活字になったのが1947年でした。

恐怖の根本を是正しなければ、こうやってイケない方向に向かってしまうんですね。笑
不安と恐怖によるパラノイアの反動で、フラフープ、立体眼鏡、詰め込み競争(車や公衆電話ボックスに人を詰め込む)などが、熱狂的に楽しまれたそうです。笑
フラフープとか冷静な人間は出来ないっしょ!笑
これ輪っかの中にいる安心感なのか、腰を回すのがいいのか。笑

とにかく爆発的に楽しもうぜ!
嫌なこと忘れようぜ!!
と、とても勢いを感じます。笑

恐怖が妄想を内原的に繁殖させ、それが自己像への不安を呼び起こす。
冷戦下のソ連の水爆実験成功や、核戦争による人類滅亡とかの懸念もこの時代に生まれました。
戦争で頭に登ってた血が降りてきて、ようやく気付いた部分でもありますが。

またフェミニズムも芽生えます。
本格的な台頭は60年代ですが、50年代から性の解放や、女性は性の記号ではないと運動が活発になります。

住宅も整備され始め、「都心からちょっと離れたところに綺麗な芝生のある家を買って子供を育てる」みたいな、現代の東京近郊図そのままですが、この郊外暮らしというものが小金を持ったファミリー向けに広まりました。ニューヨーク州レヴィットタウンのじゃがいも畑が、51年には17447軒もの家が建ったことからもわかります。


さて、本題の音楽業界ですが、やはりこちらも50年代らしく、活性化と広角化が著しく推し進められます。

差別的に扱われていた黒人音楽が、やはりその抜群の音楽センスからマスが無視出来なくなってきます。
皆さんもご存知であるビッグレコード 「アトランティックレコード」の創設者ジェリーウェクスラーという女性がビルボード誌に、それまでサブカルであった黒人音楽のチャート名の変更を示唆します。

ヒルビリー チャート(田舎もんランキング)→「カントリー&ウェスタン チャート」

レイス レコード(人種レコード)→「R&B」というようにジャンル名称変更しました。

というか酷すぎますね、この差別観。笑

本当に白人の差別は酷く、世の中のルール、イメージは全て白人が定義しています。

この時代、上記のカントリー、R&B、マンボやルンバ、シャンソンというものは、白人にとっての”洋楽”であり、少しずつその魅力が受け入られ多様化していきます。

50年代はインフラ整備がほぼ終わって、レコード及び、放送産業が爆発的に成長します。
これにより現場でしか味わえなかった音楽というものが、レコードとして、ラジオとして、テレビとして、家でも何処でも聞けるようになった。
複製技術産業の始まりです。


では、このような人達にバップは売れたのか? というと答えはノーです。
泥臭く野蛮で、血生臭いバップは白人には中々浸透しません。勿論0ではありませんが。

マスは白人が仕切り、白人の為の社会構造でしたから。

ですから、確かにカントリー、R&Bの黒人音楽の魅力に気づき始めますが、それを白人的なフィルターと感性で変換してしまいます。それを白人アーティストがやっちゃいます。

この頃のメジャーシーンのスターは、ナット・キング・コールやアンディー・ウィリアムス、そしてエルヴィス・プレスリーなどがいました。
ナット・キング・コールはソウルミュージック以前の最大のポピュラー歌手です。名ジャズピアニストでもあるんですが。エキゾチックな感じも、この時代の白人受けするような丁度良い湯加減です。
エルヴィス・プレスリーはもうみなさんご存知のヴォーカリストであり、俳優の大スターですよね。

しかしね、しかしだ。

まあ、いい聞いてみようね...。
エルヴィス・プレスリー「Hound dog」/「Jailhouse Rock」
はははー!!! バックバンドくそ下手ー。笑
ピアノはリズム感は別にして跳ねてはいますね。けど、ベースもドラムもモタモタ~としてますね。
ドラムに関して言えば、通常、テンポをキープする為にハイハット(閉じたシンバル/堅いチッチって感じの音ね)を叩きますが、叩いていません。ある意味アヴァンギャルド!!笑 テンポが速くなると、ついていけなくなって拍の表裏が逆になったり最悪です。
スネアだけでなんとか拍子をきってるかんじですね。スネア バンド!!!笑
スネアの2拍4拍打ちというのはロックでよく聞きますが、これは実は黒人には必要のないショットなんです。黒人には身体でリズムキープが出来るからです。

おそらくメジャーレーベルのRCAが呼んだ白人ミュージシャンでしょう。
この頃白人ミュージシャンは曲中に音を止めたら、二度と揃って出て来れないくらいリズム感がありませんでした。

しかし「Jailhouse Rock」のエルヴィスの歌い始めはやっぱり圧巻ですね。
だけどそのエルヴィスのグルーヴィングタイムを後ろが全く理解出来ていない。笑

つまり、やっぱり表現は”存在感”と”人間力”なんですね。
エルヴィスは確かに凄い。





話はジャズに戻りまして、
勿論、黒人アーティストが好きなアウト オブ マス軍団もいます。笑
なんせパラノイアな時代ですから。笑

60年代に黒と白のバランスをうま~くとって、一流レーベルへと上り詰めた「モータウンレコード」。50年代はまだそれ程拡大しませんが、このモータウンを始め、サブカル的に黒人音楽を扱うレーベルも増えてきます。

白人色が濃厚なこの時代にしても、放送産業の拡大は大いに喜ぶべきことだったのです。

勿論、バップも白人フィルターで売れる音楽にされます。
「おいおい~、そんなに泥臭くて、ど~すんのよ~! 熱くなり過ぎだって~」と言わんばかりに。笑

バップの持つ良い部分だけを抽出します。
簡単に言えば、バークリーメソッドの持つ機能性、整合性をより簡潔にし、熱く激しいアドリブをもっと紳士的にしたり。

これが、クールジャズです。

郊外に住む小金を持ったお父さん、叔父様達が、コロムビアレコードのドル箱アーティスト デイヴ・ブルーベックや、ルー・ドナルドソン、ソニー・クラークなんかがその台頭ですね。これらを、ガウンを着て、ちょび髭にバーボン濡らしながら聞くわけです。笑


デイヴ・ブルーベック「Teke 5」
世界で一番有名なモダンジャズかもしれませんね。
その名の通り変拍子(5拍子)のかなーりエキゾチズムな曲ですね。
これは1959年の曲ですが、この頃になると黒人フレイヴァーだけでなく、あらゆる民族音楽的要素がモダンジャズの中に入ってきます。菊地成孔さんの最近の見解では、この曲に関しては「ユダヤ音楽」の生成成分が漂っていると言われます。
まあこれは、デイヴ・ブルーベックに というよりは、サックスのポール・デズモンドのソロ、メロディーラインにあると思いますが。

黒人がリズムを割ったりかけたりして、音楽の持つ生成言語、グルーヴを作っていくのであれば、白人はアクセントを基軸にして、最小単位を足していく積分的なアプローチをします。
というわけでこの曲はもろ白人的で、その上にユダヤ性を匂わしています。

ついでにこの曲も、
デイヴ・ブルーベック「someday my prince will come」
うーん、すっきり!! って感じですね。
小規模編成、簡単なアレンジ、そしてマス受けしそうなサウンド。
さすがヒットメイカーという所でしょうか。

しかしながら、ソロの受け渡しをメインとする表現主義とその構造観、そして楽器別ヒエラルキーの廃止による可塑性。
これは間違いなく、バップ直径なわけです。

なのにバップとは大違い。

ここがクールジャズの身軽さというか、ポップに成り得た大きなポイントであると思います。

バップとクールを上手いこと統合して、先に進んでいったのがマイルスです。

マイルス・デイヴィス「Round About Midnight」
これもジャズのスタンダードで、パーカーもモンクも発表してますね。
とりわけこの1955年のマイルスquintetのアラウンド~は名演ですね。ジャズ史にとっても、マイルスにとっても。
イントロからギル・エヴァンス(クローンド・ソーンヒル楽団 作曲家兼アレンジャー)のアレンジが緊張と弛緩のアマルガムのような最高な状態で曲をスタートさせます。そしてクールでシンプルな世界観の中にも、熱いソロがあったりと、バップとクールが安定化・結晶化した曲でしょう。

この時期コロムビアの広報担当がマイルスを売り出すにあたって、イタリア製のスーツを着せてタイム誌とニューズウィーク誌に載せるとやっきになってたくらいですから、やはり黒人差別の厳し過ぎる時代だったことがわかります。

この時代はとにかく黒人という印を前面に出さず、「美しくて、スマートで、洒落てて、クールな音楽」をアピールするか というプロモートスタイルが根強く反映しています。
一般層にとっては黒人というだけでマイナスだったという陰惨な時代です。

仕事の量も、チャートも(捏造されている可能性が勿論あるが)、ぜーんぶ白人なわけですね。
しかし、その反骨心がよりバップを進化させ、ハードバップのダイナミズムにも繋がっていくわけです。

それではもう1曲くらいクールジャズを。
ソニー・クラーク「cool struttin」
これもブルーベックのクールジャズさながらモダンジャズの要素を兼ね備えながら、クールで、バランスもよく、リラックスして聞ける音楽になっています。
コード展開も、ブルース/マイナー/ペンタトニック と、ジャズ的なケーデンスに、それをがっちり支える4ビート。一種の様式美、洗練されたスタイルです。
ちなみに彼は、ブルーノート レーベルのハウスピアニストでした。

ある意味ビバップはその場の想像力主体の超個的音楽でありましたが、クールジャズはこのような極端な即興性を規制し、過激・過剰な部分は控える。というスタイルでした。
誰しもが、パーカーやガレスピーのような超絶テクニックを持っていたわけではありませんから。







私個人的には、血生臭く、破天荒で、野蛮な音楽の方が好きですが、勿論上記のようにクールジャズにもその魅力は多分にあります。

それではようやくモダンジャズとりわけ、ハードバップの紹介に参りましょう。笑
次回、乞うご期待!!笑

ガレスピー、アートブ・レイキー、MJQ等をご紹介したいと思います。