ジャズ男の跡継ぎ<1950年付近のアメリカと音楽 後編>
こんばんわ~!!
え~、うちの敷地内の今僕が住んでる離れが、長いこと権利がおかしいことになってたそうで。
まあうちが悪いんじゃなくて、役所が間違ってたんですけどね。
一度しっかり抑えておこうということで、弁護士やらなんやら頼んで整理しまして。
すると、うちの始まりから現在までの戸籍謄本が全て集まるわけですよ。
野川家の始まりは、安政三年でした。
初代変態将軍は野川嘉一(かいち)でした。
「安政の大獄」が安政五年ですから、西暦で言うところの1856年です。
ワーグナーやら精神分析法で有名なフロイトの生まれた歳です
安政のジャズ期です。笑
野川家本家154年の歴史。
その歴史の重さなどありません。笑
家紋だって農民系のですからね。
こうやって5代目の僕も何でもかんでも耕すんですから。
とっちらかすのが好きな家系ですね。
家系というのはハマ屋(ラーメン)のことではないですよ。
長谷部も僕も餃子焼けるようになって、すぐにバックレましたから。笑
分家も多く、古いしきたりも多いわけだ。
幼児の頃からこの小ウルサイ親戚に、「本家のバカ長男」と言われてきた大うつけですが、自然に伸び伸びと育っていた僕を庇うように、いかちい母ちゃんは嫁いできたくせに分家軍団を蹴散らしてました。笑 性格的にたぶん庇ったのではなく、ただ至極個人的感情で蹴散らしたかっただけでしょう。笑
きっと信長のように立派ではありません。18歳の頃には地獄行きが決まりましたし、天下の変態将軍になるでしょう。笑
母ちゃんが2万位払って(ボッタクリ)占い師に見てもらった時、今回問題になった僕の住んでる家辺りはパワースポットだと言っていたそうです。
庭でぴょんぴょん跳ねたりしたことがある人はわかると思うけど(笑)、長谷部が落ちた木の辺りからBBQ道具がしまってある物置ら辺まで。
霊が集まるそうです。オバQの方じゃなくて精霊のほうね。笑
でも、たまに女の人見たりしますよ。これはマジで。3回くらい見たことあります。
僕が女性を求め過ぎてる幻覚の可能性もありますが。笑
長谷部はね、ちょっと外れちゃったんだね。ゾーンから。笑
とまあ、5代目も弟に丸投げしようかという勢いの現在!!!笑
この土地に生まれて、自然に触れて、好き勝手やってきたことに、先祖様に感謝したいと思います。
さて、ご好評頂いておりますジャズ史を振り返る2010! も今夜で5夜目。
こうやってディケイドで結ぶ過去との対話が、50年経ても尚私達に豊穣な感性を与えてくれる。
スウィングジャズの、夏の隆盛する大地のように饒舌な豪華絢爛なサウンド。コントラストの強い光彩がスパークリングし、分厚いグルーヴと壮大な一体感。
その中でみんなでひとつであるよりも個的情念の原石が"もっと輝きたい"と、震わす生のデモクラシー。地下で蠢く黒いヴァイブス。
バップの誕生です。
毎夜磨かれ、弾かる、強大なオリジナリティーと生への渇望。創造と破戒のアマルガム。
後世が作る"歴史"というものは、「そこになかったものはない」。
至極当たり前のことだが、「あった」ものはその大小など問題でなく、否定しようと揶揄しようと、美しい。
それでいいんだよ。
だから今を全力で生きるんだよ。
やるんだよ。
大切に、大切に呼吸をする。
ひとつひとつ、丁寧に。
人生にはどんなに抗ってもどうにもならない大きな流れというものが在る。
泣こうが、喚こうが、その流れには逆らえない。
それでも言いたいことがあるんだよ。伝えたいことがあるんだ。
悪辣な黒人差別の中でも、叫び続けたのがバップだ。
野蛮で、泥臭いバップを愛して、昇華に駈けた全ての人間をリスペクトする。
バップとは、音楽とは、魂の証明だ。
俺達は幸運なことに、その結晶に触れることが出来る。
そして、築かれた確かな礎に、新しいセンスとオリジナリティーが噴出する。
そうやって音楽も歴史も続いてきた。
そしてこの先の未来も、
俺達が3歳の頃思ってた小学生の如く、
14の頃に思い馳せた20歳の如く、
思ってたよリもずっと未来は広がっているはずだ。
「その時、笑っていたい」と、
誰しもが祈る様に願うはずだ。
だけど、その鍵を握ってるのは今なんだよ。
当たり前だが、今の積み重ねが未来であり、今やったことは紛れもなく「あった」になるし、そしてそれはいつかの「あった」になる。
夢がある奴、理想がある奴、なりたいものがある奴…、今 闘え。
自分の闘い方を知らない奴、まず闘いに飛び込め。準備よりも飛び込め。そっちの方が早い。
そして抗え。
何時だって何かを動かしたりするのは、ほんの少しの勇気だ。
怪我しても、負けても、その一歩が全てを作り出し、その一歩がなければ何も始まらない。
誰かの模写をする必要などないんだ。
人はそれでいてもう十分に個性的だから。
自らを鉄とし、鍛冶をとれ。
摩耗、錬金、研磨 を繰り返し、人間としての高みを目指す。
見えてくるものが、その度変わってくるはずだ。
それは人としての豊かさであり、
それは宇宙的なエネルギーと神秘。
そういった者だけが見えるものがある。
が、誰しもが自分に問いかけ、痛み、悦びに原始的スタンスでトリップすれば見えてくるものだ。
成長とは、ガキの頃に見つけた大切な言葉が、少しずつ深く、大きくなっていってるだけだ。
その言葉が何かを成し遂げる度、乗り越える度に、より強い解釈で自分を包む。
同じ言葉が進化していってるだけさ。
それは時に混迷に途し、独白を脅かす。
それでも信じろ、自分の言葉を。
当たり前はもはや、当たり前ではない。
だからこそ自分を飛ばせ。
離陸するお前のリリック。
自分のオリジナリティーをもっと信じるべきだ、探すべきだ、使うべきだ、伝えるべきだ。
おれにとって音楽とは、「自分の知らない自分を掘る作業」でもある。
60歳でようやく少し自分のことがわかるくらいじゃないか。
自分が自分を真に追求したものだけが、オーラを纏うことを許される。
そしてそれは、言語をとうに超えている。
号砲のように荒がる声がバップなら、静寂に流麗を散りばめたのがクールジャズでしょうか。
シャープでスマートなそのフォルムは、決して"簡素"ではなくひとつひとつを綿密に紡ぎ、必要なものを必要なだけ、その可能性を潤沢に抽出している。
多くを語らぬそのスタイルは、洗練された風格で凛と立ち振る舞う。
それでは前回ご紹介出来なかった50年代を築いたアーティストを次回紹介しましょう!!笑
さよならー!!!笑
え~、うちの敷地内の今僕が住んでる離れが、長いこと権利がおかしいことになってたそうで。
まあうちが悪いんじゃなくて、役所が間違ってたんですけどね。
一度しっかり抑えておこうということで、弁護士やらなんやら頼んで整理しまして。
すると、うちの始まりから現在までの戸籍謄本が全て集まるわけですよ。
野川家の始まりは、安政三年でした。
初代変態将軍は野川嘉一(かいち)でした。
「安政の大獄」が安政五年ですから、西暦で言うところの1856年です。
ワーグナーやら精神分析法で有名なフロイトの生まれた歳です

安政のジャズ期です。笑
野川家本家154年の歴史。
その歴史の重さなどありません。笑
家紋だって農民系のですからね。
こうやって5代目の僕も何でもかんでも耕すんですから。
とっちらかすのが好きな家系ですね。
家系というのはハマ屋(ラーメン)のことではないですよ。
長谷部も僕も餃子焼けるようになって、すぐにバックレましたから。笑
分家も多く、古いしきたりも多いわけだ。
幼児の頃からこの小ウルサイ親戚に、「本家のバカ長男」と言われてきた大うつけですが、自然に伸び伸びと育っていた僕を庇うように、いかちい母ちゃんは嫁いできたくせに分家軍団を蹴散らしてました。笑 性格的にたぶん庇ったのではなく、ただ至極個人的感情で蹴散らしたかっただけでしょう。笑
きっと信長のように立派ではありません。18歳の頃には地獄行きが決まりましたし、天下の変態将軍になるでしょう。笑
母ちゃんが2万位払って(ボッタクリ)占い師に見てもらった時、今回問題になった僕の住んでる家辺りはパワースポットだと言っていたそうです。
庭でぴょんぴょん跳ねたりしたことがある人はわかると思うけど(笑)、長谷部が落ちた木の辺りからBBQ道具がしまってある物置ら辺まで。
霊が集まるそうです。オバQの方じゃなくて精霊のほうね。笑
でも、たまに女の人見たりしますよ。これはマジで。3回くらい見たことあります。
僕が女性を求め過ぎてる幻覚の可能性もありますが。笑
長谷部はね、ちょっと外れちゃったんだね。ゾーンから。笑
とまあ、5代目も弟に丸投げしようかという勢いの現在!!!笑
この土地に生まれて、自然に触れて、好き勝手やってきたことに、先祖様に感謝したいと思います。
さて、ご好評頂いておりますジャズ史を振り返る2010! も今夜で5夜目。
こうやってディケイドで結ぶ過去との対話が、50年経ても尚私達に豊穣な感性を与えてくれる。
スウィングジャズの、夏の隆盛する大地のように饒舌な豪華絢爛なサウンド。コントラストの強い光彩がスパークリングし、分厚いグルーヴと壮大な一体感。
その中でみんなでひとつであるよりも個的情念の原石が"もっと輝きたい"と、震わす生のデモクラシー。地下で蠢く黒いヴァイブス。
バップの誕生です。
毎夜磨かれ、弾かる、強大なオリジナリティーと生への渇望。創造と破戒のアマルガム。
後世が作る"歴史"というものは、「そこになかったものはない」。
至極当たり前のことだが、「あった」ものはその大小など問題でなく、否定しようと揶揄しようと、美しい。
それでいいんだよ。
だから今を全力で生きるんだよ。
やるんだよ。
大切に、大切に呼吸をする。
ひとつひとつ、丁寧に。
人生にはどんなに抗ってもどうにもならない大きな流れというものが在る。
泣こうが、喚こうが、その流れには逆らえない。
それでも言いたいことがあるんだよ。伝えたいことがあるんだ。
悪辣な黒人差別の中でも、叫び続けたのがバップだ。
野蛮で、泥臭いバップを愛して、昇華に駈けた全ての人間をリスペクトする。
バップとは、音楽とは、魂の証明だ。
俺達は幸運なことに、その結晶に触れることが出来る。
そして、築かれた確かな礎に、新しいセンスとオリジナリティーが噴出する。
そうやって音楽も歴史も続いてきた。
そしてこの先の未来も、
俺達が3歳の頃思ってた小学生の如く、
14の頃に思い馳せた20歳の如く、
思ってたよリもずっと未来は広がっているはずだ。
「その時、笑っていたい」と、
誰しもが祈る様に願うはずだ。
だけど、その鍵を握ってるのは今なんだよ。
当たり前だが、今の積み重ねが未来であり、今やったことは紛れもなく「あった」になるし、そしてそれはいつかの「あった」になる。
夢がある奴、理想がある奴、なりたいものがある奴…、今 闘え。
自分の闘い方を知らない奴、まず闘いに飛び込め。準備よりも飛び込め。そっちの方が早い。
そして抗え。
何時だって何かを動かしたりするのは、ほんの少しの勇気だ。
怪我しても、負けても、その一歩が全てを作り出し、その一歩がなければ何も始まらない。
誰かの模写をする必要などないんだ。
人はそれでいてもう十分に個性的だから。
自らを鉄とし、鍛冶をとれ。
摩耗、錬金、研磨 を繰り返し、人間としての高みを目指す。
見えてくるものが、その度変わってくるはずだ。
それは人としての豊かさであり、
それは宇宙的なエネルギーと神秘。
そういった者だけが見えるものがある。
が、誰しもが自分に問いかけ、痛み、悦びに原始的スタンスでトリップすれば見えてくるものだ。
成長とは、ガキの頃に見つけた大切な言葉が、少しずつ深く、大きくなっていってるだけだ。
その言葉が何かを成し遂げる度、乗り越える度に、より強い解釈で自分を包む。
同じ言葉が進化していってるだけさ。
それは時に混迷に途し、独白を脅かす。
それでも信じろ、自分の言葉を。
当たり前はもはや、当たり前ではない。
だからこそ自分を飛ばせ。
離陸するお前のリリック。
自分のオリジナリティーをもっと信じるべきだ、探すべきだ、使うべきだ、伝えるべきだ。
おれにとって音楽とは、「自分の知らない自分を掘る作業」でもある。
60歳でようやく少し自分のことがわかるくらいじゃないか。
自分が自分を真に追求したものだけが、オーラを纏うことを許される。
そしてそれは、言語をとうに超えている。
号砲のように荒がる声がバップなら、静寂に流麗を散りばめたのがクールジャズでしょうか。
シャープでスマートなそのフォルムは、決して"簡素"ではなくひとつひとつを綿密に紡ぎ、必要なものを必要なだけ、その可能性を潤沢に抽出している。
多くを語らぬそのスタイルは、洗練された風格で凛と立ち振る舞う。
それでは前回ご紹介出来なかった50年代を築いたアーティストを次回紹介しましょう!!笑
さよならー!!!笑