今日病院の看護師さんに言われたんですけど・・・。

 

  「この靴、履かせにくいんですよねぇ。もっと履かせ安い、前がゴムになっているの買ってもらえなせんかぁ」ってけだるそうに言われました。この人の言い方はクセなのかもしれませんが、邪魔くさいのか、面倒なのか、そういう風に受け取れる感じなんです。一事が万事ではないですけど、どうもこの病院で働く人の態度、体制・・・不安を感じるので、来月の退院は正解だったと思います。


 やっぱり、こちらが満足することをしようと思えば、自宅で面倒を見るしかないんです。ただその体制もだいぶん不満はあります。でもどこかで見斬りつけないとやってられないんでしょうね。これが日本の介護の現実を一部だと思うし、そう思って諦めるしかないんですかね。

 家にいると親が病気で入院していないんじゃないかと錯覚するときがあります。


 別に忘れているわけではないんですけど、ちょっとだけ錯覚することがあるんです。もっとちゃんと面倒みろということなんでしょうか。何だか不安になってきます。

 親の病気はいずれは寝たきりになる病気です。


 では、その先にある“死ぬ”ことまで覚悟ができているのか、今の自分でも分からなくなっています。いずれは誰でも死んでいくんですけど、親にもやがてはやってくるんですけど、そのことについてどこまでの覚悟ができているんだろうか。おかしな言い方ですが、他の元気な人に比べれば確率は高いはずなんですよね。少しはちゃんと考えてみないといけませんね。

 今日も病院に行ってきましたが・・・。


 親の反応がイマイチというか、前に来たときよりも鈍いように思えました。以前はハッキリとはしゃべらなかったんですが、何とか何を言っているのかはわかりましたが、今日は何を言っているのか聞き取れませんでした。


 それにソロバンの練習帳をしているのですが、右手ではなく左手でそろばんをはじいていました。右手が使えないわけではなさそうなんですが、なぜだか右手を使おうとしないので、右手でするように言ったらしばらくはしていましたが、結局は両手でソロバンの珠を動かしていました。体が右に傾いているんですが、それの影響もあるのかとジッと見ていましたが、どうもそうではなさそうでした。少し認知症が進んでそういう面での影響かとも思ってしまいました。


 親の今日の反応や、仕草を見ていると本当に在宅での介護ができるのか不安になってきました。でもどれくらいの期間かは決めていませんが、もう一度家で暮らせるようにと決めたからには、その方向は変えられない。家に帰る理由はもう1つあるが、それはまた別の機会に書くとします。


 退院をして在宅にという方向で考えていますが、ショートステイの予約がGWが難しいみたいで、先週その件でケアマネージャーから連絡がありました。退院を急ぐ理由はないのでGW明けに退院ができるかどうか、病院の担当者に聞こうと思ったんですが、担当者が休みだったので、伝言だけを残しました。


 それから帰る前に病院の受付で特定疾患の申請書ができたかどうか問い合わせると、どうもどこいったかわからない様子。病棟に電話したり、いろんな引き出しやファイルを探してやっと見つけたようでした。役所に提出する書類をどこかにファイルしていたみたいです。こういう病院にいつまでもいさせたくないというのも、退院を進める理由の1つです。でも、こういうことはどの病院でもあるんでしょうね。そんなことを言っていたら入院できる病院は世の中になくなるのでしょうね。

 この前の会議でもう一度本人の意思(今度どうしたいのか)を確認することになっていたので、今日聞いてみた。


 このままこの病院にいてもいいという感じだったが、それは僕に対する遠慮である。家に帰ると僕に負担をかけることが心苦しいとのことだった。それは分かったけど、退院をして欲しいと僕の考えを伝えた。どこまで分かっているのかは分からないが、退院の方向には変更なしということである。


 退院をして欲しい理由の1つは、この病院の事務連絡がむちゃくちゃなんです。入院の時に実感したけど、その後もやっぱり相変わらずのちんぷんかんぷんの対応。こんな医療機関にいて大丈夫なのか、不安で仕方がないのです。確かにJRの駅に近いから便利ではあるんですが、それだけではこの病院にいるのはどうかと思います。


 でもそんなことを言っていたら、入院できる病院はこの世の中に1つもないということになるのでしょうが、それなら少しでもマシなところ、ガマンできる病院を探すほかないように思います。


 ただそれにも問題があります。自分のそういった考えとか思いによって、親を連れ回しているような印象があるんです。今回を最後に慎重に病院は探すつもりです。


 退院をして在宅に移行する、それは決めました。


 でもその先のことは全く決まっていない。というか決められない。在宅になってショートステイとかデイをどこにするとかではなく、どういう状態になったら病院に入るのか、その病院はどこにするのか、その病院はずっといられるのか、そういったことである。


 今入院している病院は療養型病床群という括りの病院であるが、厚生労働省はこの“療養型病床群”の病院の数を減らして、そこに入院している患者を介護保険の施設の方に移行させる政策を打ち出している。入院することができたとしても、その国の政策に沿って病院が衣替えをしていまうと、“入院”ではなく“入所”ということになるのか、どういう状態であれ退院をして在宅に戻るのか、そういったことをツラツラを考えてしまいます。

 今日、病院の一室を借りて今後の介護について会議がありました。


 出席者はケアマネージャー、病院の相談員、病棟の婦長、病院のリハビリ担当者、ショートステイ予定の施設の担当者、デイサービスの担当者、デイケアの担当者、介護用具のレンタル業者が来ました。


 今の状態だと軽介助で在宅でもやっていけるとの病院側の判断でした。まだ入院して時間が経っていないので、
詳しいことは言えないとのだたし書きは付いていましたが。


 でもやはり施設の担当者は遅れてきました。ショートステイ予定の施設の担当者とデイサービスの担当者は10分程度でしたが、デイケアの担当者は40分も遅れてきました。そういう僕も国道で工事があったので、遅れそうにはなりましたが、彼らは仕事でやってくるわけです。前のケアマネージャーも約束の時間に一度も来たことはないです。介護関係者の時間に対する考え方が狂っているように思いました。


 結局、1ヶ月程度を目途に退院し在宅に移ること、ショートステイ予定の施設をもう1箇所程度探さないと対応できないだろうということになった。そんなことはこんな会議をする前から分かり切っているのにどうして先を読んだ提案なり、計画が立てられないんだろうか。それとも、そもそも介護計画ってこうやって立てるのだろうか。

 退院に向けて介護計画のために会議とやらをするとケアマネージャーから連絡がありました。


 その会議は14日ということに決まりました。こちらはもっと早くにするのかと思っていたら、病院がこんなに早くするとは思っていなかったみたいです。

 施設から紹介を受けた病院に今日転院しました。


 取りあえず、自宅での体制が整うまでの間の入院というつもりです。施設から車で10分程度の病院でした。病院に着いたら早速検査。血液、心電図、胸のレントゲン等で病院に着いてから2時間もかかりました。1時間くらいで帰ることができると思っていたら、検査の後、医師の診察。それが終わってやっと病室に移動。


 病室でも看護師による聞き取りみたいなことがありました。その内容も先日相談室で言った内容とほぼ同じモノで、その看護師もその時のコピーを見ながらの聞き取りです。そのコピーは施設からのものであると思っての聞き取りです。院内の連絡体制に疑問がある病院です。早めに退院した方がいいように思っています。


 その聞き取りが終わったら、今後はまた相談室に行って入院の説明と手続きをさせられました。終わったのは1時前で結構時間がかかりました。時間をかける割に頼りなさを感じました。

 ケアマネージャーに電話をした。


 取りあえず“リハビリ” という言葉を使わずに、親の考えとこれからのことについて伝えたら、こちらの要望に沿った介護計画を作ってくれるそうである。リハビリという言葉を使わなかっただけで、その他は全く先日伝えた内容と同じなのだが。


 ケアマネージャーにしても施設の職員達にしてもリハビリにこだわるこちらの気持ちが全く伝わらないのである。脳梗塞とかだとリハビリをしても改善効果がいくらかでも得られるからリハビリをする意味があるが、パーキンソン病だとリハビリの効果が得られない以上する意味がないと考えているらしい。


 確かにそうではあるが、リハビリをしないと原因が老化であるか、病気であるかを問わず、体の衰えは目に見えている。でもリハビリをしたからといってリハビリの効果が得られるかは不明であるが、やれるだけのことをしたいと思うことがいけないのだろうか。全く介護関係者に伝わらず、歯がゆい思いが募っていく。


 リハビリにこだわっていると病気のことが分かっていないと受け取られる。分かっているといってもである。病気のことが分かっているがそれでもリハビリにこだわる気持ちが伝わらない。