体調がいまいちなので、病院に行けない。


 着替えが足りないとのことなので、昨日の晩に従姉妹に病院に洗濯物について頼んでおいた。ただ洗濯したものと洗濯するものを取り替えてもらうことと、テレビカードがもうないだとうから、自販機で買ってもらうように頼んだ。


 従姉妹が実家に来るのは7時過ぎなので、それまでに実家に戻って洗濯物を畳んだり、足りない下着の買い物をしたりしましたが、久しぶりの外出(本格的な)なので、調子がいまいちでしたが、何とかなりました。


 やはり、こういう時のために、誰かもう一人動ける人が必要だと痛感しました。

 親の面倒をみるということは誰にでもあること、とういう言い方をよく聞く。


 この言葉の意味には2つあるだろう。肯定的な意味と否定的な意味の2つ。
でも、現実に親の面倒を見ている人は、誰かに褒めて欲しい訳でもない代わりに、特別なことをしているとも思っていない、と思います。


 ただ、この言葉を何気に言われるとどういう気持ちで言っているのかわからないときがある。
僕の場合は、何年も在宅で懸命に実父母や義父母の面倒を見ている人からするとまだ“介護”のうちには入らないだろうと思う。
その僕が感じるのだから、僕以上に介護に係りっきりになっている人にとってはこの言葉はどんな風に聞こえるのだろうか。


 話は変わるようだが、今の状況について相談できる人や機関がない。
そんなに強くはないが、閉塞感を感じている。
以前相談室に相談しにいったが、何の足しにもならない話しか聞けなかった。
ケアマネージャーはどうもやることがずれているように思える。(僕からすると)
友達にといっても、こういう話ができる友人はいない。
いたとしても介護を経験した人だと、「親の面倒をみるということは誰にでもあること」と言われるのが落ちだろう。


 いずれにしても愚痴を聞いてくれる人が一人くらいは欲しいものだが、
そう言う人がいないというのも今までの人付き合いの結果なんだろうから、諦めるしかないのだろう。


 まだ、お腹の調子が本調子ではない。明日は外出ができるのだろうか?


 やはりノロウィルスが原因だった。


 検査の結果を電話で知らせてもらえずはずが、5時前になっても連絡がないので、病院に電話をしたら、回診中なのでかけ直すとのこと。そこでこっちの体調も悪く、入院を延期して欲しいと伝えた。しばらくして電話があり、ノロウィルスが原因であること、退院も延期ができるとのことで電話を切った。


 その前にケアマネージャーから電話があったので、退院が延期になりそうであること、もしノロウィルスが原因なら、デイとかの施設の利用は難しいのではないかと伝えた。ケアマネージャーがいうには、「デイケアを利用するのは病院のソーシャルワーカーは問題ないと言っていました」とのこと。でも、問題は受け入れる側の了解なわけで、何だかずれているように思った。


 もし施設が使えないのなら、訪問リハビリや入浴介護か入浴介助のためのホームヘルパーの派遣をケアマネージャーにお願いしたら、できるけども訪問リハビリには医師の処方箋がいるとかで、すぐには無理だとのことだ。でも、どうしても否定的な言い方が気になる。面倒なのか、そういう言い方が癖なのか。


 体調が悪いのは、だぶんノロウィルスだろうと思う。

 ノロウィルスに感染したようだ。


 さっきから下痢気味。

 着替えを持って病院に行ってきた。


 嘔吐だけでなく下痢もしているようで、やはりノロウィルスが原因だろうとのことだが、検査結果は月曜日になるとのことだ。その結果を見て退院は火曜日の予定という話をして帰った。

 夕方、病院から電話があった。

 

 入浴後、親が嘔吐したとのことで、ノロウィルスの可能性があるので、明日このまま退院させるわけにはいかないので、退院を延期したいとのことだった。その上、着替えないので持ってきて欲しいとのことだったので、明日持っていくことにした。

 今日、ケアーマネージャーから電話があった。


 頼んでいたデイケアやデイサービスが怪しくなってきた。それもこの時期に。
入院する前に行っていたデイケアは定員がいっぱいとのことなのでダメだそうだ。
(理由はそれだけではないように思う)
デイサービスの方も送り迎えの都合もあるので週3日程度で、状態によっては引き受けられないとのことだった。
だから新しい施設を2つほど提案されたので、取りあえず体験してどうするのか決めることになった。
また新しいところとの契約をするのに時間を作らないとダメで、
もっと早くから分かっていれば、契約も済んでいる時期である。


 実は昨日ケアーマネージャーが親が入院している病院に行ったのだが、
デイに関して本人の希望を聞かなかったらしい。
いろんな言い訳を言っていたが、聞かなかったことには変わりがない。
僕としては平日と土曜日はデイに行って欲しいという希望がある。
ケアマネージャーがいうには、それでは疲れるのではないかということだ。


 しかしである。今の親はほとんどの家事ができない以上
家に1日中いて何をするかということである。
レンタルでベットを入れる予定にはしている。
そのベットでごろごろしてTVを見ているのが落ちである。
せっかくリハビリテーション病院でリハビリをして“今の状態”にあるのに
家でボーッとする時間が長ければ長いほど元の木阿弥になる。
その間にも病気は進行している、老化もしている。
体を動かす、お風呂に入る、人とのコミュニケーションにためにもデイに行った方がいいのである。


 以前、デイやショートを探してもらう基準は「リハビリ」を中心にケアマネージャーに頼んだ。
そのたびにケアマネージャーは「施設での介護を希望する場合は何かを捨てないとダメだ」と言われたものだった。
つまり、親のリハビリをとるか、自分の休養をとるかである。
でもリハビリを捨てるわけにはいかないのである。
親が罹っている病気は有効な薬はない。対処法として薬を飲んで対応するしかない。


 リハビリといってもしないよりはした方が良いといわれる程度である。
そのリハビリを捨てることは病気の進行と老化に任せてしまうに等しい感じがしてならないのである。
だからといって、24時間・365日の在宅での介護は難しい。
交代要員がいないこと、自分の仕事のこと・・・いろいろ考えると難しい。
だからといって、リハビリは捨てられないのである。

リハビリは薬を飲むことと同じだと思うのだが。


 1日中家にいるということはそしてトイレに行きたいときは、
呼ばれて介助もしくは見守りをしなければならない。
1日家にいられたら本当に24時間付きっきりになる。
ウトウト横になっていても呼ばれるのである。
ホッと息がつける時間もなく家事に、介助に追われるのである。


 本人が疲れることを考えるのなら、こちらの疲労も考えて欲しいものだが、
あくまでも“本人の介護計画”だということだろうか。
何にも考えていないわけではないのだろうが、
何だか後手後手の印象しかない。


 ベットのレンタルについてもあれこれを言ってはくれるが、言うだけである。
最後には“様子をみよう”と・・・。
ベットは入れようと思えば、すぐに入れられるとも言うが、
退院は金曜日である。
必要だからといって日曜日も対応してくれるのだろうか。
現実的、かつ、もっと迅速な対応ができないものなのだろうか。
よくあれでプロだといえるものである。
といって、他に変えるのも1からするのがもう面倒である。
どうせ誰がやっても同じだろうという(ケアマネージャーに対する)印象が固定されてしまっている。


 やっと医師の情報提供書が届いた。


 約束では昨日郵便で届くはずだったのだが、今日の昼前に速達で届いた。早速2箇所の老人保健施設に提出に行ってきた。順番がいつ回ってくるかは分からないけど、しっかりとしたリハビリを望むなら施設で行う方がよいだろう。自宅で訪問リハやデイに行ってリハビリをするよりはいいと思う。


 今の病院のケースワーカーとかに親の状態を聞いてみると、ベットから何とかベットサイドのポータブルトイレや栗真椅子に移ることはできるが、それでも必ず誰かが見守る必要があるとの話だった。いつまで在宅介護を一人で続けられるかはわからないけど、いつまでもできるわけではない。


 それを考えると、今のレベルのリハビリを続けて何とか自分で身の回りのことができるようになってもらわないことにはどうしようもない。しかし、病気の進行は続いている。当然、老化もしている。そのマイナス以上のリハビリが必要だということである。そういうリハビリが本当にこの世の中であるのだろうか。


 ないとなれば、ずっと施設に入所しないといけないということになる。親は当然に家に帰りたがっている。だから、退院後は在宅を選んだ。その選択をしたもう一つの理由は今の状態で家で暮らすことがどの程度できるか、もしくは可能であるのかを親自身にわかってもらうことである。周りが自宅では無理だと説得したとしても、親は納得はしないだろう。家で暮らしてみて実感をすれば、また施設に入所するときに(程度はわからないが)素直に納得してもらえる気がして、在宅を選んだ。


 ただ、その在宅がいつまで続くかが問題である。

 少し早いが、退院後の食材を買い込んできた。


 簡単に、楽に済ませるために業務用の冷凍食品を扱ってるスーパーに行ってきた。生鮮食料品はその都度買いに行く必要があるが、極力冷凍食品で賄えるように買い込んできた。その他にも別のホームセンターで日常生活用品の買い込みを済ませた。なくなって急に買い物に行かなくて済むように・・・。