4日から行くショートステイの施設からは何も言ってこない。


 何だか不安になってはいるが、連絡がないのは施設側の責任という考え方をするつもりである。慈善事業でショートステイをするわけではないので、あちらから連絡があるのが当然であると思うからである。


 夜の7時半頃、医院の医師の往診があった。この往診がなかったために訪問看護が止まっていたのである。診察はものの5分。最初は午後の時間しかできないとのことだった。でもこの5分のために昼間ずっと親が家におられたのでは、買い物も行けない、役所に手続きにも行けない、ゆっくり体を休めることもできない。なのでこの時間に来てもらえるようにしてもらったのである。



 今日の午後は市民病院の受診に行ってきました。


 市民病院では耳鼻科と神経内科の2つに受診でしたが、その午前中は歯医者に受診してきました。歯の型を前回の受診の時に取ったので、それを詰めて、また別の歯の型を取りました。歯の治療が終わればプラークコントロールをしようと思っています。2月からは訪問看護も始まり、口腔ケアもするつもりです。歯はやはり大事にしないとダメなので。


 一度実家に戻り昼食を取った後、市民病院に行きました。まずは耳鼻科に。今回も聴力検査をしましたが、少しずつ改善しているようなので、いったん治療は終了ということになりました。


 次は神経内科ですが、ある一人の患者に時間がかかったようで少し待ちました。別に変わったこともないということなので、血液検査のために血液採取だけ指示されて、検査室に行って市民病院から帰ってきました。


 今日、ショートステイから帰ってきました。


 この2週間での変化として目立ったものはないのだが、編み物をするために毛糸を持たせたのだが、あまり、というか全く進んでいなかった。本人曰く「編み方がわからない」とのこと。これも病気のせいだろうか。


 施設側からのメモに「食事の時、むせずに食べた」との記載があった。ショートステイに行く前は、むせていたはずだった。帰ってきてから夕食を食べたが、あまり蒸せずに食べた。これはどういう風に考えたらいいのだろうか。たまたまかもしれないので、これからよく見ておく必要がある。


 それにしても、やはり施設での介護は画一的、というか統一的に管理しようという感じがして仕方がない。しかし、徹底されているわけではない。要は中途半端なのである。


 まず、すべての物に名前を書いて欲しいといわれる。これはどこの施設でもそうである。今回のショートステイの施設でもそうだ。帰ってきた荷物を見たら、トートバックに名前が書かれていた。今までこのトートバックでいろんな施設、デイサービスやショートステイに行ったが、こういうことはなかった。


 施設側にも言い分はあるだろう。名前を書いてもらわないと他の人の物と区別がつかなくなる、という。だが、施設側にも言い分があるように、こちらにも言い分はある。入所の際に渡した“連絡帳”に『名前の記入のない物の紛失については責任を負いかねる』とある。だからといって、トートバックにまで名前を勝手に書いても良いとはならない。さらに紛失されても良いから、名前を書かなかったのである。黒い手提げ袋も持っていったが、色が黒だったせいか名前は書かれていなかった。やるのならこの黒の手提げ袋にも名前が必要ははず。何だか中途半端な感じである。


 次に“連絡帳”である。この連絡帳には『19日転倒、20日市民病院受診』と書いてある。確か転倒したと施設側から電話があったのは22日である。このブログにも書いてある。今日もらった市民病院の領収書、CTの受診票、受付票ともに22日となっている。19日といえば、法事があって施設に迎えに行った日である。転倒したと聞かされたように思うのだが、ハッキリとは覚えていない。そうだとしても22日の電話は何だったんだろう。22日の連絡帳には何事もなかったように書かれている。どういうことなのだろうか。26日にも転倒したようだが、ショートステイ中の転倒は2回なんだろうか、3回なのか。いい加減な対応である。


  その連絡帳には血圧、体温、脈拍ともに入浴日に測定すると記載されているが、入浴日以外にも測定されている。1日だけではあるが、なぜ計測したのは不可解である。また、その日の様子も書くようになっているのだが、記入者が書かれていない日がある。この程度のことがなぜ徹底されないのか。


 19日に渡した契約書が施設の印鑑が押されて返されてきた。施設の印は角印で問題はないのだが、契約書の後ろの方は“重要事項説明書”となっており、正確には契約書ではないと考えられなくはないです。しかし、契約書と一体となった冊子である。その重要事項説明書を説明をした者の署名のところにシャチハタで印が押されていた。効力だとかに影響はないだろう。契約書部分ではない、だろう。重箱の隅を突くようなことなのかもしれないが、こういった文書には朱肉の印を押すべきではないだろうか。


 この施設はそんなに新しい施設ではなく、今回利用した特別養護老人ホームが2棟、老人保健施設、デイサービスなど手広くやっている。それでもこの程度である。

 最近、思うんですが・・・。


 このブログって誰が読んでるんでしょうか。カウンターを付けたいんですが、付け方も分からないので諦めています。別にメッセージやコメントが欲しい訳ではないんですが、誰も読んでないんだろうかと思います。まぁ、初めから日記というより記録として書いているので、構わないと言えば構わないんですが。(笑)

 このままの状態がいつまで続くのか・・・。


 今は老人保健施設の入所を待っている状態である。申し込んだのは3箇所。1箇所は面談も済んで順番待ちの状態。もう1箇所はこの金曜日に面談があって、その後審査会で順番待ちが決まる。もう1箇所はやり方が違うみたいで、順番が来たら面談をするようである。


 その順番が回ってくるまで、デイサービス・在宅とショートステイを繰り返しながら続く。順番が回ってきても入所期間は3ヶ月~6ヶ月。その後はまたデイサービス・在宅とショートステイを繰り返す生活をすることになる。その繰り返しがいつまで続くかである。


 自分の“楽”を選択するとすれば、親を特養に入所してもらえば済むことである。しかし、それでは“衰えるに任せる”ということである。老いていくこと、病気の進行に任せるということである。その選択にはやはり躊躇する。


 でも、この前のようにショートステイをしていても、電話が掛かってくる。ショートステイに行っていても何だか寝付けない。息を抜きたくても前もって計画を立てて、ショートステイの予約を入れていないと、それもできない。


 そういうことを何となく考えていると、最近は何もする気がしない。本も読む気がしない。気分が悪いときは食事も取るのが億劫になってくる。このままでは・・・と思っても、力だ沸いてこない。


 このまま、自分が何もなく年をとっていく不安。滅多にない飲み会や同窓会の誘いを断る日々。会話のない生活。最近は何か人と話をするのは親の介護関係・病院関係の人達だけの日々。いつまで続くんだろう、いったい。

 ショートステイしている特養から転倒したとの電話があった。


 取りあえずは、市民病院に行って検査をしてもらうように頼んで、電話を切った。何をしていて転倒したかは詳しくは聞かなかったが、おそらく自分一人で立ち上がろうとしての転倒だろう。


 いくら言っても、自分一人の時に立ち上がろうとする。言って聞かせても無理。いつも大したことがないから、あんまり重大に考えていないのだろう。こちらの考えと本人の気持ちにズレがある。このズレは埋まっては行かない。


 必ず見守りが必要だが、そのことを本人にわかってもらうにはどうしたらいいのだろうか。大事に至る前に・・・。

 昨日は父の十三回忌でした。


 10時30分にお坊さんが実家に来てお経を上げてもらうだけにしました。母親としては親戚を呼んでちゃんとした法要をしたかったらしいですが、そこまで準備する余裕がなかったのと、7回忌のときのことがあったので、簡単に終わらせてしまいました。


 9時半前に親をショートステイしている特養に迎えに行ってきて、お布施とかをいくらにするとかの打ち合わせをして、お坊さんがきました。お経を終えて帰られてから、またショートステイしている特養に送りに行ってきました。


 その後車で足を延ばして、去年入院していた病院に入院費等の精算と、生命保険とかの診断書と忘れ物(帽子)を取りに行ってきました。


 病院を出て、帰り道の国道にある区役所で印鑑証明をもらいに行ってきました。これは任意後見の追加の手続きに必要なので。実家に戻って公証人役場に行くつもりだったが、もっと追加するモノが出てきそうで後日にすることにした。


 そして、今日は一人で父のお墓にお参りしてきました。



 今日、来月からお世話になるケアマネージャーに介護保険の保険証を渡した。


 保険証にその事業署名を記入してもらうためである。それにしても風邪がすっきり治らない。だから自分の家に帰るのがノビノビになっている。帰るとまず掃除をしないとダメなんで、体調が戻らないことには帰らない方が良いとは思うが・・・。

 今日もゆっくりできなかった。


 まず医院に行って特定疾患の受給者証に医院の名前に記載するための医院の承諾書を取りに行ってきました。


 その後、駐禁の除外ステッカー取得の申請をにし警察に行ってきました。免許証・車検証・障害者手帳のコピーがいるそうなのだが、警察ではコピーしてくれず、近くのコンビニに行ってコピーをしてきた。申請用紙を記入して、一式を窓口で提出した。しかし、実家と自分の家が20km離れていれば、却下らしいのだが、直線距離で何キロかといわれても分かるわけがないが、車のメーターで10kmくらいなので、10kmということにした。


 次に財務事務所に行って自動車税の減免の手続きをしました。ここでも免許証と障害者手帳のコピーがいるんですが、ここではコピーは財務事務所でやってくれた。


 その財務事務所の上の階の保健福祉事務所に行って、医院からもらった承諾証と受給者証を出して、医院を追加してもらいました。


 次は市役所です。まず9月と10月の入院分の高額療養費の申請をしてきました。特定新患の方でいくらか返ってくるので、高額療養費としていくら返ってくるのかは分かりませんが、2月には振り込まれるとのこと。特定疾患よりは早いので有り難い。 


 次は隣の窓口で印鑑証明の申請。任意後見の追加に必要だからであるが、自分の分はいつ取れるのだろうか。行く時間を作らないとダメである。


 ゆっくりできるかと思っていたが・・・。


 とにかく風邪気味だったせいか、お昼過ぎまで布団の中でグズグズしていた。何とか起きあがって食事をしたけど、鼻水が止まらない。鼻声もまま電話を数カ所かけた。


 まず、公証人役場。夏に契約をした任意後見の契約に火災保険とか生命保険を追加できるかどうかの問い合わせをした。契約者が自分自身なら契約に入れなくても大丈夫かと思っていたが、 被保険者が親ならやはり委任状が必要らしい。いちいち委任状を親に書いてもらいのはほとんど困難な状態である。筆圧が緩いのでほとんど読めない字だからである。今からでも追加できるらしい。といっても料金はだいぶんかかるのだろうが・・・。


 次に、去年診断書を持っていった老人保健施設に電話である。1箇所はもう面談も終わっているので、残りの2箇所に電話をかけたが、1箇所は担当者が不在。もう1箇所はつながったが、キャンセル扱いになっていた。その施設が入院中の病院に電話をして「在宅で面倒を見る」との回答を得たらかだそうである。そんな話を病院をした覚えはないが、そういうことなので連絡をせず、キャンセル扱いにしたらしい。


 頭が痛い。人に聞いた話をそのまま信じて、その伝聞に基づいた処理をする。信じられない。なら、なぜこちらに確認をしなかったのかを聞いたが、明確な回答はなかった。去年のデイケアーの手配のときもそうである。ケアマネージャーは病院の意見を鵜呑みにしてデイをする施設に確認をしなかった。そのお陰で年末慌てたのである。


 どうして、当の本人に再確認の意味を込めて連絡を取らないんだろうか。1回の電話で済むことなのに、どうしてその労を惜しむのだろうか。社会人としての仕事をして欲しい。


 次に訪問看護についてどうなっているのか、医院に電話を入れた。あちらの話の内容は何だかケアマネージャーの話と少し違うようであるが、まず医師の往診について平日の夕方以降か日曜日しかダメで、もし対応できないのなら別の病院に頼むしかない旨を伝えて、いったん電話を切った。


 結局夕方に訪問してもらえることになった。24時間対応を看板にあげている医院であるから、これぐらいはという考えもある。平時の往診は平日の午後だけだそうで、夜間とか日曜日は緊急時のみを対応らしい。本来なら例外的対応に感謝をしなければいけないんだろうけど、どうもそういう気にならない。医療機関や介護施設のいい加減な対応を見ていると、それぐらいは当然という気になってしまう。傲慢なんだろうか。