先日、鑪ら場で行われた「自縛ポエトリー/ういと安心して愛せる場所を作る」に行って来ました。池上さんなどの御協力のもと、シングルスでの朗読BARにて撮影された動画を持っていざ名古屋へ。メッセンジャーとしてシングルスの風を運んできました。ういちゃん、色々とお世話になりました。・・・安らかにお休みください。

 

 

 

拝啓 うい 様

 

私が君と初めて出会ったのは、2016年東京の浅草アサヒアートスクエアで行われたポエトリースラムジャパン決勝大会。名古屋大会を優勝してきた君は、一見すると、ごくごく普通の女の子。これが後に認識を覆される。会場の大きさや関係者の多ささから極度に緊張する私に、笑顔で話しかけてくれた君。お菓子をくれたけど、お返しを持ってなかったのは痛恨のミスです。大勢の観客の前で君の持つパッションをぶつける朗読に正直たじろぎました。少し小便ちびりそうになった。ちなみに若い頃から血尿まじりなんだよ。

 

私が下ネタ全開の朗読を終えたあと、君が呟いたのが聞こえてきた。「最低・・。」その後ゲストのゴメスさんのパフォーマンスにスタンディングで喜びを爆発させたよね。当然と言えば当然だがリアクションの差は歴然だったね。

 

2度目に会ったのは大阪のcommon bar singles 。その日、朗読バーにやってきた君は、実に楽しそうに振る舞っていた。即興詩のお題を求められ私は「デルタ地帯」と答えた。対する君は想像を超えるパフォーマンスを披露し、ほろ酔いのオヤジたちを蹴散らした。生々しい言葉で、性に対して弱者である女性と愚かな男を描いた即興詩。後半「デルタ地帯とかなんだってバカにして」と一喝されちゃった。あのときは、ういちゃん、ごめんなさい。でも教科書に出てくる言葉なんだけどさ・・・。

 

でも君も即興のお題を出したの覚えていますか?関西を代表する正統派女性即興詩人のリクエストに対して君は「犬」と答えました。ノスタルジックで清らかな即興詩を聴き終えたあと、続けて手を上げてリクエストしたよね?「猫」って・・・。正直あれはどうかと思ったよ・・・。

 

3度目に会ったのは2017年のPSJの名古屋大会。主催だった君はアイドルのような出で立ちで実に堂々と振る舞っていた。光り輝く君を私は眩しそうに見つめていた記憶がある。1回戦負けしたあとに目が合ったら投げキッスしてくれて、照れ笑い。「デルタ地帯の馬鹿オヤジ」 から少しは好感度が上がったのか、負けた私に対してのねぎらいだったのか。今となってはどちらかわからないが、みんなに優しいのが正解なんだろう。私は人見知りするタイプなのですが、ういちゃんとは不思議と安心して話すことができました。

 

4回目に会ったのもPSJ名古屋大会。さらに成長を遂げていた君に会えて目を細めるジジイの私。またも一回戦負けでしたが、名古屋は刺激と人情味が押し寄せる街。そして、ここタタラバに来たら今でも君に会えそうな気がするよ。

 

ういちゃんとは短い時間しか共有していない。年も20歳以上違う。朗読のスタイルも違う。私は君の一部分しか見ていないので、何も分ってないかもしれない。キミが過ごしたであろう灰色の日々。抱えていた苦しみはどれほどだったのか。実際に会った時、私はキミの良いところや元気なところしか目に入らない。濃密な空間で触れ合ったキミは、私にとって間違いなく同志であり、尊敬できる人間であり、心優しいキュートな女性でした。もっと一緒に悲しんだり、苦労したり、笑い合いたかった。最低と言われても君をもっと笑わせたいと思った。

 

君は多くの方から愛されていたと思うよ。みんな心の整理がつかず、とにかく此処に来たのではないのかな。なにか出来ることはないのか。みんなが君のことを気にかけているから悲しみを胸に集まっていると思うよ。そしてレモンさんをはじめ貴女の周りの大切な仲間たちは、君のことを思い今日この場を設けてくれたんだから感謝しなくちゃね。素晴らしい仲間を持つということは誇れることだと思います。

 

君がもし生きていたらこの先、さらに色々な人と出会い多くのことを学んで行ったことだろう。色々なものを吸収して樹木の枝のように人間性を広げていっただろう。私もこれからもときどき振り返って、君がくれた思い出を確かめていきます。ういちゃん、ありがとう。では、またね。              

                                                                    泥酔侍

 

 

 

Margo Guryan (マーゴ・ガーヤン)は、米国のソフト・ロック系シンガーソングライター。1968年リリースの唯一アルバム「Take  a  Picture」からの1曲です。彼女は幼少のころからピアノを習い、ボストン音楽大学を卒業後、ジャズの音楽学校へ進学したぐらいのバリバリの実力派。ジャケットも素晴らしく雨の日に聴くと、雨音もロマンティックな音色に感じられますね。梅雨に入ったこの季節にピッタリの名盤です。

 

名前からして甘ったるいマーゴのとろけるような歌声は、私を骨抜きにしてしまうほどの破壊力。もう何度も昇天してしまい、それでもまた聴いてしまいます。もう、参りました。どうにでもして!

 

 

 

 

 

もう1曲続けてセルジュ・ゲンスブール作詞・作曲、セルジュとブリジット・バルドーとのデュエット曲です。「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」は訳ありの曲のため、196年に録音されて1986年リリース。1967年にセルジュと不倫関係にあった女優ブリジット・バルドーのデュエットが最初の録音でしたが、リリースを中止。喘ぎ声が生々しすぎてバルドーの旦那ギュンター・ザックスが激怒することを恐れたのが理由だそう。その後、同じ曲をセルジュと次の恋人ジェーン・バーキンが1969年に先にリリース。魔王セルジュの恋愛相関図がちりばめられた名曲となっています。

バルドーの歌というよりは、もはやプレイと表現される喘ぎ声が驚異。家族団欒時に、この曲がかかると凍りつくこと必至ですので注意が必要ですね。原田龍二も逃げ出すであろう魔王セルジュの 助平野郎っぷり。これだけ堂々としているとモラルを超越したマカ王でしょうか。良く分からいですが、とにかく凄いです。

 

 

 

 

 

フランスの俳優・作曲家・作詞家・歌手のSerge Gainsbourg (セルジュ・ゲインズブール)と女優・歌手であるCharlotte Gainsbourg(シャルロット・ゲインズブール)親娘によるデュエット曲。1984年アルバム『ラブ・オン・ザ・ビート』に収録。当時13歳だったシャルロットと禁断の近親相姦を連想させる歌詞で問題となった曲です。

 

まだ成熟していない少女。シャルロットの消え入るような危うい声で精一杯に歌う姿。まるで魔王に生贄として捧げられた天使のようで、胸を締め付けられるようです。一刻も早くセルジュのオヤジをぶん殴らないと気が済まないと思う方は大勢いらっしゃることでしょう。

 

酒豪の友人がシャルロットの大ファンでした。彼は自転車にもシャルロットと名付けていましたね。深い芸術性と一瞬にしか出せない美しさ理解していた友人。ただのロリコンと片づけられないものを秘めています。どんな気分で自転車に乗っていたのでしょう。そんな彼も転勤するそうですね。風邪が治ったら飲みに誘おうと思っています。シャルロットに乾杯。

 

 

 

 

GWも残りあと僅かですね。皆さんはどうお過ごしですか?私は10連休だったので、もう心も体も社会復帰が無理な状態です。今日は子供の日ということで子供の曲、All the Children Sing(子供たちの歌 )です。トッド・ラングレンが1978年にリリースした8作目のアルバム「Hermit of Mink Hollow(ミンク・ホロウの世捨て人)」からの1曲。

 

トッド自身による録音&MIXのせいか音の曇りっぷりが目立ちますが、そこがまた良い味出してます。きらびやかなシンセが底抜けに明るいポップチューン。親しみ易さと普遍的な美しさを兼ね備えた名曲です。

 

さて子供といえば昔、ハワイのホテルでエレベーターに乗ったら、人形のように可愛い男の子が入っていました。彼はハニカンダような笑顔でエレベーターから駆け足で出て行きました。愛らしい子供だなと思っていたら、20階から1階まですべての階のボタンが押されていたのです。あの時は、シバき倒したろうかと思いました・・・。