借家住まいの「客」である自分。そこに隣家から遊びにくる猫もまた「客」である。主人公夫婦は猫をまるで自分の子供のように可愛がり、また自分たちも大家さんから我が子のように信頼され仲良くしてもらう。だが、それは「客」という一時的な関係でしかない。その付かず離れづの距離感が生みだす心地よさが、なすすべもなく「切なさ/刹那さ」へと裏返しになっていく。
僕の実家もいつも猫を飼っていた。母は動物が好きで犬も猫もよく拾ってきた。いつも犬は僕の姿をみると尻尾を振って吠え立て、いつも猫は塀の上からじっと僕を見ていた。母はよく「猫は家につく、犬は人につく」と言っていた。犬を置いて引っ越したら、飼い主を探して引越し先までやってきた犬の話と、猫を連れて引っ越していくと猫は元の家に勝手に帰っていくという話を何度も聞かされた。
でも、猫は「家」ではなく「土地」についているのだろうと思う。不変である「土地」と消えていく「屋敷」。何十年も生きる「人間」から見れば、「猫」の生涯もまた刹那的だ。うつろいゆくものは、なぜこんなにもいとおしいのか。




