もしかしたら彼は私のことを・・・
そんな期待をしている女の子
たくさんいることを私は知っている
彼にとって特別な女の子なんて存在しない
勘違いだということを私は知っている
そう 私がその勘違いした最初の女の子
小さい頃からずっと彼を見てきた
『恋かも?』と思ったのは いつの頃だろうか
この先も 私は きっと言わないだろう
「好き」
これ以上 離れることも
これ以上 近づくことも
望めない
もしかしたら彼は私のことを・・・
そんな期待をしている女の子
たくさんいることを私は知っている
彼にとって特別な女の子なんて存在しない
勘違いだということを私は知っている
そう 私がその勘違いした最初の女の子
小さい頃からずっと彼を見てきた
『恋かも?』と思ったのは いつの頃だろうか
この先も 私は きっと言わないだろう
「好き」
これ以上 離れることも
これ以上 近づくことも
望めない
ここは遥の夢の国の入り口だった。
あの店の扉がこの現実の世界と夢の国と境界だった。
遥は四年ほど前に遠い国へ逝ってしまった。
十七歳という若さで逝ってしまった。
最後の瞬間まで生きていたいと願いながら・・。
彼女は、悦子の一番下の妹。
三人姉妹の一番上が悦子、二番目が智子、そして遥。
遥はなぜか麻衣に心を許していた。
麻衣も遥が妹のように可愛いかった。
悦子は二人の姉としてずっと過ごしてきた。
喧嘩をして仲直りをして・・そんなことの繰り返し。
お互いが成長した時、身に染みて思う、姉妹って良いものだな~と。
麻衣には兄がいた。
幼い頃は一緒に遊んだりもしたが、大きくなると一定の距離があった。
男と女の兄妹なんてどこもこんなモノだろう。
女同士だったらきっと何かが違っていたといつも思っていた。
そのせいかどうかはわからないけれど、遥のことが可愛くてしかたがなかった。
二人が初めて出会ったのは、麻衣十八歳、遥十一歳の時だった。
バイトで家庭教師を始めた。
その時の最初の生徒、それが遥。
そして悦子と話すうちに同じが大学に通っていることがわかって、そこから悦子との付き合いが始まった。
遥が二人を結びつけた。
幼い頃から遥は身体が弱かった。
激しい運動をすることも止められていた。
麻衣がこの家に来ることになった理由も、学校に行かれないときに家で勉強ができるようにということだった。
身体の調子が良くなって学校に通えるようになっても遥の強い希望で麻衣は家庭教師を続けた。
遥は頭が良くて、麻衣が敢て教えなければならないことなど無かった。
遥の両親は麻衣に遥の相談相手になってやって欲しいと頼んだ。
学校も行ったり休んだりで、友達との付き合い方を迷っている様子もあった。
相談相手だなんて、そんな大変なこと出来ないと一度は断った。
だけど、遥の友人としてこれまで通り付き合っていくことを決めた。
遥は心の中にあることをすべて素直に話した。
この次生まれてくるときは丈夫な身体が欲しいとか、怖い夢の話、学校の好きな男の子のこと。
彼と普通の付き合いができるとしたら、こんなデートがしたいとか・・。
現実の世界と夢の世界との間を自由に行き来していた。
麻衣はそんな話を黙って聞いていた。
そんなある日、遥は麻衣にこんなことを言った。
「私は多分、そう長くは生きられないと思っている。
両親は何も言わないけど、自分の身体だからわかるんだ。
だけど、私が知っていることは黙っていて。
きっと悲しむから・・。
麻衣さん、私のこと忘れないでね。
遥って子がいたことを覚えていて。」
「忘れないよ。
そんなこと心配しなくて大丈夫。」
「ありがとう。
でも、私が私に対して生きていたという証が欲しい。
何かを残しておきたい。
何がいいかな?
一緒に考えて。」
十六歳の女の子がこんなことを考えている。
それだけで目の奥がジーンと熱くなる。
泣くのを我慢した。
それは遥のため、そして自分のために。
ありきたりの言葉をかけることも涙を流すことも躊躇われた。
今の彼女の心の中は誰にも知ることができない、そう思ったから。
「考えてみるよ。」
そういって小さく笑った。
「麻衣さん、最近、尚さんとは?」
「そうね、相変わらずってところかな。
この前は喧嘩して一人で夜の高速を走ったよ。
海が見える所まで行って朝までずっと海を見てた。
そこに素敵なお店があったの。
朝早くてまだ開店してなかったけどこの次はしてる時間に行ってみようと思ってるんだ。
帰ってみると待ちくたびれて眠ってる彼の姿があった。
悪かったって素直に思ったりなんかして・・。
喧嘩なんて犬も食わないってホントだよね。」
こんな意味のない話にも遥は熱心に耳を傾けた。
そして、思った。
彼女は私に自分を重ねている・・と。
だから、あの夜の暗闇も波の音も、あの店もきっと見えていたのだと。
ボクはキミのことが好きだったけど
その気持ちは心のずっと奥に隠した
このまま静かに その時を待つのだだと
全てを知った時 決めたんだ
最初に言ったよね
そう長くは一緒に居られないって・・
誰かを好きになる気持ちも
一緒に手を繋いで街を歩くことも
クリスマスツリーの飾りつけをすることも
大好きな誰かと楽しく過ごす時間・・・
トキメキ そんな感情を持つことも
全部捨てたボクなんだ
キミの真っすぐボクを見つめる瞳
抱きしめたいと素直に思った
キミの心に傷を残すことになってしまったね
ゴメン
いつの日か その悲しみを
優しく包み込む喜びに出会えることを
願っている
朝目覚めると 隣に眠っているはずのあなたがいない
そうよ いるはずない
もう二度と会えないところに逝ってしまったのだから
余りに私があなたを求めたから・・
一緒に夜を過ごした気がしただけ
幻だったのね
余りに私があなたを求めたから・・
一人で夜の海にやって来て 大声で泣いてみる
誰の目にも留まらず
泣き声は波の音が消してくれる
あなたの名前を呼んでみる
こんなことを何度繰り返しても
抱きしめてくれる温かいあなたの腕はもう・・・
どれだけ強く願っても
どれだけ深く願っても
届かない 思い・・・
幻でもいい 会いたい
麻衣がこの車と付き合うようになったのは兄の海外勤務が決まってからだ。
まだ買ったばかりのこの車を手放すことを考えていた兄に言った。
「大切に乗るから、私に乗らせてくれないかな。」
自分には高価すぎることは十分わかっていた。
価格も性能も・・。
兄が給料をこの車を買うためにこつこつと貯めていたことも知っていた。
休みの度に洗車してワックスをかけているところを何度も部屋の窓から見ていた。
出発を一か月後に控えたある日、兄が車のシートに座って独り言を言っていた。
「これからも一緒に走れると思ったのに本当に残念だ。
オマエと走ることは俺の長い間の夢だったんだ。
このガレージで眠り続けている姿を想像するとやっぱり胸が痛むんだ。
だからと言って空っぽのガレージを思い浮かべるのも寂しいよ。」
兄はまるで恋人か友人にでも話しかけているように見えた。
よく隣に乗せてもらってドライブした。
その時も『こいつ』そう車のことを呼んでいたっけ・・。
麻衣もいつの間にか兄が車に対して持っていた感情と似た思いを持つようになっていた。
だからこの車と別れたくないと思ったのだ。
よほど遠くへ行く時以外は車で移動した。
尚以外の誰かをこの車に乗せたのは章吾が初めてだった。
やがて海が見えてきた。
眩しく輝いている水面を横目で見ながらしばらく潮の香りを楽しみながら走った。
章吾は黙って海を見ていた。
麻衣は店の前に車を止めた。
「着いたよ。」
「・・・・。」
海辺に建てられた城のような店。
どこかしら外国の風景画にありそうだ。
『Primrose』という店に足を踏み入れた瞬間、章吾は不思議な世界にやってきたような気がした。
時計の位置や壁に掛けられた絵画、耳に心地よく響く音色、この雰囲気をなぜか懐かしく感じていた。
一度も来たことがないのに・・。
遠い記憶を紐解くように心のカギを開けた。
「章吾君、どうかしたの?」
麻衣は声をかけたけど、彼の意識がここに無いことを感じた。
「マスター久しぶりです。
お元気でしたか?」
「この通り元気ですよ。
麻衣さんこそ、大丈夫ですか?
彼は?」
(あなたがここに誰かと一緒に来たことは一度も無いのに・・。)
そう言いたそうな感じが伝わってくる。
この場所は誰にも内緒の場所。
尚も知らない場所。
「マスター、しばらく彼をそっとしておいてあげて。
私は少し歩いてくるから。」
「わかりました。
ごゆっくり・・。」
冷たい紅茶を飲んで麻衣は砂浜へと向かった。