隼人のところに行こうとしていたまでは覚えていたが、その後のことを何も覚えていない。


目が覚めたのは次の日の朝、志保のベッドの上だった。


そこには隼人がいた。


沙耶は夢でも見ているのかと思っていた。


そこに志保が朝食を持って入って来た。


「俺、帰るから。」


「うん。」


この場面に合う言葉がでてこなかった。


「おはよう。


沙耶、大丈夫なの??」


「私、どうしてここにいるの?」


「馨さんと夏木君が昨夜連れてきてくれたんだよ。


貧血みたいよ。


疲れてるの?


そんな時は遠慮しないで言ってよね。」


「ゴメン、心配かけちゃったね。


もう大丈夫だから。」


「こんなこと、よくあるの?」


「そんなことないよ。


いろいろあったからね、向こうでも・・。


あれ、馨は??」


「明け方までここにいたけど、会場行かなきゃって少し前に帰ったよ。


すごく心配してた。


夏木君だって眠らずに沙耶に付いててくれて、いいとこあるじゃん。」


そうだ、あの時、隼人の姿を見つけてそこへ行こうとして・・。


「ねえ、せっかくだから検査しようよ。」


「大丈夫だって。


ほら、もう起きられるんだから。」


「朝ごはん持ってきたから食べて。


沙耶、夏木君と何かあったの?」


「別に・・。」


「あの二人、馨さんと夏木君、一晩中一緒だったのに一言も口きかないんだよ。


なんだかすごく変な感じだったな。」


「馨は、私が隼人をずっと思ってきたことを知ってるんだ。


隼人は、馨と私が付き合ってると思ってる。


ずっと隼人を思ってきたことを知られたくなくて黙ってるんだ。


嫌な女でしょ。」


「これ、夏木君から昨夜、預かった。


沙耶が目を覚ますまでここにいられないかも知れないって。」


中にはマンションのカギと地図が入っていた。


「沙耶、どういうこと?


何やってるの??」


志保は少し感情的になって言った。


「残りの時間、隼人の近くにいたいと思ったの。


好きになってもらおうとか考えたわけじゃないよ。


嫌なところを見たら嫌いになれるかもしれない。


何かが始まるかもしれないなんて思ってないし期待もしていない。」


「沙耶、どうして今ごろになって・・。


他にいくらだって男はいるのに、どうしてアイツなの?」


志保の言っていることは正しい。


沙耶にだってそれくらいのことはわかっている。


「ゴメン、隼人を卒業しない限り私は前に進めないの。


それに、私が今までこんなムチャクチャなことしたことあった?


なかったでしょ。


一度くらいいいかな・・って。


人にバカなことだと思われても、私自身が振り返ってつまらないことをしたと思ったとしても、一度くらいいいじゃない、そう思ったから。


だから、行くよ。」


「わかったよ。


でも、何かあったら必ず私のところに来て。」


「志保・・、ありがとう。」


志保に自分の気持ちが伝わったかどうか自信は無かった。


でも、笑って送り出してくれた。


それだけで十分だった。


結婚式は始まった。


私たちはどうしてこんな風に人の大イベントを自分のことのように喜べるのだろう。


ドレスを着たあずさはとてもキレイで可愛くてキラキラと眩しかった。


志保も大役のスピーチを終えホッとした顔をしていた。


新郎の涙には少し引いたけど・・。


そしてやっぱり私たちの着物姿は華やかだった。


二次会は仲の良かった友人たちも大勢集まって賑やかに和気あいあいと時間は流れた。


隼人は多分来ないだろうと沙耶は思っていた。


ここに来ないことが彼の答えなら、完璧に振られたことになる。


今度こそ大丈夫だよね、諦められるよね、沙耶は自分にそう言った。


なぜだろう、人はやり残したこと、したくてもできなかったことをいつまでも引きずってしまう。


例えば、あの時、心を打ち明けていれば、今は一緒にいられたかもしれない・・なんて。


結果をはっきり出すことが怖くて逃げたくせに、最悪の場面を想像しない。


思いが届き楽しい毎日を過ごしている自分を想像する。


今、沙耶は隼人の答えを持ったいた。


NoならNoでいい、そう思っていた。


もう帰ろうと決めて一歩を踏み出した時・・。


「何やってるんだ?


こんな時間に早く帰って寝ろ。」


馨の声だった。


「志保ちゃんのところに泊まってるんだろ?


送ってやるよ。」


『志保ちゃん』だなんておかしかった。


二十五にもなってるのに、馨の頭の中では十五のままなのだ。


馨の顔を見てなぜか急に哀しくなってきた。


「ねえ、どうして私たちは兄妹なんだろうね。」


「ホントだよな。


オマエみたいに泣き虫でわがままな女と付き合っていける男なんてこの世界にいるのかな。


俺はそれを考えると不安でたまらない。


・・ウソだよ。


そんな顔するな。


誰もいなかったとしても俺がいるから心配すんな。


そんなバカなこと言ってないで帰るぞ。」


「うん。」


沙耶はとても不安そうな目で馨を見た。


『私もそう思ってるの』とでも言っているような。


真顔になって『俺が傍にいてやる。守ってやるから。』そう言いそうになるのをグッと堪えた。


『大丈夫だ。』そう言って抱きしめたやりたい心を押さえて沙耶の肩に手をかけた。


馨と兄妹でなければ出会ってなかっただろうか。


それとも遠く離れて生まれ育っていても出会っていただろうか。


そんな意味もないことを考えている時、通りの向こう側を走っている隼人を見つけた。


もしかして・・、迎えに来てくれたのだろうか、そう思うと声をかけずにはいられなかった。


「隼人・・。」





隼人にあんなことを言った自分に沙耶は驚いている。


胸につかえていたモノは吐き出した。


「お帰り。」


志保が言う。


「ただいま。


隼人に会ってきた。」


「うん。」


「そう。」


「どうだったか聞かないの?」


「落ち着いてからでいいよ。


明日はあずさの結婚式だよ。


準備しなきゃ。」


「志保は何を着て行くの?」


「私は着物、二次会は洋服にする。


沙耶も着物でしょ?」


「???」


「長い付き合いしてるのよ、私たち。


あの大きな荷物を見たらわかるわよ。


美容院、二人分予約しておいて正解ね。」


「志保、ありがとう。」


あの頃から気の利く女の子だった。


「どういたしまして・・。


なんか思い出すよね。


中学の頃、盆踊りと言えば浴衣を着て、お正月、初詣に行くと言って着物着て・・また二人で歩けるんだね。


成人式は別々だったから久しぶりだね。」


「最近の中学生や高校生は、私たちの頃とは違うんだろうね。


外見だって大人っぽいし。


恋だって、私みたいな、あんな恋はしてないんだろうね。


好きだと言えずに見てるだけの恋。


あれはあれで、あの頃の私には精一杯だった。」


沙耶はずっと昔を懐かしむように、言った。


沙耶はいつも思っていた。


自分はあの頃から抜け出せずにいるのではないか・・と。


でも、ずっと言えなかったことが言えたから、きっと歩き出せる。


だけど、隼人を巻き込むことになってしまう、とも思った。


今ここで考えても仕方ない。


明日になれば答えが出る。


「志保、私隼人にずっと好きだったって言っちゃった。


驚いていたよ。


気付かないなんて、ホントに鈍いヤツだよね。」


沙耶の話に身が入らないような志保。


「あのね、お祝いのスピーチ頼まれてるんだけど、まだ考えてないんだ。


一緒に考えてよ。」


「頼まれてる?


まだ考えてない?


明日だよ。


ホントに呑気なんだから。


今からじゃ、覚えられないよね。


手紙を書いて読むってのはどう??」


「いいよ。


どんな風に??」


志保はもう考えるつもりは無いようだ。


「ありがとう。


これでゆっくり眠れるわ。


沙耶、昔からこういうの上手かったもんね。」

口数の少ない彼


話すのはいつも私で 黙ってそれを聞いている


一人のようなものだわ・・


よくそう言って彼を責めた


でも・・


一人になって気がついた


『一人のようなモノ』と『一人』は違うこと


全然違うってこと


こんなに寂しくて・・


こんなに不安で・・


なぜ言えなかったんだろう・・


行かないっで・・ってたった一言でよかったのに

おはようございます。


今朝もパソコンのご機嫌あまりよくないような・・、嫌な感じです。


そんなに古いわけではないのですが・・。


細目に保存しながら書きましょ。



「そんなことないよ。


私、本当は隼人に会いに来たんだから。


でなきゃ、ここまで来たりしないよ。


隼人、私のことどう思ってる?


あの頃、どう思ってた??


嫌いでなかったら、付き合ってくれないかな。


ドイツに帰るまでの間。」


「沙耶、オマエ、自分の言ってることの意味わかってんのか?


メチャクチャだ、そんなの。


どうして今更、俺のこと構う?


サッカー失くした俺に同情か?


さっきのヤツはどうする、何て言う?


せっかくだが、昔の知り合いに慰めてもらわなきゃならないほど落ち込んでもないし、女に不自由してるわけでもない。」


不機嫌そうに隼人は言った。


「隼人のためじゃなくて、私のため。


私はずっと隼人のことが好きだった。


だけど、ずっと言えなかった。


ドイツに行けば忘れられると思った。


・・でも、ダメだった。


隼人に気持ちが残ってるから、他の人を好きになれない。


だから隼人を嫌いになりに来た。


嫌いになれば終われると思ったの。


だから優しくしてくれなくていい。


たくさんいる隼人の周りの女の子のうちの一人に加えてくれればいい。


でも一つだけ、隼人のところに置いて欲しい。


ドイツに戻る日まで。


私には時間が無いから。


私のこと嫌いでなかったら、お願い。


明日、あずさの結婚式が終わって、その後、二次会が『Cherry』であるの。


もし私のわがまま聞いてくれるなら迎えに来て。」


沙耶は自分の気持ちを一気に吐き出した。


あの頃ずっと言えずに抱えていた心と今の素直な想いを・・。


隼人に今すぐここで断られるのが怖くて、急いでその場を去った。




隼人は一人、その場に残された。


沙耶の考えていることが理解できない。


どうして今になってそんなこと。


俺は昔の俺じゃない。


沙耶が好きになってくれた『夏木隼人』はもういないのに。


沙耶の告白は隼人を驚かすのに十分だった。


俺のことが好きだった??


あの頃、そんな感じはしなかった。


でも、練習の帰りとかよく一緒になった・・あれって俺のこと、待ってたのか?


そんな風に考え始めると思い当たることが幾つもある。


隼人の中で高校生だった頃の記憶が甦る。


沙耶は決して自分に対して積極的なタイプでは無かった。


いつも一定の距離があった。


嫌われていると思ったことは無かったが、逆に好かれていると思ったことも一度もなかった。


隼人自身、沙耶に対して特別な感情は持っていなかった。


目立つ存在ではなかったし・・あのあずさと仲が良かったのも以外だった。


だけど、沙耶はそういうヤツだったのかもしれない。


自分から人の輪に飛び込むことはしないけれど、沙耶の周りには人が集まって来る。


上級生の受けも良くて、下級生の信頼も厚い。


でも、誰かに付き合ってくれと言われても頑なに首を横に振っていた。


でもそれは例の彼氏がいるからだと思っていた。


そんな沙耶に今さら好きだったと言われたところでどうにもならない。


(俺ってこんなに真面目に考えるタイプじゃないよな。)


沙耶の言葉を思い出すと、今の自分が壊れてしまいそうで怖くなる。


サッカーを辞めてから、物事を深く考えず軽く、生きてるだけで丸儲け、そう思うようにして生きてきたのだ。