「本当ですか?


嬉しいです。


渡したいモノがあります。


私が作ったチョーカーなんですけど、良かったら使って下さい。」


「サンキュー、大事にするよ。」


「なつみ、上手いじゃん、こんな特技もあったんだな。」


「どう?俺に似合ってる??」


翔平は何も言えなかった。


何か言おうとすればするほど、わざとらしい気がして言葉が見つからない。


剛のように思ったままを口にすることも出来ず、隆のように気の利いたことも言えない。


そんな時、春樹が言った。


「あれっ?


なつみ、この絵は?」


「ステキでしょ~。


隣りに住んでいる人に貰ったんです。」


「なんだか俺、懐かしい感じがするんだ。


この絵によく似た絵を持ってるんだ。


描いた人の気持ちが伝わってくる絵だよな。」


なつみはにっこり笑った。


自分のことを褒められている気がしてとても嬉しかったのだ。


「一目見て好きになりました。」


「ああ、こんな所に住んでるんだな。」


「その人、日本人なんですよ。


とってもイイ人。


とってもステキナ人。


私が欲しいと言ったら、描きあがったばかりのこの絵を譲ってくれました。」


「あっ、その人、なつみのことが好きなんだよ、きっと。」


隆がまずいことを言うな、という目で剛を見た。


「その人、子どもがいるんですよ。」


「えっ?


まさか、なつみ・・、不倫?」


「も~何てこと言うんですか、剛さんたっらメチャクチャです。


女の人です。」


なつみが笑いながらそう言った。


「あ~、女の人・・。」


安心したように剛は言った。


「すごく素敵な人なんですよ。


その人が描いている姿をを見ていると、生きるってこういうことなのかな~って思いました。


これほど輝ける人ってそうはいないと思います。


初めて、あのライブハウスでみなさんの音楽を聞いた時の印象によく似ています。


あの時よりも、もっと素直な自分になれる。


上手く説明できなくてごめんなさい。


誰かのように生きたいなんて、それは自分らしく生きることにはならないのかもしれません。


彼女の生き方は真っすぐで正直で、だからと言って決してわがままじゃない。


私が沢田大造の娘だと知ってても、


『私たちが付き合っていく上で何の関係もないことだから、改めて聞くことはしなかった。』 そう言う。


こんな人に今まで出会ったことがありませんでした。


そして気が付きました。


父の娘を意識していたのはこの私だったってこと。


私が自分を持たずにいたから、ホントウに大切なモノに気が付かないで、どうでもイイことに振り回されていた。


自分を好きになることが出来そうな気がしました。


あの人のように生きてみたいです。」


「なつみ、大人になったな。


あの頃、俺たちのところに逃げて来てるって感じがしてたんだ。


それでイイと思っていたよ。


今のなつみを見てて思うんだ、フランスに行くことを賛成して良かったって。


だけど、いつも思っていた・・会いたいって。


だから、こうして今一緒にいることがとても嬉しいよ。」


翔平の暖かい言葉が心に浸みた。


「私も、ずっと会いたかったです。


これでまたフランスで頑張ることができそうです。


元気をたくさんありがとうございます。」


「俺たちそろそろ帰らないと・・。


これ、俺たちのアルバムなんだ。


聴いてみて。」


そう言って春樹はCDとライブのチケットを手渡した。


大造の黒い車が玄関で待っていた。


「帰りは私の車で・・。」


そう言って出かけたのだそうだ。


「じゃあな。」


「また。」


四人を乗せた車は走り出した。

ボクの心は変わらないから・・


あなたはそう言った


私の心も変わらない


そう言葉にできなくて 黙ったまま あなたを見つめる


気持ちだけで その広い胸に飛び込むことが出来たら・・


でも それはできない


あなたの見えないところに 行きます


そこで 生きてみようと思います


心が変わらないことは  誰より私がわかっている


あなたを想いながら 生きてみようと思います


この想いをずっと抱きしめて生きること・・


それを望んでいる


あなたのことを想いながら あなたの心を想う


ずっと覚えていてくれなくていい


想いを大事に抱きしめて生きてくれなくていい


毎日を楽しく 笑って暮らしててくれたら その方が私は嬉しい


もう忘れてくれていいから・・



「渡したいモノがあるので私に部屋にどうぞ。」


そう言って広い屋敷の階段を上がるなつみの後を付いて歩く。


扉を開けると別の世界に連れてこられたような錯覚を起こす。


フローリングの部屋の中央にグランドピアノが置いてある。


「俺の部屋が犬小屋に思える。」


剛の言葉にうなずく。


なつみの部屋入るのは初めてだった。


家に来たのもこの日が初めてなのだから・・。


「なつみ、今日も何か聴かせてくれよ。」


翔平はそう言った。


「何にしようかな~?」


そしてリストの『ラ・カンパネラ』を選んだ。


聞き覚えのあるこの曲・・でも名前がスッとは出てこない。


音楽の授業で遠い昔聞いたことがるような・・テレビCMで聞いたような・・そんな曖昧な感じだった。


でも、なつみがフランスに行く前よりも良い弾き手になっていることはわかった。


向こうでなつみのピアノを変えるような何かあったのだろうか。


それは一体何なんだろう?


なつみのことは大体わかっているつもりだった。


他の誰よりも・・。


でもそれは一年も前のことで、フランスにいるなつみと話したことは一度もないのだ。


翔平となつみ。


二人共通の時計は止まっている。


別々の場所でそれぞれに時を刻んだ。


好きだと言えなかったあの日。


翔平は生まれて初めて味わう感情。


なつみの向こう側にいる誰ともわからない誰かに嫉妬している。


ピアノの音で感じる、なつみが一人で歩き始めたこと。


時間の流れの中でピアノを弾いているのではなく、聴いてくれる、聴かせたい誰かのために弾いているということを。


その時、剛が言った。


「なつみ、ピアノ上手くなったな。


向こうで生活しているなつみの姿が頭の中に浮かんでくるよ。


学校行って友達と話しているところや、買い物を楽しんでいたり部屋の窓から外を見ている姿とか・・。


四人との別れと引き換えになつみが手にしたモノは、普通の生活だった。


けれど、それがずっと欲しかったのだ。


剛にそれが見えたとしたら、なつみは見つけたのだろう、自分の居場所を・・。



「なつみ、元気だったか??


ひさしぶりだな。


マジ、でかいな~この家。」


剛は子供のような笑顔を見せた。


「そうですか?


どうぞ、中に。


食事の用意も出来てますから。」


そう言った。


たった一年会ってないだけなのに四人が今までよりずっとステキに見えた。


「すごい昼飯!!」


「いただきます。」


揃って手を合わせた。


「俺ら、最近テレビ局やコンビニの弁当ばっかだよな。」


「・・・。」


なつみは笑っている。


「そう言えば、前になつみが弁当作って持ってきてくれたことあったよな。」


「そうそう、あの時もビックリだったもんな。


俺ら、アッと言う間に全部食っちゃって。」


「なつみ、フランスの話し聞かせてくれよ。」


「毎日、楽しく暮らしてました。


学校は正直少し大変だった。


クラスメイトはピアニスト志望の人多くて。


でも、友人もたくさん出来ました。


コンサートに行ったり、買い物をしたり、食事をしたり。


あんな遠くまで行かなきゃ出来ないなんて・・。」


「良かったな、なつみ。」


「ありがとうございます。


もうしばらく残ろうと思っています。


何かを見つけられそうな気がするので。」


「ここでだって見つけられるよ。」


春樹がそう言った。


「きっとそうなんでしょうね。


大事なのは私の気持ち。


フランスに居る私と、ここに居る私が、同じ私で居られると自信が持てるまで、向こうで暮らしたいと思います。」


「なつみ、しっかり歩いてる感じがするよ。」


隆がそう言った。


「俺も行きたいな~フランス。


そういう仕事、欲しいな~。」


剛が真面目に言う。


「もし、フランスに来ることがあったら、必ず知らせてくださいね。


いろんな所、案内しちゃいますから。」


なつみの言葉がとても元気だった。


言葉遣いは相変わらず丁寧で・・、そういう事は変わらないけど。


例えばあの頃、なつみは俺たちの所にやって来ると、身に付けている重い荷物を降ろし、大きく息をした。


帰る時はその逆。


いつもそうだった。


今のなつみを見ていると違っていると感じた。


きっと毎日がずっと俺たちのところに居たなつみなのだろう。


よく笑い、真っすぐに人の目を見て話すアノなつみなのだろう。


春樹はそのことが嬉しかった。


「こんなに旨い食事、久しぶりだ。


ごちそうさま。」

翔平たちにとってなつみは仲間だった。


彼女は自分たちのところに来て何をするというわけではない。


身の回りの出来事をあれこれ話すくらいのことだ。


楽しそうに笑いながら・・。


それだけで十分だった。


初めて会ったころのどこを見ているのか、何を見ているのかわからないような瞳が今でも忘れられない。


そして初めて彼女のピアノを聴いた日。


そんな小さな出来事が鮮やかによみがえる。


なつみは・・。


電話の向こうの翔平たちの顔がはっきりと浮かんでくる。


その存在は今もあの頃と同じほど大切だった。


一年前、自分に満足していたわけではなかったが、どうすればイイのかさえ考えられなかった。


新しい自分になりたいなんてそれまで考えたことも無かった。


そして新しい場所で新しい自分になることを選んだ。


彼らと出会ったから。


不安だらけの毎日だったけれど、今、ここに戻って来て思ったことがある。


あの時、迷いながらも、アノ一歩を踏み出せてよかった・・と。


一年ぶりに会えると思うと嬉しくて眠れない。


このまま朝まで起きていようかとも思ったが、いつの間にか眠っていた。




「お母さん、おはよう。」


「なつみ、何だか嬉しそうね。


何か良いことあったの?」


「あのね、お昼前に友達が来るの。」


「じゃあ、昼食用意しなきゃね。


何人?」


「四人、男の人なの。」


母の顔を見ながら恥ずかしそうにそう言った。


「わかったわ。


玄さんに頼んで美味しいモノを用意してもらいましょう。」


「ありがとう、お母さん。」


朝食を終えてなつみは自分の部屋の片づけを始めた。


なつみが留守の間もずっと朋子は部屋の掃除をしていた。


ピアノもピカピカだ。


そのピアノに向かって椅子に腰をおろすと座り心地が良い。


クローゼットを開けた感じも変わらない。


たった一年留守にしただけなのに、懐かしさが、なつみを包み込む。


特別楽しい思い出がこの部屋にあるわけではない。


ただ、なつみが二十年足らずの間ここで生きてきたことは確かなこと。


ピアノにゆっくりと指をおろす。


私のピアノ・・そう感じた。


このピアノだけがいつも一緒だった。


孤独も弱さも受け止めてくれた。


「ただいま。」


ピアノに声を掛ける。


今までで初めてのことだった。


「誰??」


「ゴメンなさい。


ピアノの音が聞こえたので、ついここに来てしまいました。


いつも、お嬢様のピアノを聞きながら毎日を過ごしていましたから。


お客様、そろそろ着かれる頃ですね、何かあったら呼んでください。」




「なつみ、もうそこまで来てるんだ。


次の信号曲がったらなつみの家だから。」


翔平の声。


この道を何度ということなく二人で歩いた。


しばらく来ていなかったが、驚くほど何かが変わっている様子もない。


「お茶でもどうぞ。」


何度もなつみはそう言ったが、いつも断っていたことを思い出した。


車は停まりマネージャーらしき人に、春樹が一言二言告げた。