「君が夢を持って生きることが


僕の夢だから・・」


最後にそう言ったよね



今を生きることだけで精一杯で


明日を描くことさえもできないでいた


諦めないで頑張ることで夢は叶うなんて思ってないんだ


でも


それを手にした人はみんな


諦めずに頑張っていたと思う


もうダメだと諦めるその瞬間まで


ずっと夢は見てられるモノなんだ



諦めない限りずっと夢はすぐ傍で輝いている



深く傷ついた遠い日の記憶


流されて生きることしか選べなかった


自分を諦めたことが悔しくて


流れた涙



もう少し頑張って生きてみるよ


今を諦めずに生きてみるよ









「終わったね。


ホントに綺麗だった~。」


「知ってたのか?


春菜のこと。」


「偶然知り合ったの、図書館で。」


のぞみに聞きたいことが数えきれないほど周平の心の中にある。


なのに、その中の幾つかも聞くことができない。


のぞみも同じだった。


でも、今日ここに周平は来ることを前もって知っていた分だけ違っていた程度のことだった。


「元気でいたの?」


そう言う周平の言葉がぎこちない。


「周平、2・3日前にあの防波堤に行ったでしょ?


私の似顔絵見たでしょ?」


「えっ?」


「私、あの近くで暮らしてるんだ。


看護士してるのよ。」


「そっか。」


「以外??」


「少し驚いた。


でも、向いてると思うよ。」


周平の中に白衣姿ののぞみが浮かんだ。


「俺、陸に会ったんだ。


相変わらず、元気だった。」


「うん。


陸のラジオをいつも聞いてるんだ。


でも会ってないんだ。


ねえ、これから行ってみない?」


「防波堤??」


「うん。」



「陸のラジオにいつも助けられていた気がする。


優しい声が不安定な私の心を温かく包み込んでくれる。」


「じゃあ、どうしてあのまま一緒にいなかったんだ?


ラジオなんかよりずっと近くで陸はのぞみを抱きしめてくれたはずだぞ。」


「そうだったかもしれない。


だけど、できなかったよ。


私は、陸と周平に嫉妬していたのかもしれない。」


「嫉妬?なんだよそれ?


俺達はそういう関係じゃないぞ。」


「そんなこと、わかってるよ。」


「この前、会ったのだって8年振りだった。


ハガキの1枚も電話の1本もない。


そんな俺達にどう嫉妬するんだよ。」


「陸と周平はそんな雰囲気がすごく似合ってた。


お互いをとても大切に思い合っていることを表に出さないところや、認め合ってることを言葉やモノで確かめ合わないところ。


私はうらやましかったんだ、とても・・。」


「そうか。」


のぞみの言葉があっという間に周平の心に浸みこんだ。


確かに、その通りだった。


そんなことを1度も考えたことは無かったし、ましてのぞみがそんな風に考えているなんてことも知らなかった。


「今はどうなんだ?


楽しくやってるのか?


幸せか?」


「『幸せ』ってどういうことを言うのかよくわからないよ。


あの頃、3人で過ごした頃、毎日が楽しくて明日ってモノになんの不安もなかった。


でも、周平がいなくなって、陸と2人でいることが苦しくなった。


嫌いになったわけじゃないよ。


大好きだった。


陸は私でなくたって、きっとこんな風に笑うだろうし、毎日を生き生きと暮らしていくだろう。


今まで一緒だからってこれから先も一緒ってことじゃないかも・・とか思って。」


陸の心を試している自分に気が付いて、その時、周平のようになれない自分にも気が付いた。


陸の近くにいるのが怖くなったのだ。





海辺は冷たい風が自分勝手に暴れていて周平のサラサラの髪を揺らす。


どんなに寒い時でもこの場所で海に向かって正面切って座っている彼のことを、海風たちはどう思っていただろうか。


今も同じように置いてある自動販売機で温かい缶コーヒーを買って冷えきった頬や手を温めていた。


一瞬にして身体全部を暖めるファンヒーターのようなモノとは違って、少しずつ身体に浸みこんでくる。


「ここは何も変わらないな。」


「あの頃何をしにここに来ていたの?


厳しい顔してたよね。。


のぞみの顔は、あの日、周平の顔をのぞき込んだ時と同じに見えた。


「ただ、朝から夕方まで海を見ていた。


誰もやって来そうにないこの場所を偶然見つけたんだ。


ここにこうやって座ってると真っ白になれる気がした。」


「周平がピアニストになるなんて夢にも思わなかったよ。


『感動』なんて言葉、周平から1番遠い場所だと思っていたから。」


「ホント。


俺も同じだ。


俺には何もなかった。


特別、ピアノが好きだったわけじゃないし、音楽をやりたいと思っていたわけじゃない。」


周平はのぞみの隣を歩いてきた。


少し遅れ気味に。


「周平、私は知ってたよ。


見守ってくれていたこと。


決して近すぎず遠すぎないところから。


陸に対する気持ちとは違う気持ちで周平を思ってた。


信頼っていうのかな。


小さな不安も無くて。」


のぞみの口からそんな言葉を聞くなどとは思いもしなかった。


「陸に会ってみないか?」


のぞみは一瞬考えた。


「会わない。」


その言葉には強く固い意志が見えたから、その理由を聞くことも、重ねて誘うこともできなかった。




すすり泣いている心を抱いたまま


小さな笑顔を見せる


深く息をして留まりたい思いをかき消す


そして1歩踏み出す



気付いてやれなくてゴメン


一緒に過ごした時間はあまりにも短くて


思い出と呼べるモノは少なすぎる


忘れまいとしても消えてしまいそうで


怖くて眠れない



友達に戻ろうなんて


バカなこと言ってゴメン


出来るわけないよな


だからこうしてこの街を出て行ったんだろ?



繋いだ手を離したのはボク


黙って唇を噛みしめたのはキミ


あの日からずっと立ち止っているのはボク


覚悟を決めて踏み出したのはキミ



今頃になって気づくなんて遅すぎる


ずっとそばで笑っていてくれると思い込んでいた


幸せにしてほしくて隣にいるんじゃない


一緒に幸せになりたいからそばにいる



たった一つ


大事なモノを抱きしめて生きる覚悟


今やっと出来たよ


どこにいる?


迎えに行くよ



確かなモノがあるわけじゃないけど


キミが待っていてくれるような気がして・・


周平がその絵を見つけたのは偶然の出来事だった。


「のぞみ・・・。」


ここにいたのか?


いつだ?


誰がのぞみを描いているんだ?


周平の中で、どんどん大きく膨らむ思いがあった。


会いたい・・。


のぞみを描いたデッサンの隅に小さく tetsuya そうある。


ここを忘れずにいることを確信した。


どこにいるのかも、何をしているのかもわからないけど、この場所で2人は繋がっているのだと。


もしも今、のぞみに再会したとして、自分は何を望んでいるのだろうか。


あの頃のことを懐かしげに語りたいのか、これから先を一緒に進みたいのか。


その両方のような気もしたが、全く別のことのようにも思えた。


tetsuya という彼が描いた絵を見ていると、のぞみが今も元気でいる様子が感じられる。


そして、明るい天使のような部分と、どこか寂しげな部分の両方を知ってるヤツが近くにいることもわかった。


周平は溢れてくる思いを閉じ込めた。


卒業してから、もう8年が過ぎた。


3人それぞれに別々の事情があって、新しい場所で生きている。


過ぎてしまった時間に思いを寄せたところでどうにもなりはしない。


何も変えることなんてできない。


今と未来だけで十分だ。


周平の『過去』は、陸と出会いのぞみと知り合った、あの6か月間だけなのだ。


その他のことは全部、その時その場所に切り捨ててきた。


しばらくはここに来ることもないだろう。


のぞみの似顔絵をそのまま海に沈めてしまうことができず、目に付いた掲示板に貼りつけた。


『のぞみ 元気そうだな


陸も俺も元気だから


周平』


そう書き添えて。



学校帰りの子供たちが、貼られていたそれを持って病院にやってきた。


「のぞみちゃん、今日はいいモノ見せてあげる。」


「え~、何かな?」


「ジャ~~ン。


のぞみちゃんの絵が貼ってあったよ。


とってもキレイだったから持って来ちゃった。」


「本当だ。


これはね、ここのお兄ちゃんが描いたんだよ。」


「ここに何か書いてあるよ。」


「えっ・・?」


その時、懐かしい文字がのぞみの目に飛び込んできた。


決してキレイだとは言えないが読みやすい文字。


周平だ。


彼にはあの日、空港で別れたきり。


陸とだって、もう随分と会っていない。


それは2人ともが同じだったが、陸の声はラジオを通していつも聞いていた。


昔から知っている友としてではなく、藤枝 陸のファンの1人として。


ラジオの向こう側にいる彼の言葉に何度も元気をもらっている気がしていた。


会いに行こうと思えばいつでも行ける距離にいた。


けれど、なぜだろうか会いに行くことをためらう自分がいた。




2月3日。


昨日はひどく寒い1日だったが、今朝はそれにも増して今年1番の冷え込みだとニュースキャスターは言った。


春菜のウエディングドレス姿を前にして、黙って立ち尽くす周平がいた。


純白のドレスに真っ白いバラの花のブーケ。


緑色の葉が生きて行く強さを静かに主張している。


「春菜、おめでとう。


すごく綺麗だよ。


「ありがとう。


お兄ちゃん、お母さんの所に行ってあげて。


「ああ、わかった。」


春菜は、母親と周平の関係をいつも気にかけていた。


結局、2人の離れた心を繋ぐことはできなかった。



「春菜・・おめでとう。」


「のぞみさん、今日は来てくれてありがとうございます。」


「すっごく綺麗よ。


私、なぜだかわからないけど涙が出てきちゃった。


念入りにお化粧したのに崩れちゃうよ。」


披露宴に出る前からこんなに感動したことは今まで1度もなかった。


ウエディングドレスのせいじゃない、春菜と過ごした時間が頭の中で鮮やかに広がったから。


こんな自分を姉のように慕ってくれた。


「お兄ちゃんに会った?」


「まだ。」


「あっ、お兄ちゃん、ちょっと・・。」


春菜は背伸びして少し遠くにいる周平を呼んだ。


「遠山 のぞみさん。」


「あっ、のぞみ・・。」


周平は次の言葉をすぐに見つけることができなかった。


「久しぶりだね、周平。」


のぞみの笑顔が周平を見つめた。


「もしかして知ってるとか・・?」


春菜は不思議そうな顔をして交互に2人の顔を見た。


「高校、一緒だったから。」


周平がやっとのことで返事をした。


こんな場所でのぞみと再会するなんてこと、思ってもいなかった。


動揺する心を静めようと大きく深呼吸を1度した。


周平の心の揺れには全く構わない状態で披露宴は始まった。


春菜の輝く笑顔と、真珠のような大粒の涙を目にし、複雑な感情に自分自身驚きながら、もう一方でずっと前方の席にいるのぞみを気にしていた。


大事なモノを何一つ持たずに生きてた


アノ頃


怖いと思うことも無くて


とても強くなった気がした


でも キミと出会って全てが変わった


大切だと思った


守りたいと思った


失くしたくないと思った


そして僕は臆病になった




アイツが言った


それは間違っている


オマエは


優しくなった


強くなった



ほら・・・生きていきたいと思うようになっただろ