周平がその絵を見つけたのは偶然の出来事だった。


「のぞみ・・・。」


ここにいたのか?


いつだ?


誰がのぞみを描いているんだ?


周平の中で、どんどん大きく膨らむ思いがあった。


会いたい・・。


のぞみを描いたデッサンの隅に小さく tetsuya そうある。


ここを忘れずにいることを確信した。


どこにいるのかも、何をしているのかもわからないけど、この場所で2人は繋がっているのだと。


もしも今、のぞみに再会したとして、自分は何を望んでいるのだろうか。


あの頃のことを懐かしげに語りたいのか、これから先を一緒に進みたいのか。


その両方のような気もしたが、全く別のことのようにも思えた。


tetsuya という彼が描いた絵を見ていると、のぞみが今も元気でいる様子が感じられる。


そして、明るい天使のような部分と、どこか寂しげな部分の両方を知ってるヤツが近くにいることもわかった。


周平は溢れてくる思いを閉じ込めた。


卒業してから、もう8年が過ぎた。


3人それぞれに別々の事情があって、新しい場所で生きている。


過ぎてしまった時間に思いを寄せたところでどうにもなりはしない。


何も変えることなんてできない。


今と未来だけで十分だ。


周平の『過去』は、陸と出会いのぞみと知り合った、あの6か月間だけなのだ。


その他のことは全部、その時その場所に切り捨ててきた。


しばらくはここに来ることもないだろう。


のぞみの似顔絵をそのまま海に沈めてしまうことができず、目に付いた掲示板に貼りつけた。


『のぞみ 元気そうだな


陸も俺も元気だから


周平』


そう書き添えて。



学校帰りの子供たちが、貼られていたそれを持って病院にやってきた。


「のぞみちゃん、今日はいいモノ見せてあげる。」


「え~、何かな?」


「ジャ~~ン。


のぞみちゃんの絵が貼ってあったよ。


とってもキレイだったから持って来ちゃった。」


「本当だ。


これはね、ここのお兄ちゃんが描いたんだよ。」


「ここに何か書いてあるよ。」


「えっ・・?」


その時、懐かしい文字がのぞみの目に飛び込んできた。


決してキレイだとは言えないが読みやすい文字。


周平だ。


彼にはあの日、空港で別れたきり。


陸とだって、もう随分と会っていない。


それは2人ともが同じだったが、陸の声はラジオを通していつも聞いていた。


昔から知っている友としてではなく、藤枝 陸のファンの1人として。


ラジオの向こう側にいる彼の言葉に何度も元気をもらっている気がしていた。


会いに行こうと思えばいつでも行ける距離にいた。


けれど、なぜだろうか会いに行くことをためらう自分がいた。




2月3日。


昨日はひどく寒い1日だったが、今朝はそれにも増して今年1番の冷え込みだとニュースキャスターは言った。


春菜のウエディングドレス姿を前にして、黙って立ち尽くす周平がいた。


純白のドレスに真っ白いバラの花のブーケ。


緑色の葉が生きて行く強さを静かに主張している。


「春菜、おめでとう。


すごく綺麗だよ。


「ありがとう。


お兄ちゃん、お母さんの所に行ってあげて。


「ああ、わかった。」


春菜は、母親と周平の関係をいつも気にかけていた。


結局、2人の離れた心を繋ぐことはできなかった。



「春菜・・おめでとう。」


「のぞみさん、今日は来てくれてありがとうございます。」


「すっごく綺麗よ。


私、なぜだかわからないけど涙が出てきちゃった。


念入りにお化粧したのに崩れちゃうよ。」


披露宴に出る前からこんなに感動したことは今まで1度もなかった。


ウエディングドレスのせいじゃない、春菜と過ごした時間が頭の中で鮮やかに広がったから。


こんな自分を姉のように慕ってくれた。


「お兄ちゃんに会った?」


「まだ。」


「あっ、お兄ちゃん、ちょっと・・。」


春菜は背伸びして少し遠くにいる周平を呼んだ。


「遠山 のぞみさん。」


「あっ、のぞみ・・。」


周平は次の言葉をすぐに見つけることができなかった。


「久しぶりだね、周平。」


のぞみの笑顔が周平を見つめた。


「もしかして知ってるとか・・?」


春菜は不思議そうな顔をして交互に2人の顔を見た。


「高校、一緒だったから。」


周平がやっとのことで返事をした。


こんな場所でのぞみと再会するなんてこと、思ってもいなかった。


動揺する心を静めようと大きく深呼吸を1度した。


周平の心の揺れには全く構わない状態で披露宴は始まった。


春菜の輝く笑顔と、真珠のような大粒の涙を目にし、複雑な感情に自分自身驚きながら、もう一方でずっと前方の席にいるのぞみを気にしていた。