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元介護職員のかなちんです。
顔面神経麻痺(ベル麻痺)を経験し、
回復の過程を記録しています。
発症からの経過やリハビリ、
思うように動かないもどかしさや不安、
日々の小さな変化など、
そのときの気持ちを
大切にしながら綴っています。
同じように悩んでいる方の、
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8月の末に川崎に住む叔父、
母の一番下の弟が亡くなりました。
連絡をくれた従弟からは、
「家族葬なので遠方だし、無理しなくて大丈夫ですよ」
と言ってもらったけれど、
ここは…
行かなくちゃなの!
葬儀の日は夫に予定があり、
一緒には行けないため、
私、ひとりで上京することになりました。
何年かぶりの新幹線。
ちょっとした一人旅です(笑)
年明けに従弟から連絡があり、
叔父の容態があまりよくないことは聞いていました。
叔父はデイサービスに参加中、
脳梗塞を再発し入院。
その後は、意識はなく、
経管栄養と人工呼吸で延命をしており、
声は届いているかもしれないけれど、
反応は何もないそうです。
ちょうどその頃は、
母も体調を崩して
食事が摂れなくなっていた時期。
私も母のことでバタバタしていたこともあり、
お見舞いは遠慮しました。
そうこうしているうちに、
今度は私から従弟に
母の訃報を伝えることに…
そして、今回の叔父の訃報です。
叔父も8か月、
よくがんばったと思います。
献杯
母は3人姉弟ですが、
すぐ下の叔父の従弟妹たちとは、
家も年も近かったので姉弟のように育ちました。
その従弟は高校卒業後に上京し、
今は川崎に住んでいます。
亡くなった叔父の家が近かったので、
叔父家族の様子を
ときどき知らせてくれていました。
亡くなった叔父も、
高校卒業後に上京。
従弟たちは、
生まれも育ちも川崎。
2人が生まれてからは
帰省することもなく、
小さい頃に会うことは、
ほとんどありませんでした。
私が結婚してから、
叔父のところへ家族で遊びに行ったときは、
従弟たちは中学生と小学生。
その2人が結婚してから、
年賀状での交流がはじまり
お互いの近況を知るくらいでした。
だから私の中では、
「従弟の子どもたち=まだ小さい」
というイメージのままだったんです(^^ゞ
ところが…
今回会ってみたら、
従弟たちも含め、
みーんなすっかり大きくなっていました(笑)
お兄ちゃんの子どもたちは、
大学生と専門学生。
弟くんの方は、
社会人2人、高校生、小学生。
えっ?
そんなに大きくなったの?
もう、
名前、年齢、どんなことをしているかなど、
情報のインプットとアップデートが
追いつきません(^^ゞ
私は、葬儀会場で、
「〇〇(叔父の名前)の姉の長女です。」
と、簡単な自己紹介をしましたが、
葬儀会場と火葬場では、
少し緊張感もありました。
少し慣れてきた食事会のときに、
叔父の姉と兄、
その子どもたちの関係などを
再度おさらい(笑)
従姉弟の中で私が一番年上になるので、
従弟たちとは一回り近く離れていました(^^ゞ
「年齢不詳」と言ってもらえて、
照れましたが、少し喜びました(笑)
食事会のあとは、
従弟の子どもたちに
年齢順に並んでもらいました(笑)
※ここからは、葬儀のときの写真も出てきます。
苦手な方はここまででお願いします。
叔父は、母のことをとても慕っていました。
母が特養に入所したことを連絡したときも、
家族には、
「姉ちゃんに会いたい」
と言っていたそうです。
叔父自身も要介護3で、
在宅介護だったので、
遠出は厳しかったと思うんです。
その願いを
息子である従弟たちが
かなえてくれたんです。
2年前の春、
叔父家族4人と
お兄ちゃんの息子くんの5人で
会いに来てくれました。
母の施設での12年ぶりの再会を、
母も叔父もとても喜んでいて、
本当に親思いな兄弟です。
そんな2人が選んだお嫁さんたちなので、
実際に会って話してみると、
とても素敵な方たちでした。
葬儀が終わって叔父宅に戻り、
葬儀会場で使ったアルバムを
見せてもらいました。
叔父は、苦労した経験から、
私と従弟にとっては、
電話での長い進路指導がありました(笑)
弟と従妹は、
一度もなかったのに…
ちょっとうざい思い出ばかりの叔父でしたが、
アルバムを見ながら話を聞いていると、
家族にとっては、
息子たちに厳しく、
お嫁さんや孫たちにはやさしく、
みんなが大好きなじいじだったんだなと。
遺影の写真は、
めっちゃやさしい笑顔で、
いい写真を選んだなと思いました。
そのことを伝えると、
初孫のお宮参りのときのもので、
叔父の横には生後1か月の孫ちゃんがいた写真を
トリミングしたそうです。
お兄ちゃんが、
「父さん、今の自分と同い年なんです」
と言っていて、
実は、母の遺影も私と同じ年なので、
笑っちゃいました(笑)
私の知らなかった叔父の一面に触れて、
温かい気持ちになりました。
その後は場所を変えて、
叔父を偲ぶ食事会を開いてくれました。
短い時間でしたが、
叔母さんや従弟ファミリーと
いろいろな話ができて、
「来てよかったなぁ」
と、しみじみしちゃいました。
お兄ちゃんとは2年前、
母に会いに来てくれたことをきっかけに
LINEを交換していました。
今回はこの機会に、
弟くんと奥さんたち
そして、成人した子どもたちともLINE交換。
1日でお友達が7人増えました♡
すごくない?(笑)
お兄ちゃんには、
現地で送迎をしてもらったので、
お礼のLINEをしたり、
弟くんからは、
葬儀や食事会の写真が
鬼のように送られてきたり(笑)
葬儀の翌日は、従弟たちから
「これから実家に行きます」
なんて連絡が来たり、
私は私で、
「これから東京駅デート♡」
なんて、
友人と訪れる場所を報告したり。
都会を満喫した後は、
東京も、川崎も、船橋も、
駅の中は人、人、人。
もう、人に酔いそうだったので、
「無事に帰宅しました。
人が少ない駅前にホッとします」
と連絡しました(笑)
なんだか、
今まで年賀状だけだった従弟たちと、
一気に距離が近くなった感じです。
叔父の葬儀をきっかけに、
新たな親交ができそうです。
叔父と母がつないでくれたご縁。
これからも大切にしていきたいな。
お花を手向けてから、
少しの間、叔父と母の2人の時間を持たせてもらいました。
今回は、
ひとりでも参列して本当によかった。
そして、
ベル麻痺を発症してから、
ちょうど1年。
まさか、
あの頃は外出すら億劫だった私が、
ひとりで上京することができるなんて
思ってもいませんでした。
もちろん、
叔父の葬儀という
出来事があったからこその上京です。
でも、
「ひとりで行けた♪」
ということも、
私にとってはちょっとした自信になりました。
今回は二泊したので、
友人にも10年ぶりに会うことができました♡
こちらは、また別記事で書きますね。
前泊した夜の東京駅のホームより
これまでの記録
夫の心配という名の行動制限
➡夫の『心配」の基準がよくわからない
洗濯機が壊れ夫の同期と再会
➡ドラマ『Tシャツが乾くまで』のような再会と、リアルすぎる還暦の現実(笑)
次々と壊れる家電は運気好転の前兆
➡一年前のことと、壊れかけの洗濯機
圧巻だった工場の自販機で大人買い
➡話題の「チョコQ助」自販機に行ってみた。ガチャ感覚で大人買い(笑)
少し取り戻せた外で食べる楽しさ
➡外食ができた、それだけで嬉しい夜
先生に言われ心が軽くなった言葉
➡「がんばらなくていい」という処方箋。不安とともに歩くこれから
担当医から言われてショックだった後遺症
➡重度のベル麻痺発症から7ケ月。はじめて感じた違和感の正体とは
夫の寝息から解放された夜の睡眠
➡顔面神経麻痺(ベル麻痺)発症から6ヶ月経過【前編】
顔面神経麻痺で延期になった手術
➡白内障手術から15年。4回目の後発性白内障
顔面神経麻痺で許可された車の運転
➡重度の顔面神経麻痺(ベル麻痺)の日常。運転再開という小さな一歩
顔面神経麻痺で夫に言われた一言
➡重度の顔面神経麻痺(ベル麻痺)になってできなくなったこと②食べること
星や香りの視点で小さなヒントを書いています。
➡介護福祉士が届ける 心と人間関係を整える 星と香りの処方ブログ
最後までお読みくださりありがとうございます。

































