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ベル麻痺(顔面神経麻痺)の治療として、

リハビリと並行して鍼治療を取り入れはじめました。

 

今回は、2回目の施術の様子と、注意点についてまとめてみました。

 

 

2回目の施術の流れと所要時間


今回は事前の詳しい問診はなく、すぐに施術がスタートしました。

  • 仰向け(顔・腕):約20分

    顔への施術に加え、今回は腕にも2本ほど鍼を打ちました。
    初回よりも、置く時間が10分ほど長くなりました。


    施術後は前回同様、
    麻痺側の目元がパッチリとする感覚がありました。

    二重まぶたには戻っていませんが、
    こうした変化はやはり嬉しいです。
     

  • うつぶせ(首・肩):約20分

    首と肩への施術です。

    顔と同様、自分では見えないところに次々と鍼を打たれるので、
    もうされるがままです(笑)

    施術後、鏡を見たら
    「あれ⁈目元が元に戻ってる」と、一瞬焦りましたが、

    これはうつ伏せになっていた影響なので、
    時間が経てば戻るそうで、安心しました。
     

  • トータル:約40分の施術でした。

    初回の4倍の時間で、
    ぐっと本格的な施術になってきました♪

 

 

内出血と血液サラサラの薬


今回、初めて腕のところで内出血を経験しました。
 

鍼治療で内出血が起こる場合があることは、
事前に説明を受けていたので、ある程度の心の準備はできていました。

ただ、実際に経験してみて、

目を閉じているので様子は見えないのですが、
触れられている感覚から、
何度も丁寧に圧迫しているのが伝わってきました。

「私は脳梗塞の予防で血液サラサラのお薬を飲んでいるから、

止血に少し時間がかかったんだな」

と実感しました。
 

先生からは、
「1~2週間ほどで自然と落ち着きます」と説明を受けたので、
のんびり様子を見ようと思います。
 

 

 

 


今回の経験で感じたことは、


普段飲んでいるお薬については、
事前にしっかり伝えておくことが大切
だなと感じました。

 

いざという時に慌てずにすむので安心ですね。
 

 

2回目の鍼治療は、少し慣れも出てきて、
気持ちの面でも落ち着いて受けることができました。

 

小さな変化を感じながら、
無理のないペースで続けていこうと思います。





 

 

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義母の緊急入院の記事が、
アメトピに掲載されました。

 

読んでくださった方、
ありがとうございます。

 

 

 

今回はその裏側で起きていた、
義父のことについて書いてみたいと思います。

 

 

2024年1月のこと。

 

義母が急きょ入院することになり、
義父が初めて一人で過ごすことに。

 


義父母と同居して20年。
途中から義父母がわが家に来る形での同居です。

玄関とお風呂以外は別々の、プチ二世帯仕様。

生活リズムも違うので、
それぞれのペースで暮らしています。

 


義母がずっと家事全般を担ってきたシルバー部。

薄々感じてはいたけれど…

やっぱり、

義父は家事がほとんどできませんでした。

 

義父86歳、
自立強化月間のはじまりです。


 

実家の継父は家事を一通りできるので、
母が入院や施設入所になっても、
身の回りのことや日常生活に不安はありませんでした。


 

夫も単身赴任生活が長かったため、
家事は一通りできるようになりました。

 

ただ、

卒業したら、
あまりやらなくなりましたけど…(笑)

 

 

娘たちは共働きなので、
旦那さんたちの家事への参加は、もはや当たり前。


それでも、家事ができない男性は、
各世代に一定数いて、
年代が上がるほど多い傾向にあるそうです。

 

 

義父も、
これまで家事はすべて義母に任せてきました。

 

そう考えると、
この20年で一人で過ごすのは
初めてかもしれません。

 


義母は入院が決まり、
手術を控えているのに、気にするのは義父のことばかり。

日々のルーティンを細かく伝える姿を見て、

(子どもかよ!)

と思いつつも、

お互いに
「自分がいないとダメ」
と思っている関係なのかもしれないと感じました。

いわゆる、共依存夫婦です。


 

 義父は義母の入院で、精神的なダメージが相当大きかったよう。 

 

失明・手術のインパクトが大きかったのか、 

「早めの治療で治るから心配ないよ」 と、

伝えてもなかなか理解できずに堂々巡り。

 

老人性難聴や、
年相応の認知機能の低下も見られ、

一度に多くの情報を処理することは、
難しい状態にあります。

 

 


さて、家事がほぼ初心者の義父ですが、

義母の入院中と退院後10日ほどは義父の家事協力が必要になります。

義母から言われた日々のルーティンはあれもこれもでハードルが高そう。

 

まずは、できそうなことを聞き取りました。

①ゴミ出し  
②買い物  
③洗濯物(干す・たたむ・しまう)  
④食器洗い  
⑤電子レンジ操作


できることをベースに、
工夫しながら少しずつやってみることにしました。


高齢者の自立支援は、

もはや職業病みたいなものです(笑)



 

実際にやってみた工夫

①ゴミ出し  
ゴミ収集カレンダーを確認して出す。

②買い物  
・散歩がてら徒歩5分ほどのスーパーを利用  
・一度にたくさん買わない  

③洗濯物(干す・たたむ・しまう)  
※洗濯機の操作ができないため  
洗濯物のかごを分け、こちらで洗濯。  
干し終わったらかごは元の場所へ。

④食器  
食べ終わった食器の片付け・洗浄・収納。  
※退院後は量が増え、食器を割ることもあったため、  
しばらくは使い捨て容器で対応してみました。

⑤電子レンジ  
おかずはおすそ分けして温め直し。  
お湯も一人分ならレンジで対応できることを伝える。
 

 

その他のサポート

・お湯はあらかじめこちらで用意し、ポットで渡す  
(夫から火を使わせないように言われたため)

 


わが家はIHなので大丈夫かなと思っていたのですが、

義父は耳が遠く、
空焚きなどの心配もあり、
火(加熱調理)は使わないようにしています。

IHでも油断できないなと思いました。



・お風呂  
これまでは義母が準備していましたが、
安静期間中は私が帰宅後に対応することに。  

時間は20時過ぎになることが多く、  
いつもの就寝時間を考えると、

「夏じゃないから、無理に入らなくてもいいよ」と、
義父母のほうから言ってくれました。


 

これらのことを提案すると、
 

「それでいいべ」と。

 

なぜ許可制みたいになってるん?

 

じーちゃん、

 

ごはんは勝手に出てこないし
お風呂も勝手に溜まらないの。



主婦はやることいっぱいで、
休みなしなんだよ!

 

 

2日間、一人で過ごし、

自分のペースでやりたい気持ちはあるけれど、
なかなか思うようにはいかず。

 

私の手伝いも、
あれこれ口出しされると

きっと少し煩わしかったはずです(笑)

 

 

これまでの夫婦二人のペースがあって、

その中で、
改めて義母のありがたさが
身に染みたようでした。

 

 

 

その後も、
義父の家事強化は続きました(笑)

 

 

義母が日常生活に戻り、

教えてもらいながら、
少しずつできるようになったこと。

 

・洗濯機の操作
・米の計量と米とぎ(計量カップでアナログ 笑)
・炊飯器の操作
・買い物への付き添い

 

 

一人で洗濯ができるようになり、
ごはんも炊けるように‼

 

これ、上々じゃないですか(笑)

 

 

次の入院日も決まっているので、
義母は事前に準備ができるし、
 

義父も、
「できること」が増えたことで、
少し安心につながっているようです。


 

86歳からの自立強化月間。
 

あれから2年。

 

今もまだ、
ゆる~く継続中です(笑)


 


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今回は、義母が85歳で初めて入院したときの備忘録です。

 

 

2024年1月。


母が老健から特養へ入所し、ひと段落ついたころのことでした。

 

ほっとしたのも束の間、

 

今度は同居の義母が、大学病院に緊急入院となり、手術を受けることになりました。

 

入院自体は2日ほどでしたが、

退院後の安静期間や経過観察の付き添いもあり、落ち着かない日々が始まりました。

 

 

 

病院での長い一日

 

事の発端は、義母が「片目が見えにくい」と、

かかりつけの眼科を受診したことでした。

 

その日は、「いつもより帰りが遅いな」と思っていたところに、義母から電話がありました。

 

「緑内障で目が見えなくなるから、医大へ向かってる」

 

主語がない⁉

 

てっきり、緑内障で通院している義父のことだと思った私。

 

大学病院だし、入院になるかもしれないと思い、病院へ駆けつけました。
 

合流してみると、受診するのは義母。

義父はただ隣に座っているだけでした(笑)

 

 

 

 

大学病院は分業制のため、視力や眼圧などの検査で、

眼科の中をあちこち移動します。

 

検査と待ち時間の繰り返しで、思った以上に時間がかかりました。

 

ふたりは「いつまで待たされんだべね」と話しながら待っていて、
(みんなそう思いながら待ってるんだよ)と、心の声(笑)

 

 

到着から3時間後、ようやく診察室へ。

 

診断は、閉塞隅角(へいそくぐうかく)緑内障でした。

 

担当医と義母の話から、

一週間前、私たちが不在だった日に台所でつまずき、

体勢を崩して食器棚に額を強打していたことが、引き金になった可能性があるとのことでした。


 

緑内障ではあるものの、
白内障の手術で症状は落ち着くとのことでした。
 

紹介状では失明のおそれがあるため緊急性が疑われていましたが、こちらでの検査では眼圧は下がっていました。

 

そのため、すぐの手術ではなく翌日に手術を行うことになり、そのまま入院となりました。

 

術前検査(血液検査・レントゲン・心電図など)で

院内をあちこち移動するため、膝が悪い義母は車いすを借りることに。

 

その間、義父は眼科の待合室で荷物番です(笑)

(待っている方も疲れるよね。)

 

 

術前検査が終わってからは、手術と入院の書類記入。

 

この書類が意外とありました。

説明を読むのも大変で、代筆でもいいとのこと。

 

本人に聞き取りをしながら私が記入することに…

こういうときは、だいたい私です(笑)

 

書き終わる頃に病棟の看護師さんが迎えに来て、入院となりました。
 

 

クリニックから着の身着のままで来たので、

病棟へ移動してから売店で必要なものを買い足しました。

 

義父と病院を出る頃には、すっかり日が暮れて真っ暗でした。

 

一度帰宅し、薬やお薬手帳、着替えを届けに再び病院へ。

 

帰るころには雪に変わり、なかなかの降りっぷりで、

行ったり来たりの、本当に長い一日でした。


 

 

退院

 

手術当日は、家族の付き添いは特に必要ないとのことでした。
 

病院から無事に終わったとの連絡があり、予後も良好とのこと。

予定通り翌日に退院し、二日ぶりに帰宅しました。

 

術後とはいえ体は動くため、義母はなかなか安静にできません。
 

「3日後の再受診までは、自分のことだけ考えてね」と伝えても、

どこか自分流に解釈されている様子。

 

必要に応じて声はかけつつも、「大丈夫」と言われたら、

それ以上は踏み込まないことにしました。


付き添いは駐車場から建物ものまでがトレーニング(笑)
 

 

元気でいてほしい

 

再受診の結果も良好で、洗顔と洗髪の許可も出ました。
 

反対の目もリスクがあるため、1ヶ月後に手術の予定を組んでもらえました。
 

義母は、月に一度、かかりつけ医の受診はしていましたが、
85歳まで大きな病気をしたことがなかったことに驚きつつ、
このまま元気でいてほしいと思いました。

 

2回目の手術が終わるまでは、

家族優先の生活が続くことになりました。
 

そしてこの入院をきっかけに、

わが家にもちょっとした変化がありました。

 


それはまた、別の記事で。

 





6/7 アメトピに掲載していただきました。

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昨日は、めっちゃ嬉しいことがありました♪

 

なんと、なんと‼

ペットボトルから直接、飲み物が飲めたんです!(笑)

 


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通院の帰りにコンビニ寄ってひとくち飲んでみたよ。

 



顔面神経麻痺を発症して、もうすぐ10ヶ月になります。
 

健康なときには気づきもしなかった、

「口元をすぼめる」という動き。

「うー」って言うときの口、あの感じです(笑)

口がすぼめられないと、
ペットボトルの口から中身がこぼれてしまって、
うまく飲むことができないんですよね…


ペットボトルって手軽そうに見えるけど、
実はコップで飲むより難易度が高いんです。

 

そんな私の水分補給を支えてくれたのが、
100均のストロー付きキャップでした。
 

これには本当に助けられました。
まさに神アイテムです♡

少しずつ直飲みに慣れたら、卒業しようと思います。


image

 

実は少し前に、シャンプーハットも卒業したんですよ♪
 

目が閉じられず、シャンプーの泡がしみて激痛で、
お風呂の時間が怖くなり、入れない日が増えていきました。

そのときは、眼科医監修のシャンプーハットには本当にお世話になりました。
 

 

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発症当時、先生から
「脳に近い目元から回復して、口元は一番最後になるよ」
と説明がありました。

 

 

振り返ると、本当にその通りだったと感じています。

 

重度だった私の場合、
回復はゆっくりで、本当に少しずつですが、
それでも便利グッズをひとつずつ卒業することで、
確実に変化を感じています。


 

そしてその変化って、ある日ふと
「あれ?大丈夫かも」って思える瞬間がやってくるんです。

子どもが、ある日いきなり歩き始めるような、そんな感覚です(笑)


 

 

今、顔面神経麻痺の発症直後で
「目が閉じない」
「飲み物が飲みにくい」
とつらい思いをしている方へ。
 

体は、目元から順番に、ちゃんと頑張ってくれています。
 

口元は最後になることが多いから、
ストローなしで飲めないことに落ち込んでしまっても、大丈夫ですよ。

 


便利グッズに頼りながら、
焦らず、ゆっくり進んでいきましょうね。

 

 

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先日、義父母の米寿のお祝いをしました。

 

にぎやかな方が嬉しいかなと思い、
お互いの子どもたちにも声をかけましたが、
用事があったり遠方に住んでいたりで、今回は残念ながら欠席。

 

夫の妹夫婦と私たち、

そして義父母の8人でのお祝いになりました。

 

image

 

きっかけは、年明けにふと思ったことを夫に伝えたこと。

 

「じーちゃん、今年88歳になるよね。米寿のお祝いはしなくていいの?」


そこから話が進みはじめ、

夫が還暦のお祓いで神社へ行ったときに見た
長寿祝いの一覧の話になり、

どうやら長寿祝いは数え年で行うらしく、
今年は義母の方だと判明。

 

 

最初は義父の誕生日に合わせた米寿祝いのつもりでしたが、
義母の誕生日はもう少し先。

 

 

それでも、それまで元気でいてほしいという願いも込めて、
ふたり一緒に、という流れになりました(笑)

 

 

 


わが家は同居とはいえ、
プチ二世帯で、基本的な生活はそれぞれ別。
 

 

夫も義父もお酒は好きなんですが、
男同士で飲みに行くような関係でもなく、

たまに夫が義父母のところで一緒に食事をしても、
なぜか途中で言い合いになって戻ってくることもあって…
 

ふたりにとって、この環境って楽しいのかな?と
ふと思うこともあったんです。

 

私は嫁の立場なので、そこは無理せず、
当たり障りなくの距離を保つスタイルで(笑)
 

本音を言えば、ふたりのことは夫にお任せしたいところ。


なんですが、夫は夫で

「3人になるとイライラするんだよな」とポツリ。
 

だからこそ今回みたいに、
みんなで集まる形のほうが、

義父母にとっても嬉しいのかもしれません。
 

image
襖の奥は伏魔殿(笑)

 

当日のことは夫から伝えてもらったのですが、
「その日は空けておいて」とだけ。

義父母も、

「息子に言われたから」、というくらいの感じだったと思います(笑)

 

 

当日は爽やかなお天気でドライブ日和。

 

でも、会場へ向かう車の中は、ほぼ無言(笑)

 

 

これには理由がありまして…

 

義父母はふたりともおしゃべりは大好きなんですが、
義母はどちらかというと噂話系、
義父は耳が遠くて、会話がかみ合わないことも多くて…

 

会話が続きそうで続かない、ちょっと不思議な感じになるんです。

 

夫は運転中に話しかけられると気を取られて疲れてしまうらしく、
以前「運転中はあまり話しかけないで」と伝えたようです。

(実際はちょっとイラッとして強めに言ったらしいのですが…)

 

そんな事情もあっての、“静かな車内”でした。
 

私も義父母が一緒のときは、
必要なこと以外はあまり話さないので、
気がつけば、ワープしたみたいに着いていました(笑)

 

 

ホテルに着いて、ラウンジで待っていると、
後から義妹たち夫婦が登場。

 

そのときの、あっけにとられたような義父母の表情は、忘れられません。

サプライズは大成功!

 

「えっ!?」からの、
急にスイッチが入ったように、よくしゃべるふたり(笑)

 

 

さっきの車の中は何だったの…と思うくらい、
一気ににぎやかになりました。

 

やっぱり娘の存在って大きいな、とあらためて感じました。
 

 

今回はちょっと奮発して、
日帰り入浴のお部屋付きプランにしました。

 

控室もあって、のんびりできるのが嬉しいです。

 

温泉もいろいろあるので、男女に分かれて行動することに。
女性チームは庭園露天風呂をゆっくり満喫しました。


 

その後、会場を移動して宴の始まりです。
 

まずは、お約束の黄色のちゃんちゃんこ。
 

着替えたふたりは、

もう完全に「ご長寿番組」(笑)

 

image

食事が始まる前に、写真撮影。
 

それぞれの家族と孫たちから預かったプレゼントを渡すと、
涙もろい義父は嬉しくて泣いてしまいました。
 

そして、なぜかそのまま義父のお礼のあいさつがスタート。

 

それにつられて、義母も立ち上がり、

昔取った杵柄なのか、延々と話しはじめました(笑)

 

話が長くなりそうだったので、
夫のひと声で乾杯♪

 

 

食事中は、家族の思い出話に花が咲き、
当時の話がそれぞれの記憶でアップデートされていました(笑)

義妹たちのご主人と私は少しアウェイ気味なので、
こちらはこちらで近況の話で盛り上がっていました♪

 

無理に入らないのがいちばん平和、ということにしています(笑)
 

夫婦で揃ってごあいあさつ
 

お昼ごはんのあと、義父母はお疲れモードでお昼寝へ。

 

午後はお風呂が入れ替えになったので、
義妹たちと展望風呂や足湯へ。

 

ここからは、女子トークタイム(笑)

 

その中で出たのが、

「やっぱり親は娘といる方が気が楽なんだよね」

という話。

 

 

同居して20年以上になりますが、
立場が少しずつ逆転してきたというか、
義父母って、夫といるとちょっと緊張してるんですよね…

 

夫も夫で、話題が合わないと感じているようで。
 

 

そんな話をしていたら、
義妹たちも、夫と義父母の関係は気になっていたようでした。

 

そしてすぐ下の義妹がポロッとひと言。

 

「兄ちゃん、正直めんどくさいでしょ(笑)」

 

思わず笑ってしまいましたが、

 

「かなちんだから一緒にいられるんだよね」とも言われて。

 

 

それ、どういう意味?と思いつつ、

長く一緒にいると、
良くも悪くも慣れてくるものなのかもしれません。

 

足湯でちゃぷちゃぷ

 

だからこそ、義妹たちには
「ときどきふたりを外に連れ出してあげてほしいな」とお願いしました。

 

義妹たちも快く受けてくれて、

 

「一緒に住んでくれてるだけで十分だよ」

 

なんて言ってくれて。

 

ありがたいなぁと思いました。

 

話している様子を見ていると、
義妹たちもいろいろ感じていることがあるんだろうな、と。

 

それぞれに思うところはありつつも、
こうして同じ時間を過ごせるのは、やっぱりいいものだなと思います。

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私の母が晩年、
「娘との時間を大切にしたい」と言っていたのを思い出します。

 

そのときは、夫もとても協力的で、
母娘で行きたいところへ車を出してくれたりしていました。

 

結局、母娘旅のつもりが、

いつの間にか夫も一緒の旅になっていました(笑)
 

母は、そんな夫にとても感謝していました。

 

義父母にとっても、

いつも一緒にいる私たちと、
たまにしか会わない義妹夫婦とでは、
関わり方も自然と変わってくるのだと思います。

 

今回のことをきっかけに、
こうして一緒に過ごせる時間を、
それぞれの立場でできる形で、

これからも大切にしていけたらいいな、と思っています。

 

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緑の包みは、私たちからのプレゼント。
「高かったべー」と言いながら、喜んでくれました(笑)

 


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