舞台は25世紀―。
スーパーコンピューターがはじき出したのは、地球表面のほぼ全てが凍結するレベルの大変動―。
「華竜の宮 下」
上田早夕里著 ハヤカワ文庫
(446頁)
(前回の続きです)
この先100年くらいの間に、汎ア地域の陸地(現在の中国内陸部です)から大量のマグマが噴出する。その火山灰は、太陽光を遮断し、深刻な気温低下をもたらす。
この”プルームの冬”と名付けられた厄災は、どの位続くのかもわかりません。
確実なのは、海面上昇によって陸地の大を失っている人類は、おそらく絶滅するという事―。
―この”プルームの冬”の、原理は前々回(7月25日)のブログでご紹介したペルム紀末期(約2億5千年前)の大絶滅と、基本原理は同じです。
(こちらはそこまでの規模ではないので気温が低下すると考えられています)
※※※※
近い将来、必ずやって来る”プルームの冬”の事は、各国・各陣営の上層部にのみ知らされました。
―この未来社会では、陸地や国家が管理する海上都市に暮らす”陸上民”は、ほぼ全員が”アシスタント知性体”というAIと接続しています。
性能の良いアシスタントであれば、ネット内から様々な情報を拾う事が可能です。
本作の主人公で外交官(公使)の青澄誠司(アオズミセイジ)のアシスタント・マキは、ネット空間内で、あるプログラムを見つけます。
この時は、日本も所属するネジェスという国家連合のアシスタント知性体と、文字通りの“情報戦”を繰り広げました。
―本編は、主人公・青澄の行動や内面が、彼と同じ物を見聞きしているマキの”僕”という視点で描かれているのですが、この場面では、まさにマキが主役です。
何層にもロックの掛けられたこのプログラム“アメリア”は、ネジェスのエージェントも探してたモノ―。
元々、青澄が日本への帰属を巡って交渉を続けていた”海上民”(注)のリーダー・ツキソメ(♀)に関するモノなのです。
(注:魚舟という巨大生物と海上でくらす遺伝子改造人類です)
ツキソメの肉体と過去には、大きな謎がありました。彼女はこの時代の人類を脅かしているウイルスに感染しません。そして、何十年も見た目が変わらないのです(30代のまま)。
※
青澄のチームは、ツキソメの驚くべき秘密の一端を掴みました。
もしかしたら、彼女の遺伝子情報を使えば、人類は過酷なプルームの冬を乗り切る事が出来るかもしれない。
その情報を、ネジェスの中枢組織”プロテウス”も狙っていたのです。
―日本もネジェスの一員なんじゃないの? と思うのですが、逆に言えば、
あくまで”一員”でしかないのです。
人類の希望になりうる情報を、プロテウスが独占する事を青澄は危惧しました。
※
AI“アメリア”のロックを全て解除するには、ツキソメの協力が不可欠―。
しかし、元々日本近海にいたツキソメは、海上民の虐殺を始めた“汎ア(旧中国主体の連合)”の海軍から逃れる為、遠くオセアニア方面まで移動していました。
そして、表向きはネジェスに逆らえない日本の外務省が、この“ツキソメ問題”に関しストップを掛けます。しかし―
これまで典型的な”官僚”として描かれていた青澄の上司が、文字通り命懸けで外務大臣を説得します。
日本とプロテウスとが、”共同でツキソメを回収”するまで、10日間の猶予を得ました。
少数の部下を連れ、秘密裏にツキソメを探索する青澄―。
果たして彼は、プロテウスを出し抜いて、ツキソメと、その秘密を守れるのか―。
※※※※
クライマックスは、スパイ映画のように“騙し騙され”の―
手に汗握りまくりの展開です
―そして迎えるエピローグ。
これが、この絶望的な物語からは想像出来ないくらいの余韻を残すんです。
数十年後、大地から大量のマグマが吹き上がります。
地を走る赤い竜(マグマ)と、空へ駆け上る黒い竜(噴煙)。
次第に煤(すす)けていく地球―。
その一部始終を宇宙から見つめる存在がいました。
すすけた色の惑星を見つめながら僕はアーシャに言った。
「彼らは全力で生きた。それで充分じゃないか」
(本文より)
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