天才(裏)調香師・小川朔(オガワサク)が新たに見つけたのは……。
「赤い月の香り」
千早茜著 集英社文庫
(247頁)
※※※※
カフェの厨房でアルバイトをしていた朝倉満(アサクラミツル)は、ヘルプでお客の元へ料理を運びました。しかし、慣れないせいか他の従業員とぶつかってしまい……。
彼が向かおうとしていたテーブルでは、二人連れが顛末を見ていました。
見るからに柄の悪い黒づくめの男と、色素の薄い髪を短く刈り込んだ男。
チンピラ風の男が、頭を下げる満に悪態をつきます。しかし、その手にはタバコがあって―、
満が『店内は禁煙です』と注意したもんだから、一気に空気が張り詰めます。
満は必死に感情を抑えていましたが、顔にハッキリ出ているであろうことは自覚しています。それは普段から注意され、敬遠されてもいる事。
(この目つきの悪さがまた災いを呼び寄せてしまう)
しかし、もう一人(短髪の男)がチンピラをたしなめ、場を収めました。
結局、料理を食べたのはチンピラの方だけで、短髪の男の方は「僕が外食をしないのはわかっているだろう」と話していました。そして、満の方へ視線を向けると―、
「君はこの職場にはあっていない」
チンピラは顔を上げ「なんだよいきなり。お前さぁ、順序ってもんがあるだろ」と口を挟みます。しかし短髪の男はそれを無視して―、
「緊張や不安といったストレスがかかると、皮膚からガスが発生する。いわゆるストレス臭といって、硫黄化合物系の、一般的には不快な臭いだ。ここはそれが充満している(後略)」
全てを見透かすような遠い目で「それに」と続け―、
「君からは怒りの匂いもする。アドレナリンが分泌されて血圧があがっている。戦闘態勢に入った体臭は他者の攻撃性を誘発する。悪循環だ」
そうして「ここの臭いは限界だ」と席を立った短髪の男は―、
「うちで働くといい。業務内容は家事手伝い、兼、事務、接客といったところだ」
そう言って、店を出て行きました。テーブルに残されたのは1枚の名刺(と1名のチンピラ)でした。満の胸には、すれ違ったさいに香った瑞々しい野菜や果実のような匂いが、余韻となって刻み込まれたのです。
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と、まぁこんな感じで本作の主人公である満が、天才調香師・小川朔と、パートナーである、チンピラではなく(笑)探偵の新城(シンジョウ)に出会ったわけでございます。
……ていうか―、
続編ですので、てっきり今回も若宮一香(ワカミヤイチカ)が主人公だと思っておりました。
……考えて見れば一香は、前作の最後で朔の自宅兼仕事場である洋館の家政婦を辞めておりました。
その為、朔が直々にスカウトしたのが満だったという事のようです。
前作では《嘘の匂い》という言葉がフィーチャーされておりましたが―、
今回は、新たなパワーワードとして《怒りの匂い》が出て参りました。
※
前作「透明な夜の香り」は、大きなトラウマを抱えた一香の再生の物語でした。
その過程で、常人を遙かに超える嗅覚を持つ朔の、異能者故の呪縛も幾分解けました。
そのせいか、これまで人材確保は新城に任せっきりだった朔が満のバイト先へわざわざやって来たのです。
これだけでも、前作で一香の果たした役割は大きかったと言わざるをえません(なお、本作でも一香はキキーパーソンとして登場します)。
お話のキモとなるのは、この満が抱える“怒り”の根源と、それ故に前科を背負ってしまった彼の業(ごう)でございます。怒りの感情をすぐに怒りを暴力に変換してしまう満―。
果たして、彼はあの洋館の清浄な香りの中で立ち直れるのか?
※
本作でも前作同様、朔の元へ様々な“匂いに関する依頼者”がやってきます。
匂いに敏感な朔じゃなくとも閉口するレベルで、柔軟剤の匂いを撒き散らす女性。
はたまた、かつての学校の匂いを作って欲しいという満と同年代の男等々……。
これらが絶妙に、満の過去とからんでくるんですよ![]()
巻末で著者が「加害を一つのテーマとした」と書いておりまして―、
満は前科者であると同時に、被害者として大きな傷も負っています。
そういう意味では、前作同様かそれ以上に重い内容ではあります。
正直、初動(読み始め)から、ちょっとエネルギーが必要な空気感がありました(私見100%)。
ただ、読み出したら止められない面白さもまた、ガッツリあるんですよ![]()
素晴らしい作品です。
大好きです。
