今回も《銀座「四宝堂」文房具店》シリーズから―、
《銀座「四宝堂」文房具店Ⅴ》
上田健司著 小学館文庫
(309頁)
このブログでは触れておりませんが、ここまでのシリーズの中で、《四宝堂》の店主・宝田硯(タカラダケン)と、その近所の喫茶店《ほゝづゑ》の看板娘・良子(リョウコ)は、幼馴染みという微妙な距離を乗り越え(笑)何とか婚約までこぎつけております。
友人知人やお店の常連さんは、二人についてずっとやきもきしており、実際かなり世話を焼いていたんです![]()
今回も全5話の中から、そんな常連さんのアシストが光る「カード」をちょっぴりご紹介―。
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なんとかランチの営業を終えた洋風酒屋《一年一組》では、店長の中村彩(ナカムラアヤ)が慌ただしく動いていました。
東京を中心に約50店舗の飲食店をプロデュースしているヤマトエンタープライズの銀座35号店としてお店が開店したのは3ヶ月程前―。
そこは社長の発案で、彩を含めた役付き&現場責任者の全てが新規昇格組。つまり皆“新”店長や“新”チーフなんです。
これから居酒屋やとしての準備を……という所なのですが―、
とにかく皆の動きが悪いんです。特に入社5年目でたぶん同い年の副店長・樹(イツキ♂)にはしっかりして欲しいのですが、いっつもボンヤリ![]()
そんなこんなで四方を睨み、指示を飛ばし、結局は自分で動いて……というのが店長・彩の毎日―。
それこそお釣りの小銭が少なくなっていたりは日常茶飯事で、その日も気がつけばメニューボードに使うチョークが切れていました。
(注文しておけば翌日には届くのに……)
仕方がないので彩は、社長の一木(イチギ)から教わっていた文房具店へ買いに走ります。
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物凄く雰囲気のある《四宝堂》を、彩は一目で気に入りました。
本来なら用事をさっさとすませて戻る所なのですが、こだわりが見て取れる品揃えに『ちょっと見ていこう!』となったのです。と言うのも―、
実は彩は文房具マニアで、ガラスペンと物語の名前のついたインク全27色を揃えていたりします。
40手前くらいの店主の応対も控えめで、彩はのんびり店内を見て歩く事にします。すると、買い物カゴに大量のポチ袋を入れているお客と目が合いました。
真っ先に彩の脳裏に浮かんだのは“美魔女”という言葉―。
自分の母親よりは年上で、上品でシックな装いながら過ぎるくらいに華やかなその女性![]()
「かわいらしいでしょう? ここへくるとどうしてもちょこちょこ買ってしまうの」
棚にならぶ100種類はありそうなポチ袋を眺めながらその女性は言いました。
そのままそのポチ袋についてあれこれ言葉を交わしていると「いかがなさいましたか?」と先ほどの店主がやって来ました。
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どうやら顔なじみの客であるらしいその女性は、彩を2階へ続く階段の踊り場にあるスペースへと誘(いざな)います。
そこは、この店の常連が時に珈琲を飲みながら休憩する場所なのだそうで―。
珈琲の出前を待つ間、店主と名刺交換となりました。
「これは、これは一木社長の会社の方でしたか―」
顔を上げた店主と“美魔女”が一瞬を視線を合わせたようにも思えた彩でしたが―。
「私も自己紹介するわね……伊藤です、伊藤フミ。フミは文章の文という字です」
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「良かったら、私と友達にならない? 私の事は“文ちゃん”って呼んでちょうだい」
「この歳になると、誰も気安く呼んでくれなくなるの」と言った文ちゃんは、自身も「細々と飲食店をやっている」そうで、彩に親近感を抱いたようでした。
実際、店長という重責に押しつぶされそうになっていた彩はつい、従業員についての愚痴をこぼしてしまいます。
「人に働いてもらうって、大変な事よねぇ」
そうしみじみと言った文ちゃんでしたが「良い物を教えてあげる」と言って、ある物を取り出しました。
「これは、この店にも置いてあるカードなんだけど……これにみんなの事を書き込んでいくの。名前に年齢、出身地や趣味やクセなんかを―」
自らの体験を例に説明してくれた文ちゃんの“提案”に、彩はハッとします。
(私はみんなの事を殆ど知らない)
(樹君の名字だって……中野? それとも仲野?)
(斉藤さんも、実は斎藤だったかも?)
「従業員って、家族みたいな物だから」そう言い切った文ちゃんは―、
「そうね、まずは自分の事から書いてみて……結構難しいのよ、これが」
その夜、名簿を見てみんなの名前から確認した彩は(笑)、それぞれをイメージしたインクでカードを書いていくのです。
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こうして従業員の経歴や個性を知り“家族”としての再出発を誓った彩。そんな彼女に従業員達もまた心を開いていくのです。
お話の最後で、偶然“文ちゃん”と《四宝堂》で居合わせた一木社長は「うちの従業員にご指導を頂きまして―」と頭を下げます。
“文ちゃん”は、銀座で複数のお店を経営している社長さんでして、何より―、
“夜の銀座では知らない者はいない”高級クラブのオーナーなのでございます![]()
