今回も《銀座「四宝堂」文房具店》シリーズから―、

 

《銀座「四宝堂」文房具店Ⅴ》

上田健司著 小学館文庫

(309頁)

 

 

 このブログでは触れておりませんが、ここまでのシリーズの中で、《四宝堂》の店主・宝田硯(タカラダケン)と、その近所の喫茶店《ほゝづゑ》の看板娘・良子(リョウコ)は、幼馴染みという微妙な距離を乗り越え(笑)何とか婚約までこぎつけております。

 友人知人やお店の常連さんは、二人についてずっとやきもきしており、実際かなり世話を焼いていたんです真顔

 

 今回も全5話の中から、そんな常連さんのアシストが光る「カード」をちょっぴりご紹介―。

 

 ※※※※

 

 なんとかランチの営業を終えた洋風酒屋《一年一組》では、店長の中村彩(ナカムラアヤ)が慌ただしく動いていました。

 

 東京を中心に約50店舗の飲食店をプロデュースしているヤマトエンタープライズの銀座35号店としてお店が開店したのは3ヶ月程前―。

 

 そこは社長の発案で、を含めた役付き&現場責任者の全てが新規昇格組。つまり皆“新”店長や“新”チーフなんです。

 

 これから居酒屋やとしての準備を……という所なのですが―、

 

 とにかく皆の動きが悪いんです。特に入社5年目でたぶん同い年の副店長・樹(イツキ♂)にはしっかりして欲しいのですが、いっつもボンヤリ真顔

 

 そんなこんなで四方を睨み、指示を飛ばし、結局は自分で動いて……というのが店長・の毎日―。

 それこそお釣りの小銭が少なくなっていたりは日常茶飯事で、その日も気がつけばメニューボードに使うチョークが切れていました。

 

(注文しておけば翌日には届くのに……)

 

 仕方がないのでは、社長の一木(イチギ)から教わっていた文房具店へ買いに走ります。

 

 ※

 

 物凄く雰囲気のある《四宝堂》を、は一目で気に入りました。

 本来なら用事をさっさとすませて戻る所なのですが、こだわりが見て取れる品揃えに『ちょっと見ていこう!』となったのです。と言うのも―、

 

 実はは文房具マニアで、ガラスペンと物語の名前のついたインク全27色を揃えていたりします。

 40手前くらいの店主の応対も控えめで、はのんびり店内を見て歩く事にします。すると、買い物カゴに大量のポチ袋を入れているお客と目が合いました。

 

 真っ先にの脳裏に浮かんだのは“美魔女”という言葉―。

 

 自分の母親よりは年上で、上品でシックな装いながら過ぎるくらいに華やかなその女性デレデレ

 

「かわいらしいでしょう? ここへくるとどうしてもちょこちょこ買ってしまうの」

 

 棚にならぶ100種類はありそうなポチ袋を眺めながらその女性は言いました。

 そのままそのポチ袋についてあれこれ言葉を交わしていると「いかがなさいましたか?」と先ほどの店主がやって来ました。

 

 ※

 

 どうやら顔なじみの客であるらしいその女性は、を2階へ続く階段の踊り場にあるスペースへと誘(いざな)います。

 そこは、この店の常連が時に珈琲を飲みながら休憩する場所なのだそうで―。

 

 珈琲の出前を待つ間、店主名刺交換となりました。

 

「これは、これは一木社長の会社の方でしたか―」

 

 顔を上げた店主と“美魔女”が一瞬を視線を合わせたようにも思えたでしたが―。

 

「私も自己紹介するわね……伊藤です、伊藤フミ。フミは文章の文という字です」

 

 ※

 

「良かったら、私と友達にならない? 私の事は“文ちゃん”って呼んでちょうだい」 

 

「この歳になると、誰も気安く呼んでくれなくなるの」と言った文ちゃんは、自身も「細々と飲食店をやっている」そうで、に親近感を抱いたようでした。

 

 実際、店長という重責に押しつぶされそうになっていたはつい、従業員についての愚痴をこぼしてしまいます。

 

「人に働いてもらうって、大変な事よねぇ」

 

 そうしみじみと言った文ちゃんでしたが「良い物を教えてあげる」と言って、ある物を取り出しました。

 

「これは、この店にも置いてあるカードなんだけど……これにみんなの事を書き込んでいくの。名前に年齢、出身地や趣味やクセなんかを―」

 

 自らの体験を例に説明してくれた文ちゃんの“提案”に、彩はハッとします。

 

(私はみんなの事を殆ど知らない)

(樹君の名字だって……中野? それとも仲野?)

(斉藤さんも、実は斎藤だったかも?)

 

「従業員って、家族みたいな物だから」そう言い切った文ちゃんは―、

 

「そうね、まずは自分の事から書いてみて……結構難しいのよ、これが」

 

 その夜、名簿を見てみんなの名前から確認した彩は(笑)、それぞれをイメージしたインクでカードを書いていくのです。

 

 ※※※※

 

 こうして従業員の経歴や個性を知り“家族”としての再出発を誓った。そんな彼女に従業員達もまた心を開いていくのです。

 

 お話の最後で、偶然“文ちゃん”と《四宝堂》で居合わせた一木社長「うちの従業員にご指導を頂きまして―」と頭を下げます。

 

 “文ちゃん”は、銀座で複数のお店を経営している社長さんでして、何より―、

 

 “夜の銀座では知らない者はいない”高級クラブのオーナーなのでございますウインク