科学者達の情熱は、大自然の驚異に打ち勝てるのかというお話でございます。

 

「ブルーネス」その1

伊予原新著 文春文庫

(445ページ)

 

 最初に―、

 

 本項を書いたのは、4月19日でございます。まさか、4月20日にまた大きな地震が発生し、津波警報等が発令されるとは思ってもおりませんでした。

 無論、作品はフィクションでございますし、その中から引用した部分にもなんら他意はございません。ただタイミング的に、どうしてもヒリヒリする記述がございます。その辺は何卒、ご容赦の程を―。

 

 

 ※※

 

 2011年3月11日に起きた大震災は、我々の生活を一変させました。

 

 報道で連呼された“想定外”という言葉の通り、確かに未曾有の大災害でございました(個人的に原発事故に関してだけは“想定外”は認めていませんけど)。

 

 しかし、この“想定外”という言葉は、科学者―特に地震研究者にとっては重い十字架となりました。

 

 本作の主人公・行田準平(コウダジュンペイ)は、東都大学地震研究所(地震研)の広報官をしておりました。

 震災当時は数々の報道番組に出演しており、視聴者から寄せられる苦情や不安の声に心を病んでいきました。

 何よりショックだったのが、彼が博士号を取った地震の直前予知に関する研究が、大震災では全く役に立たなかった事。

 

『自分は地震予知を、研究者として生き残る手段にしているだけではないか』

 

 そう気付いた時、準平は大学を辞めました。

 

 ※※※※

 

 その日、準平は横須賀にある独立行政法人・海洋地球研究所(MEI)に来ておりました。

 そこでプロジェクトリーダーをしている武智要介(タケチヨウスケ)から、面接の打診を受けた為です。

 武智準平の先輩(面識はほぼ無し)で、地震研究界隈ではプリンスと呼ばれておりました。

 

 ただ、準平はずっと逡巡しておりました。

 そもそも彼は地震研究者ですから、武智が現在携わっている“地球の深部”に関する知見は持ち合わせていません。しかもおかしな事に、改めてMEIのHPを調べてみると、件(くだん)のプロジェクトから武智の名前が消えているのです。

 

(やっぱり面接やめようかな)

 

 海を見ながらそんな風に考えていた準平は、一人の研究者(?)と出会います。瀬島(せじま)と名乗ったその男は、話をするうちに準平がかつて“有名人”であった事に気がつきます。そして―、

 

「今度、ベンチャーを立ち上げる予定なんだけど、よかったら手伝ってくんない?」

 

 ※

 

 瀬島と別れ、取り敢えず武智の話だけは聞くことにした準平―。

 通された会議室で、武智に今回の面接について尋ねます。

 彼の応答は―、

  • 新しいプロジェクトの人員募集である。
  • その為に武智自身はこれまでのポストから降りた。
  • 地震研で助教をしていた準平の資質を買っている。

 

 まぁ、準平の資質とありますが、共通の恩師が準平の現状を気に掛けているという事情も多分にあったようです。

 

 武智はおもむろに口を開きました。

 

「地震の発生は十四時四十六分、そのわずか三分後には、気象庁が大津波警報を発令した。その高さは、宮城県沿岸で六メートル。岩手と福島では三メートルだった」

 

 そこから先の事は、準平も知っています。

 

「地震発生から二十八分後と四十四分後に、それぞれ津波の予想は上方修正され、最終的には十メートルになった」

 

 当時の事を思い返し、準平は後を引き取りました。

『でも、その時にはすでに十メートル以上の津波があちこちに到達していた』

 

 武智は加えて「津波の本体が到着する前に“数十センチの第一波”という報告も良くなかった。そんな不正確な予想や楽観的な情報が散発的にもたらされたら―」

 

 そこでひと呼吸置いて―

「人間は、ストレスを減らす為に、根拠もなく大丈夫だと思いたがるらしい」

 

 会話の途中、準平の脳裏には被災地で聞いた声が蘇っていました。

 

(せいぜい一階が水浸しになるぐらいだろうと―)

(第一波五十センチって聞いたんだよね)

(ここも駄目だって言ったんだけど、誰も動こうとしなくて―)

 

 動悸を抑えつつ準平は声を絞りだしました。『けれど―』

 

『オオカミ少年が、珍しく本当のオオカミの襲来を村人に告げた。でも少年が一匹だと思っていたオオカミは大群でやって来た』

 

 ※

 

 そもそも現状では地震の予知は困難です。そして、発生直後に出来る事も限られている。

 しかし、津波は違う。地震が発生してから津波がくるまで、逃げる時間が充分にある。

 武智「いざとなれば日本の津波監視システムはそれなりに機能するはずだ」と考えていました。しかし実際は違った。

 

「きちんと見張るべきは津波の方なんだ」

 

 津波ならば―その姿を正確に捉えることさえ出来れば、事後でも対処出来る。

 

 武智はこう結びました。

 

「私は思いついてしまった。新しい津波監視システムの可能性を―」

 

 ※※※※

 

 武智が考案したスステムの詳細と謎の研究者・瀬島については次回にしたいと思います……まぁ、あまり難しくはしないつもりです真顔

 

 勿論現状でも、南海トラフ地震を見据え様々な施策が行われております。ただ、どれも国家レベルのプロジェクトで莫大な予算と時間がかかります。

 

 武智が危惧しているのは、何よりその時間の方なんです。

 

《次回に続きます》