いつもと変わらない大学の風景。嫌なことを切り捨て新しい日を迎えるのは何度目だろうか。忘れたことにする、我ながら嫌な癖がついた物だと思う。上滑りする友人との会話、耳を通り抜けるだけの講義。意味のない日常、いつも通りの日常。
あの日、俺は何かが弾けたようにその場を逃げ出した。何か。その何かを確かめるのが怖い。恐ろしい。そ今まで自分が抱いたことのない何かが蠢いている。心の中にある違和感。恐怖の存在。俺はそれが怖い。

大学で偶然顔を合わせた彼女は一昔前、居酒屋で飲む前の彼女に戻っているような気がした。話しかけられる機会もなかったし、話しかける度胸もなかったので本当はどうかを確かめる事は出来なかったが、彼女の醸し出す雰囲気、何かを突き刺すような冷たい視線は図書館で感じた彼女のイメージとは違った。
彼女は彼女の方でこちらを一別するわけでもなく、視線を投げかけるわけでもなく、ただその他の大勢と同列として扱っているようだった。ただの景色として、ただの偶然同じ講義を取った学生として、ただのその場に居合わせた人間として。その振る舞いは自然さしかなく、敢えてそうしているようには感じられない。ただ、時折見せる彼女の寂しげな瞳が俺を締め付ける。心が痛い。


いつもと変わらない大学の風景。辛いことは自分の中にしまい込み、周りには迷惑をかけず生活をする。我ながら嫌な癖がついた物だと思う。いや、昔に戻っただけと言うべきか。昔通りの自分、昔通りの大学、昔通りの生活。私と彼だけが知っている、私の罪悪。
あの日、私の心の中に私の罪悪をしまい込んだ。昔からよく行ってきた事。そう、私は罪深い。罪深いというとまるで悲劇で彩られた戯曲の世界だが、そんな良い物ではない。周りは私を冷静、などと言ってくれるがそのような時に私はどうして良いか判らない。別に冷静にすごそうと思っているのではなく、子供の頃から染みついた悪癖だ。
全ての事に一歩引いき、深く関わる事を拒絶する。私が社会に不適合だと言う事は自分で重々承知している。だから関わらない。私の心ない仕草、言動は周囲の人を傷つけ、痛めつける。だから関係を拒絶する。私が関係しなければ、周りが傷つく事もない。そのことを忘れ、身の丈に合わない行動を起こしたからこそ彼は傷ついた。だから拒絶する。そうすれば親しくしたい人を傷つける事もない。私のスタイル。私の処世術。


いつもと変わらない大学の風景。嫌なことを切り捨て新しい日を迎えるのは何度目だろうか。忘れたことにする、我ながら嫌な癖がついた物だと思う。上滑りする友人との会話、耳を通り抜けるだけの講義。意味のない日常、いつも通りの日常。
あの日、俺は何かが弾けたようにその場を逃げ出した。何か。その何かを確かめるのが怖い。恐ろしい。今まで自分が抱いたことのない何かが蠢いている。心の中にある違和感。恐怖の存在。俺はそれが怖い。

大学で偶然顔を合わせた彼女は一昔前、居酒屋で飲む前の彼女に戻っているような気がした。話しかけられる機会もなかったし、話しかける度胸もなかったので本当はどうかを確かめる事は出来なかったが、彼女の醸し出す雰囲気、何かを突き刺すような冷たい視線は図書館で感じた彼女のイメージとは違った。
彼女は彼女の方でこちらを一別するわけでもなく、視線を投げかけるわけでもなく、ただその他の大勢と同列として扱っているようだった。ただの景色として、ただの偶然同じ講義を取った学生として、ただのその場に居合わせた人間として。その振る舞いは自然さしかなく、敢えてそうしているようには感じられない。ただ、時折見せる彼女の寂しげな瞳が俺を締め付ける。心が痛い。


いつもと変わらない大学の風景。辛いことは自分の中にしまい込み、周りには迷惑をかけず生活をする。我ながら嫌な癖がついた物だと思う。いや、昔に戻っただけと言うべきか。昔通りの自分、昔通りの大学、昔通りの生活。私と彼だけが知っている、私の罪悪。
あの日、私の心の中に私の罪悪をしまい込んだ。昔からよく行ってきた事。そう、私は罪深い。罪深いというとまるで悲劇で彩られた戯曲の世界だが、そんな良い物ではない。周りは私を冷静、などと言ってくれるがそのような時に私はどうして良いか判らない。別に冷静にすごそうと思っているのではなく、子供の頃から染みついた悪癖だ。
全ての事に一歩引いき、深く関わる事を拒絶する。私が社会に不適合だと言う事は自分で重々承知している。だから関わらない。私の心ない仕草、言動は周囲の人を傷つけ、痛めつける。だから関係を拒絶する。私が関係しなければ、周りが傷つく事もない。そのことを忘れ、身の丈に合わない行動を起こしたからこそ彼は傷ついた。だから拒絶する。そうすれば親しくしたい人を傷つける事もない。私のスタイル。私の処世術。

大学で見かける彼は、まるで何事もなかったかのように振る舞っている。私が彼を傷つけた事を忘れているかのような振る舞い。それは私を気遣っての事か、そうでないかは判らない。彼は私にとって触れがたい存在だ。そう、触れてはいけない、先日と同じ轍を踏む事はない。私がいつも通り過去をしまい込めば済む事。私がよけいな事をしなければ済む事。私が大切にしたい存在。だから触れない。
彼と目が合いそうになる。無意識に彼を追う視線が恨めしく、自分の動作に気づいたとき視線を敢えて外す。私は彼に触れてはいけない。彼が視線の片隅にちらりと映る。彼は私を見つめている様に映る。気のせい、そう気のせいだ。私が彼を想ってはいけない。そのまま視線を外さなければならない。声をかける事などもってのほか。彼は私とは違い繊細で、粗暴なこの指で触れる事は出来ない。私は意識の外に彼を無理矢理追い出す。いつもと同じ筈のいつもの生活。心が痛い。

私の心は何で出来ているのだろう。これほどやわな心だとは思ってもいなかった。
彼を遠ざけていると、一日が長く感じる。大学にいる時間が苦痛に感じる。彼と同じ場所にいることが辛い。
彼とのことは忘れ、毎日を過ごすはずだった。少し前までの日常が戻るはずだった。周りの人間はいつもと変わらない日常を過ごしている。いや、ひょっとしたら彼らはそれぞれの非日常と戦っているのかもしれない。ただ、彼らにとっての私は、日常通りの人間に埋もれ、言の葉にもあがらない。彼が休んでいた少しの間、私の心が激しく動いたとき、彼らは揃って私のことを持ち上げ、何があったかを事細かに聴こうとした。そんな彼らも、先日の私たちの雰囲気から近寄るのを止めたのか、唯でさえ面白みのない私に話題の元が無くなったと感じたのか、彼らの雰囲気は以前の私に対する物に戻っていたような気がする。
私のこの感情は何なのだろう。表面上の日常は戻っても私の中は戻ってはいない。
今まで辛いことなど沢山経験している。その度に私はその辛さに慣れ、自分を維持してきた。
だが、自分を維持できない。彼を視界の端で認めると、私の顔はほころびそうになる。大きな声を上げ、彼に話しかけたい。彼と同じ早さで一緒に歩きたい。彼と一緒に…
これが彼を傷つけた原因、現状の大本。何度となく自分を戒めるのは何回目だろう。
彼を忘れる事は出来ない。頑張ってみたがだめだ。ならば、私の頭の中だけでも。私の中での譲歩、妥協。
これ以上は同じ事、いや、これまで以上にひどいことを繰り返すことは目に見えている。

止めよう。彼を想ってはいけない。


一度は遠ざけたはずの彼女。自ら拒否した彼女。
彼女は何も話しかけてくることもなく、その過去すら本当にあったことかどうかも疑わしくなるほど、彼女は俺に対して何もリアクションを取らない。
大学で彼女の姿を目で追っているのを自分で気付いたのはいつだろう。早足に中庭を歩く彼女を昼休みに見つけてからというもの、同じ時間に毎日同じベンチに座っていた。「ストーカーみたいだな…」独りごちた私に答えてくれる物はおらず、ただ、割れながらの虚しさが私の中を通り抜ける。
友人とは変わらずつきあい続けているが、前と変わらず話している阿久の話だと、俺が彼女のことについて聞く事が多くなったという。自分でも気がつかないが、最近自分の行動を認識し、そうだったかもしれないと思う事が増える。
彼女が視界にはいると心がざわめき、何気ない図書館の日々が思い起こされる。嫌な過去は忘れ、無かったことにするというポリシーを頭では分かっているはずなのに、彼女の姿を目で追ってしまう。
まだ抱いたことのない感情、怖がっていた感情。正体は言われるまでもなかった。ただ、認められなかった。
彼女は周りに気がつきもせず、大学の中庭を闊歩する。俺の目は彼女を追う。
声に出すことが怖かった。俺程度の人間が他人に関わることが怖かった。だから自制していた。自らに課した鎖。お互いを守れるであろう鎖。鎖は俺だけに巻かれていればいい。
しかし頭では分かっているはずなのに、俺の目は常に彼女を捜している。
何故だ。答えは分かっているが答えは敢えて出せない。しかし答えはもう出ている。

俺は彼女に惹かれている。

彼に視線を向けたくて仕方がない。同じ講義を受けるとき、廊下ですれ違うとき、学食で彼の姿を見つけたとき、そして彼が友達と楽しそうに話すとき。私は彼に視線を向けたくて仕方がない。
幾分彼と距離を取ることに慣れなければならない、と頭では分かっているはずなのにいつも視線の端で彼を捜すこの癖が憎い。最後に彼と話してからどれだけ経ったのだろう。正確にはまだ一週間も経っておらず、今週のことなのにもかかわらずまるで一ヶ月、一年、いやそれ以上に感じる。我ながら、この短い間になんとまぁ大きな部分を彼に奪われているのかと呆れるほどだ。
呆れる。そう、私は心に決めたはずなのにもかかわらず、表面上は冷静を装い彼と距離を取ると決めたはずなのに。自らの愚かさに呆れる。消さなければいけない火がまだ自分の中にくすぶっている。毎晩ベッドに入るとその事を痛感する。もう考えない様にしよう。もう終わりにしよう。何度そう思ったことだろう。
「もう私は彼を好きではない。昔のことだ。」
布団の中で組んだ腕に自分の指が強く食い込む。ここ最近毎日繰り返される儀式。自己暗示。
しばらくしても眠れず、混乱する頭の中を整理している時携帯無機質な音を立て着信を告げた。


彼女をいつも目の端で追いかけるようになったのはいつからだろう。彼女が講義に向かう姿、颯爽とスカートをなびかせながら廊下ですれ違うとき、一人で読書をしながら学食でサンドイッチを食べるとき。彼女がいないと分かっているゲームセンターの中でも彼女を捜し、ファミレスにはいると店内を思わず見渡す癖がついた。
彼女とは俺が冷酷な言葉を告げ一方的に終了させた。その俺がどの顔をしてその様な事をしているのか、その滑稽さは自分でも分かっているつもりだ。なのに、体は常に彼女を捜している。視線の端に彼女を見つけると、常に彼女の視線に入らないように彼女を見つめる。世が世なら、いや俺はもう既に危ない人かもしれない。わかってはいても彼女を捜すのは何故だろう。

危ない。もう一歩進めば耐え難い苦痛とトラウマに覆われた世界が待っているかもしれない。お前は過去に痛い思いを経験したはずだ。止めろ。もう十分だ。お前には高嶺の花だ。お前は屑だ。屑が人並みに夢を見るな。夢は寝て見ろ。深手を負うぞ、致命傷だ。お前の持つエロゲ、エロ漫画、ギャルゲー、MMO、そのどれを持っても癒すことの出来ない傷が出来るんだぞ。現実から逃避してもその傷の痛みはお前を逃さないぞ。よく考えろ。現実のぬるま湯ほど居心地の良い物はない。戻れ、今なら間に合う。

自分の声が頭の中で響く。
俺は声を振り払うように力強く指で押した。ここ最近、押そうと思っても躊躇し結局押せなかった指。声に耳を傾け押せなかった指。
携帯電話から呼び出し音が聞こえる。

彼からの電話は、公園まで来てほしい、との事だった。なぜ?と聞いても答えは返してくれない。ただ、対面で話したい、と告げられる。話の内容を想像するのは容易だ。私が今まで彼にした仕打ち、それに対して彼が遂に審判を下したのだろう。またその事から、最近彼と距離を取ろうとしたのにもかかわらず、その試みに失敗している事に気づく。
「あぁ、また知らない内に彼の事を傷つけていたのか…」
何をしてもまともに出来ない人間、一度決めた事すら出来ない人間。私は私自身に常に失望するのは何度目だろうか。常に自分の愚かさで周りに迷惑をかけたくない、そう思いながら生活をしてきているのにままならない。何より、この愚かさのおかげで彼を深く傷つけた。傷つけ続けた。彼から何を言われても仕方がないと思うし、また当然の事とも思う。受け入れよう、何が待ちかまえていようと自業自得だ。そう覚悟を決めるのとほぼ同時に公園が見た。

「悪かったね、こんな時間にさ。」
「いや、別に眠れなかったし構わない。」
いつも感じる沈黙とは違ってまるで指すような痛みが流れる空気にはあった。沈黙を打ち破るかのように彼は口を開く。
「いきなりだけど、俺勝呂さんのことが好きだ。愛している。今まで抱いたことのない感情だけど、多分この感情に間違いはない。俺と付き合ってくれ。」
いきなりの告白に面食らい、次の言葉を探す内に彼が二の句を告げる。
「気がついたらいつでも勝呂さんの姿を追っている。勝呂さんの何気ない仕草、何気ない言動。みんなは勝呂さんのことを冷静、落ち着いてるなんて言うけど、ただみんなが勝呂さんの表情を読み取れないだけで、勝呂さんは感情を表している。その感情一つ一つに俺の心は激しく揺さぶられたよ。」
同じだ、私が彼を好きになり、彼の姿を常に目の端で追い、その行動一つ一つに別の意味があることを私は知った。彼のことを知れば知るほど私は彼に惹かれていった。しかし何故?彼が何を考えているのか分からない。
ただ、答えはすぐに思いついた。いや、既に用意してある結論、私は彼を常に傷つける。
「大変ありがたい申し出だが、慎んでお断りする。」
「なぜ?勝呂さんが初めて俺に対して告白してくれた、あの言葉は嘘だったの?」
「嘘ではない、あのとき私が君に伝えた事は真実だ。誓ってもいい。」
「俺も今伝えた言葉に嘘偽りはないよ。」
「…っ」
「前に勝呂さんが家に来たとき、俺は色々恥ずかしいところを見せたけど…でも、もう吹っ切れる。そう思えるんだ。それは勝呂さんに聞いてもらったからかもしれないし、慰めてもらったからかもしれない。ただ勝呂さんが居たから、俺は今まで肩に乗っかっていた物を一気におろす事が出来た気がする。」
違う、私はそんな事を出来ない。何も出来なかった。むしろあなたを傷つけた。
「もう一度言おうかな。俺は勝呂さん、あなたの事が好きです。あなたの気持ちが変わっていなければ、俺と付き合ってください。」
答えに窮し、再び沈黙が流れる。私の気持ちが変わるはずはない。その証拠に、君をいつでも見ていた。君をいつでも想っていた。そう答えられればどれだけ楽なのだろうか。仮に付き合ったとしても調子に乗った私は彼を更に痛めつける。目に見えるようだ。好きなのに、付き合いたいのに、彼を傷つけてしまう、彼の傷ついた姿を見て辛くなる、彼を思いやって更に彼を傷つける。
腕を組み、静かに告げる。
「私の気持ちは既に変わっている。だから君とは付き合えない。」
「嘘だね。」
「何故そうと?」
「君が嘘を付くときの癖、この前見つけたんだ。」
そう言うと彼は腕を組むポーズをする。何故かその姿は滲んで見える。俯き、恥ずかしげもなく嗚咽を漏らす私を彼は優しく抱きかかえるようにして囁く。
「もう言わないよ。俺はあなたの事が大好きです。付き合ってください。」
私は何も言わず、ただ彼の胸の中で頷いた。

翌日、私たち二人は大学をさぼり、お互い初めてのデートを楽しんだ。
映画、散歩、古書店巡り、そして夕ご飯を外で食べる。そのどれもが一人でやっていたときとは違う、新しい楽しみを発見する。隣に好きな人がいるだけでこんなにも幸せな気分になれる。それは私にとって大きな驚きであり、大きな喜びであった。
趣味のこと、何気ないこと、普段のこと、お互いのこと。そしてお互いがそれぞれついこの間まで自分の中で思い違いをしており、すれ違っていたことなど色々と話す。まるでそれまで無為に過ごしてきた日々を取り戻すかのように、会話を貪った。
彼はテーブルに並べられた料理の数々を楽しそうにほおばっている。
「名成君、私はとても幸せだ。君と今日一日過ごしただけで、私は新しい体験をいくつも経験した。改めて私も言っておくと、貴方のことを私も愛してる。」
彼は口に入れていた青島ビールを軽く吹き出しむせだした。顔を赤くしているので、気管にでも入っているのかと思い彼の背中をさすると、「…勝呂さん、いきなりその、愛してるとか言われると…照れるよ…」
「昨日は君の方からあんなにはっきり言ってくれたじゃないか。私は心底ドキドキしてたんだぞ。」
昨日のことを思い出したのか、彼は顔だけでは飽きたらず耳まで赤くした。
「昨日の男らしい君とのギャップ…かわいいな。」
彼は一層耳を赤くした。


いつか誰かが歌っていた。恋は恋愛に、恋愛は愛に、愛は愛情に、愛情は情に。情はいつしか真っ白な灰に風が吹くだけで崩れて消えると。だが、私と彼には当てはまらない確信がある。
最近こり始めたカメラを彼に向ける。彼は写真を撮られることが恥ずかしいのか、そっぽを向いたが、「カメラに向かって微笑んでくれないと君が私に告白してくれたときの台詞を一言一句間違わず君の耳元で囁き続けるぞ」というと、一気に顔を赤くして諦めたようにこちらを向いた。
「こんなかんじ?」

ファインダー越しに映るこの微笑みがある限り、決して灰になることはないと私は確信できる。

いつもと変わらない大学の風景。
嫌なことを切り捨て新しい日を迎えるのは何度目だろうか。
忘れたことにする、我ながら嫌な癖がついた物だと思う。
上滑りする友人との会話、耳を通り抜けるだけの講義。
意味のない日常、いつも通りの日常。

あの日、俺は何かが弾けたようにその場を逃げ出した。
何か。
その何かを確かめるのが怖い。
恐ろしい。
そ今まで自分が抱いたことのない何かが蠢いている。
心の中にある違和感。
恐怖の存在。
俺はそれが怖い。


大学で偶然顔を合わせた彼女は一昔前、居酒屋で飲む前の彼女に戻っているような気がした。
話しかけられる機会もなかったし、話しかける度胸もなかったので本当はどうかを確かめる事は出来なかったが、彼女の醸し出す雰囲気、何かを突き刺すような冷たい視線は図書館で感じた彼女のイメージとは違った。

彼女は彼女の方でこちらを一別するわけでもなく、視線を投げかけるわけでもなく、ただその他の大勢と同列として扱っているようだった。
ただの景色として、ただの偶然同じ講義を取った学生として、ただのその場に居合わせた人間として。
その振る舞いは自然さしかなく、敢えてそうしているようには感じられない。
ただ、時折見せる彼女の寂しげな瞳が俺を締め付ける。
心が痛い。


いつもと変わらない大学の風景。
辛いことは自分の中にしまい込み、周りには迷惑をかけず生活をする。
我ながら嫌な癖がついた物だと思う。
いや、昔に戻っただけと言うべきか。
昔通りの自分、昔通りの大学、昔通りの生活。
私と彼だけが知っている、私の罪悪。

あの日、私の心の中に私の罪悪をしまい込んだ。
昔からよく行ってきた事。
そう、私は罪深い。
罪深いというとまるで悲劇で彩られた戯曲の世界だが、そんな良い物ではない。
周りは私を冷静、などと言ってくれるがそのような時に私はどうして良いか判らない。
別に冷静にすごそうと思っているのではなく、子供の頃から染みついた悪癖だ。

全ての事に一歩引いき、深く関わる事を拒絶する。
私が社会に不適合だと言う事は自分で重々承知している。
だから関わらない。
私の心ない仕草、言動は周囲の人を傷つけ、痛めつける。
だから関係を拒絶する。
私が関係しなければ、周りが傷つく事もない。
そのことを忘れ、身の丈に合わない行動を起こしたからこそ彼は傷ついた。
だから拒絶する。
そうすれば親しくしたい人を傷つける事もない。
私のスタイル。
私の処世術。


大学で見かける彼は、まるで何事もなかったかのように振る舞っている。
私が彼を傷つけた事を忘れているかのような振る舞い。
それは私を気遣っての事か、そうでないかは判らない。
彼は私にとって触れがたい存在だ。
そう、触れてはいけない、先日と同じ轍を踏む事はない。
私がいつも通り過去をしまい込めば済む事。
私がよけいな事をしなければ済む事。
私が大切にしたい存在。
だから触れない。

彼と目が合いそうになる。
無意識に彼を追う視線が恨めしく、自分の動作に気づいたとき視線を敢えて外す。
私は彼に触れてはいけない。
彼が視線の片隅にちらりと映る。
彼は私を見つめている様に映る。
気のせい、そう気のせいだ。
私が彼を想ってはいけない。
そのまま視線を外さなければならない。
声をかける事などもってのほか。
彼は私とは違い繊細で、粗暴なこの指で触れる事は出来ない。
私は意識の外に彼を無理矢理追い出す。
いつもと同じ筈のいつもの生活。
心が痛い。

登場人物
名成ひろ(ななりひろ)
大学3年
文系
彼女いない歴=年齢
よく行く板=喪板+メンヘル?
喋り方ラーメンズの片桐っぽい感じ、イントネーションとかが。


勝呂和美(すくるかずみ)
大学3年
史学専攻
彼氏とかいないっていうかよくわからんし興味ない系
眼鏡


////////////ここから脇////////////
阿久 悠(あく ゆう)
悪友。悪ノリすき。
よく行く板=VIP
大学3年

朋香
「今日は彼氏がきているからウチ無理」
の人

貴恵
「これから彼氏と落ち合うから無理」

///////////裏設定
腕を組むのは嘘フラグ
食事延期中
嬉しいと目を開く
男のツボは共感してくれること
締めはこんな感じ?

往々にして上手くいかないことはある。そんなことは今まで何度も体験してきているし、分かり切っているはずだった。
どういう態度を取っていいのかわからない。
つい最近知り合いになった朋香や貴恵に質問したら笑われた。
飲み会という、初めて体験する催しを企画してくれ、色々とアドバイスをくれた。
事実途中までは計画してくれた通りに事は運び、今更ながら他の人に比べ私は知識が浅いんだなぁ、と感じたものだ。
ただ一つ分かっているのは、私が彼を落ち込ませた、という事実だ。彼の家に押しかけるような形で訪問したときに、
私の一挙一動が過去の傷を抉り彼をこれ以上ない程痛めつけたことを知る。
混乱、焦燥、困惑、そして絶望。
私は平静を装って体の中で動き回る感情を抑えつけるのに必死でただ、痛みに打ちひしがれ涙を流す彼のことを、
痛めつけた自らの腕で抱きしめる事しかできなかった。彼の泣き声は身を裂くように私の体にこだました。

彼は強靱な精神力の持ち主だった。次に大学で見かけた彼は、私にいつもと変わりなく微笑みかけ、食事にまで誘ってくれた。
今まで勉強するということに対して何の感情も抱かなかった。
だが、彼と一緒に通う図書館は私にとっては幸せに充ち満ちており、彼には伝えられない密かな楽しみだった。
彼の一挙一動を端で見るたびに心は躍り、彼の一声一声で私の心は沸き立った。
あわよくば親密な関係となることを、まるで少女のように祈りながら毎日朝を迎え、図書館に赴く。
これほど心地のいい日常がいつまでも続けばいいと思った事は無かった。
今回の発表は迎えたくないゴールだった。
しかし、私の資料を片手に発表する彼は凛々しく悠然としており、改めて彼のことをいとおしく感じる。
終わりたくないこの時間が、資料を読み進める彼の最後のまとめ言葉によって幕を下ろされる。
終わった、という感慨とこのままで終わりたくないという感情が舞い立つ。
そして授業後、彼の親友の阿久君が私たちをまた飲み会に誘ってくれた。
なぜ彼は気を利かせ、私にチャンスをくれるのだろうか。判らないが、私は貪欲にそのチャンスを貪ろうと再度心を固めた。
だが私の感情が彼に伝わったのだろうか。
彼はその優しい笑顔を強張らせ、教室から去っていった。
私が思いを寄せると彼が傷つく。
今日ようやく判った。彼は優しい。だから私は調子に乗る。
私が気づかないところで彼に思いを寄せていることが出る。
仕草か、表情か、口調かは判らないが、私が彼を傷つける。
見たくない。
彼にはずっと傷ついてほしくない。
私が傷つけた彼を見たくない。

もう止めよう。

彼を思うことは彼を傷つけ、結果、私を苦しめる。


我ながら自己中心的だ。だが私が彼を想うことを止めれば、双方にとって悪いことではないはずだ。
最初は苦しいかもしれないが、その内に慣れる。
止めよう。
もう涙を流したくはない。
今日で止めよう。


静かに頬を伝う涙を拭こうともせず、涙に濡れた日記帳を閉じると眼鏡を外しベットに入る。
嗚咽を漏らすこともなく、ただ枕を濡らしながら和美は静かに眠りについた。

よく酒を飲む仲間とよく行く居酒屋にいる。腐れ縁で高校の頃から付き合って
いる悪友の阿久はもうつぶれていびきをかいている。
それにしても目の前にいる彼女は何を言っているのだろうか?
お酒が回っているせいか、それとも体験したことのない経験からか、周りの状
況がうまくつかめない。
「うん、久々にお酒を飲むのだが、こうも気持ちよくなるものだとは知らなか
ったな。」
頭が回るように感じる。今さっきまで馬鹿な飲み会が繰り広げられていた。
その馬鹿な流れを作っていた同じ大学同ゼミの友人達も固唾を飲んでこちらを
みていたり、口々にはやし立てたりしている。
「それで、名成君、先ほどの私の質問に答えてほしいのだが。」
冷静に、それでいてアルコールのせいか、妙に熱っぽく、潤んだ瞳がこちらを
眼鏡越しにのぞいている。
指笛が鳴らされ、囃し立てる声がいっそう大きくあちこちで起きる。
「な、なんだったっけ・・・?」
いやな汗が沸いてきた。そもそも目立つ要素もなく、日々平々凡々と生きてい
る俺にとって、こんな舞台は荷が勝ちすぎている。逃げたい。
「そうか、君は私にもう一度胸躍らせる台詞を口に出させてくれるのだな。な
んと君は奥ゆかしい人間なのだろうか。やはり君のことを好きになって間違い
はなかった。」
どうやら酔った勢いの冗談ではないようだ。言われてみれば、和美さんはそう
いう冗談からほど遠い人間だと常々思っていたし、またその通りだという周り
の評判もあった。
一見するときつそうな性格の顔立ち、かといって派手さはないがよく見ると整
った細面の顔が視線を外さずこちらに向けられている。
「ではもう一回言うぞ。私はどうやら君のことが好きなようだ。ここ最近君の
ことをみていて実感した。そうでなければ、私のように嫌われている人間が、
恥を忍んで君たちの集いにお邪魔するような、そんな恥知らずな真似はしなか
っただろう。そこを敢えて席を同じくしたのは君に対して私の思いを伝えよう
と言うごく個人的かつ非常識的なことだ。言っておくが、これは酒の勢いでは
ないぞ。もちろん酒の勢いを借りているところもあるが、それはきっかけにす
ぎない。その上で君に判断してもらいたい。私はこんなつまらなく、馬鹿で考
え無しの人間であるが、どうか君と付き合わせてもらえまいか?」
再びあのすべてを見透かすような目がこちらに向けられる。
不思議な理論によって武装された彼女の告白は、本人以外その正当性をみとめ
ないものではあったが、何よりその勢いによって周りの人間を黙らせた。
彼女が今まで一人もいないという事実、女性から告白されるという状況。何よ
り周りの雰囲気がその状況を拒否する事を許さないように感じられる。
僕は頭を下げ、「喜んで」と声に出した。

一つ驚いたことがある。
あまりいつも話さない彼女、勝呂和美さんとつきあい始めたその日、彼女は酔
いつぶれた。いつもと変わらない口調で、いつもと同じ視線を向ける彼女に告
白され、首を縦に振った後、彼女はさらに酒を飲むペースを速め、焼酎のボト
ルを一人で1本開けた。自慢じゃないが、俺もその位飲めるし、彼女もそんな
ものなのだろうと思っていた矢先、悪友が「勝呂さんって結構お酒飲めるのだ
ね」とかけた質問の答えを聞いて彼女を除く一同に不安がよぎった。
「いや、お酒は飲むのが初めてだ。気分次第で美味しくも不味くもなる、と以
前小説で読んだが確かにその通り。今のお酒はおそらく世界で一番美味しい。」
それからというもの、周りが勝呂さんの飲むものをサワーに変えさせ、店員さ
んに薄目にと繰り返す一同と敏感にアルコール濃度を感じて「これは薄い気が
する。すまないがもっと味の濃い物を頼む。」という彼女とのやりとりに終始
し、最終的には「さて、もう寝るか」という言葉共に俺の太ももを枕代わりに
すると可愛らしい寝息を立てて眠りについた。
その残された僕らは、一種の安堵感と倦怠感に包まれたまま、途方に暮れる。
誰も彼女の家を知らない。以前実家は神戸で今はアパート暮らしだと言ってい
たことを教授とやりとりしていたのを聞いた、という女友達は「今日は彼氏が
きているからウチ無理」と言い、もう一人同席していた女友達からも「これか
ら彼氏と落ち合うから無理」といい、男友達の家をアテにしようとすると「い
や、ありえないから」と男一同が口を揃えた。酔い潰れた女性をカプセルやサ
ウナに突っ込むのもあり得ないし、悩んでいると「ていうか、どう考えてもあ
んたの家でしょ」とこれもまた一同が口を揃えた。
それが良くないからこんなに悩んでいるのに・・・年頃の女性を・・・とまだ
救済を求めている俺に向かって、「彼女の世話くらい彼氏が見ろ」という至極
もっともで酷く理不尽に思える答えが帰ってきた。
彼女は幸せそうに寝息を立てているまま。
女性は軽いと思っていたが、酔い潰れて寝た人間は重いものだと下宿のアパー
トの階段を背に負いながらつくづく感じた。
最初は確かに、あぁ、おっぱいの感触が背中に・・・とかはあったが、それも
2,3分で腕にかかる彼女の体重と足取りの重さでかき消された。彼女を落と
すまい落とすまいと重いながら部屋についたときは汗だくで、彼女をベットに
寝かしつけ床にごろりと寝ころぶとそのまま寝てしまった。その日の夢には彼
女のブラウスの第2ボタンとベルトを緩めるときに見えた白い肌が踊る中、彼
女がいつもの調子でこんな時位は何かしても良いのだぞ、と俺に向かって、少
し恨みがましそうな目で言い続けるシーンが延々と続いていた。

目を覚ますと、なぜかベッドに寝かしつけたはずの彼女が隣に寝ている。しか
も半裸で。
思わずブラウスをはだけ、長めの巻きスカートを放りだし、夢と同じ白い肌と
薄いブルーの下着をちらちらと見せながら寝息を立てている彼女から目を離す
ことが出来ず、かといってどうこうするという考えも起こらずドキドキしてい
ると「おはよう」と言う声に驚きびくっとしながらそろそろと声の主に顔を向
けた。
「お、おはよう・・・」妙にうわずった情けない声で朝の挨拶をするといつも
と変わらない彼女の顔があった。
「昨日は申し訳ない。君に色々と迷惑をかけてしまったようだ。あまり覚えて
はいないが、とりあえず謝っておく。」
「あ、あぁまぁ…気にしないで…」我ながら間の抜けた声だったと思う。「あ
の、服さ…あの…脱いだの?」
「覚えてないが、多分寝ている間に脱いだのだと思う。いつも寝るときはこん
な格好だし。」
何だろう、こちらの方が恥ずかしくなっていくのは気のせいだろうか。顔が上
気していくのが自分でも分かる。
「どうした?」彼女の声で我に返ると、途端に何か今の状況が嘘くさく、誰か
の悪戯ではないかと思えてきた。悪友の阿久 悠の顔が浮かぶ。ここまで酷い
仕打ちを受ける覚えはないが、阿久ならあるいはやるかもしれない。
そうだ、あるわけがない。俺は特別何を出来るわけでも、格好が良いわけでも、
お金を持っているわけでもない。ただの学生だ。何を好きこのんで俺などを選
ぶのだろうか。あり得ない。今の状況はあり得ない。そうに決まっている。こ
の子供の頃からの思考回路は間違えがない。この考え方で今まで痛い思いをし
たことはない。俺を笑うために作られた状況。どうせ後で笑い話になるんだろ
。頭に悪友の阿久 悠の顔が浮かぶ。ここまで酷いことをするとも思えないが
、考えられるとしたらあいつの悪戯だ。おまえらみんな死ねばいいのに。つい
でに俺も死ねばいいのに。
困惑が怒りに変わる。
震える声で俺はせめて一矢報いてやろうと声を絞り出す。
「勝呂さん、昨日の飲み屋のこと覚えてる?」
「あぁ、覚えているとも。私の記念日になるな。」
さらっと返す彼女。どっきり大成功の記念日か。毎年俺は笑いの対象として祝
われるのか。
「そのことなんだけど、どうせどっきりだろ?ありえないじゃん。俺みたいな
の。どうせ阿久あたりが言い出したんでしょ?」
「何を言っているんだ?私の気持ちは昨日言った通りだ。確かにお酒の力を借
りたのは引き様だとは思ったが、ああでもしない限り後で公開すると思ったの
でそうした。それとも、その後迷惑をかけたので愛想が…その…尽きてしまっ
たのか?」
彼女の真摯な眼が向けられている。心なしかいつも見ていた冷静な目ではない
様な気がした。「尽きたとか尽きないとかじゃなくてさ、本当に勝呂さんが俺
を想ってくれているとは想えないんだ。勝呂さんだって好きでもない男の部屋
で、その、そんな…格好したくないだろ。早くこんな部屋から出て行きたいん
だろ?いいよもう、みんなで笑えば良いじゃないか。俺を笑えよ。何をすると
笑える?勝呂さんの、その…下着を見て襲えばいいの?携帯オンになっている
んでしょ?すぐ近くで阿久とか待っているんでしょ?取り押さえるんでしょ?
ほらもう大学いけないじゃん。性犯罪者出来たよ。一生もうねーよな!日陰で
カマドウマみたいに暮らすよ!ほらおもしれ!駄目人間おもしれ!笑う!俺笑
われる!あはははは…」
「君は何を言っているんだ?」
「あははははははははは…」
壁のカレンダーに集中し、彼女を視線に入れない様に、僕は自虐の笑いを続け
る。
「…その、全ての意味は分からなかったが、やはり君は優しい。好きでもない
私に対して交際を断るのに際しても、傷つけない様に親友の名前を出してまで
私のショックを和らげようとするのか。」
「あはははははは…」
「だが、そんな気遣いは無用だ。君の…気持ちは大変嬉しいが…私はこういう
事に慣れて…いるからな。そういう気遣いは…私以外の…その…君の好きな人
に向けるといい…ぞ…」
詰まり詰まり紡ぎ出したその言葉は、彼女の先ほどまでの声の調子とは違った。
思わず背けていた顔を彼女に向ける。
「ありが…とう。一時だけだったが…とても素晴らしい気持ちにさせてくれた。本当に…あり…」
彼女は微笑みながら、一生懸命口を動かす。それまで高ぶっていた俺の気持ち
が一気にしぼんでいく。いそいそと衣服を直す彼女の頬には光る物が伝ってい
た。
何も出来ず、ただ見守るだけの俺。「それではお邪魔した。気にしないでくれ。
私は平気だ。」既に口調は戻っていたが、彼女の姿が玄関の扉に遮られるまで、
その顔がこちらを向くことはなかった。その週末は何もする気が起きず、ただ
日が暮れ、明けていくのみだった。

週が開け、大学が始まる。しかし部屋からは出ない。
高校の時と同じ。何かあれば外に出なければ良い。非生産的で、怠惰で、ぬる
ま湯生活の何が悪い。そう考える性格だから高校ではいじめられたのは理解で
きる。しかし、なぜ大学に入ってまでその様な仕打ちを受けなければならない
のか。など考えながら、ひたすらTVゲームに打ち込む。
俺は真人間にはなれないよ。この前までは良い感じで自分もみんなもだませて
たんだけどなぁ…
考えるたびに落ち込む。鬱になるのが分かっているので考えない様にする。TV
ゲームだけが陰気な音楽を流し続けている。
もう何日経ったのか、何も食べず、水だけ飲む生活がどのくらい続いているの
か。TVの中では延々と仲間を呼ぶ悪魔を作業的に殺していくゲームが流れてい
る。

ポチポチポチポチポチポチポチポチポチ…
くびをはねた
13回ヒット
くびをはねた
くびをはねた
21回ヒット
17回ヒット
くびをはねた
ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポ
チポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ
ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ…
ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポ
チポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ
ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポ
チポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ
ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポ
チポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ
ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポ
チポチポチポチポチポチポチポチポチポチ…
ポチポチポチポチポチポチポチ…

何しに来たんだ、と言う間もなく彼女の第一声が来た。
「ここ1週間丸々来ていないと言うことを阿久君から聞いてな、その…迷惑と
は思うんだが見舞いがてら来てみた。風邪をこじらしているのか?」
「な、何しに来たんだよ…」
「だから見舞いがてらだ。顔色が悪いぞ。寝ていたのか?薬は飲んだのか?」
「いや…」
二人の間に沈黙が流れる。非常に気まずく、まるで俺を刺す様な空気が流れる。
どれくらい時間がたったのだろうか。それほど時間がたっていない気もするし、
1時間も2時間もたった気がする。彼女は何かを思いついた様に口を開いた。
「あ、そうだ。見舞いの品を持ってきた。上がって良い…か?」
「あ、まぁ…」
彼女の手には大きな紙袋が二つ下がっている。お見舞いの品にしてはちょっと
大振りな荷物を気にしている俺を横目に、彼女は颯爽と俺の部屋の中に入って
いく。
「台所を借りるぞ。」
彼女は手慣れた様に紙袋から出した鍋と皿とタッパーに入った材料をてきぱき
と調理し始める。
「体の調子もあるだろうし、横になっていても良いぞ。出来たら呼ぶから。」

たまった洗い物と格闘しながら、てきぱきと彼女は料理をしている様だった。
俺は何をするわけでもなく、話しかけることも出来ず、ただ座りながら彼女の
後ろ姿を見ていた。
まじまじと見ることはなかったが、背は俺と比べてもずいぶん低い様だ。16
8cmの俺と比べて顔一つ分くらい小さい。そして何より華奢な体つきが眼にま
ぶしかった。
ゆったりとした白のブラウスは小さな彼女の肢体を包み、背中まである黒い髪
がそのブラウスにさわりさらさらと音を立てる。すらっと伸びた足を包むパン
ツは、足の細さを誇示する様だ。多分俺の腕の太さもないんじゃないか?と思
えるほど細い。何の料理をしているのかは分からないが、一挙一動に小さなお
尻が動く。
「出来たぞ」
素っ気なく言うと、汚いテーブルに色々な料理が並んだ。
鮭のムニエル、大和煮、ぶりの照り焼き、きんぴら、カボチャの煮付け。
しばらく物を食べていない俺は至極食をそそられた。
「さぁ、食べてくれ。何を作ったらいいのか分からなかったから私の好きな物
を作ってみた。」
返答に困っていると彼女はご飯を装った茶碗と箸を差し出す。
箸を付けてみると、普段俺が口にする物とは異なった、所謂家庭の味がした。

「食べながらでも良い、そのまま聞いて欲しい。」
箸を休め彼女に目を向けると、凄く緊張し、かしこまった感じの彼女がじっと
こちらを見ている。
「この前、私がここにお邪魔した時は本当に申し訳なかったと思っている。あ
れから暫く私は考えたのだが、その…やはり諦められない。実はこの前の飲み
会も私が阿久君に頼んで開いた物だったんだ。君との接点が欲しくてな。それ
で、みんなの協力もあり君と仲良く慣れたわけだが…その、君を不愉快にさせ
てしまったのがな…どうだろう、ひとつ水に流してこの前の夜からやり直して
くれないだろうか。」
真剣な彼女の瞳は、依然と変わりなく俺を混乱させる。
「あの、さぁ…勝呂さん、きれいなんだし、その、俺みたいなのを引っかけて
遊ぶより、その…やめた方が良いよ…」
「何を言っているのか分からない。それはつまり、私が嫌いと言うことなのか?」
「いや、そうじゃなくてさ…嘘くさいよ、この状況。俺ならこういう風に遊ば
れるのも慣れてるから良けど、他の人にはやったら良くないよ…」
「他の人にこんな事をするわけがないだろう。だって私は…」
その時、久方ぶりに食べた物が胃に優しくなかったのだろう。急にめまいと頭
痛がしてくる。まるで風呂にのぼせていきなり立ち上がったときの様に目の前
が白くなり、その場にうずくまる。薄れゆく意識の中で最後に聞いた言葉は「
惚れているんだからな」だった。頭まで白くなるようなめまいの中で、俺は嘘
くせーと
思い続けていた。

意識がぼんやりとする中、目を開けると彼女が心配そうにこちらを見ている。
いつの間にか頭の下には水枕
が置かれ、額には氷嚢が当たっている。
「ありがとう…色々してくれたみたいで…」
「気にしなくて良いけど、その、もう良いのか?痛い所とかはないか?吐き気
は?おなかは?それから…」
「大丈夫、久々に物食べてお腹がびっくりしただけだからさ。」
うめく様につぶやく様に喋る俺に対しても彼女は真摯に答える。
「ご飯を食べてなかったのか。どうしてまた、そんなことを…」

天井を見つめる。なんだか今まで色々と考えてきたことが馬鹿に思える。この
数日俺がやっていたこと、考
えたこと。その全てが徒労に終わった感じがするのはなぜだろう。彼女の言葉
がそうさせるのか、調子の悪
い体調の為せるものかは分からない。
「俺、高校までいじめられていたんだよ。」
彼女の言葉はない。自然にわき出てくる言葉を待つ様に、じっと彼女はきちっ
とした姿勢で正座をしてこちらを伺っている。
「何が原因って訳でもなく、なんとなくいじめられていた。殴られるわけでも、
金を取られる訳でもないん
だ。ただただ、シカトされる。そんな高校生活が2年半続いた。3年の中頃、そ
んな中でも俺に気を遣って
くれる女の子がいたんだ。とてもかわいい子だった。事あるごとに大丈夫?元気
出してね。応援してる。そんな言葉をかけてくれたんだ。俺は彼女がたまらなく
好きになって、ある日彼女に告白した。なけなしの勇気だった。でも振られた。」
彼女の俺を見る目は変わらない。いや、少し目が潤んでいるのだろうか。その大
きな瞳が濡れている様に見えた。
「それは構わないんだ。彼女はいつもクラスとか部活の中心にいて、かたや俺は
日陰にいる感じだし、それは別に納得できることだったんだ。俺はしょうがない
、と自分でも驚くほど割り切れてさ。次の日も学校に出て行った。そうしたらな
んか周りの雰囲気違うんだよ、朝から。みんなが俺を見てクスクス笑う感じ。な
んか嫌な感じが朝からあったんだけど、いつものことと思いこんで授業を受け続
けてた。その昼休み、食事時にさ。ほら、昼の放送ってあるじゃない。あの放送
でさ。俺の声で優しくしてくれた女の子に告白しているのが流れているんだよ。
不思議だろ?綺麗な音でさ…最初から録音を…俺、次の日から学校…行けなくて…
女性が、怖くて…」
思わず鼻声になる自分が情けなかった。
「単位は足りてたからさ、学校は行かなくても何とかなったんだ。郵便で教師と
受験票のやりとりとかして…すること無かったから勉強してさ…大学からは変わ
ろうと思ったんだ…けど…この前、勝呂さんと話てて…思い出して…」
いつの間にか嗚咽を漏らす俺を冷静に見ている俺がいる。もう何もしゃべれず、
語ることを語った感じがいっそう涙を流させた。

次の瞬間、俺の視界は暗くなり彼女の胸でいっぱいになった。
彼女は俺の頭を抱きかかえる様に、優しく、強く抱きしめその頭をなででいた。
「すま…なかった…ね…」
視線を彼女に向けると、彼女の眼からは俺の目から流れ出る涙と同じ位、いやそ
れ以上の涙が溢れ出ていた。
母に抱かれる子供の様に俺は彼女の胸で嗚咽を漏らす。
頭を抱く彼女は、何も言うこともなくただただ頭を撫でてくれている。かなりの
時間そうしていた様にも思え、また短い時間のようにも感じられた。静寂を打ち
破ったのは彼女の方からであった。
「よく分からない…でも、君の事がこれほど愛おしく感じられたのは私にとって
嬉しい誤算だ。私は汚い人間なんだ。自分のことをまず一番に考える。君の弱っ
ているところを見逃さず、むしろ弱っているところを愛おしくさえ思う様な人間
なんだ。軽蔑をされたくはない。けれど、これが本当の気持ちだ。この前伝えた
言葉は本当の私の気持ちだし、その気持ちに変わりはない。いや、むしろ強くな
っている。だから、すまなかった。」
なぜこんなタイミングでそんなことを言い出すのか、理解できなかった。勝呂さ
んは俺の一人語りに付き合ってくれているのだろうか。普段とはまた違った口調
で語った。
「本当は、もう一度お付き合いをお願いしようと思って今日は来たんだ。我なが
ら…なんというか浅ましいとすら思えるな。でも、今日君の言葉を聞いたら泥だ
らけで真綿に寝ころぶ自分の様を思い浮かべられた。私の好きな君を、私のエゴ
で汚しては、私が悔やんでも悔やみきれないよ。本当に本当に、本当に失礼した。」
平身低頭謝る彼女に何か言葉をかけなければ、と思う頭とは裏腹に玄関の扉は閉
まる。彼女の言葉は俺の頭の中でうわずり、言葉は意味を無くし、ただ綺麗な音
としてしか頭をよぎらなかった。体を離すと彼女は身支度を調え、玄関の扉を開
けた。
「これから、大学で会っても気にせず…いや、むしろ無視してくれて構わない。
私は君を傷つける様だ。邪魔をした。」
彼女は部屋を出て行った。残された俺は、今更ながら一人でこの部屋にいると
言うことを自覚しながら、まだ隊長の戻らない我が身を呪い、呟いた。
「この駄目人間…」



気分は晴れない物の、大学には行かなくてはいけないという義務感から大学に足
を向ける様になった。それは自分で稼いでいる金が学費に充てられていることに
起因するのか、それとも彼女に対する言いようのない気持ちが形を変えた物なの
かは分からなかった。
そういえば、次の講義彼女も確か受けていたんだっけ…
思い出すと鬱になる。彼女に関すること、自分のしたこと、全てが渦巻いて混乱
に俺を陥れる。無視するんだ。言い聞かせても釈然としない物が頭の中にある。
そんな気持ちを見透かしてか、その講義を受け持つ教授は講義中にさらなる波紋
を投げかけた。
「あ、名成君と勝呂さん先週こなかったでしょ。一ヶ月後の講義の時に研究発表
して貰うから。後で部屋にきてね。」
朗らかな、年相応に深みのある声が頭の中でこだまする。
それから耳にはいる言葉は頭を素通りし、意味のない音へと変わっていく。
教授の部屋でもそうだった。終始無言の俺とは対照的に彼女は明朗な声で教授と
やりとりする。まるで何もなかったかの様に。対して俺は適当に相づちを返すだ
け。我ながら情けないとは思うが、平静を装うだけで精一杯だった。
その後学食で調べることに関しての細かい打ち合わせ。彼女はあくまで事務的に
接してくる。
「で、私は天地初發の解釈から…」
「古事記と日本書紀の政治的背景が…」
彼女は本当に優等生だ。相方の俺が役に立たなくても一人でも立派な発表が出来
るだろう。
俺はただただ何の感傷も受けず、目の前の言葉に対し注意深く聞きながら的確、
かつ曖昧な返事を返す仕事に従事していた。しかし頭の心までは響かない様にす
るのは中々骨がいる作業だった。
だからだろうか、そんな彼女の言葉の音色が変わったのに敏感に俺の耳は反応した。
「本当にすまないと思ってる。ここでこうして卓を囲むと言うことも嬉しく思っ
ている。その…顔に出て…いた?それで気分を損ねたとしたら悪いと思って…」
「いや、気にしないで。あれは俺が悪かったよ。本当に。謝って済めば良いんだ
けど、そうも行かないしね…でもとりあえず謝っておく。ごめんなさい。」
よく覚えていないが、この時の俺は何も考えていなかったと思う。考えていたら
もう少し気の利いたことを言い、自分に対して安全な言葉しか言わなかったと思
う。彼女はその細い腕を組みながら続ける。
「あれは…その…酔いがそうさせたんだと思う。柄にもなく酒に酔っていたし、
お互い気にすることはない…と思う。どう?」
どう、と聞かれても困るのだが、とりあえずは頷いておく。
「うん、取り敢えずは発表に集中しよう。それでここの部分だが…」

不思議なことに、その時は冷静に彼女を見ることが出来た。それが先ほどの彼女
の言葉がきっかけなのか、そうでないのかは分からない。
ただ、冷静に彼女を見た時、整った横顔が悲しそうな雰囲気を醸しているのに俺
は何故か愛しさを感じた。

改めて彼女は優秀な学生だと思う。前からうすうすは感じていたが、一緒に調
べ物をするにつれ、より強い確証となっていく。
想像で物を言わない。知的欲求には素直に行動する。理論づけられてない意見
はあくまで参考としておく。
もちろんその知識量にも驚かされたが、知識だけではなく考え方に驚かされる。
これで同じ回生というのだから、自分がどれだけ幼いかがわかる。
驚いたのはそれだけではなかった。大学での彼女の印象は無口でひたすら勉強
に打ち込む姿が強かった。確かに勉強に対する姿勢はその通りであったが、彼
女は意外にも無口ではなく、意外に会話を求めてくる。
「その雑誌の発表はいつ頃になっている?」
「えと、昭和52年だな。」
「ではこちらの論文の方が3年新しいな。ということはその論文に対して反証
の材料があったのか。書かれている参考文献を取ってこよう。」
「貸し出し依頼の紙に移しておくよ。」
「ところで目玉焼きがなかなかうまく焼けないのだが、何故だろうな。」
「え?」
「ターンオーバーだ。ひっくり返して焼く手法で、映画で美味しそうに食べて
いるのを見てからという物何度となく試したのだけど、これがなかなか上手く
いかなくてな…」
という具合にふとしたときに日常の会話を混ぜてくるのでこちらとしても気が抜けない。
「それはフライパンの温度に尽きると思うよ。火は気持ち弱め、裏に返してか
らの方を長く焼く感じだといいと思う。」
知っている知識の中から絞り出した答えに彼女は満足したのか、彼女の細い目
は気持ち大きく見開かれながら、「ありがとう、今晩早速試してみる。」
最近気づいたことだが、この目を多少大きく開く動作はどうやら彼女が嬉しい
ときに出る仕草のようだ。その仕草を見る度になにか俺は嬉しくなっていく。

この短い間、俺は今までにない充足感に包まれていた。
それが珍しく勉強に打ち込んだ達成感からくる物ではないことはわかっている。
この充足感が今日で終わる。明日は発表の日。今日は学食で明日に備え打ち合
わせを行っている。
正直、自分がここまで他人に関われるとは思ってもいなかった。つかず離れず、
相手との距離を一定に保つしか人と付き合う術を持たない俺は、こんな社交
性があったのかと驚くほどだ。
「で、明日の発表なのだが君に発表を頼みたい。その…私は人前に出るとあが
ってしまうから…」
腕を組みながら彼女は目を伏せがちにつぶやく。
「別にいいけど…でも、今回の資料だってほとんど勝呂さんが調べたし、なんか気が引けるな。」
「気にしないでもいい、私は調べる作業自体が楽しかったし、その…本当に楽しかったんだ。」
組んだ腕を解きながら彼女はじっとこちらに目を合わせ言い放つ。
「そうなんだ。勝呂さん日本神話が好きなんだね。」
心底感心した俺は、彼女の崇高さに敬意を表したつもりだった。だが、彼女の
表情はこちらの気持ちとは裏腹に曇る。
気まずい雰囲気が流れる。昔からこの雰囲気は嫌いだ。俺が何かを喋る。そして時に起こるこの雰囲気。
自分が相手を傷つけたのか、嫌な思いをさせたのか。嫌われたのか、怒ってい
るのか。全てがこの雰囲気に混じり込んでいるとも思え、何もないように思えるこの雰囲気が嫌いだ。
慌てて、俺は彼女に対して口走る。雰囲気に背中を押されなければ、普段の俺ならば絶対言えないであろう。
「発表が終わったら、なんかメシ奢るよ。ほら、調べ物もほとんどやって貰ったし。お礼と思ってさ。」
「そんな、悪い。私は何も辛いことなんて思ってもいない。むしろ、こちらが奢りたいぐらいだ。」
「んー。じゃ、割り勘にしようか。それなら気にしないでしょ?」
気の利いたやつはこういう時になんて言うのだろう。俺にはこれしか頭に浮かばなかった。
「わかった。楽しみだな。」
彼女の細い目は薄紅がかった頬の上で気持ち大きく開かれた。

意識がぼんやりとする中、目を開けると彼女が心配そうにこちらを見ている。いつの間にか頭の下には水枕
が置かれ、額には氷嚢が当たっている。
「ありがとう…色々してくれたみたいで…」
「気にしなくて良いけど、その、もう良いのか?痛い所とかはないか?吐き気は?おなかは?それから…」
「大丈夫、久々に物食べてお腹がびっくりしただけだからさ。」
うめく様につぶやく様に喋る俺に対しても彼女は真摯に答える。
「ご飯を食べてなかったのか。どうしてまた、そんなことを…」

天井を見つめる。なんだか今まで色々と考えてきたことが馬鹿に思える。この数日俺がやっていたこと、考
えたこと。その全てが徒労に終わった感じがするのはなぜだろう。彼女の言葉がそうさせるのか、調子の悪
い体調の為せるものかは分からない。
「俺、高校までいじめられていたんだよ。」
彼女の言葉はない。自然にわき出てくる言葉を待つ様に、じっと彼女はきちっとした姿勢で正座をしてこち
らを伺っている。
「何が原因って訳でもなく、なんとなくいじめられていた。殴られるわけでも、金を取られる訳でもないん
だ。ただただ、シカトされる。そんな高校生活が2年半続いた。3年の中頃、そんな中でも俺に気を遣って
くれる女の子がいたんだ。とてもかわいい子だった。事あるごとに大丈夫?元気出してね。応援してる。そ
んな言葉をかけてくれたんだ。俺は彼女がたまらなく好きになって、ある日彼女に告白した。なけなしの勇
気だった。でも振られた。」
彼女の俺を見る目は変わらない。いや、少し目が潤んでいるのだろうか。その大きな瞳が濡れている様に見
えた。
「それは構わないんだ。彼女はいつもクラスとか部活の中心にいて、かたや俺は日陰にいる感じだし、それ
は別に納得できることだったんだ。俺はしょうがない、と自分でも驚くほど割り切れてさ。次の日も学校に
出て行った。そうしたらなんか周りの雰囲気違うんだよ、朝から。みんなが俺を見てクスクス笑う感じ。な
んか嫌な感じが朝からあったんだけど、いつものことと思いこんで授業を受け続けてた。その昼休み、食事
時にさ。ほら、昼の放送ってあるじゃない。あの放送でさ。俺の声で優しくしてくれた女の子に告白してい
るのが流れているんだよ。不思議だろ?綺麗な音でさ…最初から録音を…俺、次の日から学校…行けなくて…
女性が、怖くて…」
思わず鼻声になる自分が情けなかった。
「単位は足りてたからさ、学校は行かなくても何とかなったんだ。郵便で教師と受験票のやりとりとかして…
すること無かったから勉強してさ…大学からは変わろうと思ったんだ…けど…この前、勝呂さんとはし
てて…思い出して…」
いつの間にか嗚咽を漏らす俺を冷静に見ている俺がいる。もう何もしゃべれず、語ることを語った感じがい
っそう涙を流させた。

次の瞬間、俺の視界は暗くなり彼女の胸でいっぱいになった。
彼女は俺の頭を抱きかかえる様に、優しく、強く抱きしめその頭をなででいた。
「すま…なかった…ね…」
視線を彼女に向けると、彼女の眼からは俺の目から流れ出る涙と同じ位、いやそれ以上の涙が溢れ出ていた。


何しに来たんだ、という間もなく彼女の第一声が来た。
「ここ1週間丸々来ていないと言うことを阿久君から聞いてな、その…迷惑とは思うんだが見舞いがてら来てみた。風邪をこじらしているのか?」
「な、何しに来たんだよ…」
「だから見舞いがてらだ。顔色が悪いぞ。寝ていたのか?薬は飲んだのか?」
「いや…」
二人の間に沈黙が流れる。非常に気まずく、まるで俺を刺す様な空気が流れる。どれくらい時間がたったのだろうか。それほど時間がたっていない気もするし、1時間も2時間もたった気がする。彼女は何かを思いついた様に口を開いた。
「あ、そうだ。見舞いの品を持ってきた。上がって良い…か?」
「あ、まぁ…」
彼女の手には大きな紙袋が二つ下がっている。お見舞いの品にしてはちょっと大振りな荷物を気にしている俺を横目に、彼女は颯爽と俺の部屋の中に入っていく。
「台所を借りるぞ。」
彼女は手慣れた様に紙袋から出した鍋と皿とタッパーに入った材料をてきぱきと調理し始める。
「体の調子もあるだろうし、横になっていても良いぞ。出来たら呼ぶから。」
たまった洗い物と格闘しながら、てきぱきと彼女は料理をしている様だった。俺は何をするわけでもなく、話しかけることも出来ず、ただ座りながら彼女の後ろ姿を見ていた。
まじまじと見ることはなかったが、背は俺と比べてもずいぶん低い様だ。168cmの俺と比べて顔一つ分くらい小さい。そして何より華奢な体つきが眼にまぶしかった。
ゆったりとした白のブラウスは小さな彼女の肢体を包み、背中まである黒い髪がそのブラウスにさわりさらさらと音を立てる。すらっと伸びた足を包むパンツは、足の細さを誇示する様だ。多分俺の腕の太さもないんじゃないか?と思えるほど細い。何の料理をしているのかは分からないが、一挙一動に小さなお尻が動く。
「できたぞ」
素っ気なく言うと、汚いテーブルに色々な料理が並んだ。
鮭のムニエル、大和煮、ぶりの照り焼き、きんぴら、カボチャの煮付け。
しばらく物を食べていない俺は至極食をそそられた。
「さぁ、食べてくれ。何を作ったらいいのか分からなかったから私の好きな物を作ってみた。」
返答に困っていると彼女はご飯を装った茶碗と箸を差し出す。
箸を付けてみると、普段俺が口にする物とは異なった、所謂家庭の味がした。

「食べながらでも良い、そのまま聞いて欲しい。」
箸を休め彼女に目を向けると、凄く緊張し、かしこまった感じの彼女がじっとこちらを見ている。
「この前、私がここにお邪魔した時は本当に申し訳なかったと思っている。あれから暫く私は考えたのだが、その…やはり諦められない。実はこの前の飲み会も私が阿久君に頼んで開いた物だったんだ。君との接点が欲しくてな。それで、みんなの協力もあり君と仲良く慣れたわけだが…その、君を不愉快にさせてしまったのがな…どうだろう、ひとつ水に流してこの前の夜からやり直してくれないだろうか。」
真剣な彼女の瞳は、依然と変わりなく俺を混乱させる。
「あの、さぁ…勝呂さん、きれいなんだし、その、俺みたいなのを引っかけて遊ぶより、その…やめた方が良いよ…」
「何を言っているのか分からない。それはつまり、私が嫌いと言うことなのか?」
「いや、そうじゃなくてさ…嘘くさいよ、この状況。俺ならこういう風に遊ばれるのも慣れてるから良けど、他の人にはやったら良くないよ…」
「他の人にこんな事をするわけがないだろう。だって私は…」
その時、久方ぶりに食べた物が胃に優しくなかったのだろう。急にめまいと頭痛がしてくる。まるで風呂にのぼせていきなり立ち上がったときの様に目の前が白くなり、その場にうずくまる。薄れゆく意識の中で最後に聞いた言葉は「惚れているんだからな」だった。頭まで白くなるようなめまいの中で、俺は嘘くせーと
思い続けていた。

よく酒を飲む仲間とよく行く居酒屋にいる。腐れ縁で高校の頃から付き合っている悪友の阿久はもうつぶれていびきをかいている。
それにしても目の前にいる彼女は何を言っているのだろうか?
お酒が回っているせいか、それとも体験したことのない経験からか、周りの状況がうまくつかめない。
「うん、久々にお酒を飲むのだが、こうも気持ちよくなるものだとは知らなかったな。」
頭が回るように感じる。今さっきまで馬鹿な飲み会が繰り広げられていた。
その馬鹿な流れを作っていた同じ大学同ゼミの友人達も固唾を飲んでこちらをみていたり、口々にはやし立てたりしている。
「それで、名成君、先ほどの私の質問に答えてほしいのだが。」
冷静に、それでいてアルコールのせいか、妙に熱っぽく、潤んだ瞳がこちらを眼鏡越しにのぞいている。
指笛が鳴らされ、囃し立てる声がいっそう大きくあちこちで起きる。
「な、なんだったっけ・・・?」
いやな汗が沸いてきた。そもそも目立つ要素もなく、日々平々凡々と生きている俺にとって、こんな舞台は荷が勝ちすぎている。逃げたい。
「そうか、君は私にもう一度胸躍らせる台詞を口に出させてくれるのだな。なんと君は奥ゆかしい人間なのだろうか。やはり君のことを好きになって間違いはなかった。」
どうやら酔った勢いの冗談ではないようだ。言われてみれば、和美さんはそういう冗談からほど遠い人間だと常々思っていたし、またその通りだという周りの評判もあった。
一見するときつそうな性格の顔立ち、かといって派手さはないがよく見ると整った細面の顔が視線を外さずこちらに向けられている。
「ではもう一回言うぞ。私はどうやら君のことが好きなようだ。ここ最近君のことをみていて実感した。そうでなければ、私のように嫌われている人間が、恥を忍んで君たちの集いにお邪魔するような、そんな恥知らずな真似はしなかっただろう。そこを敢えて席を同じくしたのは君に対して私の思いを伝えようと言うごく個人的かつ非常識的なことだ。言っておくが、これは酒の勢いではないぞ。もちろん酒の勢いを借りているところもあるが、それはきっかけにすぎない。その上で君に判断してもらいたい。私はこんなつまらなく、馬鹿で考え無しの人間であるが、どうか君と付き合わせてもらえまいか?」
再びあのすべてを見透かすような目がこちらに向けられる。
不思議な理論によって武装された彼女の告白は、本人以外その正当性をみとめないものではあったが、何よりその勢いによって周りの人間を黙らせた。
彼女が今まで一人もいないという事実、女性から告白されるという状況。何より周りの雰囲気がその状況を拒否する事を許さないように感じられる。
僕は頭を下げ、「喜んで」と声に出した。

一つ驚いたことがある。
あまりいつも話さない彼女、勝呂和美さんとつきあい始めたその日、彼女は酔いつぶれた。いつもと変わらない口調で、いつもと同じ視線を向ける彼女に告白され、首を縦に振った後、彼女はさらに酒を飲むペースを速め、焼酎のボトルを一人で1本開けた。自慢じゃないが、俺もその位飲めるし、彼女もそんなものなのだろうと思っていた矢先、悪友が「来栖さんって結構お酒飲めるのだね」とかけた質問の答えを聞いて彼女を除く一同に不安がよぎった。
「いや、お酒は飲むのが初めてだ。気分次第で美味しくも不味くもなる、と以前小説で読んだが確かにその通り。今のお酒はおそらく世界で一番美味しい。」
それからというもの、周りが来栖さんの飲むものをサワーに変えさせ、店員さんに薄目にと繰り返す一同と敏感にアルコール濃度を感じて「これは薄い気がする。すまないがもっと味の濃い物を頼む。」という彼女とのやりとりに終始し、最終的には「さて、もう寝るか」という言葉共に俺の太ももを枕代わりにすると可愛らしい寝息を立てて眠りについた。
その残された僕らは、一種の安堵感と倦怠感に包まれたまま、途方に暮れる。
誰も彼女の家を知らない。以前実家は神戸で今はアパート暮らしだと言っていたことを教授とやりとりしていたのを聞いた、という女友達は「今日は彼氏がきているからウチ無理」と言い、もう一人同席していた女友達からも「これから彼氏と落ち合うから無理」といい、男友達の家をアテにしようとすると「いや、ありえないから」と男一同が口を揃えた。酔い潰れた女性をカプセルやサウナに突っ込むのもあり得ないし、悩んでいると「ていうか、どう考えてもあんたの家でしょ」とこれもまた一同が口を揃えた。
それが良くないからこんなに悩んでいるのに・・・年頃の女性を・・・とまだ救済を求めている俺に向かって、「彼女の世話くらい彼氏が見ろ」という至極もっともで酷く理不尽に思える答えが帰ってきた。
彼女は幸せそうに寝息を立てているまま。
女性は軽いと思っていたが、酔い潰れて寝た人間は重いものだと下宿のアパートの階段を背に負いながらつくづく感じた。
最初は確かに、あぁ、おっぱいの感触が背中に・・・とかはあったが、それも2,3分で腕にかかる彼女の体重と足取りの重さでかき消された。彼女を落とすまい落とすまいと重いながら部屋についたときは汗だくで、彼女を別途に寝かしつけ床にごろりと寝ころぶとそのまま寝てしまった。その日の夢には彼女のブラウスの第2ボタンとベルトを緩めるときに見えた白い肌が踊る中、彼女がいつもの調子でこんな時位は何かしても良いのだぞ、と俺に向かって、少し恨みがましそうな目で言い続けるシーンが延々と続いていた。

目を覚ますと、なぜかベッドに寝かしつけたはずの彼女が隣に寝ている。しかも半裸で。
思わずブラウスをはだけ、長めの巻きスカートを放りだし、夢と同じ白い肌と薄いブルーの下着をちらちらと見せながら寝息を立てている彼女から目を離すことが出来ず、かといってどうこうするという考えも起こらずドキドキしていると「おはよう」と言う声に驚きびくっとしながらそろそろと声の主に顔を向けた。
「お、おはよう・・・」妙にうわずった情けない声で朝の挨拶をするといつもと変わらない彼女の顔があった。
「昨日は申し訳ない。君に色々と迷惑をかけてしまったようだ。あまり覚えてはいないが、とりあえず謝っておく。」
「あ、あぁまぁ…気にしないで…」我ながら間の抜けた声だったと思う。「あの、服さ…あの…脱いだの?」
「覚えてないが、多分寝ている間に脱いだのだと思う。いつも寝るときはこんな格好だし。」
何だろう、こちらの方が恥ずかしくなっていくのは気のせいだろうか。顔が上気していくのが自分でも分かる。
「どうした?」彼女の声で我に返ると、途端に何か今の状況が嘘くさく、誰かの悪戯ではないかと思えてきた。悪友の阿久 悠の顔が浮かぶ。ここまで酷い仕打ちを受ける覚えはないが、阿久ならあるいはやるかもしれない。
そうだ、あるわけがない。俺は特別何を出来るわけでも、格好が良いわけでも、お金を持っているわけでもない。ただの学生だ。何を好きこのんで俺などを選ぶのだろうか。あり得ない。今の状況はあり得ない。そうに決まっている。この子供の頃からの思考回路は間違えがない。この考え方で今まで痛い思いをしたことはない。俺を笑うために作られた状況。どうせ後で笑い話になるんだろ。頭に悪友の阿久 悠の顔が浮かぶ。ここまで酷いことをするとも思えないが、考えられるとしたらあいつの悪戯だ。おまえらみんな死ねばいいのに。ついでに俺も死ねばいいのに。
困惑が怒りに変わる。
震える声で俺はせめて一矢報いてやろうと声を絞り出す。
「勝呂さん、昨日の飲み屋のこと覚えてる?」
「あぁ、覚えているとも。私の記念日になるな。」
さらっと返す彼女。どっきり大成功の記念日か。毎年俺は笑いの対象として祝われるのか。
「そのことなんだけど、どうせどっきりだろ?ありえないじゃん。俺みたいなの。どうせ阿久あたりが言い出したんでしょ?」
「何を言っているんだ?私の気持ちは昨日言った通りだ。確かにお酒の力を借りたのは引き様だとは思ったが、ああでもしない限り後で公開すると思ったのでそうした。それとも、その後迷惑をかけたので愛想が…その…尽きてしまったのか?」
彼女の真摯な眼が向けられている。心なしかいつも見ていた冷静な目ではない様な気がした。「尽きたとか尽きないとかじゃなくてさ、本当に勝呂さんが俺を想ってくれているとは想えないんだ。勝呂さんだって好きでもない男の部屋で、その、そんな…格好したくないだろ。早くこんな部屋から出て行きたいんだろ?いいよもう、みんなで笑えば良いじゃないか。俺を笑えよ。何をすると笑える?勝呂さんの、その…下着を見て襲えばいいの?携帯オンになっているんでしょ?すぐ近くで阿久とか待っているんでしょ?取り押さえるんでしょ?ほらもう大学いけないじゃん。性犯罪者出来たよ。一生もうねーよな!日陰でカマドウマみたいに暮らすよ!ほらおもしれ!駄目人間おもしれ!笑う!俺笑われる!あはははは…」
「君は何を言っているんだ?」
「あははははははははは…」
壁のカレンダーに集中し、彼女を視線に入れない様に、僕は自虐の笑いを続ける。
「…その、全ての意味は分からなかったが、やはり君は優しい。好きでもない私に対して交際を断るのに際しても、傷つけない様に親友の名前を出してまで私のショックを和らげようとするのか。」
「あはははははは…」
「だが、そんな気遣いは無用だ。君の…気持ちは大変嬉しいが…私はこういう事に慣れて…いるからな。そういう気遣いは…私以外の…その…君の好きな人に向けるといい…ぞ…」
詰まり詰まり紡ぎ出したその言葉は、彼女の先ほどまでの声の調子とは違った。思わず背けていた顔を彼女に向ける。
「ありが…とう。一時だけだったが…とても素晴らしい気持ちにさせてくれた。本当に…あり…」
彼女は微笑みながら、一生懸命口を動かす。それまで高ぶっていた俺の気持ちが一気にしぼんでいく。いそいそと衣服を直す彼女の頬には光る物が伝っていた。
何も出来ず、ただ見守るだけの俺。「それではお邪魔した。気にしないでくれ。私は平気だ。」既に口調は戻っていたが、彼女の姿が玄関の扉に遮られるまで、その顔がこちらを向くことはなかった。その週末は何もする気が起きず、ただ日が暮れ、明けていくのみだった。

週が開け、大学が始まる。しかし部屋からは出ない。
高校の時と同じ。何かあれば外に出なければ良い。非生産的で、怠惰で、ぬるま湯生活の何が悪い。そう考える性格だから高校ではいじめられたのは理解できる。しかし、なぜ大学に入ってまでその様な仕打ちを受けなければならないのか。など考えながら、ひたすらTVゲームに打ち込む。
俺は真人間にはなれないよ。この前までは良い感じで自分もみんなもだませてたんだけどなぁ…
考えるたびに落ち込む。鬱になるのが分かっているので考えない様にする。TVゲームだけが陰気な音楽を流し続けている。
もう何日経ったのか、何も食べず、水だけ飲む生活がどのくらい続いているのか。TVの中では延々と仲間を呼ぶ悪魔を作業的に殺していくゲームが流れている。

ポチポチポチポチポチポチポチポチポチ…
くびをはねた
13回ヒット
くびをはねた
くびをはねた
21回ヒット
17回ヒット
くびをはねた
ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ…
ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ…
ポチポチポチポチポチポチポチ…

何回窓が暗くなった頃だろうか、呼び鈴が鳴る。
新聞の勧誘か何かかと思い放置する。しかし呼び鈴は鳴り続ける。
いつもならあきらめて帰っているはずなのに、しつこい。
「うるせえな、もう」あきらめた様に玄関の扉を開くと、そこにいたのは新聞の勧誘員ではなく、現状を作り出した人がいた。
なぜか眼を赤く腫らした彼女を、俺は色っぽいと感じた。
「体の調子もあるだろうし、横になっていても良いぞ。出来たら呼ぶから。」
たまった洗い物と格闘しながら、てきぱきと彼女は料理をしている様だった。俺は何をするわけでもなく、話しかけることも出来ず、ただ座りながら彼女の後ろ姿を見ていた。
まじまじと見ることはなかったが、背は俺と比べてもずいぶん低い様だ。168cmの俺と比べて顔一つ分くらい小さい。そして何より華奢な体つきが眼にまぶしかった。
ゆったりとした白のブラウスは小さな彼女の肢体を包み、背中まである黒い髪がそのブラウスにさわりさらさらと音を立てる。すらっと伸びた足を包むパンツは、足の細さを誇示する様だ。多分俺の腕の太さもないんじゃないか?と思えるほど細い。何の料理をしているのかは分からないが、一挙一動に小さなお尻が動く。
「できたぞ」
素っ気なく言うと、汚いテーブルに色々な料理が並んだ。
鮭のムニエル、大和煮、ぶりの照り焼き、きんぴら、カボチャの煮付け。
しばらく物を食べていない俺は至極食をそそられた。
「さぁ、食べてくれ。何を作ったらいいのか分からなかったから私の好きな物を作ってみた。」
返答に困っていると彼女はご飯を装った茶碗と箸を差し出す。
箸を付けてみると、普段俺が口にする物とは異なった、所謂家庭の味がした。

「食べながらでも良い、そのまま聞いて欲しい。」
箸を休め彼女に目を向けると、凄く緊張し、かしこまった感じの彼女がじっとこちらを見ている。
「この前、私がここにお邪魔した時は本当に申し訳なかったと思っている。あれから暫く私は考えたのだが、その…やはり諦められない。実はこの前の飲み会も私が阿久君に頼んで開いた物だったんだ。君との接点が欲しくてな。それで、みんなの協力もあり君と仲良く慣れたわけだが…その、君を不愉快にさせてしまったのがな…どうだろう、ひとつ水に流してこの前の夜からやり直してくれないだろうか。」
真剣な彼女の瞳は、依然と変わりなく俺を混乱させる。
「あの、さぁ…勝呂さん、きれいなんだし、その、俺みたいなのを引っかけて遊ぶより、その…やめた方が良いよ…」
「何を言っているのか分からない。それはつまり、私が嫌いと言うことなのか?」
「いや、そうじゃなくてさ…嘘くさいよ、この状況。俺ならこういう風に遊ばれるのも慣れてるから良けど、他の人にはやったら良くないよ…」
「他の人にこんな事をするわけがないだろう。だって私は…」
その時、久方ぶりに食べた物が胃に優しくなかったのだろう。急にめまいと頭痛がしてくる。まるで風呂にのぼせていきなり立ち上がったときの様に目の前が白くなり、その場にうずくまる。薄れゆく意識の中で最後に聞いた言葉は「惚れているんだからな」だった。頭まで白くなるようなめまいの中で、俺は嘘くせーと
思い続けていた。

よく酒を飲む仲間とよく行く居酒屋にいる。
目の前にいる彼女は何を言っているのだろうか?
お酒が回っているせいか、それとも体験したことのない経験からか、周りの状況がうまくつかめない。
「うん、久々にお酒を飲むのだが、こうも気持ちよくなるものだとは知らなかったな。」
頭が回るように感じる。今さっきまで馬鹿な飲み会が繰り広げられていた。
その馬鹿な流れを作っていた同じ大学同ゼミの友人達も固唾を飲んでこちらをみていたり、口々にはやし立てたりしている。
「それで、名成君、先ほどの私の質問に答えてほしいのだが。」
冷静に、それでいてアルコールのせいか、妙に熱っぽく、潤んだ瞳がこちらを眼鏡越しにのぞいている。
指笛が鳴らされ、囃し立てる声がいっそう大きくあちこちで起きる。
「な、なんだったっけ・・・?」
いやな汗が沸いてきた。そもそも目立つ要素もなく、日々平々凡々と生きている俺にとって、こんな舞台は荷が勝ちすぎている。逃げたい。
「そうか、君は私にもう一度胸躍らせる台詞を口に出させてくれるのだな。なんと君は奥ゆかしい人間なのだろうか。やはり君のことを好きになって間違いはなかった。」
どうやら酔った勢いの冗談ではないようだ。言われてみれば、和美さんはそういう冗談からほど遠い人間だと常々思っていたし、またその通りだという周りの評判もあった。
一見するときつそうな性格の顔立ち、かといって派手さはないがよく見ると整った細面の顔が視線を外さずこちらに向けられている。
「ではもう一回言うぞ。私はどうやら君のことが好きなようだ。ここ最近君のことをみていて実感した。そうでなければ、私のように嫌われている人間が、恥を忍んで君たちの集いにお邪魔するような、そんな恥知らずな真似はしなかっただろう。そこを敢えて席を同じくしたのは君に対して私の思いを伝えようと言うごく個人的かつ非常識的なことだ。言っておくが、これは酒の勢いではないぞ。もちろん酒の勢いを借りているところもあるが、それはきっかけにすぎない。その上で君に判断してもらいたい。私はこんなつまらなく、馬鹿で考え無しの人間であるが、どうか君と付き合わせてもらえまいか?」
再びあのすべてを見透かすような目がこちらに向けられる。
不思議な理論によって武装された彼女の告白は、本人以外その正当性をみとめないものではあったが、何よりその勢いによって周りの人間を黙らせた。
彼女が今まで一人もいないという事実、女性から告白されるという状況。何より周りの雰囲気がその状況を拒否する事を許さないように感じられる。
僕は頭を下げ、「喜んで」と声に出した。

一つ驚いたことがある。
あまりいつも話さない彼女、勝呂和美さんとつきあい始めたその日、彼女は酔いつぶれた。いつもと変わらない口調で、いつもと同じ視線を向ける彼女に告白され、首を縦に振った後、彼女はさらに酒を飲むペースを速め、焼酎のボトルを一人で1本開けた。自慢じゃないが、俺もその位飲めるし、彼女もそんなものなのだろうと思っていた矢先、悪友が「来栖さんって結構お酒飲めるのだね」とかけた質問の答えを聞いて彼女を除く一同に不安がよぎった。
「いや、お酒は飲むのが初めてだ。気分次第で美味しくも不味くもなる、と以前小説で読んだが確かにその通り。今のお酒はおそらく世界で一番美味しい。」
それからというもの、周りが来栖さんの飲むものをサワーに変えさせ、店員さんに薄目にと繰り返す一同と敏感にアルコール濃度を感じて「これは薄い気がする。すまないがもっと味の濃い物を頼む。」という彼女とのやりとりに終始し、最終的には「さて、もう寝るか」という言葉共に俺の太ももを枕代わりにすると可愛らしい寝息を立てて眠りについた。
その残された僕らは、一種の安堵感と倦怠感に包まれたまま、途方に暮れる。
誰も彼女の家を知らない。以前実家は神戸で今はアパート暮らしだと言っていたことを教授とやりとりしていたのを聞いた、という女友達は「今日は彼氏がきているからウチ無理」と言い、もう一人同席していた女友達からも「これから彼氏と落ち合うから無理」といい、男友達の家をアテにしようとすると「いや、ありえないから」と男一同が口を揃えた。酔い潰れた女性をカプセルやサウナに突っ込むのもあり得ないし、悩んでいると「ていうか、どう考えてもあんたの家でしょ」とこれもまた一同が口を揃えた。
それが良くないからこんなに悩んでいるのに・・・年頃の女性を・・・とまだ救済を求めている俺に向かって、「彼女の世話くらい彼氏が見ろ」という至極もっともで酷く理不尽に思える答えが帰ってきた。
彼女は幸せそうに寝息を立てているまま。
女性は軽いと思っていたが、酔い潰れて寝た人間は重いものだと下宿のアパートの階段を背に負いながらつくづく感じた。
最初は確かに、あぁ、おっぱいの感触が背中に・・・とかはあったが、それも2,3分で腕にかかる彼女の体重と足取りの重さでかき消された。彼女を落とすまい落とすまいと重いながら部屋についたときは汗だくで、彼女を別途に寝かしつけ床にごろりと寝ころぶとそのまま寝てしまった。その日の夢には彼女のブラウスの第2ボタンとベルトを緩めるときに見えた白い肌が踊る中、彼女がいつもの調子でこんな時位は何かしても良いのだぞ、と俺に向かって、少し恨みがましそうな目で言い続けるシーンが延々と続いていた。

目を覚ますと、なぜかベッドに寝かしつけたはずの彼女が隣に寝ている。しかも半裸で。
思わずブラウスをはだけ、長めの巻きスカートを放りだし、夢と同じ白い肌と薄いブルーの下着をちらちらと見せながら寝息を立てている彼女から目を離すことが出来ず、かといってどうこうするという考えも起こらずドキドキしていると「おはよう」と言う声に驚きびくっとしながらそろそろと声の主に顔を向けた。
「お、おはよう・・・」妙にうわずった情けない声で朝の挨拶をするといつもと変わらない彼女の顔があった。
「昨日は申し訳ない。君に色々と迷惑をかけてしまったようだ。あまり覚えてはいないが、とりあえず謝っておく。」
「あ、あぁまぁ…気にしないで…」我ながら間の抜けた声だったと思う。「あの、服さ…あの…脱いだの?」
「覚えてないが、多分寝ている間に脱いだのだと思う。いつも寝るときはこんな格好だし。」
何だろう、こちらの方が恥ずかしくなっていくのは気のせいだろうか。顔が上気していくのが自分でも分かる。
「どうした?」彼女の声で我に返ると、途端に何か今の状況が嘘くさく、誰かの悪戯ではないかと思えてきた。悪友の阿久 悠の顔が浮かぶ。ここまで酷い仕打ちを受ける覚えはないが、阿久ならあるいはやるかもしれない。
そうだ、あるわけがない。俺は特別何を出来るわけでも、格好が良いわけでも、お金を持っているわけでもない。ただの学生だ。何を好きこのんで俺などを選ぶのだろうか。あり得ない。今の状況はあり得ない。そうに決まっている。この子供の頃からの思考回路は間違えがない。この考え方で今まで痛い思いをしたことはない。俺を笑うために作られた状況。どうせ後で笑い話になるんだろ。頭に悪友の阿久 悠の顔が浮かぶ。ここまで酷いことをするとも思えないが、考えられるとしたらあいつの悪戯だ。おまえらみんな死ねばいいのに。ついでに俺も死ねばいいのに。
困惑が怒りに変わる。
震える声で俺はせめて一矢報いてやろうと声を絞り出す。
「勝呂さん、昨日の飲み屋のこと覚えてる?」
「あぁ、覚えているとも。私の記念日になるな。」
さらっと返す彼女。どっきり大成功の記念日か。毎年俺は笑いの対象として祝われるのか。
「そのことなんだけど、どうせどっきりだろ?ありえないじゃん。俺みたいなの。どうせ阿久あたりが言い出したんでしょ?」
「何を言っているんだ?私の気持ちは昨日言った通りだ。確かにお酒の力を借りたのは引き様だとは思ったが、ああでもしない限り後で公開すると思ったのでそうした。それとも、その後迷惑をかけたので愛想が…その…尽きてしまったのか?」
彼女の真摯な眼が向けられている。心なしかいつも見ていた冷静な目ではない様な気がした。「尽きたとか尽きないとかじゃなくてさ、本当に勝呂さんが俺を想ってくれているとは想えないんだ。勝呂さんだって好きでもない男の部屋で、その、そんな…格好したくないだろ。早くこんな部屋から出て行きたいんだろ?いいよもう、みんなで笑えば良いじゃないか。俺を笑えよ。何をすると笑える?勝呂さんの、その…下着を見て襲えばいいの?携帯オンになっているんでしょ?すぐ近くで阿久とか待っているんでしょ?取り押さえるんでしょ?ほらもう大学いけないじゃん。性犯罪者出来たよ。一生もうねーよな!日陰でカマドウマみたいに暮らすよ!ほらおもしれ!駄目人間おもしれ!笑う!俺笑われる!あはははは…」
「君は何を言っているんだ?」
「あははははははははは…」
壁のカレンダーに集中し、彼女を視線に入れない様に、僕は自虐の笑いを続ける。
「…その、全ての意味は分からなかったが、やはり君は優しい。好きでもない私に対して交際を断るのに際しても、傷つけない様に親友の名前を出してまで私のショックを和らげようとするのか。」
「あはははははは…」
「だが、そんな気遣いは無用だ。君の…気持ちは大変嬉しいが…私はこういう事に慣れて…いるからな。そういう気遣いは…私以外の…その…君の好きな人に向けるといい…ぞ…」
詰まり詰まり紡ぎ出したその言葉は、彼女の先ほどまでの声の調子とは違った。思わず背けていた顔を彼女に向ける。
「ありが…とう。一時だけだったが…とても素晴らしい気持ちにさせてくれた。本当に…あり…」
彼女は微笑みながら、一生懸命口を動かす。それまで高ぶっていた俺の気持ちが一気にしぼんでいく。いそいそと衣服を直す彼女の頬には光る物が伝っていた。
何も出来ず、ただ見守るだけの俺。「それではお邪魔した。気にしないでくれ。私は平気だ。」既に口調は戻っていたが、彼女の姿が玄関の扉に遮られるまで、その顔がこちらを向くことはなかった。その週末は何もする気が起きず、ただ日が暮れ、明けていくのみだった。

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週が開け、大学が始まる。しかし部屋からは出ない。
高校の時と同じ。何かあれば外に出なければ良い。非生産的で、怠惰で、ぬるま湯生活の何が悪い。そう考える性格だから高校ではいじめられたのは理解できる。しかし、なぜ大学に入ってまでその様な仕打ちを受けなければならないのか。など考えながら、ひたすらTVゲームに打ち込む。
俺は真人間にはなれないよ。この前までは良い感じで自分もみんなもだませてたんだけどなぁ…
考えるたびに落ち込む。鬱になるのが分かっているので考えない様にする。TVゲームだけが陰気な音楽を流し続けている。
もう何日経ったのか、何も食べず、水だけ飲む生活がどのくらい続いているのか。TVの中では延々と仲間を呼ぶ悪魔を作業的に殺していくゲームが流れている。

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新聞の勧誘か何かかと思い放置する。しかし呼び鈴は鳴り続ける。
いつもならあきらめて帰っているはずなのに、しつこい。
「うるせえな、もう」あきらめた様に玄関の扉を開くと、そこにいたのは新聞の勧誘員ではなく、現状を作り出した人がいた。
なぜか眼を赤く腫らした彼女を、俺は色っぽいと感じた。

登場人物
名成ひろ(ななりひろ)
大学3年
文系
彼女いない歴=年齢
よく行く板=喪板+メンヘル?
喋り方ラーメンズの片桐っぽい感じ、イントネーションとかが。


勝呂和美(すくるかずみ)
大学3年
史学専攻
彼氏とかいないっていうかよくわからんし興味ない系
眼鏡


////////////ここから脇////////////
阿久 悠(あく ゆう)
悪友。悪ノリすき。
大学3年