よく酒を飲む仲間とよく行く居酒屋にいる。
目の前にいる彼女は何を言っているのだろうか?
お酒が回っているせいか、それとも体験したことのない経験からか、周りの状況がうまくつかめない。
「うん、久々にお酒を飲むのだが、こうも気持ちよくなるものだとは知らなかったな。」
頭が回るように感じる。今さっきまで馬鹿な飲み会が繰り広げられていた。
その馬鹿な流れを作っていた同じ大学同ゼミの友人達も固唾を飲んでこちらをみていたり、口々にはやし立てたりしている。
「それで、名成君、先ほどの私の質問に答えてほしいのだが。」
冷静に、それでいてアルコールのせいか、妙に熱っぽく、潤んだ瞳がこちらを眼鏡越しにのぞいている。
指笛が鳴らされ、囃し立てる声がいっそう大きくあちこちで起きる。
「な、なんだったっけ・・・?」
いやな汗が沸いてきた。そもそも目立つ要素もなく、日々平々凡々と生きている俺にとって、こんな舞台は荷が勝ちすぎている。逃げたい。
「そうか、君は私にもう一度胸躍らせる台詞を口に出させてくれるのだな。なんと君は奥ゆかしい人間なのだろうか。やはり君のことを好きになって間違いはなかった。」
どうやら酔った勢いの冗談ではないようだ。言われてみれば、和美さんはそういう冗談からほど遠い人間だと常々思っていたし、またその通りだという周りの評判もあった。
一見するときつそうな性格の顔立ち、かといって派手さはないがよく見ると整った細面の顔が視線を外さずこちらに向けられている。
「ではもう一回言うぞ。私はどうやら君のことが好きなようだ。ここ最近君のことをみていて実感した。そうでなければ、私のように嫌われている人間が、恥を忍んで君たちの集いにお邪魔するような、そんな恥知らずな真似はしなかっただろう。そこを敢えて席を同じくしたのは君に対して私の思いを伝えようと言うごく個人的かつ非常識的なことだ。言っておくが、これは酒の勢いではないぞ。もちろん酒の勢いを借りているところもあるが、それはきっかけにすぎない。その上で君に判断してもらいたい。私はこんなつまらなく、馬鹿で考え無しの人間であるが、どうか君と付き合わせてもらえまいか?」
再びあのすべてを見透かすような目がこちらに向けられる。
不思議な理論によって武装された彼女の告白は、本人以外その正当性をみとめないものではあったが、何よりその勢いによって周りの人間を黙らせた。
彼女が今まで一人もいないという事実、女性から告白されるという状況。何より周りの雰囲気がその状況を拒否する事を許さないように感じられる。
僕は頭を下げ、「喜んで」と声に出した。
一つ驚いたことがある。
あまりいつも話さない彼女、勝呂和美さんとつきあい始めたその日、彼女は酔いつぶれた。いつもと変わらない口調で、いつもと同じ視線を向ける彼女に告白され、首を縦に振った後、彼女はさらに酒を飲むペースを速め、焼酎のボトルを一人で1本開けた。自慢じゃないが、俺もその位飲めるし、彼女もそんなものなのだろうと思っていた矢先、悪友が「来栖さんって結構お酒飲めるのだね」とかけた質問の答えを聞いて彼女を除く一同に不安がよぎった。
「いや、お酒は飲むのが初めてだ。気分次第で美味しくも不味くもなる、と以前小説で読んだが確かにその通り。今のお酒はおそらく世界で一番美味しい。」
それからというもの、周りが来栖さんの飲むものをサワーに変えさせ、店員さんに薄目にと繰り返す一同と敏感にアルコール濃度を感じて「これは薄い気がする。すまないがもっと味の濃い物を頼む。」という彼女とのやりとりに終始し、最終的には「さて、もう寝るか」という言葉共に俺の太ももを枕代わりにすると可愛らしい寝息を立てて眠りについた。
その残された僕らは、一種の安堵感と倦怠感に包まれたまま、途方に暮れる。
誰も彼女の家を知らない。以前実家は神戸で今はアパート暮らしだと言っていたことを教授とやりとりしていたのを聞いた、という女友達は「今日は彼氏がきているからウチ無理」と言い、もう一人同席していた女友達からも「これから彼氏と落ち合うから無理」といい、男友達の家をアテにしようとすると「いや、ありえないから」と男一同が口を揃えた。酔い潰れた女性をカプセルやサウナに突っ込むのもあり得ないし、悩んでいると「ていうか、どう考えてもあんたの家でしょ」とこれもまた一同が口を揃えた。
それが良くないからこんなに悩んでいるのに・・・年頃の女性を・・・とまだ救済を求めている俺に向かって、「彼女の世話くらい彼氏が見ろ」という至極もっともで酷く理不尽に思える答えが帰ってきた。
彼女は幸せそうに寝息を立てているまま。
女性は軽いと思っていたが、酔い潰れて寝た人間は重いものだと下宿のアパートの階段を背に負いながらつくづく感じた。
最初は確かに、あぁ、おっぱいの感触が背中に・・・とかはあったが、それも2,3分で腕にかかる彼女の体重と足取りの重さでかき消された。彼女を落とすまい落とすまいと重いながら部屋についたときは汗だくで、彼女を別途に寝かしつけ床にごろりと寝ころぶとそのまま寝てしまった。その日の夢には彼女のブラウスの第2ボタンとベルトを緩めるときに見えた白い肌が踊る中、彼女がいつもの調子でこんな時位は何かしても良いのだぞ、と俺に向かって、少し恨みがましそうな目で言い続けるシーンが延々と続いていた。
目を覚ますと、なぜかベッドに寝かしつけたはずの彼女が隣に寝ている。しかも半裸で。
思わずブラウスをはだけ、長めの巻きスカートを放りだし、夢と同じ白い肌と薄いブルーの下着をちらちらと見せながら寝息を立てている彼女から目を離すことが出来ず、かといってどうこうするという考えも起こらずドキドキしていると「おはよう」と言う声に驚きびくっとしながらそろそろと声の主に顔を向けた。
「お、おはよう・・・」妙にうわずった情けない声で朝の挨拶をするといつもと変わらない彼女の顔があった。
「昨日は申し訳ない。君に色々と迷惑をかけてしまったようだ。あまり覚えてはいないが、とりあえず謝っておく。」
「あ、あぁまぁ…気にしないで…」我ながら間の抜けた声だったと思う。「あの、服さ…あの…脱いだの?」
「覚えてないが、多分寝ている間に脱いだのだと思う。いつも寝るときはこんな格好だし。」
何だろう、こちらの方が恥ずかしくなっていくのは気のせいだろうか。顔が上気していくのが自分でも分かる。
「どうした?」彼女の声で我に返ると、途端に何か今の状況が嘘くさく、誰かの悪戯ではないかと思えてきた。悪友の阿久 悠の顔が浮かぶ。ここまで酷い仕打ちを受ける覚えはないが、阿久ならあるいはやるかもしれない。
そうだ、あるわけがない。俺は特別何を出来るわけでも、格好が良いわけでも、お金を持っているわけでもない。ただの学生だ。何を好きこのんで俺などを選ぶのだろうか。あり得ない。今の状況はあり得ない。そうに決まっている。この子供の頃からの思考回路は間違えがない。この考え方で今まで痛い思いをしたことはない。俺を笑うために作られた状況。どうせ後で笑い話になるんだろ。頭に悪友の阿久 悠の顔が浮かぶ。ここまで酷いことをするとも思えないが、考えられるとしたらあいつの悪戯だ。おまえらみんな死ねばいいのに。ついでに俺も死ねばいいのに。
困惑が怒りに変わる。
震える声で俺はせめて一矢報いてやろうと声を絞り出す。
「勝呂さん、昨日の飲み屋のこと覚えてる?」
「あぁ、覚えているとも。私の記念日になるな。」
さらっと返す彼女。どっきり大成功の記念日か。毎年俺は笑いの対象として祝われるのか。
「そのことなんだけど、どうせどっきりだろ?ありえないじゃん。俺みたいなの。どうせ阿久あたりが言い出したんでしょ?」
「何を言っているんだ?私の気持ちは昨日言った通りだ。確かにお酒の力を借りたのは引き様だとは思ったが、ああでもしない限り後で公開すると思ったのでそうした。それとも、その後迷惑をかけたので愛想が…その…尽きてしまったのか?」
彼女の真摯な眼が向けられている。心なしかいつも見ていた冷静な目ではない様な気がした。「尽きたとか尽きないとかじゃなくてさ、本当に勝呂さんが俺を想ってくれているとは想えないんだ。勝呂さんだって好きでもない男の部屋で、その、そんな…格好したくないだろ。早くこんな部屋から出て行きたいんだろ?いいよもう、みんなで笑えば良いじゃないか。俺を笑えよ。何をすると笑える?勝呂さんの、その…下着を見て襲えばいいの?携帯オンになっているんでしょ?すぐ近くで阿久とか待っているんでしょ?取り押さえるんでしょ?ほらもう大学いけないじゃん。性犯罪者出来たよ。一生もうねーよな!日陰でカマドウマみたいに暮らすよ!ほらおもしれ!駄目人間おもしれ!笑う!俺笑われる!あはははは…」
「君は何を言っているんだ?」
「あははははははははは…」
壁のカレンダーに集中し、彼女を視線に入れない様に、僕は自虐の笑いを続ける。
「…その、全ての意味は分からなかったが、やはり君は優しい。好きでもない私に対して交際を断るのに際しても、傷つけない様に親友の名前を出してまで私のショックを和らげようとするのか。」
「あはははははは…」
「だが、そんな気遣いは無用だ。君の…気持ちは大変嬉しいが…私はこういう事に慣れて…いるからな。そういう気遣いは…私以外の…その…君の好きな人に向けるといい…ぞ…」
詰まり詰まり紡ぎ出したその言葉は、彼女の先ほどまでの声の調子とは違った。思わず背けていた顔を彼女に向ける。
「ありが…とう。一時だけだったが…とても素晴らしい気持ちにさせてくれた。本当に…あり…」
彼女は微笑みながら、一生懸命口を動かす。それまで高ぶっていた俺の気持ちが一気にしぼんでいく。いそいそと衣服を直す彼女の頬には光る物が伝っていた。
何も出来ず、ただ見守るだけの俺。「それではお邪魔した。気にしないでくれ。私は平気だ。」既に口調は戻っていたが、彼女の姿が玄関の扉に遮られるまで、その顔がこちらを向くことはなかった。その週末は何もする気が起きず、ただ日が暮れ、明けていくのみだった。
/*ここから新しい
週が開け、大学が始まる。しかし部屋からは出ない。
高校の時と同じ。何かあれば外に出なければ良い。非生産的で、怠惰で、ぬるま湯生活の何が悪い。そう考える性格だから高校ではいじめられたのは理解できる。しかし、なぜ大学に入ってまでその様な仕打ちを受けなければならないのか。など考えながら、ひたすらTVゲームに打ち込む。
俺は真人間にはなれないよ。この前までは良い感じで自分もみんなもだませてたんだけどなぁ…
考えるたびに落ち込む。鬱になるのが分かっているので考えない様にする。TVゲームだけが陰気な音楽を流し続けている。
もう何日経ったのか、何も食べず、水だけ飲む生活がどのくらい続いているのか。TVの中では延々と仲間を呼ぶ悪魔を作業的に殺していくゲームが流れている。
ポチポチポチポチポチポチポチポチポチ…
くびをはねた
13回ヒット
くびをはねた
くびをはねた
21回ヒット
17回ヒット
くびをはねた
ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ…
ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ…
ポチポチポチポチポチポチポチ…
何回窓が暗くなった頃だろうか、呼び鈴が鳴る。
新聞の勧誘か何かかと思い放置する。しかし呼び鈴は鳴り続ける。
いつもならあきらめて帰っているはずなのに、しつこい。
「うるせえな、もう」あきらめた様に玄関の扉を開くと、そこにいたのは新聞の勧誘員ではなく、現状を作り出した人がいた。
なぜか眼を赤く腫らした彼女を、俺は色っぽいと感じた。